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テンプレ短編

「センセー、ちょっと婚約破棄してきてイイっすか?」

作者: hoshiimo

嘘を見抜ける魔法、浮気の言い訳テンプレ、頼もしい味方騎士


※誤字・脱字報告本当にありがとうございます。

コメディ日間二位に入って、たくさんの人にお読みいただき大変光栄です。

 それは、王立学園騎士科の生徒を対象とした、要人警護の研修で、発生した事件だった。


 学内での宿泊形式のこの企画は、王宮から現役近衛騎士を招いての特別プログラム。

 

 通常授業よりも長く、終日拘束されるものだが、会食時や夜間の警護まで学べる、専門性の高いもので、今回が初の取り組みとなる。


 講師の自分にとっても、今時の若者と触れ合える機会は新鮮で、指導にも思わず熱が入る。意欲的な学生たちからは、様々な発見もあった。


 次の授業は、他の学科では既に放課後だか、実演形式での要人救出オリエンテーションの時間だ。


 襲撃を受ける部屋、逃走経路、避難先の部屋などを間仕切りを用いて、区画分し取り組む、力の入ったものだ。


 広い体育館は、それには最適な会場で、本日の研修でのメインイベントにもなるはずであった。



「あんっ……。だめっ。声出ちゃっ」


「大丈夫。誰も聞いてないって……。ほら、もっと聞かせて……」


 第三体育館のすぐ隣には、横型に配置された更衣室がある。周囲に植え込みもあることから、二つの建物の間には、他からは目が行き届きにくい、陰ができていた。


 不心得な学生が人目を忍んで密会をするのには、打ってつけの場所なのかもしれないが……、すぐ目の前のこちらの窓からは、丸見えであった。


 外部からの侵入者による襲撃という設定のため、その窓は開錠されていたので、丸聞こえでもあった。


 他と比べ使用率の低い、こちらの建物のことなど、存在ごと忘れているのだろうか。


 見られているという意識は、全く無い様で、すぐ目の前だというのに、どうしてか気づかない。


 服の上からのソフトな触れ合いどころではなく、女生徒の上半身は既にポロリしているし、男子生徒の元気な局部も露わで、お互いに下半身をまさぐり合うという、濃厚接触が行われている。

 まもなく、次なる舞台への進出という、なんというか、大変ご盛んなカップルだ…………。



 「センセー、ちょっと婚約破棄してきていいっすか?」


 頭を掻きむしり、床に突っ伏していた()()()()の男子学生が蒼白い顔で立ち上がると、そう言った。

 

「……あの女、俺の婚約者なんすよ」


「ちょっ、待て!……早まるなっ!その木剣から手を離すのだっ!!」


 事情を伺うと、騎士科三年の彼は、あちらの女性の婚約者。


 侯爵家の跡取り娘の彼女とは、婚約して一年。

 まだ手を握ったことすらない、大変清らかな仲で、政略での関係らしい。その手はまさに今、余所の男の、全然清らかでないものに触れている。

 

 なかなか打ち解けられずにいたので、家族に相談しつつ、改善を試みていたところだったという。


 その結果がこれとは…………。


「正直、気は合わなかったんすけど……、時間作っては俺なりに交流してたんすよ。それをあの女…………」


 口調が砕けてしまった彼も、先ほどまでは、授業に真面目に取り組んでいた。

 乱れてしまった頭も、きちっと整髪料で整え、やる気と清潔感に満ちた好感の持てる生徒だったのだ。


 伯爵家の次男でもある彼は、優秀な成績を見込まれ侯爵家の婿として選ばれた。

 領地経営は実子で跡取りの令嬢が担当し、それを支える夫には、他に才能があるものをというお話で。


 騎士として王宮勤めを希望していた彼の場合、婿入り先の侯爵家の軍事面での貢献を期待され、両家での婚約話がまとまったのだが……。


 侯爵令嬢……。


 貴族令嬢ならば、家名と貞操は、もっと大切にしなくては!

 領地防衛を婿に任せる前に、別の男に身体を任せてどうする!

 

 まったくもって、けしからん!!


 婚約前から恋人がいたのなら、他の相手を巻き込む前に、親を説得すれば良かったのだ。

 

 婚約後の浮気ならば、なお悪い。

 婚約という契約は、血統を重んじる貴族間に於いては、最も重要な契約。


 それを裏切るような振る舞いをするものが、次期当主では、信用を失うに決まっているではないか!!

