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悪役令嬢のフリはお休みだ!

作者: 水鳴諒






 私はいわゆる悪役令嬢……のフリをしている。

 理由は簡単で、遠縁の宰相閣下の指示だからだ。

 私が通う、王立魔法学園において、私の家の爵位は最も高い。


 エヴァンス侯爵令嬢の私、ミレイユに逆らえる者は少ないだろうというのが、宰相閣下の見解だった。つまり私がイジメた相手は、周囲もイジメの対象だと考えたり、私に気を遣ってイジメたり、そうでなくとも遠巻きにするだろうというのが、宰相閣下の考えだ。


 学園生活では、鬱憤がたまる。

 適度なガス抜きが必要なのだと、宰相閣下は話していた。


 そこで宰相閣下は、本来貴族が通う学園でありながら、魔力の強さゆえに入学を許された平民の中の幾人かに声をかけた。その者達に、金貨を支払い、イジメられる役を頼んだのだという。そう、その彼ら・彼女らを、率先してイジメる役――即ち悪役令嬢として振る舞うことになったのが、私だ。


 二学期も、非常に疲れた。常に演技をし、イジメといっても肉体的に暴力をふるうようなことが無いように誘導し、言葉や無視などを行った私は、本来の自分を隠して演技をしていたから、疲れきっていた。


 だが、ようやく冬休みが訪れた。

 悪役令嬢のフリはお休みだ!

 最初の数日は、疲れを癒やすため、ずっとごろごろと寝ていた。


 けれど来週の聖夜には、懇意にしている別の侯爵家が夜会を開くので、出席しなければならない。同じ家格なので、断ることが出来なかった。


 まだ私は、同伴するパートナーを見つけていない。正確には、見つからない。

 悪役令嬢としての私の評判は、学園内だけでなく社交界にも広まっている。

 誰だって、性格が悪い相手と、踊るのは嫌だろう。


「はぁ……」


 私は溜め息をついた。その時、コンコンとノックの音がしたので、扉へと視線を向けると、執事のユリウスが入ってきた。


「ミレイユお嬢様。ダグラス宰相閣下から、お手紙です」

「宰相閣下から?」


 封筒を受け取り、蝋印に宰相のものが用いられているのを確認してから、私はペーパーナイフで開封した。そして文面を見て、目を見開いた。


「えっ、聖夜の夜会に同伴する……? 嘘でしょ?」


 唖然とした私は、誘いではなく、『同伴するので、ドレスを贈る』という断言した文面を何度も何度も視線で追いかけた。


「お嬢様?」

「あ……そ、その、宰相閣下が、聖夜の夜会に同伴して下さるそうで……準備をしなければならないわね」


 私は余裕があるフリをして、微笑して見せた。無理に笑ったため、少しばかり引きつった自信がある。




 宣言通り、ドレスが届いたのは、翌日のことだった。宰相閣下は、紫色の瞳をしているのだが、贈られたドレスの色もヘリオトロープだ。宰相閣下の瞳よりは、若干薄い紫色だけれど……この国では、自分の目の色のドレスを贈るという行為は、恋人あるいは許婚、もしくは夫婦の間で行われる。私は宰相閣下の恋人でも許婚でも、ましてや妻でもない。


「一体宰相閣下は、何を考えておられるのかしら?」


 私は首を捻るしかなかった。


 ただ、少しだけ嬉しいという気持ちもある。そもそも私が悪役令嬢のフリをするのを引き受けたのは、宰相閣下に頼まれたのが、嬉しかったからだ。


 若干二十七歳の若さで、急逝した彼のお父様の地位を引き継いで宰相閣下になったダグラス様は、元々非常に有能であったから、誰も宰相になることに反対しなかったのだという。冷酷な側面も併せ持ち、クールな表情で、多くの仕事をこなす姿は、とても私から見ると大人で格好いい。実は私は、宰相閣下のことが大好きだ。恋をしている。


 顔立ちも整っている。少し切れ長の、紫色の瞳を向けられると、私の胸は高鳴る。


 長身でいつも宰相だけが許されるダックブルーの片マントを纏っていて、私は時々夜会でお見かけしていた。私も十八歳の時に、魔法学園高等部の卒業パーティーで、皆と同じように夜会デビューを果たした。あの時は、パートナーは兄上に頼んだ。以降、魔法学園大学部に進学し二十二歳になった現在まで、私は同伴者がいなくてよいパーティーにしか参加していない。お誘いを受けたのは……いいや、行くと断言されたのは、今回が初めてだ。ちなみに次の春で卒業だ。


「宰相閣下と同伴できるのは……うん。嬉しいですわね」


 私は気分を切り替えて、前向きに考えることにした。胸がときめく相手と同伴できるのだから、これは僥倖ではないか。こうして私は、聖夜の当日を待つことにした。




 この国の聖夜は、建国した始祖王陛下と初代皇后陛下の結婚記念日だとされている。そのため、告白すると成功するだとか、恋人達の祝祭だとか。そういうことが囁かれている。


 本当に宰相閣下が来るのだろうかと、私は緊張して待っていた。

 すると執事が入ってきて、私を見た。


「ダグラス宰相閣下がご到着です」


 それを聞いて、私は慌てて立ち上がった。紫色のドレスの裾に触れながら、足早に玄関へと向かう。そこには、ダックブルーの片マント姿、即ち宰相としての正装姿のダグラス様の姿があった。


