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彼女に告白する勇気が出ないんだが、どうすればいいと思う? by勇者〜それ、我(魔王)に相談することか?〜

作者: 緋色刹那



「彼女に告白する勇気が出ないんだが、どうすればいいと思う?」


「……それ、我に相談することか?」



 ◯



 我は魔王・コーリッジ。異世界で世界征服を企む、悪の親玉である。

 いつものごとく、玉座でうたた寝……もとい、愚かな冒険者どもを待っていると、憎っくき宿敵・勇者イサムが城にやって来た。無謀にも仲間を連れず、一人だった。


「『魔王コーリッジに会わせてくれ。話がしたい』……とのことです。いかがなさいますか?」


 門番は困惑した様子で、念話テレパシーでたずねてくる。


 和解の申し出か? 和解を持ちかけるフリをして、奇襲する気か?

 あるいは……我が魔王軍に寝返りたいのか?


 何を企んでいたとしても、一人では何もできまい。

 我は門番に命じ、イサムを我のもとへ連れてこさせた。用心して、武器は取り上げ、両手を拘束した。


「よく来たな、勇者イサム。よもや、キサマが一人で乗り込んでくるとは思いもしなかったぞ。して、話とは?」


「実は……」


 イサムは緊張した面持ちで、口を開いた。




「彼女に告白する勇気が出ないんだが、どうすればいいと思う?」


「……」




 一瞬、頭の中が真っ白になった。


 彼女?

 告白?

 勇気?

 魔王城まで来て、何を言っとるんだコイツは? 我の聞き間違いか?


「……それ、我に相談することか?」


「じらばっくれるな、美形魔王! お前が恋愛のエキスパートだってことは、とっくに調査済みなんだよ! 街じゃ、勇者の俺よりモテてるし!」


 聞き間違いじゃなかった。


「まぁ、美形なのは認めるが」


「ちくしょー!」


 イサムは悔しそうに地団駄する。どうやら、本気で恋愛相談しに来たらしい。


 確かに、我はモテる。

 顔は変身魔法で世界一の美形に変えているし、他人の心をつかむのに必要な話術や戦術、その他ありとあらゆる教養を身につけてきた。最終手段として、魅了魔法を使うときもある。


 とはいえ、人間から恋愛相談されたのは初めてだ。それも、宿敵であるはずの勇者に。


「なぁ、頼む! どうしたら告白する勇気が出るのか、教えてくれ!」


「知るか。キサマが告白できようができまいが、我には関係ない」


 すると、イサムは「いいのか?」と無表情で我を脅した。


「このままだと、俺は本気でお前と戦えないぞ? 彼女に告ることばかり考えて、バトルに集中できなくなっているからな」


「むしろ、好都合ではないか。キサマを倒す手間が省ける」


「マ・ジ・で、秒で終わるぞ? ずーっと城で待っていたんだろ? その時間、全部ムダになるんだぞ? 本当にいいのか?」


「……」


 ……ちょっと想像してみた。


 やる気のない勇者をワンパンで討伐。

 世界は我のものとなり、人、物、国、自然、食べ物、技術、エネルギー、あらゆる全てを手に入れる。

 かかった時間、1日弱。イサムを倒すだけなら、1分もかからない。


 確かに、呆気なさすぎる。

 我は世界征服を宣言して数百年間、いつ来るかも分からぬ挑戦者をひたすら待ち続けた。

 基本的には、24時間玉座生活。外出もめったにできない。やれることと言ったら、勇者を倒す瞬間をイメトレするくらいだ。

 その苦労が報われないのは、辛い。さすがの我でも、不完全燃焼で虚無るかもしれん。


「仕方ない。今回ばかりは、キサマに協力してやろう」


「ヤッフー! 勇気出して、来た甲斐があったぜー!」


 イサムは嬉しそうに跳び上がった。


 一人で城に来て、魔王である我に恋愛相談を持ちかける勇気はあるというのに、何ゆえ告白する勇気は出ぬのだ?

 変なやつ。



 ◯



 というわけで、イサムが告白する勇気が出るよう、助力してやることになった。


「で、相手はどんな女だ?」


「デュフフ、気になるのか?」


「そうではない。相手によって、対処方法が異なるのだ。言っておくが、身分の差があればあるほど、難易度は上がると思え? 勇者といえど、元はしがない農民なのだからな」


 こやつほどの男が手こずるということは、相当な身分の娘か、はたまた絶世の美女なのだろう。

 または、わざわざ一人で相談しに来た点から、パーティの中にいる可能性もある。三人とも若い娘であるゆえ、検討はつかぬが。


 イサムは「えっとぉ……」とモジモジしながら答えた。


「村の幼馴染のミリー。素朴なところが可愛いんだぁ。実家が農家で、家族総出で小麦を作ってる」


「すぐ行ってこい」


 全然違った。

 村娘の攻略など、スライム級の難易度ではないか。軽いあいさつでもするノリで、告白できるだろ。


「だから、告白する勇気が出ないんだって! いざ告白しようとすると、緊張で口が回らなくなるんだ。俺みたいな"勇者"って肩書きと、モンスターを一掃する以外に取り柄のない男を、彼女が受け入れるはずがない……そんなふうに思っちまってさ」