 

 今回の件は、学生、教員、外部講師等、目撃者多数。


 行為的には、まだギリ未遂でも、不貞行為は明らかで、貴族生命的には、完全に終わっているんだぞ……。


 浮気相手の男は、普通科の子爵家の子息。

 男子学生の間では、有名人らしい。

 婚約者持ちの女生徒に気軽に絡む、警戒対象としての悪名で、だが。


「そうか……。気持ちは痛い程に()()()()()ぞ……。だが落ち着け。ひとまずここは事情聴取と証拠の確保にいこうじゃないか。大丈夫だ。最終的な結論は、御家族と話し合ってからだろうが、絶対に、悪いようにはならないからな!」


「センセー……」


 いたいけな青少年にウルウルとした涙目を向けられた以上、()()()としては全力で答えるのは務めだな。 


「大丈夫だ。任せておけ!先生、こういうのには()()()()んだ!自棄を起こして、過失を問われるような発言だけはしないように、そこだけは気をつけなさい!!」

 

 励ましを込め、背中を叩いたら、少し力が入り過ぎたようで、のけ反った後で苦笑されてしまった。


 すまないな。だが気合いは充分に入ったようだな。

 さぁ、いざ対決だ!



◇◇◇◇



 授業の続き(それが出来るのかは定かでは無いが……)は騎士科の教員と同僚騎士へと任せ、我々は浮気カップルの元へと、辿り着いた。


 無事、二人を確保。


 その場での尋問は、さすがに躊躇われたので、体育館内へと戻り、目的に最適な個室、()()()へと連行。


 当然、着衣は直させたぞ。


 応接机を挟んで向かい合う形で、彼の隣には自分、反対側の座席には、婚約者の侯爵令嬢と間男の子爵家の令息へ座ってもらう。


「さっそくだが、先ほどの件についての、事情聴取を行おう。まずはお互いに、こちらの誓約書への署名を願おうか」


 仕事での尋問の時にも使用する魔法誓約書だ。 

 ()()()()()もあろうかと、常に携帯しているのだよ。


「どうして?こんなの書かなきゃいけないのよ!」

「そうだ。おれたちが、なにをしたっていうんだっ!」


 これからというタイミングで邪魔されたカップルは、現場を押さえられたにも関わらず、逆切れだ。

 不貞者の彼らに合わせる気はないので、再度署名を促す。

 

「これは、発言に責任を持つこと、正直に供述することを宣誓するための署名だ。既に彼も署名したのに、躊躇う理由が、どこにあるのかね?」


 この紙に署名をしても嘘はつけるが、専用の銀縁眼鏡を掛けている自分には、虚言を口にした際には、誓約書が赤く光って見えるので、偽りが明確に見抜ける。

 当然合わせて、魔石による映像記録も行っている。


「酷っ……。あんまりよっ。わたしのことが信用できないっていうの?」


 むしろ、信用できる所があるとでも……。


 逆切れの通用しなかった侯爵令嬢は、被害者面に切り替えたのか、イヤイヤというように、何度も首を横に振る。


「貴族間の婚約は王宮へ届を出し、承認が与えられるもの。婚約者間の問題を話し合うならば、王家に忠誠を捧げた騎士が立ち合うのも、務めの一環といえよう」


「誤解しないで。彼とは、ただの友達で……。相談に乗ってもらっていただけなんだからっ!」


「そうだ、僕は彼女を慰めていただけなんだ!」


 友達と野外で肉体的に仲良くする必要はないし、相談がボディトークである必要もないし、慰めが性的である必要も、全くない。


 浮気をする連中は、いつも同じ言い訳をする。

 この台詞を聞いたのは、何度目だろうか……。

 彼らとの間には、大きな認識の壁があるようだ。


「供述の前に、まず署名を……。ほら、彼は既に終わらせているんだぞ、あなたたちがその様に正当性を主張するのならば、何も問題はないだろう?」


 しぶしぶながら、彼らも署名を行った。


「ち、違うの!!だって、そう……わたしは悪くないのっ!むしろこうさせた、あんたのほうが悪いのよ!!」


「そうだ、そもそもお前が悪いんだ!僕はちゃんと見ていたんだぞっ!いつもいつも彼女をないがしろにして!!課題や雑用、図書室での仕事にまでこき使い、怒鳴りつけて!これ以上健気な彼女を虐げさせてなるものか!!」


 誓約書が光ってない。彼らの中では、それが()()のことなのか。


「なるほど、それが本当ならば、彼女を心配してしまう気持ちは分かるな」


「ええ。女性に声を荒げ、こき使うなんて、男として最低ですよ。僕ぁ、許せませんね!」

 