「ほ、本日は、ご、ご同伴下さり、誠にありがとうございます」


 礼儀として私はそう述べたのだが、緊張して舌を噛んでしまった。


 普段は遠くから見ることが多く、それこそ至近距離で顔を合わせたのは、悪役令嬢のフリを頼まれた時を除けば、今が始めてだ。


 圧倒的な迫力があり、端正な顔から鋭い眼光が飛んでくると、萎縮してしまいそうになる。だか、そのオーラのようなものは、決して怖いだけでなく、宰相閣下をより引き立てて見せるような――私から見ると、やはり遠くから見るよりずっと格好いいという印象を与えた。やっぱり大好きだ。


「ああ。行くか」


 淡々とした声で、短く宰相閣下が言った。そして踵を返したので、私は慌ててその後に続く。先に馬車に乗り込んだ宰相閣下は、私に手を差し出した。この国の貴族は、男性が女性をエスコートする場合が多い。それだ礼儀だとされている。私は静かに右手をのせて、場所にのった。正面にはテーブルがあり、琥珀色の液体が入った瓶と、紅茶のポット、カップがある。


「悪いが会場に到着するまで、ここで仕事をさせてもらう」


 宰相閣下はそう述べると、羊皮紙を自分の前のテーブルにのせ、取り出した万年筆を走らせ始めた。それを一瞥してから、私は窓の外を眺める。本日は綿雪が舞い落ちているが、この国の馬車には、どんなに荒れた道でも車輪がきちんと動く魔術がかけられていることが多いため、現在走っている宰相閣下の、アインズワーズ侯爵家の馬車も、雪の中だが問題なく走れるのだろうと、私は考えた。


 二枚、三枚と、宰相閣下は羊皮紙になにごとか書き記し、横に山を築き始めた。十枚、二十枚――高速で仕事を片付けているのは明らかだ。


「まぁ、こんなところか」


 書類を見たまま宰相閣下が呟いたので、私は思わず訊ねた。


「そのようにご多忙なのに、どうして夜会に同伴して下さるのです?」

「行きたかったからだが?」

「あ、そうですか。私のほかに同伴者が見つからなかったとか?」

「悪いが、俺を誘う女性は、非常に多数いる」

「ですよね……じゃあ、もしかして、悪役令嬢のフリをしているから、私のパートナーが全然見つからないことに、責任を感じたのですか? 元は宰相閣下のお願いですし」

「いや? それはまぁ、計画通りだが」


 宰相閣下は私に顔を向けると、ニヤリと笑った。


「計画通り?」

「ミレイユに近づく男がいなくなる可能性が高くなるのは、予想通りだった。そのおかげで、俺はお前を誘おうとした相手を蹴落とす作業が、非常に易くなった。以前は手を回して、そもそもミレイユが同伴者がいる夜会に参加しないようにさせていたが、今回は誘おうとした者を潰していった。その作業をする際に、悪役令嬢という噂で躊躇する男が多かったから、潰すべき敵が少数で助かったということだ」


 つらつらと宰相閣下が語ったのだが、私は上手く意味を理解できなかった。


「ええと……つまり?」

「俺はミレイユを伴って、夜会に行きたかったということだ。理由が分かるか?」

「?」


 混乱していて、正直何も分からない。宰相閣下の言葉は、私には難しい。


「俺はミレイユが好きなんだ」

「えっ」


 突然の言葉に、私は狼狽えた。好きの意味を考える。親愛? 友情? それともまさか……恋?


 そう考えていたら、顎に手を添え持ち上げられた。

 直後、唇に柔らかな感触がした。息を詰めた私は、目を見開く。


「意味は分かったな? 俺は恋人以外にキスはしない」

「っ……わ、私……私も宰相閣下が好きです」


 今言わないでいつ言うのか。そう決意し、私は告白を返したのだが、その声は、思いのほか小さくなってしまい、震えてしまった。


「知っている。脈があると思っていたし、ミレイユが俺を見る目は艶っぽく、完全に恋をしていると分かった」

「うっ……気づいていらっしゃったのですか……?」

「当然だろう。俺はそこまで鈍くはない」


 宰相閣下は、そう口にすると、今度は私の右手を持ち上げて、手の甲に口づけた。


「ミレイユ嬢。魔法学園を卒業したら、俺と結婚してくれないか?」


 突然のプロポーズだったが、私は何度も何度も首を縦に動かした。すると今までに見たことがない、満面の笑みを宰相閣下が浮かべた。形のいい目が細まり、端正な唇の両端が持ち上げられている。


「さ、宰相閣下」

「ダグラスと呼んでくれ」

「ダグラス様、私、本当に幸せで嬉しいです」

「そう言ってもらえると、俺もまた嬉しい」


 普段の怜悧でどこか冷たい顔とは異なり、柔和な表情をしている宰相閣下に、私は問いかける。


「いつからどうして、私を好きに?」

「高等部の卒業パーティーに、来賓として俺も招かれていただろう? そこでお前が、ワインをかけられそうになった生徒をかばって自分が濡れた姿を見たときに、その正義感と真っ直ぐさに興味を持った。それから時折見かけると、気になるようになっていったんだ。気づいたら、惚れていた」


 それを聞いて、私はびっくりした。


 確かに高等部の卒業パーティーで、平民出時の同級生が、第一王子殿下と同伴し、殿下を好きだと公言していた伯爵家のご令嬢が、近くにあった大人用のワインをぶちまけるという騒動があった。私は、咄嗟にかばったのである。ただ、反射的な行動だったから、正義感というような、深い考えがあったわけではない。濡れたら可哀想だと思っただけだ。


 けれどそれは、宰相閣下――ダグラス様には、言わない方がいいだろう。せっかく私を好きになって下さったのだから、正義感だったことにしてしまおう。


 その後、私とダグラス様は、馬車の中で前を向いたが、ずっと手を繋いでいた。

 馬車は、雪の中、会場まで走っていく。

 これが私達のスタートでもあった。








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