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病弱で学校も休みがちだった妹が/6月のとある日曜日の午前・路上

新作です。

とは言え、登場ゲーム機やソフトが古いので、なんとなくわかると思いますが、実は前に発表した二作より先に書いたものです。

今回ここに載せるにあたり、最低限の修正をしましたが、98%当時のままです。ご了承ください。

全30話 95000字程度です。

「あなたは憑かれやすい体質のようです。気をつけたほうがいいです」

 横瀬真美が突然話しかけてきたのは、とある日曜日。俺がゲームショップ〝ゲロ〟に向かっている途中の路上だった。

 休日だというのに横瀬は、なぜか制服を着ている。

 別のクラスの、それも顔見知り程度。いままで話をしたこともない子から、突然のデンパ発言を受けているというのに、俺はさして驚きもしなかった。

 理由は簡単だ。

 俺のクラスでも、〝嘘かまことか、霊能力があるらしい〟〝結構かわいいが、必要がなければ近づきたくない〟等など、なにかと彼女は有名だったからだ。

「申し遅れましたが、私は……」

「知ってる。3‐Cの横瀬真美だろ」

 少し考えて、俺は続けた。

「……一応聞いとくが、それは身体が弱いという意味の〝疲れやすい体質〟ではないよな? もっとイヤな意味の、アレだよな?」

「はい。その意味の、です」

 横瀬は二か所の〝の〟に力を込めて話すと、両手を胸の前で握りしめた。

 横瀬真美はいわゆるおかっぱ頭で、その髪は艶やか、かつ、どこまでも黒い。そのうえ小柄なため、なんとなく座敷わらしのイメージがある。

 俺の胸の高さに頭頂部があることから考えると、身長は恐らく百四十センチ台前半といったところではないだろうか。

「ああ、やっぱり、そういうのワカっちゃうというか、そういうヒトなんだな?」

「はい。判ってしまうんです。……やっぱり?」

 いぶかしむ横瀬。しかし、俺は俺で残念な気持ちでいっぱいだったので、横瀬に返事をする心のゆとりはなかった。

 そりゃそうだろ? 

 かわいい子はかわいいというだけで値打ちがあるのに、その上霊能力を装備したって、査定アップはしない。せっかくの限定仕様車をパールピンクで全塗装するようなもので、むしろ瑕疵に類する特質だ。

 付き合いきれないと思った俺は、少しからかってやることにした。

「……実は、座敷わらしが……そこに……」

「どこですかっ?!」

 俺は横瀬本人を指さしたのだが、誤解した彼女は、思い切り後ろを振り向いた。

 ここは、〝またまたご冗談を〟とか言って冗談で済ませて欲しかったところだが、これほど真剣に、過敏な反応をされるとは計算外だ。

 今さらネタばらしをして真相が明らかになったとしても、俺は冗談を説明させられて損、横瀬はからかわれて損という、大岡裁き的双方なんとなく損状態に陥ってしまう。

 こうなったらもう、このままからかい続けるしかない。

 その方が互いのためのような気がした。何となく。

「実は私、座敷わらしに会いたいと常々思っているのですが、一度も会ったことがないんです! どこにいるのか教えていただけますか?」

 横瀬が真剣な顔で俺のほうに向き直った。ああ痛々しい。俺のせいなんだが。

ここは,心を鬼にして騙し通そう。

「あ……そっちに行った!」

「こっちですか?」

「そうそう,そっちに座敷わらしが!」 

 俺は横瀬を指さしているだけなのだが、彼女はマウスポインターに導かれるゲームキャラのように、勝手にあらぬ方向へと走ってゆく。

 それにしたって、この反応はどうだ。どうしてこんなにマジなんだ?

「こっちですか~!?」

「そっちだ~! ずっと向こうに行ってしまったぞ~!」

「わかりました! このまま失礼しま~す!」

そう言い残して、横瀬は何処かへと全力で走り去った。

「……冗談じゃねえっての。縁起でもない」

 横瀬を見送って、俺はひとりつぶやいた。

当然のことながら、横瀬の言うことなど、このときはまったく信じていなかった。

 異変が起きたのは、これから三日後の夜だ。

と言っても、俺が異変に気付いたのがその日だったというだけで、異変そのものはもっと早くから起こり続けていたのかもしれない。

 後で知ったのだが、異変の主は、ずっと前から俺のそばにいたのだ。


 デンパ娘をなんとかかわした俺は、予定の遅れを取り戻すように歩調を速めた。ヤマトに行く手を阻まれた白色彗星帝国が、速度を三倍に上げて進撃再開したようなものだ。

 今まさに俺が向かわんとしているのは、実に三年ぶりの、俺としてはオリンピックよりも待ちわびたイベントが行われる地である。

 〝ゲームショップ〟〝三年ぶり〟と言えば、勘のいい人はピンとくるかもしれない。

 そう、今日はファンタジーRPGの超大作“アルゴンブラストⅧ”の発売日なのだ。ドラマチックな出来事などない俺の平凡な人生には、これより優先させるべきイベントなどありはしない。

