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祝福を受けてから今年で700年になる。

神様おじさんから告げられた天命はすでに20年ほど過ぎているが、これは誤差の範囲なのだろうか。

しかも俺たちの身には不思議なことも起こっている。

「おぎゃあ、おぎゃあ、お、ぎゃあ、ふぅ…ん…」

「お疲れ様でした。元気な男の子ですよ」

そう言って助産師のエルフが俺に見せてくれたのは、俺の53人目の子供だ。

「やったね、ネージュ」

今回も出産に立ち会った、見た目年齢30代後半のハーピスが先の52回と同じように俺の手を握る。

初めの頃は興奮して「凄い!ちっちゃい!可愛い!!」とブンブンと振られた手も流石に今は落ち着いていて、労わるような優しい握り方になった。

「ええ…」

俺も酷く疲れてはいたものの満たされた感覚に目を細めながら、そっと手を握り返した。

子どもを産むということは何度経験しても慣れないが、何度経験しても嬉しいものだ。

「ほら、大旦那様は出てってくださいませ。大奥様を清めますから」

「はーい」

助産師のエルフ、ヘレンも慣れたもので、繋がれた俺とハーピスの手を生暖かい目で見ながらもハーピスを部屋から追い出す。

彼女は既に50代のような見た目だが、実は俺よりもうんと年下で、まだ300歳にもなっていないはずだった。

エルフの見た目は天命に影響されるらしく、長命であればあるほど年を取らない。

そしてそれは共に祝福を受けた人間にも適用され、俺も見た目だけなら30代、下手すりゃ20代だ。

それはつまり、まだまだ寿命が尽きそうにないことを意味しているわけで。

「ねぇヘレン、聞いてもいい?」

俺はふと気になったことを彼女に聞いてみることにした。

「なんですか?」

「エルフの最高齢出産年齢って何歳か知ってる?」

俺はこの先いつまで家族を増やし続けていけるのか。

そんなことが急に気になったのだ。

まだ欲しいのかと言われれば微妙だが、もういらないとは思わないし。

「そうですねぇ、調べたことはありませんが」

ヘレンは顎に手を当て、うーんと悩むと、

「普通のエルフは500歳でも長命な方ですから、多分今日の大奥様の出産が最高齢じゃないかと」

思ってもみなかったことを口にした。

「…へ?」

そんな馬鹿な、と俺は聞き返すが、

「そもそも300歳越えて子供を産めることすらあり得ないレベルですし」

大奥様は凄いですよねぇと呆れながら感心したような声でヘレンは答えた。

その目が「本当に人間なんですか?」と言っているように見える。

「私なんて今年238歳ですが、どう見たってもう産めないでしょう?それが普通なんですよ」

「…えー?」

会話しながらもてきぱきと片づけを進めてくれる彼女には確か8人の子供がいるから、頑張ればできないこともないと思うが。

この世界ではどうか知らないが、あっちでは最高齢が60歳を超えていたはずだし。

「さあさ、早くしないと大旦那が戻ってきてしまいますよ」

ヘレンは納得いかないと唇を尖らす俺を急かし、隣にある湯殿へと追いやる。

「レイフェルド様をお待たせするわけにはいきませんからね」

そして腕をまくり、治療魔法で回復させた俺の身体を隅々まで綺麗に洗ったのだった。


「この子が私たちの53番目の息子です」

『ふむ。どれ…』

子供が生まれたらその日のうちにレイフェルドの廟に報告に行くというエルフのしきたりに従って、今回もハーピスと共に彼の元を訪れる。

子供は泣きもせず、くうくうと安らかな寝息を立てていた。

『おお、なるほど、そうか』

ややしてレイフェルドが突然、愉快そうに笑い始めた。

彼は何十年か前にもそうやって笑ったことがあるが、もしかして同じ理由だろうか。

『相も変わらず察しが良いな。左様、この者もイーシャ達と同じだ』

そう思っているとレイフェルドから肯定が返ってくる。

彼が心を読むのも相変わらずだ。

「マジか。どいつ?」

それを聞いたハーピスは期待に満ちた顔でレイフェルドに問う。

かくいう俺も彼と同じように期待を抱いていた。

『うむ。この者はお前たちと出会った生ではグランプと名付けられていたようだ』

そしてレイフェルドが俺たちの期待に応えるように53番目の息子がグランプの生まれ変わりだと告げた。

やっぱりそうだった。

どういう理屈かは不明だが、天罪の登場キャラクターが俺たちの子供として生まれ変わってくることがある。

12番目の娘であるイーシャはドクトの生まれ変わりだし、36、7、8番目の息子であるリオールとルイードとワーリンはスーリーとスーニーと、やっぱりいたらしい3番目のスージーの生まれ変わりで、今世でも仲良く三つ子で生まれてきた。

