友人に婚約者について相談されました。相談相手間違っていないか?
「婚約者が最近冷たい?」
俺は友人から緊急の用件があるから来てくれと言われ、上司たちに頼み込んで仕事を切り上げ急いで出向いてみれば話はまさかの婚約者の反応が最近冷たいと言う話であった。
まず俺の名はアレス・ヒューカ、一応伯爵家の人間だ。といっても三男なので領地がもらえるわけでもないため、今後としては王城で文官の一人として働くつもりだ。そのために、現在王城のとある部署にて下働きに近いような形で雑務を割り振られている。
で、今俺が話している友人の名は、カイン・ホルムス、こいつも伯爵家だ。こいつは俺と違って、長男である。カインとは子どもの頃に王城のパーティーで知り合ってそれ以来関係性が続いている。現在は王城で俺と同じ部署で同じように働いている。いわく社会勉強だそうだ。そこら辺の話はよく分からなかった。
まあそんなことはどうでもいいのだ。カインは伯爵家の跡取り息子であるために、婚約者がいる。カインと俺が知り合う頃にはもう婚約していたので、もう10年以上の婚約で、来年カインの成人がしたら結婚すると決まっていた。
お相手はアリア・スカーレッド。こちらも伯爵家のご令嬢だ。何度か俺も顔を合わせたこともあるし話したこともある。
「そうなんだよ、アリアが最近冷たいんだ」
カインは嘆くように言う。俺は、はあと生返事をする。正直な話、肩透かしだった。わざわざ緊急の用件と聞いてみれば、婚約者が冷たいと言われる。俺は何のために仕事を切り上げてきたのか。
「聞いてるのか、アレス」
「ああ、聞いてる、聞いてるよ。で、どう冷たいんだよ」
俺は一応聞いておく。正直この話は切り上げてさっさと仕事に戻りたいのだが。カインの様子が必死なので、これを放置するのはどうかと思い、話を聞くことにする。
「ここ最近会って話をしても楽しそうじゃないし、定期的に会うことにしてるんだが、その数を減らそうって。そんなこと一度も言われてないのに」
俺は意外と状況は深刻かもしれないと思う。しかし、一点気になることがあった。
「定期的にっていうけどどんくらいあってたんだ」
「週に2、3回」
「多くね」
俺は即座に反応してしまう。カインとアリアさんは現在ともに王都にいる。といってもアリアさんはアリアさんで色々と忙しいはずだ。カインの家に嫁ぐのであるから、それに関して勉強しているはずなんだ。
「普通だろ、そんくらい」
カインの何を言っているんだとでも言いたげな雰囲気に俺はそんなものなのかと納得する。うんまあでも周りのほかの人たちはそんなに多いかなと思うけど。
「なあどうすればいいと思う?アレス」
カインはすがるように尋ねてくる。だがな、カインそもそも言いたいことがある。いやもっと前に言うべきだったんだが。
「なあカイン、相談相手間違ってるだろ。俺はそんなご令嬢の機嫌のとりかたとか知らんぞ、知ってるだろ」
自慢じゃないが俺はご令嬢とのかかわりがほとんどない。伯爵家の三男坊と仲良くしようなんていう令嬢はあまりいないのだ。それに俺も結婚に関しては消極的なのだ。そんなわけで明らかにカインの人選ミスなのだ。
「分かってるよ、でもこんなこと相談できるのはお前しかいないんだよ」
カインは頼むよと視線でも訴えかけてくる。まあ正直あまりこの手の話題は広がらないほうがいいだろう。まあそれだけカインに信用されてると思えばいいかと思いながらカインの相談に乗ることにする。
「わかったよ、でもあんま役に立たないと思うぞ」
「ありがとう、アレス」
カインは泣きながら言う。俺はこんな情緒不安定な奴だったかなと思いながら相談に乗ることにする。
「でさ思うにあれじゃね。お互い忙しいからこそってやつじゃないのか?」
俺はとりあえずそんなことを言う。まあお互いに忙しいので、アリアさんが気を遣ったんだよと思うのでそういうことを言った。
「なるほど、つまりアリアは俺に気を遣っているのか」
「そうだよ、まあだから心配しなくてもいいのでは?」
「でも最近話してて楽しくなさそうなのは?」
俺はうっとつまる。それに関しては正直よくない考えしか思いつかない。俺はどうすればいいんだと考えを張り巡らせると。
「忙しくて考え事をしてるんだろ」
適当にそう言った。カインはなるほどと神妙そうな顔で頷く。俺はこれでいいのかと思うが、まあこれでいいのかと思うことにする。
「つまり俺に非はないのだな」
カインはそういうと俺に賛同を求める視線を送ってくる。俺はゆっくりと頷く。するとカインは嬉しそうな様子を見せる。俺はこれでいいんだよな、いいよなと自分い言い聞かせる。