 ファンタジーRPG、アルゴンブラスト。

 略してアルブラは、日本のコンシューマーRPGの草分け的存在である。シリーズ第一作は曇天堂のコンシューマーゲーム機ファースト・コンタクト、略してファーコン専用ソフトとして約二十年前に発売された。

 二十年前といえば、俺がまだ生まれていないほどの大昔だが、アルブラシリーズは製作に時間をかけるため、未だに八作目である。

 二十年で八作だから、だいたい三年に一作発売するペースなのだが、この八作目も残念なことに多分に漏れなかった。

 前作から三年以上が経過して、やっとこの夏、S・オニーのコンシューマーゲーム機、パワー・スタリオン2、略してパワスタ2専用ソフトとして発売されたのである。

 アルブラの発売間隔が開いていることの理由としては、〝クオリティアップのため〟とかなんとか理由をつけて、頻繁に発売延期することもあげられる。

 発売日が決定しても、テレビでコマーシャルが流れ始めるまでは油断はできない。これはつとに有名であるため、社会的にも仕方がないという風潮になっている。

 だが、発売日が延期されるたびに俺は思う。

 当初発表された発売日に発売されていたらプレイできたのに、発売が延期されたために間に合わず、事故や病気で死んでしまった人も、この二十年の間にはけっこういたのではないだろうかと。

 いや、それは他人事ではない。

 俺だって、この直後に車にはねられることだってありえる。

 家に帰ってソフトをパワスタ2にぶち込むまで、安心はできないのだ。

 病弱で学校も休みがちだった妹が、冬の寒い朝、病室の窓から鈍色の空を見上げて、ただひとこと“お兄ちゃん、アルブラの新作がしたいよ……”と言い残して天に旅立った……りすることも、広い世間ではあったかもしれない。

 幸いというべきか、残念ながらというべきか。俺の妹は病弱ではないし、そんなにかわいいことは言わないが。

 本来なら、三年間生き延びられたこの喜びを表すために、向こう三日ほどは学校を休んで、一日中どっぷりとアルブラ世界に耽溺したい。

 ……したいところだが、それは控えたほうがいいだろう。

 なにしろアルブラ発売は社会現象だ。

 今日まで散々コマーシャルは流されたし、それに加えて今夜は、間違いなくニュースでも流れる。そんな時分に休んでいると、確実にズル休みだと思われ、教師にマークされる危険性がある。

 高校三年の大事な時期に、李下にて冠を正すような愚行は極力避けたいものだ。

 しかもこの場合、その手にはしっかりとスモモが握られていて、現に李下にてスモモをば剽窃せしめているのだから、微塵も言い訳はできないのだ。

 ああ、なんだか嫌なことを思い出してしまったぞ。

 来年は卒業なんだなぁ。どうすっかなぁ。

 大学行ってモラトリアムっていうのも芸がないし、かと言って、今の俺に何かができるってわけでもない。今の俺には能力も貯金も足りないし、何より覚悟が欠けている。

 RPGで言えば、アビリティもなく、フラグも立っていないって状況に近いか。

 一番理想的なのは、そのゲーム会社への就職なんだが、ゲーム会社に就職なんて、どうやってすればいいんだろう。

 絶対に〝未経験者歓迎の職場です!〟なんてことはないよな。プログラムのひとつ、シナリオの一本、絵の一枚も描けなきゃバイバイだよな。

 好きなことが仕事になるなんて、とても不幸なことだって、なにかで読んだ気がする。

 けど、ゲーム作ってご飯が食べられるなんて、いい仕事じゃないかって思う。少なくとも今のところはそう思ってる。

 とりあえず、アルブラⅧが終わる日まで結論は先延ばししておこう。

 うん、そうしよう。これぞモラトリアムだな。


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