「勇者としてのスペックは十分だと思うが、ようは人として自信がないのだな」


 イサムはうなずく。


 勇気に選ばれる前は、イサムもただの村人だった。

 それどころか、あらゆる能力が他人より劣っていた。底辺と呼んでも差し支えない。勇者として活躍している今でも自信が持てないのは、そのせいだろう。


「ならば、キサマが望む姿となるまで鍛えればいい。さすれば、おのずと自信もついてくるであろう」


「分かった! 彼女に堂々と告白できるよう頑張るよ! 相談に乗ってくれてありがとうな、魔王!」


 イサムは意気揚々と、城を出て行った。

 イサムは努力家だ。きっと、告白を成功させる。次に来るのは、我を倒すときだろう。



 ◯



 1ヶ月後。イサムが魔王城に戻ってきた。


「よっ、魔王! 1ヶ月ぶりだな!」


「す、すごい! 韓国系恋愛漫画に出てくるような、マッチョ系イケメンになっているではないか!」


 イサムは別人かと思うほど、マッチョなイケメンに変貌していた。

 明らかに、自信に満ちあふれている。服装も、野暮ったい勇者服から「防御力なんて必要ないウェイ↑」な、ウェイ系ファッションに変わっていた。


「ずいぶん努力したのだな」


「マッチョ妖精をパーソナルトレーナーに雇って、毎日トレーニングしたのさ。食事も、異世界ササミと異世界ブロッコリーと麩露手飲プロテインを毎日食べてた。エステにも、ポイントカードが全部埋まるくらいかよっているぜ!」


「そんなに自信に満ちあふれておるということは、例のミリーとやらの村娘には告白できたのだな?」


 イサムはフッと不敵に笑った。


「できなかった」


「できなかったんかい?!」


「原因は彼女達さ」


 イサムは外に面した、大きな窓を指差した。

 そこには、イサムの仲間である三人の若い娘達がサラマンダーのようにピッタリと張りついていた。血走った目でイサムを凝視し、何やら叫んでいる。


「イサム、無事?!」


「一人で魔王城に行くなんて、どうかしてるわよ! 待ってて、すぐにこいつらを片付けて、そっちに行くから!」


「片付ける?! あんたのほうこそ、私とイサムの再会を邪魔するんじゃないわよ!」


 三人は言い争い、取っ組み合う。しまいには武器を取り、バトり始めた。


 イサムは疲れ切った様子で窓へ近づくと、カーテンを閉めた。


「何だ、今のは? キサマの仲間であろう? なぜ、仲間割れしておる?」


「三人とも、俺に惚れたらしい。最初は『ハーレムきゃっほい!』ってのんきに喜んでいたけど、引くほどガチなドロドロ愛憎劇が始まって、うんざりしてる。俺がイメチェンする前はパシリに使ってたくせに、とんだ心変わりだよ。告白するどころか、冒険だってままならない。ミリーには『巻き込まれたくない』って避けられるし、これじゃ逆効果だ」


「むぅ……すまなかった。まさか、そんな事態になろうとは予想もつかなんだ」


 確かにこの一ヶ月、イサムの功績を耳にしていない。

 てっきり、自分磨きに集中しているとばかり思っていたが、とんだ面倒事に巻き込まれていたらしい。なんだか申し訳なくなってきた。


「よくそんな状態で、一人で城に入れたな」


「勇気を出して、"三人とも外で待っていてほしい"って頼んだのさ。魔王城のセキュリティは強固だし、簡単には入れないと思っていたけど、まさか城壁を上ってくるなんてね。気になるなら、中に入れてみる?」


「やめろ! 我が城に、ドロドロ愛憎劇を持ち込もうとするんじゃない!」


 イサムの目はマジだった。よほどストレスが溜まっていると見える。


 ……仕方ない。もう一肌脱いでやるか。


「分かった。キサマが告白するまで、あやつらを預かっておいてやる」


「ほ、ホントか?!」


 今日初めて、イサムの目に光が宿った。


「でも、預かるって、どうやって?」


「三人に魅了魔法をかける。心配はいらん。キサマの告白が済んだら、すぐに解いてやろう」


「いっそ、そのまま引き取ってくれ! 仲間なら、また一から集め直す! ギスギスハーレム、しんどい!」


 我は遠隔からカーテンを開くと、争ってボロボロになった小娘どもへ魅了魔法をかけた。

 途端に、三人の視線がイサムから我へと移る。


「キャー! 魔王様よー!」


「お側に寄らせてくださいましー!」


「ちょっと、邪魔すんじゃないわよ! 私が先よ!」


 三人は再び窓に張りつき、ぎゃいぎゃい言い争い始めた。


「ありがとう! これで、やっとミリーに告白できる!」


 イサムは笑顔で我の手を握り、颯爽と城を後にした。


 スペックは完璧。やっかいな邪魔者もいなくなった。今度こそ、上手く行くはずだ。

 告白を終えたら、新たな仲間を連れて、我を倒しに来るだろう。その日に備え、我も鍛錬し直さねば。



 ◯



 1ヶ月後。

 イサムが暗い顔で戻ってきた。邪魔にならないよう、イサムの仲間だった女達はしばらく旅行に行かせている。

 