43番目の娘ヴァニスはバッシルの生まれ変わりで、子供たちの仲で誰よりも俺に似ている。

他にもナナリーやクリストファーも生まれ変わって来てくれた。

そして今回はグランプだという。

彼はハーピスと仲が良かったから、きっとお父さん子になるぞ。

基本的にエルフ族の子供の名付けはレイフェルドが行うことになっているのだが、さて、彼はどんな名前になるのだろうか。

『そうさな、グランプか…。グライアスかグレイオールあたりが妥当だな』

「んじゃ間を取ってグレイオスで」

『ではそうしろ』

決まるの早っ、しかも雑っ!

せっかくワクワクしながら待っていたのに、今までの中でダントツにあっさり決まりすぎだ。

「今世のお前の名前はグレイオスだぞー」と言いながら息子の頬を突いて起こしてしまっているハーピスを眺めながらため息を吐いていると、

『まあそう言うな。どうやら我が愛し子は彼の者が生まれ変わってきた時の名前を前々から決めていたらしい』

くっくっくっ、と低く笑うレイフェルドが、恐らく俺にしか聞こえていない声で語り掛けてきた。

『忘れていたが、次に生まれてくる子供がグランプだったらグレイオス、ドーパだったらドレファスにすると、そういえば前回考えていたからな。その通りにしたのだろう』

「なるほど?」

700年の間に、クールそうに見えて実は淋しがり屋の人好きだと気がついたが、彼は残る2人に会うのが余程楽しみだったのだろう。

構いすぎてとうとう泣かせてしまった息子を「わー、ごめんて!」と慌ててあやす様を眺めながら、俺はドーパを産むまで死ねないなと苦笑した。

『ところでネージュよ』

「ん?」

『そなたが疑問に思っている天命について、教えてやろうか?』

「…え?」

何の前触れもなく、レイフェルドがそう言ってきた。

確かにさきほど俺はドーパを産むまでと、そう思った。

だが、天命が尽きるのとどちらが早いかわからないし、それ以前に神様に言われた天命が過ぎている今、いつ死んでもおかしくないのではと思っている。

けれど、

「うーん、やめとく」

自分がいつ死ぬかわかったら、それを気にして生きていかなくてはならなくなる。

それはやり残すことが減るという意味ではいいことかもしれないが、のんびり生きていこうと思えば足枷にもなるだろう。

だったら俺はそれを聞かずに、のんびりと、一瞬一瞬を大切にゆっくり生きる道を選ぶ。

『そうか。では安心させるという意味でこれだけ教えてやる』

レイフェルドは「ふっ」と笑って俺に囁く。

『そなたらの寿命は既にこの世の理を離れ、神の領域に達そうとしている。恐らくまだまだ死ぬことはあるまい』

だから気にせず死ぬまで生きろ。

そう言って今回のレイフェルドとの対話は終了した。

「って、はあああぁぁぁぁ!!!?」

「うわっ、どしたのネージュ?」

齎された言葉のあまりの内容に俺は頭を抱えてつい叫んでしまった。

その声にハーピスが驚き、抱かれていたグレイオスも泣き止んでいた。

「どうしたもこうしたも」

俺たちの寿命がえらいことになってるぞ、と伝えようと思ったが、伝えたところでどうしようもない。

だから「いえ、ごめんなさい、なんでもないわ」と俺は誤魔化すことにした。

例えなんであれ、俺が、俺たちがすることは変わらない。

「帰りましょう。ハーピス」

彼からグレイオスを受け取ってぎゅっと抱きしめる。

生まれたばかりの子供は暖かくて柔らかくて、どんどん愛おしい気持ちが溢れてくる。

「この子を無事に育てて、早くドーパも産まなくちゃ」

ねー、と俺は腕の中のグレイオスに同意を求める。

島でもグランプはドーパのことをずっと気に掛けていたようだし、今世でもきっと色々面倒を見たがるだろう。

その光景を早く見てみたい。

「だから、まだまだこれからも、一緒に頑張りましょうね」

「そうだね」

俺はそっとハーピスに寄り添い、ハーピスはグレイオスごと俺を抱きしめた。

