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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

新説・うさぎとかめ、それとお金。

作者: ほんの未来

 経済感覚を養える(気がする)パロディ童話、お楽しみ頂けたら幸いです。

 昔々、あるところに、月見峠(つきみとうげ)のヌシ、と呼ばれる1匹のかめさんがおりました。


「やい! この峠のヌシってのはお前か!」


 そのかめさんにうさぎさんが突っかかります。

 のろまなかめのくせに、ご大層な二つ名じゃねーかこら、と。


 負けずにかめさんも言い返します。

 だまらっしゃい。よけいなお世話じゃ、と。


 そんなこんなで拳を交えつつ、すっかり仲良くなった2匹は、決着を付けることにしました。


「いいか? 峠の一番上まで競走な! よーいドン!」


 いきなり開始、うさぎさんは猛ダッシュ。ずるいですね。

 急に言われても反応できず、あっという間にかめさんは置き去りに。

 どうだ追いつけないだろう。うさぎさんは優越感にひたりました。しかし。


 ――ぶろろろん。


 そんなうさぎさんの長耳に、排気音(エキゾーストノート)が突き刺さります。

 かめさんは大型トラックに乗り、地べたを駆けるうさぎさんをぶち抜きました。


 そして1時間後。峠のてっぺんにて。


「なんじゃ、のろまなうさぎさんじゃのう。ほっほっほっ」


 うさぎさんは顔をくしゃと(ゆが)めると、自慢の駆け足で逃げ出しました。

 おぼえてろよ! ……なんて、安い捨てゼリフなんでしょう!


   †


 そんなことを忘れるほどの月日が経ちました。


「やい! この前はよくもやってくれたな!」

「お、お前さんは!? ……誰じゃったかのう?」

「覚えてもいないのかよ!?」


 親友との久々の再会に、会話が弾みます。


「……まぁ良い、そんな減らず口なんて二度と叩けないようにしてやるぜ! 見ろ!」


 減らず口とかお前が言うなと思いましたが、うさぎさんが指差す車を見て、自分の目を疑いました。

 イタリアの有名な自動車メーカー、その創始者の名を冠する、真っ赤なスーパーカー。

 最高時速は驚きの350キロ。制限速度なんて目じゃありません。何考えてるんでしょう? 何も考えていないんじゃないでしょうか?


「ま、まぁ中古だけどな! これでもう負けねぇぜ!」

「お前さん、中古って言ったってのう……」


 限定生産でプレミアが付くので、普通に中古のが高いやつです。3億近かったはず。むしろ本物かどうか疑った方が良いかもしれません。騙されてね? 大丈夫?


「よくもまぁ、こんな良い車を買う金があったのう……」

「へへーん、10世代ローンで楽勝だったぜ!」


 かめさんは、あきれて物も言えません。


 ちなみに、うさぎは多産で繁殖力が非常に高い生き物です。生後4ヶ月ほどで子供を産めるようになりますし、妊娠期間も1ヶ月少々で年に8回ぐらい子供を産むこともあります。また、1回で6匹以上産むことも珍しくなく……そりゃ10世代でローンを組めば、払えるのかもしれません。子々孫々から恨まれそうですが。


 そして、競走の結果。


 びゅんっ、と駆け抜けて、うさぎさんの圧勝でした。法定速度は守れとあれほど。


「へっへっ、やっぱのろまなかめじゃないか!」


 遅れてやってくるトラックを指差しながら、うさぎさんは笑いました。


   †


 それから来る日も来る日も、勝負を持ちかけたうさぎさん。負けるはずはありません。追いつけるものなんて早々いるはずが、と思っていたら、いやらしい笑みを浮かべて手もみをするたぬきさんがすぐ後ろに立っていました。


「あのぅ、うさぎさぁん、初回の支払いが近づいておりますのでぇ、ちゃあんと入金をお願いしますねぇ?」

「わ、分かってるよ! ちっ、うるせぇなぁ……」

「頼みますよぉ、ほんとにぃ……」

「しつけぇぞ、かちかち言わせてやろうか!」


 意地悪たぬきローンの取り立てを追い払いました。どうやって追いついてきたんでしょう?


