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外の陽が傾き、部屋にオレンジ色の光が混ざってきた頃。
俺は先ほど部屋に来たシェイラというハーピスの姉らしき人物に呼ばれて彼女の部屋へとやってきた。
「ごめんね、突然パーティーだ夜会だって言われても服なんて持って来てるわけないって失念してたわ」
うちらも浮かれちゃってと笑いながら彼女はクローゼットを漁り始めた。
どことなくハーピスを思い出すその横顔を黙って眺めながら、俺は彼女が選んだ数点のドレスに目を移す。
明るい髪色に馴染むピンクやオレンジの他、髪色が映えるからか紺色や深緑なども候補にあるようだ。
できればそっちの地味な色でお願いしたいと切実に思う。
「というか、そもそも私ので合うのかしら…」
ドレスを選びながら彼女はふと俺を上から下まで確認するとそんな懸念を漏らす。
だがその懸念は尤もなものだった。
彼女はエルフにしては珍しくグラマラスな妖艶系の美女で、俺ことネージュは乙女ゲームのヒロインらしく適度なスタイルの清楚系美少女。
はっきりいってタイプが真逆すぎるのだ。
だから彼女のドレスを着ると、当然のようにこうなる。
「あの、胸元が…」
スカスカ、というほどではないが隙間があるし、大きく開いているせいでその隙間がやばい。
見えてはいけないところが見えそう、という意味で。
「うん。無理ね」
選んだシェイラさん自身もすぐにそれを認め、早々に諦めてくれた。
俺としては今まで着ていた修道服でも全く構わないと思っていたので、無理に彼女からドレスを借りなくてもいいのだが、
「ダメよ。確定していないことだとしても王族に嫁いで来る者として相応しい格好をしなくては」
思いの外厳しい口調で窘められた。
確かにこれは俺個人の問題ではなくエルフ王族の沽券にも関わってくることだ。
俺は「そうですよね、すみません」と謝ったが、シェイラさんの目は厳しいままで、
「第一こんな可愛い子にそんなダッサイ修道服を着せとくなんて、世界の損失だわ!」
と言って再び服を漁り出した。
謝って損した。
そして10分ほど経った頃。
「そうよ、何も私のところで探さなくてもいいのよね!」
夥しい量が広げられたドレスの海から顔を上げた彼女は何か閃いたようで、ざかざかと服をかき分けてこちらへくるなり俺の手を取るとさっさと部屋を後にした。
え、あれ、片付けなくていいの?
そう思って振り向けば、さささーっとメイドさんが数人部屋へ吸い込まれていく。
そうだった、この人たち王族だったんだと改めて実感した。
「マイキー兄様!ミランダ様をお貸しくださいな!」
部屋を出て城(自分が連れて来られた場所を初めて見たがスノーリット王城と同じくらい立派な城だった)を出て馬車に乗り5分ほど走ったところで降ろされると、そこは大邸宅といえる大きな屋敷だった。
シェイラさんは勝手知ったる家なのか慣れた様子で玄関に向かうと扉を開け放つなり叫ぶ。
しかし
「シェイラ様、いらっしゃいませ。旦那様でしたら、先ほど王城に向かわれましたよ」
入れ違いましたね、と執事らしき男性がどこからともなく現れ、苦笑しながらそう言った。
なんてタイミングの悪い、と思ったがそういえば先ほど来たハーピスの兄弟の誰かが招待状がどうとか言ってたしその件かな、と思い直す。
「そうなの?ミランダ様も?」
シェイラさんはため息を吐いたが兄の不在を特に気にしていないのか、執事にミランダさんという人の所在を問うた。
ここに来た目的はそっちの方らしい。
「奥様は今お召替え中かと。伺って参りますのでご用件をお聞かせいただけますか?」
執事さんは胸に手を当て恭しくお伺いを立てる。
それを後ろから眺めている俺は、言葉遣いは丁寧ながらシェイラさんを昔から知っている子ども扱いしている節がある彼は一体いくつなのだろうと埒もないことを考えていた。
「この子にドレスを貸してほしいの!」
だからいきなり腕を引かれてシェイラさんの前に出され、ずいっと執事の方にさらに押し出された時、多分だいぶ間抜けな顔をしていたと思う。
「この子ね、ネージュって言うんだけど、ハーピスのお嫁さんなの!」
シェイラさん、にこにこ笑って嬉しそうだけど、明るくデマ流すのやめて。
まだ確定してないと認める気のない俺は言いたかったが、
「なんと!ハーピス様やりますな!」
先に執事さんが感嘆の声を上げたことで阻止されてしまった。
2人は俺をほっといて何やらひとしきり盛り上がっている。
俺は話に入ることも出来ず、横で黙ってそれを聞いていた。
「それにしても、女をとっかえひっかえしてた奴がこんないい子捕まえてくるなんてねー」
けれどシェイラさんの言葉に「え」とつい声を漏らしてしまった。
するとシェイラさんはすぐにしまったという表情を見せる。
過去の女性の話など俺に聞かせるべきではなかったと。
だが聞いてしまったものはもう消せない。
設定に『女好き』も『女遊びが激しい』もなかったから考えたことなかった。
普通に考えてイケメンの王族がモテないはずがないのに。
さっきハーピスが俺を選んだ理由が第一王女だからだと気づいた時と同じように、鋭いのに鈍い胸の痛みをまた感じた気がした。
読了ありがとうございました。