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始めはハーピス視点ですが途中からネージュ視点へ変わります。
城の見張りや門番、メイドから執事に至るまで全員に確認したが、サロンに入って以降のネージュを見たものは誰もいなかった。
「となると、考えられるのは赤薔薇園を通っていく道だが…」
諸侯への招待状を書き終えマイキー兄さんと談笑していたらしい長男のクロード兄さんは、次期国王らしく陣頭指揮を執ってネージュの捜索にあたった。
俺が『実はスノーリット王国の第一王女を無理やり連れてきた』ということを明かしてからクロード兄さんは普段の大らかさが嘘のように厳しい顔をし続けている。
最近まで敵対してきた王国の第一王女がエルフ族の王城内で行方不明など、和解どころか一転戦争になりかねないからだろう。
しかも明らかにエルフ族側に非があるのに一方的に叩きのめすなどできるわけもなく、戦争ともなれば解決は難航することが容易に想像できた。
「ハーピス。彼女のことを一番知っているのはお前だ。この状況なら、彼女はどこを目指すと思う?」
罰は後だと兄さんは俺を捜索隊に加えてくれている。
ネージュを早く見つけることはもちろんだが、国のためにも俺は自分にできることに最善を尽くすと決めていたので、兄の示す地図を見る。
「…多分城の外に出ようと考えるはず。でも見回りのルートがこうだから、それを避けていくと」
地図上でネージュが辿ったであろう足取り通りに指を滑らせる。
それが正しいかはわからないが、
「ここに着く。目の前に森があったら、ネージュはきっと入るよ」
その指先は赤薔薇園から続く森の横へと辿り着いた。
そしてきっとネージュはそのまま森に入っただろうと兄に告げる。
夜の森が恐ろしいと知っていても。時々妙に豪胆なところがあるネージュならばそうするだろうなと、勘でしかないが妙な確信があったのだ。
「そうか…」
クロード兄さんは俺の予想に頷くと「よりによってそこか」とぼやく。
ネージュが入ったと思しき場所。
地図にはその森の上に『始祖レイフェルド廟』と書かれている。
「総員直ちに『迷いの森』へ向かえ。ネージュがいる可能性が高い」
しかし兄が口にしたようにそこは通称を『迷いの森』といい、エルフ族の者ですら容易には出られない魔の森だった。
正しい入り口から正しい手順を踏んで、いたずらに惑わせてくる精霊をかわしながら進まなければあっという間に森に掛けられた守護の魔法によって森に取り込まれ、いつか命が尽きるまで延々と森を歩かされる。
今ネージュがいる可能性が最も高いところが、この国一番の危険地帯だなんて。
なんで悪い方にしか事態が進まないのか。
「くそっ」
悪態をつき机を蹴り、俺もすぐに森へ向かった。
※ネージュ視点
「おお、なんか急にでっかい建物が…」
枝の示すままに進むと、10分も歩かないうちに目の前に大きな建物が現れた。
木々より少し低い平屋建てに見えるそれは目の前に現れるまで全く気がつかなかったが、一度気づけば自然の中の唯一の人工物としてひどく目立つ。
幸いなことに長い間人が訪れていなさそうな寂れ具合ながら石造りの頑丈そうな建物で、倒壊の心配はなさそうである。
ここならば今晩は無事に夜を越せそうだ。
「おじゃましまーす…」
恐らく住む人などいない廃墟であろうが、なんとなく声を掛けてから中に入った。
すると思ったよりも中は綺麗で、落ち葉が積み重なっていることも、蜘蛛の巣が張っていることもない。
外観とは異なり、もしかしたら定期的に誰かが訪れて管理しているのではと思えるその様子に一瞬躊躇うが、いずれにしろこんな時間には誰も来ないだろうと奥へ進んだ。
するすると、まるでどこへ行けばいいのかを理解しているように無意識に足は進んでいく。
そしてふと気がつけば、俺は祭壇のようなものの前に立っていた。
「あれ、なんで」
こんなところに?と、我に返ったところで
『…そういえばここに人間の客人を招待するのは初めてであったな。訪ねてくる時間も種族も常識外だが、我はそなたを歓迎しよう』
どこからともなく威厳に満ちた男性の声が聞こえてきた。
読了ありがとうございました。