「うっわぁ、やっべぇな……最近ガソリン代が高くなったせいで、思ったより出費が……暫くはニンジンの葉しか食えねぇなぁ、こりゃ……あ! そうだ!」


 うさぎさんはひらめきました。


   †


「へへへ、笑いが止まらねぇぜ!」


 とんでもない借金に苦しむと思われたうさぎさんでしたが、動画サイトで配信者デビューを果たし、その超絶ドライビングテクニックを活かしたスリル満点の動画で大ブレイク。広告収入でウハウハになりました。葉っぱの札束で性悪たぬきの頬面を(はた)き飛ばし、借りた金は完済。子々孫々に恨まれずに済みました。ああホント良かった。


「もしかしてオレ、天才じゃね?」


 カンペキ調子乗ってますね、うさぎさん。

 まぁ、極悪たぬきに保険金掛けられて泥舟に乗せられる展開を切り抜けたと思えば、仕方ないのでしょうか?


「かぁぁ、この一杯がたまらねぇ!」


 雪下(せっか)ニンジンをぽりぽりやりながら、ニンジンジュースをくっと(あお)ります。

 青臭さのない、甘みが増したこの高級ニンジンが、うさぎさんは大好きでした。


「おっし、もっともっと稼いで、世界一の大金持ちになってやるぜ!」


 そう意気込んだ、うさぎさんでした。


   †


 翌日。


「ふう。さて今日も行くかのう」

「おうおう、のろまなかめさんじゃないか!」

「ふむ。妙に羽振りが良さそうじゃな?」

「はっは、今じゃ人気ナンバーワンの配信者様さ! そっちはまだそんなトラックに乗ってるのかよ?」

「年季が入っとるじゃろ?」

「今の時代、速く走り抜けたものの勝ちさ! じゃーな!」

「運転には気をつけ――って、もう行ってしまいおった」


 大きく溜息をひとつ。かめさんは、いつも通りにトラックを運転しました。


 もう少しで峠のてっぺんに辿りつくところ。

 普段ならこのまま走り抜けるのですが、かめさんは斜面のゆるいところにトラックを停めました。


 目の前にあったのは、最後のカーブ。ガードレールがぐちゃぐちゃに引きちぎれていました。その下には、爆発炎上する名車の姿が。なんということでしょう。

 かめさんは、警察に電話を入れました。


 いぬのおまわりさんがやってきて、実況見分。

 原因は当然ながらスピードの出し過ぎです。

 いぬのおまわりさん、鼻は良いのですが、あいにく目はあまり良くないようでした。

 事故で亡くなったうさぎがどこのうさぎなのか分からず、すっかり困ってしまってワンワン鳴いておりました。


「それじゃあ、共同墓地に葬ってはどうかのう? わしがきちんと(とむら)っておこう」


 そう申し出たのは月見峠のヌシ、かめさんでした。


   †


 かつん、と墓石を彫る音が響きます。

 かめさんには、もう手慣れた作業です。好き好んで上手くなったのではありませんが。

 いよいよ本名は分からなかったので、動画サイトの投稿者名を刻みました。


「やれやれ。これで……ええと、666匹目じゃったか」


 この峠の交通事故で亡くなったうさぎさんたちのお墓。

 忘れ去られ、参りに来るものはほとんど居ません。


 いちばんここに来ているのは、かめさんでした。

 かめさんにしても、石を彫るときだけ。わざわざ通ったりはしていません。


「まったく、どれだけ稼いだって、最後にゼロを掛ければゼロになるのにのう……」


 かめさんは、すこしさみしそうでした。


   †


「ああ、おかえり。今日もお疲れさまでした……」


 かめさんが自宅に帰ると、かめの奥さんがねぎらってくれました。


「今日はまた、会社の近くで事故を起こしたうさぎがおってのう……大変だったわい」

「ああ、またあのカーブですか」

「道も太いし、ガードレールもしっかりしておる。制限速度の表示も、カーブ注意の警告もあるのに、どうして事故を起こせるのかのう……」

「あなたが悪いわけじゃあないことは、わたしがよく分かっておりますよ。毎年毎年、あれだけ交通安全のために寄付してるじゃありませんか」


 かめさんは、月見峠にある会社、カメコーラ社の創業者でした。

 大資産家であると同時、篤志家(とくしか)としても知られています。寄付した金額で言えば、ここ数年は連続で世界一になっていました。

 おそらく、会社から受け取る給与としては、あのうさぎさんの収入の10分の1にも届かないでしょう。しかし、会社はもう何十年と増配を続けており、配当金は税金を納めた後、寄付したり、自社株式の買い増しに回しておりました。