「気が楽になったよ。ありがとうなアレス」
「役に立ててよかったよ」
俺は苦笑いしながら答える。カインは「今日は悪かったな、わざわざ」とかなんとか言ってくれる。俺は少しの罪悪感を抱えながら、カインとしばらく話したのちに帰路につく。仕事に戻ろうとも思ったが、今日はもう何か仕事をする気は起きなかった
「あれでよかったよな」
俺は家に着き、ベッドに転がると小さくつぶやく。ほかに言うべきことはあったほうがいいかもしれないが、変に言うとカインの気分は沈んでしまう。そう思うと何も言えなかった。
俺は大きく、とても大きな溜息をつくと今日のことはもう考えないようにする。
次の日、俺はいつもより早い時間に仕事場へと向かっていた。昨日は早めに仕事を切り上げてしまったことに引け目を感じたからであった。それにあの職場はこの時期、特に忙しいのだ。まあ下働きにすぎない俺がいなくても変わらない気はするのだが。
「おはようございます」
仕事場の扉を空けながら挨拶をする。挨拶がかえってこないので、まだ誰も来ていないのかと思いながら部屋に入った瞬間、「おはよう、アレス君」と俺の仕事場の部署のトップのかたであるハークスレイさんの声が聞こえてくる。
ハークスレイさんは自分の席で何か作業をしていた。そして、俺はハークスレイさんに尋ねる。
「泊まり込みですか?」
「ああそうだよ」とハークスレイさんは何の気なしにいう。ハークスレイさんは仕事場に泊まり込むことがある。といってもきっちり睡眠をとってはいるらしいが、というかこの仕事場には仮眠室というものも用意されている。まあハークスレイさん以外が使うところはあまり見ないが。
「昨日は申し訳ありませんでした」
俺はまず謝罪の言葉を口にする。ハークスレイさんは「気にするな」と言ってくれる。そして、どういう用件だったのか?と聞いてくる。俺はそのままの話をするのはよくないと思い、嘘の話をすることにする。
「その友人が婚約者にもらったハンカチをなくしたらしくて、表ざたにならないようにしたいから手伝ってくれ、と言われました」
「なるほど、見つかったのか?」
「ええ、無事見つかりました。あとこの話」
「わかってるよ、誰にも言わない」
俺はハークスレイさんが信じてくれてよかったと思いながら、仕事を始める。書類を分けるというだけの簡単な作業だ。
「しかし、その友人、カイン君だったか本当に見つかってよかったな。そういうのを無くすと色々とめんどうだ」
「ご経験が?」
俺はハークスレイさんに尋ねる。ハークスレイさんは侯爵家の次男で、結婚している。普通の貴族らしい婚約での結婚らしいが、かなり仲がいいらしい。
ハークスレイさんは苦笑交じりに答える。
「ああ、一か月話をまともにしてくれなかった」
「それは大変ですね」
「ああ、大変だよ」
俺はこれを聞いて、カインもそんなことにならなければよいがと思う。ハークスレイさんは尋ねてくる。
「そういえば、アレス君、結婚は?」
「私は今のところするつもりないです」
俺は特段迷うことなく返答する。貴族の責務としての結婚はそれほど俺には重要性がない。そうなると別に俺の結婚はどうでもいいことなのだ。両親にもそこらへんは特に何も言われていない。強いて言えば、結婚相手はきちんと選ぶようにと言われているだけだ。
「まあ君の立場だとそうか、まあだがそれも気楽でいいと思うぞ」
「ええ、気楽ですよ」
俺はその時、なんとなく聞きたくなってハークスレイさんに一つ尋ねる。
「その結婚に後悔とかないんですか?」
ハークスレイさんは一瞬きょとんとしたような表情をするが、意図をすぐに汲み取ってくれたらしく答えてくれる。少し冗談めかして。
「ないかと言われればあるさ。もっと美人がよかったとかな」
俺は少し笑う。そして、ハークスレイさんは目をつぶりながら少し真面目なトーンで答える。
「だけどまああいつとの結婚でよかったと思ってるよ」
俺はそれを聞いて、「いい相手でよかったですね」と返す。「ああ、本当に」とハークスレイさんは笑顔で返す。俺は答えてくれたことへの感謝の言葉を言うと仕事に集中を向けようとする。その時、ハークスレイさんは思い出したように言う。
「ああそうだ、一つ助言だ」
「助言ですか?」
「ああ、主に君の友人であるカイン君向けだが、婚約者と何か仲たがいがあるようならきちんと自分の想いを伝えたほうがいい」
