ep.1『捨て天使です。拾ってください』
拝啓、天国のお母さん。
私は目がおかしくなってしまったのでしょうか?
それとも二日酔いでしょうか?
この高層ビルが何本も立ち並ぶ、現代日本ひいては東京において、いわば"神話"や"お伽噺"でしか聞かないような生き物…………おそらく"天使"がゴミ捨て場で生き倒れています。
もし可能なら、天国へ持って帰ってください。
ep,1『捨て天使です。拾ってください』
「……で、あなたはいったいなに……?」
早朝とまではいかない午前9時。
本来ならば8時30分までに出さなければいけない可燃ゴミを"みなしルール"でぶん投げたOL___伊山千鶴は、目の前の異形を相手にしてるにも関わらず変に冷静だった。
「なにって、天使よ!天使!!エンジェル!」
自称天使は家庭ゴミ特有の謎汁が溜まったポリ袋をクッションにして羽を伸ばす。いや、文字通り『羽』を『伸ばした』
その羽はひどく綺麗で、サイズは大きいかと問われればそうでもなく、ちょっと異臭がする。
「いかにも幸薄そうなお姉さんに不思議な能力をプレゼントしにきたの」
どうやら端から見たら私は幸薄そうに見えるらしい。心外極まれりだな。
母は六年前に他界。社会人歴約3年。彼氏無し、出会い無し、恋人がいた試し無し、御歳24歳の実家暮らし平凡OLのどこが幸薄なのだ。
「おーい、聞いてるー?お姉さ~ん!」
顔立ちだけは良い自称天使が顔を覗かせる。ほんのり香る熟れすぎたバナナの匂いは頼むからゴミのせいであってくれ。
……とはいえ、CM女優顔負け…?髪負け?のサラサラ金髪は、毎日を生きるのが精一杯『美容とか気が回んねぇよ』系女子の私には羨ましく思えた。
「それってあれ?今流行ってる異世界転生バトル的なやつ?」
この前近所の高校生がそんな話をしていたのを思い出す。異世界がどうの。氷の力がどうの。みたいな
「ん~、あたしの能力が戦闘向きじゃないからなぁ~」
「あ、戦闘向き不向き関係無くいらないです。私、昼から変則シフトなんで、じゃ。」
よくわかんない天使に構っている時間があるなら寝ていたい。私がライトノベル好きっ子じゃなくて残念だったな。
「まってまってまって!天使よ!あたし!!仮にも想像的生命体よ??お姉さんが望めば世界だって征服できちゃうのよ!?」
右足にすがりつく彼女をみているとなんだか憐れを通り越してかわいそうになってくる。あとなんかいつのまにか来たゴミ回収のお兄さんの視線が痛いし
「あぁ~……とりあえず交番は中央通り曲がって右だから」
「すみません…、退いてもらっても大丈夫ですか……?」
緑の帽子を深く被った視線の主は天使を視認することはなく、私だけに言う。
「あ、はい…。ごめんなさい」
所変わって自宅。5LDKのL。
With天使
「ちょっと千鶴!お腹が空いたわ!日本米を用意しなさい!」
裾を引っ張り傲慢にねだる姿はまるで六才児のようで、うっとおしい。
とてもうっとおしい。
「昨日の残りでいいなら炒飯が冷蔵庫に入ってるから食べていいよ」
「千鶴ってなんだかとっても肝が据わってるわよね……」
天使が冷蔵庫の扉を開け、問う。
「天使とか悪魔とか恐くないの?」
扉が閉まる。
本来なら自分語りなど恥ずかしくてできないのだが、この天使を見ていると何故だか言葉が素直に紡がれる。
「恐いよ。でも人間の方が恐いのを知ってるから」
人間は理性でコントロールされている"ふり"をしている。
だから建前の陰に本音がある。
こんな議論、何百年も前から言われてきたことなのに、私たちはどうも忘れがちになってしまう。
もとい、目を伏せがちになってしまうと言った方が正しいのかもしれない。
知っている分恐くなる。
だから、知らないものは知っているものより恐くないのだ。
「変わってるわね」
「おかげさまで」
炒飯をレンジに入れた天使は器用に600Wでダイヤルを回した。人間界の常識とかちゃんと学んでるんだ。
「ところで、なんで私の名前を知ってるの?」
彼女は、玄関に入ると私の名前を呼んだ。
名前を特定できるものは何一つ見せていないのに。
「記憶触視能力__あたしは物体から記憶を読み取って視ることができるの。今回はドアノブさんからあなたの名前を教えてもらったわ」
「プライバシーもへったくれもないね」
得意気に自慢する天使。加熱終了音が鳴る。
「さて、ここからは大人の話をしましょうか」
天使の顔つきが変わる。そして私の額には一滴の汗が流れた。
「……それ、あと9時間後でいい…?」
現在時刻12:41。仕事開始時間13:00。
え、ちょ。と言いかけた天使を背に厚底を履いて玄関を開ける……勿論、サイコメトリは使えない