「けれど、その相談に言葉で応えるだけでなく、身体で応えるまで至ってしまったのは、いったい何故なのだろうか?」


「えっと、それは……」


「彼はわたしを慰めてくれていただけよっ!!それのどこがいけないのよ!!」


 すごいな。この侯爵令嬢は。

 自分が悪いとは、全く考えていないのだな。


「相談に乗って貰っているうちに、心が通じ合ったのならば、身体を繋げるより前に、婚約者を解消して区切りをつけてもよかったのではないか?」 


「だって、コイツはわたしのことを、全然分かってくれないんだもの!話したって、仕方が無いわ……。わたしはいつだって辛くて、寂しかっただけなのに」

 

 ホロリと涙を落とす侯爵令嬢の肩を浮気相手の子爵子息が抱き寄せる。

 こういう行為が、日常的に行われていたということだな。

 

 婚約者との関係を清算するための話し合いすら放棄して、別の男に肉体的な慰めを求める辛さとは、何なのか。自分には理解できない……。



「先生。プリントって、彼女のクラスのものだよ。淑女科の棟までは遠くて運べないと、廊下で断ったことがある。自分も次の授業があったから……。課題をやれと言われた時も授業内容が全く違うし、自分でやるものだからと断った。資料集めならば付き合うと答えたら、次期領主として社交に忙しいから、お前がやれと……。最終的に手伝いでいいと言われ図書館に付き合ったら、罰当番の書庫整理を押し付けられた。提出期限があるんだろうと、仕方なく俺が作業していた間も、彼女はファッション雑誌を読んでサボっていたから、さすがに『いい加減にしろ』と声を荒げてしまった。図書室で大きな声を出したのは、悪かったかもしれないけど……。結局、君はあの課題の締め切りには、間に合ったのかい?」


 感情を抑え、騎士科の彼はそう反論する。

 誓約書は光っていない。


 なるほど、そういった経緯だったのか。


 侯爵令嬢はこき使()()()()()()のではなく、自分が使()()()として、断られていただけか……。


 図書室では各社の新聞や雑誌も取り扱っているが、人に仕事を押し付けて、ダラダラ眺めていられたら、それは腹も立つだろう。

 課題に関わるものでも無いのなら、明らかに今することでは無いのだから。

 

 自分もここの卒業生だから知っているが、書架の整理だけでなく、プリント運搬も罰当番だ。

 そのような軽作業は、生活態度が悪い生徒へ、反省を促すための懲罰だ。

 生活態度だけでなく、課題の提出まで、いい加減な劣等生か……。

 困ったものだなぁ。


 む、待てよ、次期当主として、領地経営をするはずなのに、経営科ではなく淑女科だと……?


 それは本当に、どうしようもないな……。

 真面目な彼とは、気が合わないのも仕方がない。

 学力面だけでなく、人格面にも、差があり過ぎる。


「え?おい、どういうことだよっ?」

「う、う、うるさいわね!!ほっといて頂戴っ!!」


 お花畑カップルも、とうとう仲間割れを始めたようだな。


「学期末課題の未提出は、留年だよ。君が当主を目指すなら、さすがにありえないよ。……このままでは、俺の家との婚約だってなくなると、理解していたのかな……?」


「何よ何よっ、何様よ! 婚約者なら、もっとわたしを大切にしなさいよっ!こっちこそ、あんたみたいな男、願い下げよ!!」


「……では、最終的な結論はご両家の判断に任せるが、当事者としては双方共に婚約の解消を希望しているということで、よろしいか?」


「はい、もちろんです」

「当然よっ! もう、付き合ってやるものですかっ! あたしはずっと酷い目にあってきたのに……」


 すごいな。この侯爵令嬢は……、ここまで来て ()()()なく、自分こそが真の被害者だと認識している。


「課題や罰当番を押し付けようとしていた行動は、酷いものではないのか?」


「婚約者として、女の子に優しくするなんて当たり前でしょ!」


「……そんなにも納得の行かない婚約なら、御家族に相談をしなかったのか?」


 侯爵令嬢の気質以前に、そんな根本的な疑問が生じてしまう。

 

「だって、家族に心配かけたくなくて……」


「君が、そこまで婚約者が問題だと考えていたのなら、相談したほうが良かっただろうな。教員、友人でも良い、他に話せる相手はいなかったのか?」


「どうせ、みんな分かってはくれないわっ! わたしなんて、政略結婚の駒でしかないんだわっ。こうやって、虐げられるわたしを理解して、救ってくれる人なんて、どこにも、いなかったのよ……」