胸の中の温もりと、身体を包み込む温もりに俺が感じるのはやっぱり幸せで。

この気持ちがある限り、この先が何年、何百年続いても大丈夫だと思えた。

「それにしても、まさか子供を産んだその日にそんなことを言うなんて、ネージュってばいつまで経ってもわかってないよねぇ」

「……ん?」

なのに浸っている気分を邪魔するように、ハーピスがくすくすと笑い出す。

なんだと思って顔を上げれば、

「だってさ、旦那さんに向かって子供が欲しいって、それ、普通に誘ってるでしょ」

ちゅ、とおでこにハーピスが口づけてくる。

昔から思っていたが、ハーピスは割とキス魔だ。

というか、ちょっと待て。

「……はぁっ!?」

なんでそうなるんだと俺は抗議の声を上げる。

しかし彼には届かず、「よいしょ」と俺を横抱きに抱え上げると、

「んー、本当はしばらく休ませてあげたいけど、本人の希望だからしょうがないよね?」

と言いながら帰還魔法を発動する。

「いや、ちょっ」

と待て、と言い終える前に俺たちはハーピスの魔法で寝室に移動してしまっていた。

ハーピスは俺をベッドに降ろし、グレイオスを取り上げて横に置いてあるベビーベッドへ寝かせる。

グレイオスは抵抗することもなく、おやすみというように「あぶ」と言うと、すぐに寝てしまった。

「グランプなのに空気が読める子だねぇ」

ハーピスはグレイオスに向かって笑いながら「お休み」と呟き、ベッドに戻ってきた。

そしてぎしりと音を立てて膝乗りになったが、大丈夫、これはきっと、ハーピスの冗談だろう。

いくらなんでも、ねぇ、さすがにない…よね?

「大丈夫、ちゃんと完全回復魔法掛けてあげるから」

心配しないで頑張ろうねとにこにこ笑いながら、どこまで本気かわからないハーピスが俺の上着に手をかける。

「ちが、え?冗談だよね?ほんとに違うからね!!?」

不安になった俺は自分の安全を確保しようと念を押したが、

「はいはい」

ハーピスはずっと笑ったままだった。

そして抵抗虚しく、「大人しくしててねー」と言うハーピスが止まることはなかった。


翌年。

『よかったな。この子はドレファスだ』

生まれた子どもを抱えて早過ぎる再会を果たしたレイフェルドが笑いながら俺たちの願いが叶ったことを教えてくれた。

「よかった、終わった…」

俺はドレファスと名付けられたドーパの生まれ変わりを抱きしめながらこれでもう終わりと快哉を叫んだが、

「何言ってるの。どうせなら100人目指そ?」

お気楽に笑うハーピスにそう言われ、

「何言ってんのはこっちの台詞だバカー!!」

と、彼を突き飛ばした。

去年の失敗を思い出して俺が焦っていると、

『何、心配はいらん。十分できる』

そんな有難くもないレイフェルドのお墨付きの声が耳に届く。

それってもう600年くらい死なないってことじゃね?という余計なことに気づきそうになったので、俺はそれを聞こえなかったことにした。


俺はドレファスを抱えて霊廟を出て、迷いの森から見える空を見上げた。

木々の隙間から見えた空はあの島で見たのと同じ青空で、俺はふとあることを思い出した。

「……そーだ」

俺の子供として皆が揃ったなら。

今度こそ、あの日約束したウニを皆で食べようか。

「きーまり!」

俺はドレファスを持ち上げ、高い高いをしながら、新しい目標を決めたのだった。


…これからも皆と楽しい日々がずっと続いていきますように!

読了ありがとうございます。

今回でネージュのお話しは最後となりました。

予想よりだいぶ長くなりましたが、最後まで拙作にお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  なかよく過ごしているふたりがしあわせそうでよかったです。  よい作品をありがとうございます。
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