 生活こそ質素なものですが、かめさんの総資産は、世界で10番目。

 世界を股に掛ける大企業群、TKTR(タケトリ)の創業者たちに食い入り、長者番付で上位に入る偉業を為した地元の名士でした。そうして誰が呼んだか、ついた通り名が月見峠のヌシ。


 ……とはいえ、夫婦水入らずの時間に、そんなことは関係ないのです。

 ふたり仲良くコタツでぬくぬくしながら、テレビを見ていました。


 そこで、テレビにかめさんが映りました。当然ながら録画映像です。


 ――会社を興した経緯をお聞かせ願えれば。

「わしがまだこんな子がめだったころ、お茶とまんじゅうの組み合わせに感動してのう。これは100年経っても、価値が失われることのない味だと思い、カメコーラ社を創業したのじゃよ。それから来る日も来る日も働き続けてきたのじゃ」


 ――長者番付トップ10入り、おめでとうございます。

「いやいや、ちいっとできすぎじゃな。わしはただ、皆様に愛される味を守っておるだけの、しがない年寄りかめさんですじゃ。まぁ、食の大切さを皆に評価されてこその結果と言えましょうし、そこはうれしいところですじゃ」


 ――今後の抱負などは。更なる上位入りも視野に?

「皆様の食の安全、健康を守り続けることが第一に、今後は持続可能な発展目標(SDGs)も視野に入れた、環境にも優しい企業になっていきたいと思っておりますじゃ。流石に10位というだけでいきすぎじゃよ、順位はそこまで気にせず、皆に必要とされる仕事をすることが何より大事ですじゃ」


 ――これから起業を目指す動物たちに何かメッセージなどあれば。

「ゆっくりとした足取りでも、一歩ずつ進み続ければ、どんな所へも辿りつけますじゃ。大切なものや大事な場所、そういう素敵な何かを見つけたら、それをゆっくり育て続けるのが良いじゃろう。危なっかしいことはせず、ただ粘り強く護りぬくこと。さすれば、それが動物たち皆に受け入れられるものである限り、どんな願い事でもいつか必ず叶うのじゃから」


「あなた、格好いいわー」

「さすがにこうして見ると恥ずかしいのう……」


 かめさんは赤面した。


   †


 さて、後日談です。


「よし、今日も行ってくるとするか」

「あなた、気をつけてねー」

「なに、亀生(かめせい)1万年時代、まだまだ若いモンにゃ負けやせんよ」

「あらやだ、さすがに1万年は大げさですよ!」


 そして、これから峠に向かおうというところで。


「やい! この峠のヌシってのはお前か!」

「またか!」

「うん? 以前どこかであったことあるか? って、そんなことはどうでもいい、のろまなかめのくせに(以下略)」


 どっかで聞いたようなセリフを告げる新たなうさぎさん。

 そんなこんなで、うさぎとかめの競走はまだまだ続いていきます。


 なお、量産型のうさぎさんはまったくこれっぽっちも気付いていないのですが。

 うさぎさんがアップした無数の動画、その冒頭にはいつもかめさんの大型トラックを抜き去るシーンがあります。そのトラックの側面にはでかでかとカメコーラ社の広告が入っています。

 動画の再生数が増えるほど、視聴者に製品が爆売れして、かめさんの会社は大儲け。

 さらに、大好物のニンジンジュースもカメコーラ社製。手間暇かかる雪下ニンジンの生産者とも取引があります。

 うさぎさんが犠牲になり、交通事故を引き起こす度に寄付を行い、篤志家として知られることで、世間一般の金持ちへの妬みなんかも良い感じに(かわ)していますね。


 うさぎさんが荒稼ぎしては爆死するたび、ちょっとだけ、かめさんが儲かるシステム。

 もしもこれを見ている神様がいるのなら、とんだマッチポンプの話だと思うのかも知れません。

 ですが、神ならぬ動物たちは、そんなことには思いも至らないようです。


 それゆえに。

 そんなこんなで、うさぎとかめの競走はまだまだ続いていきます。


 めでたし、めでたし。

 うさぎとかめの経済童話、お楽しみ頂けましたでしょうか?

 他、経済ネタを詰め込んだ作品を掲載している「ほんの未来」がお届けしました!


 あとがき下のところから、評価を頂けると作者のテンションが爆上がります。「Σ著者名これで昔話!?」ツッコミも大歓迎です^^

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