 侯爵令嬢は瞳を潤ませ、ハンカチで目頭を押さえてみせる。

 真偽を測る魔法誓約書は、役に立たないと言われることもあるが、自分はそうは思わない。 


 むしろ対象の情状酌量の余地を測る上で、最初の供述での使用は欠かせないものと認識している。 


「女性の地位が低くとも、家同士の政略での婚約だろう。御両親も、あなたを通して、家門を侮られることは望まぬだろう。破談まではいかずとも、話をすることで、何か改善出来たかもしれないぞ。学内には相談機関もある。たとえ、あなたが家では冷遇されてたとしても、力になってくれただろう」


「お強い騎士様なんかに、分かるわけがないわっ! 無力で孤独で可哀想なわたしには、彼しかいなったのよっ!」


 女の敵は女なんて共感しない主張だが、声とやらかしが大きいもの程、目につくもので……。


 こういった特異例に遭遇するたび、頭が痛くなってしまう。 

 

 学内の相談機関の側としては、本当に困っている人にこそ利用して欲しいだろうが、侯爵令嬢のような者が利用することにも意味がある。

 

 このような事件が起きる前に、周囲が収めることが、出来たかもしれないのに……。


「そうか……、婚約の破棄を望んでいたにもかかわらず、誰にも相談のできなかったあなたは、こちらの男性だけを信頼し、相談を行ったということだな。しかしこれは相談というよりは、犯罪の教唆だがな……」


 さきほど録音した会話を再生する。


ーーー『あいつは騎士科の学生だから、暴力沙汰は厳禁。煽って一発でも殴らせればこっちの勝ち!!それを材料に交渉するだけよ。これでようやくあなたと結ばれるわ!』『愛しい君のためなら、そんな痛み、些細なものさっ!』ーーーー


「ど、どうしてそれを……」

「ぼ、僕も騙されてたんだ。この女がこんな嘘つきだったなんて、知らなかったんだ!」


「未来のある騎士科の学生を潰す計画と脅迫を企てるとは、非常に悪質だな……」


 この犯罪に関する彼らの心理こそが、自分が知りたかったものだ。


「だって、仕方ないじゃないっ! この男が鬱陶しいのが、悪いのよっ! わたしを自分の思い通りにコントロールしようとして……、ずっと迷惑してたのよ!」


「ハァー。僕はなんで、こんな女なんかに……」


 子爵子息は項垂れ肩を落とすが、今更だな。


「婚約者として、君と向き合おうとしていただけだよ。そんなにも俺が気に入らなかったのなら、もっと早く教えて欲しかった。他に好きな相手がいたなら、見直したってよかったのに。婚約が無くなっても、両家の繋がりを、違う形で継続出来る道だってあったのに……」


 真面目な彼の真摯な言葉は、彼らの耳に届くのだろうか。 


「あなた方がどう思おうと、これは立派な犯罪だ。学園内で治められる範囲を超えた、騎士団で対応する問題だぞ」


「僕は騙されてただけの被害者だ!」


「彼女が虐げられていたという訴えは嘘でも、浮気相手のあなたはこの計画に乗ってしまった。もはや被害者では、済まされないんだ」


「こんな女のために、僕は……」


「酷いわっ。あなたまで、わたしを裏切るなんて!!」


 この期に及んで、()()()()侯爵令嬢は本当に自己正当化に長けている。


「……仕方ないわね、やり直しましょう! わたしは強引に迫られて、断れなかっただけ……、むしろ被害者よ。ここまで追い詰めた責任を取って、これからはもっと尽くしてよね!」


