第八話 あなたには慰められたくない
「おい、入るぞ」
翌朝、泣き疲れて――一晩中啜り泣いていたのだ――全身がだるく、寝込んでいた私を訪ねてくる者があった。
フィルくんか、ロバート様ならまだ許せた。でもその声を聞いただけで私は吐き気がした。
――マックスだ。
「私、今具合が悪くて。だから……」
追い返すために言い訳をしようとした寸前、扉が開かれてマックスが姿を現す。
彼は小憎たらしいイケメンスマイルで私をニヤニヤ見下ろすと、「ふーん?」といみありげに呟く。
「何、ですか」
「いやぁ、相当弱ってるなと思ってな。初めての魔物狩りで失敗するのはお前みたいなひょろひょろした女じゃ当たり前のことだから、そう気に病むなよ」
わかったような口を。
思わず怒りをぶつけようとし、寸手で堪えた。
ここの騎士団の中で不和を生むわけにはいかない。
ロバート様ときちんと恋愛をしていくために、マックスにもできる限り穏便に済まさなくては。
「心配してくださって、ありがとうございます。でも……」
私の拒絶の言葉はまたしても遮られる。
「そんなんじゃない、ってか?
そうだろうな。鈍感な他の連中はともかく、お前がどうして落ち込んでるのかなんて俺にはお見通しだよ。
――――ロバートの隣で戦いたかったんだろ、お前」
図星、だった。
何の言い訳の余地もないその指摘に、私はなんと返事をしていいかわからなくなった。
「それ、は」
「誤魔化さなくてもいいんだぜ? あ、そうだ。なんなら俺が慰めてやろうか。いつまでも凹まれてたら仕事に差し支えあるからな」
……そんなことを言いながら、隙あらば私を押し倒すつもりなのじゃなかろうか。
仮にも乙女ゲームの攻略対象。そんな手荒な真似はしないと思いたい。これはR18ではなく、健全な乙女ゲームなのだから。
でも、マックスならやりかねない。やりかねないからこそ私は震えてしまっているのだ。
「あなたには……慰められたくありません。私一人がいないくらい、あなたには関係ないでしょう。あなたはあんなにも、強いんだから」
嫌悪感と妬みの気持ちを込めた声で私は吐き捨てた。
私は、自分が彼に嫉妬していたのだということにこの時初めて気づいた。
「俺が強いのは当たり前だ。俺がどんだけ鍛えてるか知ってるだろ?」
「知りません。当たり前みたいに言わないでください。あなたのことなんて、私、どうでもいいんです」
「急にわかりやすく塩対応になったな。まあ変に取り繕うよりはそっちの方が俺としては好ましいんだが。
自分一人で立ち直れるなら俺は別におせっかいなんて焼きたくはないんだ。でも、団長はなんだか気まずそうにしてるし、あのチビに任せるわけにもいかないしで俺くらいしか適任者がいないだろ」
「アランさんあたりでも、いいじゃないですか」
「あいつはダメだ。甘やかし過ぎる」
そういえばアランさんはルートに入るととろけるような溺愛をしてくるのだった。
うっかり誰かのルートに入るといけないので、塩対応しても心が痛まないマックスが来たのはある意味助かった面もあるかも知れないなと私は思った。
「今失礼なこと考えただろ」
「別に」
「嘘つけ」
頬を突かれ、不快感に顔を歪ませた。
「出て行ってください。あなたに心配されても私、嬉しくないです」
「俺がお前になんかしたかよ。初めて会った時、自分が寝てる姿を俺に見られたからとかか?」
「違いますけどそれもあります。本当にあなたは失礼な人ですからね!」
立ち上がった私は彼ににじり寄り、圧をかけた。
小さくため息を漏らし、おどけるように肩をすくめたマックスが静かに出ていく。最後に「そんなロバートにこだわるなよ。あいつ、多分お前なんて眼中にないぜ?」という言葉を私に投げかけながら。
――ロバート様は、私なんて眼中にない。
それは当然そうだろう。攻略対象は好感度を上げてこそルートに入れるのだ。私はロバート様の好感度を、まだきちんと上げられていなかった。
でもいつかきっとこの恋は叶う。だって乙女ゲームなのだ。普通の恋愛と違い、私がうまく立ち回れば成功が必ずある世界なのだから。
そう思うと少し元気が出てきた。
失敗しても、また次の手を練ればいいだけ。まだロバート様の攻略ルートに繋がる道はいくらでもある。