第九話 フィルくんに恋のお悩み相談
さて、初めての魔物狩りイベントに失敗した私は、次の手段を考えあぐねていた。
これからしばらく大きなイベントはなく、小さなイベントを繰り返してコツコツと好感度を上げていくターンになる。それをこなしていると次の大きな転換点がやって来るのだが、意外と小さなイベントの連続がその後誰の攻略ルートに入るのかを決めてしまったりする。
例えば、ちょっとしたことで転ぶイベントがある。恥ずかしいがおそらく回避はできないだろう。
この時に攻略対象――その時点で最も好感度の高い相手――に助けられるのだが、時の選択肢は三つ。
①「助けてくださりありがとうございます……」
②「いやっ、触らないで!」
③「(照れながら無言でそっと離れる)」
この中でロバート様が好むのは、一番目の反応。
だからこの小イベントに漕ぎ着くまでの間、どうにか好感度上げをしなければ。
あと、剣を振ることも忘れない。
剣の技術は後々のストーリー進行で必須だ。ロバート様を死なせないため、きちんとした女騎士になるのだ。
決意を新たにし、ようやくベッドから身を起こした私は、丸一日寝込んでいたせいで固まってしまった全身を伸ばして歩き始めた。
ロバート様に復帰の報告をしなくては。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ロバート様は心配しつつも私の復帰を認めてくれ、私は再び剣を握ることになった。
それから私は、今まで以上に頑張った。
ロバート様にしっかり恋愛対象として見てもらえるよう身だしなみやいちいちの言動に気遣った。
他の攻略対象たちとも――マックスはどうしても無理だったが――そこそこ仲良くしてみせるようにした。その方がロバート様は喜んでくれる。
小イベントも順調にクリアし、ロバート様の好感度は上昇を続けているはず。
なのに、どうしてかロバート様が私に対して一歩引いているように思える。
「ディディくんの方が君に合うだろう」と言って稽古の指導はロバート様ではなくフィルくんが担当するようになってしまったし、私と話しはするがそれ以上に深く関わってこようとしないのだ。
ロバート様と触れ合えない時間が増える度、私の胸は苦しくなる。
ロバート様が欲しい。推しの成分が欲しいッ。どうして私を見てくれないの。私はこんなにも頑張っていると言うのに……!!
そう思わずにはいられなかった。
けれど、でも私が最善を尽くしているのは間違いのないことだと自分に言い聞かせ、剣を振ることで気持ちを落ち着けた。
鍛錬中は無心でいられるので、いつしか鍛錬が好きになっていた。
「おねーさん、最近研ぎ澄まされてきたねぇ」
フィルくんが私を評価する。しかしちっとも嬉しくないのは、彼が私の推しではないからだ。
なかなか可愛い子だとは思うのだけれど。
「フィルくん、ありがとう。おかげ様で最近強くなってきた気がする」
「どういたしまして。でもねおねーさん、一つアドバイスしたいことがあるんだ」
ピンク髪のふわふわ年下男子なフィルくんが、まるで小さな子供に優しく教えるような声音で言った。
「――悩みから逃げてるだけじゃ、強くなれないよ」
私はひゅっと喉を鳴らし、思わず黙り込んでしまう。
悩みから逃げてるだけ。……それをフィルくんに言われるとは思わなかったから。
フィルくんはもっとポワポワしているイメージを勝手に持っていたが、子供だからこその鋭い観察眼があるのかも知れない。
「やっぱり私、悩んでるように見える?」
「そりゃわかるよ。だっておねーさんの剣には魂がこもってないもん。それはつまり、余所事を考えているからってこと。そんなのじゃ剣に失礼だよね。
僕は剣はあまり上手くないけど、魔法を練る時には全力を込める。少し体調が良くなかったり悩み事があったりすると力が落ちるから、そういうのは溜め込まないようにする。それが騎士の常識だよ」
まっすぐな瞳で見上げられ、私は躊躇う。
彼は私に自分の悩みを吐き出せと言っているのだ。でも、ロバート様への熱い想いと彼に振り向いてもらえないサビ良さを語るのなんて恥ずかし過ぎる。
しかし恥ずかしいからと黙っていて剣の腕が堕ちれば本末転倒。ロバート様を死なせることになってしまう。だがやはり恥ずかしいものは恥ずかしいし……。
しばらく思い悩んだ後、考えても仕方ないと思考を放棄することに決めた。
「グジグジ考えるのはやめ! 物は試しだもの。私、フィルくんに相談してみる!」
「いいよ。仕事のお悩みでも恋のお悩みでも何でも、おねーさんの相談に乗ってあげる」
鍛錬を終えた後、私はフィルくんの部屋に行って恋のお悩み相談をした。
どこまでも飾らず、赤裸々な私の恋心。推しにガチ恋していると第三者に告白するなんて恥晒し以外の何者でもないが フィルくんは真剣に話を聞いてくれ、ロバート様の攻略情報を熟読していた私さえ知らなかった情報――好きな色などの他愛のないことから彼の女性関係の思い出まで――を知っている限りで教えてくれた。
その上で彼は言う。
「おねーさんは知らないかも知れないけど、僕たちはみんな貴族。貴族と平民の結婚にはかなりの障害があるんだ」
「身分差結婚には厳しいのよね」
「そうそう。しかも団長は第二王子殿下だし。僕だったら無難なラインで子爵令息あたりを狙うかなー」
ちなみにフィルくんは子爵令息。自分のことをそれとなくアピールしてくるところは、さすが攻略対象の一人だけあると言える。
「それでもどうしても団長を狙いたいなら、僕も手伝ってあげようか」
「え、いいの!?」
「だっておねーさんのためだもの。おねーさんに借りを作って実戦で組んでもらえるようになれば、騎士としてさらにみんなに認められるようになるかも知れないしね」
「ならお願いします!」
本音を隠そうともしないフィルくんには好感が持てるし、何より彼に手伝ってもらえると力強い。
こうして私は密かに協力者を得た。それと共に、悩み事がほんの少し軽くなって今までより一層鍛錬に集中できるようになったのだった。