「やり直しって今更……」


 切り替えまで早い、この精神力の強さには、目を見張るものがあるな。


「何よ、たった一度だけのことじゃない! 本当はあなたのこと頼りにしていたのよ。だからつい、甘えちゃっただけなんだから……」


「婚約者への甘えで冤罪をなすり付け、寂しいと浮気する人との結婚は、俺には考えられない!!」


「もう、結構。あなた方の気持ちは充分に伺うことが出来た。王都騎士団が来たので、続きはそちらにお願いする……」


 彼もお別れを口に出来たところで、犯罪捜査を担当する王都騎士団が到着した。

 ちなみに先ほど公開したものは、二人が盛り上がりに突入する前の録音だ。


 最後まで()()の言葉を口にしなかった侯爵令嬢のような歪んだ存在を、早いうちに取り締まることが出来て、良かったのだと考えよう。



◇◇◇◇



「センセー、終わりましたね……」

「お疲れ様。後は王都騎士団に任せてくれ。君も御両親への報告を頼む……」


「ハァー…………」

「どうした? 一区切りついて、気が抜けたか?」


「いやね……元々ろくでもねー女だって分かってはいたんすけど。ここまで、話が通じないとは……。ハァー」

「そうか……」


 魔法誓約書による発光現象について説明していないが、立ち会っていただけでも、あの侯爵令嬢が常に()()だったことが、伝わってきたのだろう。



「なんかさ。あんましスッキリしなかった…………。俺さ、婚約って初めてだったんだ。正直に言えば、アイツに、好きになれる要素は見つけられなかったけど……。それでもさ。ここまで雑に扱われるって……、俺って、そんなに男として駄目なん?魅力ないん?なんか自信失くなってきた……」


 彼の言葉の中から、敬語も『す』も抜け落ちてしまった。

 いくら、優秀でひた向きな学生だろうと、傷つきやすい年頃の繊細な男の子であることに、変わりはない。


「……自分も、相手の浮気で、婚約破棄を三回している」

「マジで!!」


「浮気は裏切り! 悪だ!! ……なれど人間関係とは難しいもので、そのような悪を打倒したとて、果たして己に正義があったのかというと……確信は持てず、勝利の喜びもなく、反って自信を失くすこともあるのだ…………」

「センセーが?! マジで?!」

 

 思わず、裏切者への憎悪が籠ってしまったが……、己の意思を貫いた充足感や、再スタートによる高揚感を得ても、所詮は一時的なもの。


 繰り返す程に、己の人間性や魅力の乏しさに、虚しさこそが募るのだ。

 傷ついたばかりの彼に、そこまで言えないが……。


「三回も裏切られている自分には『君にも、きっと良い出会いが待っている』などという気休めは、口に出来ないのだが……。君は、その、充分に魅力的な男性……だと思うぞ」

「センセ……」

「だから…………、この後の研修も、頑張ろう!!」


 拳を握りガッツポーズで、迷える若者に向き合う。 

 やけに眩しいこの夕焼けも、彼の心を照らしてくれると良いのだが。


「ちょっ、センセェ……、そこはもっと俺をヨシヨシするとこじゃね?」

「あぁ、君なら立派な騎士になれるだろう! ヨシヨシ…………、さて、乱れた頭も整った。引き続き頑張ろう!」

「あぁ、なんか違うけど、ありがとうございますうぅ……」


 手櫛で髪を整えることで、心も一緒に整えてあげられたら良いのだが、不器用な自分には、その様な魔法は使えないのだ。


「うむ。自分は堅苦しいとよく言われるのだ……。うまく慰めることもできず、心苦しく思う」

「俺は、そんな真面目で優しいお姉さんにこそ、付け込んで欲しいのですが……」


 繊細な年頃とは難しいものだが、愚直な自分なりに、精一杯、彼を激励しよう。


「了解した。優しく丁寧に、指導させて頂こう!!」


「うーん……、なんか違うけど、わっかりましたー。引き続き、よろしくお願いしますっ!」



 会食警護の授業の後は、夕食だ。

 自分の分のデザートは、彼にあげよう。


 このようなことで、未来ある若者が道を見失わないよう見守ることこそ、大人の務め。


 真っ直ぐな君が挫けずに、夢を叶えることを、願っているよ。


書類書く時だけ眼鏡の女騎士さんはお仕事中なので、バリカタ。

微糖というより無糖だけど、教師兼女騎士で即落ちは、けしからんのでこうなりました。


よろしかったら、感想やいいね、ブックマーク、★評価などでのリアクションをお願いします。

次作へのモチベが高まります。


他の短編も基本的に名前なしのテンプレで構成されています。

連載中の新作コメディや完結済の名前のある中編や長編もあります。


お時間のある方は、お読みいただけましたら、幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 教師兼騎士で即落ちは、けしからん そのとおり! 若者にはこれから頑張ってもらいたいものです。 [一言] 途中から、あれもしかして?と思いながら読んでたら「お強い騎士様」でやっぱりそうだよね…
[一言] おかしな論理を本気で思ってる人、いる。 正当化してるつもりもない。 心からそれが普通の話だと思ってるの
[一言] 男性教師だと思ったら…。 堅苦しいとよく言われるだけあって男子生徒にデレずに堅苦しく終わってるのが良いです!
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