第四話 ちょっとずつ進めていこう
男たちが勢揃いし、ここから一体何が始まるのだろうと身構えた私だったが、想像以上に大変なことにはならなかった。
「今日は疲れているだろうから休ませてあげよう」とアランさんが言い出して、フィルくんが部屋まで連れて行ってくれたのである。
筋肉馬鹿のジョーイ・ジンはもっと話したいからと案内を名乗り出たが、もちろんこちらから丁重にお断りさせていただいた。
ジョーイのルートを選ぶつもりはない。あんなムキムキの腕に抱かれ日には細っこい私の体がポッキリ折れてしまうと思う。
それはともかく。
「おねーさんって可愛らしい人だねぇ。僕、もっとがっしりした女の人が来るかと思ってたよ」
「フィルくんだって小さいじゃない。……あ、ついゲームの時の感覚でフィルくんって言っちゃった。フィルくんって呼んでもいい?」
「うん!」
紅色の瞳をキラキラさせて頷くフィルくんを、私は思わずキュンと来てしまった。
フィルくんは恋愛相手ではなく、弟的な存在として可愛がってあげたくなるところがある。ゲーム中でもいつもヒロインのことを慕ってくれていて、もしもロバート様という最最最推しがいなければ間違いなく彼を推してしまっていたことだろう。
「どうしたのおねーさん、なんかニヤニヤしてるけど。僕が女の子っぽいから笑ってるのー?」
「えっ、ううん、違うの。ごめんね。フィルくんは充分男らしいよ」
フィリップ・ディディというこの愛らしい少年は、女性と間違われることを非常に嫌っている。
実際ドレスを着せればどこかの令嬢と言っても誰も疑わない容姿をしてるから仕方ない。公爵家の嫡男だった彼がこうして幼くして騎士団入りをしたのは少しでも男らしくなるためだったが、依然として大きくならないのが悩みの種なのだ。
そこのコンプレックスを解消してあげると彼のルートに入るのだが、生憎そのつもりは全くない。なんだか申し訳ない気持ちになった。
そうこうしているうちに、フィルくんは私をとある部屋の前まで連れて来ていた。
ピンク色の、これでもかと女子女子したデザインの個室。これがヒロイン、つまり私がこれから暮らすことになる場所だった。
「新しい女騎士さん、つまりおねーさんのために慌てて騎士総出で部屋を作り替えたんだよ。どう?」
……そんな情報は知らなかった。でも確かに考えてみれば男ばかりの場所になぜ女子部屋があるかというのはそういうことだよな、と私は納得しながら、「とっても嬉しいよ」と笑顔を見せておいた。
実際ヒロインの部屋は好きだったし。
「喜んでもらえて嬉しいよ。じゃあ僕はここで、バイバイ、おねーさん」
「またねフィルくん」
私は手を振り、部屋を去っていくピンク髪の少年を見送る。
そして扉を閉めると、改めてこれから住むことになる自室をぐるりと見回してから、隅に置かれた薄赤のシーツのベッドに腰掛けた。
本当はゆっくりしていたいのだがそうも言っていられない。
何せ物語はもう始まっているのだ。一刻も早くロバート様の恋人に選んでいただくために頑張らなければ。
「ちょっとずつ進めていこう」
私は独りごち、この三次元のゲーム世界でいかにしてロバート様の好感度を上げるか――それを真剣に考え始めたのだった。