第五話 レベル上げの鍛錬イベント一回目
「あー、しんど」
魔法騎士団に来てから二日目。
私は思わずそう呟きながら、剣の素振りをしていた。
前世スポーツとは全く無縁だったし、この体――シーダも運動が得意というわけではない。
重たい木剣を持ち上げるだけで細腕が悲鳴を上げた。我ながら貧弱過ぎる。しかしここで鍛えなければ私の望む未来にはいけないのだ。私は歯を食いしばり、必死に耐え続けた。
これはいわゆる鍛錬イベント。
光魔法を持つシーダだが、それだけでは立派な女騎士になれない。だから剣技を身につけるため、序盤は好きな時に騎士団の一角で鍛錬できるシステムになっている。
このゲームはRPG的要素が強く、レベル上げをして魔王に勝てるようなステータスにしない限りハッピーエンドにはならない。序盤のレベル上げを怠っていたら立派な女騎士になれぬまま終わってしまうし、たとえ女騎士として認められた後でなおかつ恋愛に成功しても少しでも力が足りない場合は魔王に敗れてバッドエンドになり、攻略対象の死という結末を迎える。つまりロバート様が死んでしまうのだ。
プレイ何度目かの時、ステータスが足りなくてラスボスにボロ負けし、バッドエンドルートを辿ったことを思い出した。
ゲームの中で血を流して倒れるロバート様。えぐい。私は画面の前で号泣した。推しの死は、何事よりも辛い。
だからそれ以降のプレイはレベル上げを欠かさなかった。基本的に剣の訓練をし、外に出て戦いに行くというものだが……こうして実際に体験してみるとなかなかキツかった。
しかもステータス画面が見られない。ので、レベルが上がったかどうかすらわからないのだった。
「はぁ……はぁ……」
「後輩くん、頑張ってるじゃないか。それほど熱心とは感心するよ」
肩で息をして今にも地面にへたり込みそうになっていると、そんな風に声をかけてくる人物が。アランさんだ。
鎧姿のアランさんはなかなかかっこいい。まあ、ロバート様には遠く及ばないが。
「おねーさん、すごいねっ。でも無理はしないようにね」
鎧でがっちり身を固めているものの、ひょこひょこした動きで可愛らしさの溢れるフィルくんが駆け寄って来て、私を労わってくれる。
一方で銀髪眼鏡男子のガブリエルはじっとこちらを見つめるのみで、対照的に筋肉馬鹿のジョーイは「修行を重ねて筋肉を鍛えるんだ! 筋肉はイイぞ!」と満面の笑みで吠えている。
無口で影の薄いサムは黙々と鍛錬中。メイナード王子は何を考えているのかよくわからないが、私の方にチラチラと視線を送ってくるのがわかった。
だが私にとって、そんなことはどうでもいい。
だって――。
「呑み込みが早いな。魔法騎士になるに相応しい人材かも知れない」
「うひゃー! ありがとうございますありがとうございますありがとうございます!!」
そう。この最初の鍛錬イベントでは、ある程度こなすとロバート様から褒めてもらえる。
それまでの地道で面倒臭い作業も、この一言だけで全て報われてしまう。ロバート様最高。
レベルがぐんと跳ね上がったような気さえした。今なら雑魚敵を倒せるかも知れない。
「あのさ、ところでなんだが」
と、浮かれ切っていたところに水を差された。
この声はマックス。私は露骨に顔を顰めてしまう。
「その女、誰が剣術教えるんだ? テキトーに素振りしてるだけじゃ強くならねぇだろ」
「そんな風な言い方はしなくてもいいだろう。だが確かに闇雲に続けていても学びは少ないかも知れないな」
眼鏡男子が言い、アランさんとロバート様が頷いた。
さあここからが本番だ。一番目の鍛錬イベントではなんと、剣術の講師となる攻略対照を選べるのである。
ガチムチ脳筋は「なら俺が!」と前傾姿勢になり、マックスはというと「俺は嫌だぜ、こんな女。絶対お断りだからな」と早々に拒絶していた。
心配しないでも彼らの手を取るつもりはない。私が誰を指名するか? そんなのは決まり切っている。
「ロバート・クラム・ウェルスト騎士団長にご教授願いたいです! ダメですか?」
「もちろんいいが……わたしは厳しいぞ」
「厳し目大歓迎です。最高です。どんどん扱いちゃってください。ロバート様の鍛錬ならどこまでもどこまでもどこまでもどこまでも!ついていきますから!」
ロバート様とひとときでも長く一緒にいられるだけでなく、共に過ごすことで好感度が上がる。
ここの講師選びは一番大事なポイントになる。ので、彼を攻略する上で絶対に譲れなかった。
そして――。
「わかった。できうる限り全力で指導させてもらおう」
にこやかな笑顔でそう言われ、私は手にしていた木剣を放り投げて大歓喜した。
これでほぼ確実だろう。後はコツコツと好感度を上げ、それから女騎士になって……ロバート様ルートに突入するのみ!
「この女、頭大丈夫か?」
「マックスは黙ってろ」
そんなひそひそ声が聞こえたり、ロバート様が思い切り苦笑したりしていたが、あまりの喜びを前にそんな些細なことはまるで気にならなかった。