 あれだけ満ちあふれていた自信が消えている。

 服装も、ウェイ系から前の野暮ったい勇者服に戻っていた。


「告白しに行くだけで1ヶ月とは、ずいぶんかかったものだな。なんとなく察してはいるが……結果は?」


「ダメだった」


「やはりか」


「告白はしたんだぞ? イメチェンしたとはいえ、すっごく緊張した! だけど、『イサムみたいなすごい人が、私を好きになるわけがない』って、まともに取り合ってくれなかったんだ」


 相手はしがない農家の村娘だ。

 最初のイサム同様、自分に自信がないのかもしれん。嫌っているわけではなさそうだし、脈はある。


「では、手紙はどうだ?」


「手紙?」


「手紙なら、言葉よりも真剣さが伝わるだろう? 我が直々に指南してやる。キサマのことだ、どうせまた1ヶ月経った頃に『頑張ったけど、上手書けなかった』と泣きついてくるに決まっておるからな」


「な、なんだとう! 俺だって、手紙くらい書けるっつーの!」


 その日から、我による特訓が始まった。


 イサムは自信満々で、手紙を書いた。

 ひどい出来だった。字は汚い、ペンの持ち方がなってない、誤字脱字が多い、文法がめちゃくちゃなど、課題が多すぎた。


 1ヶ月特訓し、ようやく納得のいくラブレターが完成した。


「ありがとうございました、コーリッジ師匠! このラブレターなら、きっとミリーに想いが伝わるはずです!」


「うむ。我が教えられることは、もう何もない。勇気を出して、渡してこい」


「はい!」


 イサムは深々と頭を下げ、城を後にした。

 これでダメだったら、魅了魔法をかけてやろう。そしてイサムと決着をつけるのだ。


 早く戻ってこい、イサム。



 ◯



 1ヶ月後。イサムが城に戻ってきた。

 今まで戻ってきたときとは、明らかに顔つきが違う。告白が上手くいったのか失敗したのか、表情だけでは判断できなかった。


「どうだった?」


「……渡せたよ。返事がくるまで、1ヶ月かかった。『私で良ければ、ぜひお付き合いしてください』だそうだ」


「良かったじゃないか」


「あぁ。ただし、」


 イサムは鞘から聖剣を抜き、構える。


「『魔王を倒す』のが条件だ」


「なっ?!」


 我も慌てて立ち上がり、臨戦態勢になる。


 イサムの武器は取り上げていない。

 拘束もしていない。

 護衛は外で、部屋にいるのは我とイサムだけだ。


 油断した。

 イサムが何度も城に来るので、警戒を怠っていた。


「……なるほど。色恋にうつつを抜かさず、勇者としての責務を果たすよう叱咤するとは。どこかの恋煩い勇者とは大違いだな。勇者の恋人に相応しい」


「あぁ。俺もそう思うよ」


 「というわけで、」イサムは聖剣を振り上げ、我に襲いかかった。


「魔王、かくごぉぉぉッ!!!」


「来い! 勇者ぁぁぁッ!!!」



 ◯



 「勝ったら付き合える」ブースターがかかったイサムに勝てるはずもなく、我は呆気なく敗北した。


「魔王にも更生の余地を与えたい」


 というイサムの希望で死罪は免れ、年中吹雪のやまない北限の牢獄へ送られた。イサムの仲間だった三人娘も「魔王に寝返った」として、我と共に収監された。


 告白を成功させた我に感謝しているのもあるだろうが、本音は


「魔王を処刑したら、三人にかけている魅了魔法が解除されてしまうじゃないか! せっかく、ミリーと付き合えることになったのに!」


 といったところだろうか?


 何はともあれ、イサムのおかげで不自由ながらも穏やかな日々を送らせてもらっている。正直、城で冒険者を待っていた頃よりも快適だ。


 イサムは故郷の村へ戻り、晴れてミリーと交際を始めた。勇者をやめ、ミリーの実家の小麦畑を手伝っているらしい。

 もう、我に恋愛相談しに来ることもないだろう。



 ◯



 1年後。イサムが面会しに来た。


「よく来たな、イサム。また恋愛相談か?」


「あぁ」


「なんてな、冗談だ。風のウワサで聞いておるぞ? 例のカノジョと上手くいっているそうだな。結婚まで、秒読みだと刑務官が……って、はぁ?!」


 今、「あぁ」と言ったか?

 本当に?


 あ然とする我に、イサムは「実は……」と柵越しに、小箱を見せた。中には婚約指輪が入っていた。


「ミリーにプロポーズする勇気が出ないんだが、どうすればいいと思う?」



(終わり)



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