俺は「伝えときます」と言う。ハークスレイさんは「一応君向けでもあるがな」と冗談めかして言う。俺は冗談返しに「結婚するときはハークスレイさんを師匠と呼ばせてもらい教えを乞いますね」
俺とハークスレイさんは笑いあうと、すっと意識を切り替えて仕事に集中していく。その日、俺は家に帰るとハークスレイさんの助言をカインに伝えるために手紙を送る。ほかにも用件はあったので、そのついでであるが。
一ヶ月後、俺はカインの家に来ていた。カインに呼ばれたのである。相談に乗ってほしいと。
「カイン、その相談ってなんだ?」
「ああ、その実はな」
カインは歯切れ悪そうになかなか用件を切り出してこない。俺がなんだ?と思っているとカインから思いもよらぬ言葉が出てくる。
「婚約を解消しようと思うんだ」
俺は「はっ?」と大声をあげる。全くそんな言葉が出てくるとは本当に思わなかったのだ。俺はうろたえながら理由を尋ねる。
「その、お前の上司の助言から、アリアと話したんだ。そしたら、アリアは俺以外に好きな人がいるんだって」
「えっ?」
俺はそれを聞いて、頭が一瞬真っ白になる。そんなことになるなんて思いもしなかったのだ。俺の動揺がわかったのか、カインが言ってくる。
「お前のせいじゃないぞ、むしろありがたいと思ってる。アリアの本音を知れたんだから」
「いや、でもさ」
「いいんだ、実はさ、アリアの本音というか本心を知れてなかったんだよ俺。話しとかアリアが合わせてくれてたんだ、ずっと」
カインは少し辛そうな笑顔を見せる。
「でもよ、正直それが貴族ってもんだろ」
カインは一瞬顔をゆがませる。俺はしまったと思うが、言わなければいけないことだとも思う。
「ああ俺とアリアは貴族だ、でもよ俺はやっぱりアリアが好きな人と結ばれたいっていうなら応援したいんだ。貴族としちゃ失格だけどな」
「そうだな、でも俺はお前のその気持ち応援するよ」
俺はカインに向かって思ったことを言う。このまま結婚しても二人は幸せになれないだろう。であれば友人として応援してやるのが一番だと思った。
「俺にできることは少ないと思うけど、できる限りの手伝いはするよ」
「ありがとう、アレス」
カインは頭を下げて言ってくる。そして、俺はカインと共に婚約解消の手伝いをすることになった。
婚約解消は思いのほかスムーズに進んでいった。両家の反発があると思ったが、正直な話、両家が結ぶメリットが薄れていたのでそれほど問題にならなかったらしい。それに両家とも、もしもの時のことは用意もしていたそうであった。ゆえにスムーズに進んでいった。
俺はこれでいいのかと疑問に思うことがなかったわけではないが、当人同士の気持ちが一番だと思い、その手伝いをしていった。といってもほとんどやれることはなかったのだが。
そして、一ヶ月後、カインとアリアの婚約は解消された。二人とも正直すっきりしたような表情をしていた。カインはアリアのことが好きだったと思うのだが、アリアの幸せのためであればいいと言っていた。少しかっこつけすぎじゃないかと思った。
そして、半年後にはカインは新たな婚約を結んでいた。俺は思った以上の速さに驚きを覚えたが、カインが幸せそうだったのでこれでいいのかと思った。それにカインなりに考えがあるのだろう。そこは詳しく聞かないことにした。
俺が上司から聞いた助言のせいで、カインは婚約を解消することになった。ただ、むしろそれがよかったことであったようだった。俺はそれに少し安堵を覚えながら、カインといつも通りの付き合いを進めていった。
だけど一つだけいつも通りじゃないことがある。婚約者との間で困ったことがあると俺に相談するようになってきた。その時に毎回言っているが、「相談者俺以外がいいと思う」と言っている。だが、カインは関係なく俺に相談してくる。そして、毎回なぜか俺が関わると解決してしまう。自分で思ったことを適当に言うのとハークスレイさんから時折聞く助言を交えるだけなのだが
しばらくして、いつのまにか恋愛ごとでの相談は俺にするべきという風潮が出来上がっていた。その結果、俺は様々な人に相談されるようになってしまった。
俺自身は結婚も婚約もしておらず、あまつさえ恋人すらいないというのに。まあ人に頼られれば断れる性分ではないので、応えることにしていった。その結果、どんどんと話が大きくなってすごく困ったことになった。
王家の婚約と結婚に関しての相談役になることになったのだ。まさかこんなことになるとはと思いながら、今日も俺は王家お抱えの相談役(婚約と結婚に関して)として働く。王城で働くことにはなったが、こんな形で働くことになるとは人生よく分からないものだ。