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そんな事件から早いもので1年の時が経った今日。

俺はブランシュ・ネージュ・ミレ・スノーリットから、ブランシュ・ネージュ・エルフィン・ド・フォレスティオになった。

人間、少なくともスノーリット王国とエルフのフォレスティオ王国の和平は確約され、俺が生き続ける限り、そしてその子孫がエルフ族内で愛され続ける限り、この和平は崩れないだろう。

そしてその俺の寿命はといえば。

「絶対後悔させないから。一緒に長生きしようね」

「はい。そうなればいいですね」

「なるよ、絶対」

婚礼の儀が行われたその日、俺は再びレイフェルドの霊廟を訪れた。

なんでも長命なエルフ族が短命な人間と結婚する場合はどちらかの種族に寿命を合わせるらしいのだが、それをレイフェルドが『祝福』という名の魔法を使って決めてくれるらしい。

人間側の愛が足りなければ短命、など色々伝承があるらしいが詳しいことはわかっていないそうで、どちらの寿命になるかは魔法をかけるまでわからないのだそうだ。

そして祭壇に跪けば、1年ぶりに聞くレイフェルドの声がその場に厳かに響く。

『久しいな、彼の神の愛し子よ。そして我が愛し子よ』

俺とハーピスをそう呼んだ後、しばし黙した彼は『ふむ』と声を漏らすと、

『ネージュよ、実はあの後、我は彼の神に会ったのだ。が…』

そう言ってまた沈黙した。

その言い様が妙に歯切れが悪く、俺は首を傾げる。

「えと、おじさん、お元気でしたか?」

だが理由を聞こうにも切り口が見つからず、そんな当たり障りのないことしか口にできなかった。

神様に対して元気も何もあるもんじゃないだろ、と自分にツッコみながら。

『元気ではあった。だが、彼の神はそなたがエルフと同じ寿命になることを良しとはせなんだ。さて、どうしたものか』

だから彼から返ってきた答えは当然のように肯定ではあったものの、その後には見過ごせない言葉が続いていた。

「…その理由を聞いても?」

『もちろん。だがこれは彼の神の我が儘であるからなぁ』

思いがけない言葉に驚く俺の問いに与えられた言葉もまた思いがけないもので、俺はまた問い返す。

「我が儘って、どういうことですか?」

言いながらなんとなくハーピスを見れば、彼は俺を見てポカンとしていた。

その顔は俺とは別の驚きに彩られているように見え、「ん?」と首を傾げれば彼はそろりと口を開く。

「…ネージュって、さ。神様と、知り合いなの?」

気のせいかその表情が縋りつくようなものに見えた。

そういえば神様おじさんの話は須藤君とレイフェルド以外にしていないかも?

あれ、でも須藤君に話した時、同じ空間にハーピスもいたよな…?

まあ聞いてたかどうかは知らんけど。

『知り合いどころか、大のお気に入りだ。だからエルフの寿命に合わせるとなると、迎えに行くまで何百年と待たなくてはならなくなるから嫌だ、と』

俺が考えている間にレイフェルドがハーピスの疑問と俺の疑問に対する答えを一遍に返してきた。

聞けばなるほど、確かに神様おじさんの我が儘というか、個人的な意見だ。

だが神様にとってエルフの一生は一瞬とは言えないかもしれないが、そう長いものでもない気がするのだが?

『言ったであろう、お気に入りだと。人間の一生くらいならば待っていてやろうと思えたが、エルフの一生だとそうもいかぬらしい』

「……相変わらず人の心を読んで」

『話が進まぬからな』

俺の苦言も偉大なるエルフの王には通じず、俺はため息一つで妥協して再びハーピスに視線を戻した。

そうしたら冷や汗を流しながら目をぐるぐるさせているハーピスが見えた。

「え?なんで?ちょっと、ハーピス!?」

なんでそんなことに?と俺がハーピスの肩を揺すっていると、

『普通は神の愛し子と呼ばれる者にただのエルフが手は出せんだろうからな』

またもレイフェルドから疑問の答えをもらった。

それも考えてみれば無理もない話。

俺だってもしハーピスがエルフ族ではなく神族だったら結婚しようと思えなかっただろう。

けれどそれでは困る。

実際の俺はただの人間で、ハーピスはただのエルフなのだから。

「レイフェルドさん、お願いがあります」

『ん?彼の神をこの場に呼べるか、だと?まあ、出来なくはない』

「…話が早くて何よりです」

俺はレイフェルドに神様おじさんをこの場に呼んでほしいと願った。

そして可能だと言った彼の言葉通り、すぐにおじさん神様はこの場に現れた。

『おお、三根よ、久しぶりだな』

だが、まさかハーピスの身体を乗っ取って顕現するとは思ってもいなかった。

もしかしてこちらの世界に来るには意識だけで来るしかないのだろうか。

そういえばあの時も俺の意識だけを呼んだって言ってたし。

『本当にそなたは無駄に賢しいな』

『無駄ではない。この子は昔から察しがいいのだ』

『…左様で』

「あの、おじさん、俺」

心や頭の中を読まれることはもう諦めて、俺は本題に入ろうとおじさんを呼ぶ。

早く終わらせないとハーピスが可哀想だ。

『わかっている。お前はこの者と一緒に生きたいのだろう?…エルフの寿命で』

俺の心が読めるおじさんは当然俺が言いたいことをすぐに理解してくれる。

この者、と言って自身の胸に手を当てるハーピスの中にいるおじさんに大きく頷いて見せると、おじさんはハーピスの身体で大きなため息を吐く。

『お前がまさかこの者を選ぶとは思わなかった。よりにもよって、この世界でもっとも長い天命を持った男を選ぶなど…!』

ぐぐっと拳を握り、『何故だ』とおじさんは悔しそうに顔を歪める。

確かにあの当時知り合いでエルフなのはハーピスだけで、可能性で言えば須藤君と結婚するか独身でいる確率が高かった。

だからおじさんも幸せに天寿を全うしろと言ったに違いない。

『その通りだ。お前本人の天命は89歳。それはエルフと婚姻を結びでもしない限り変わらないはずだった』

おじさんはあっさりと俺の命が終わる年齢をバラした。

それが天の理みたいなもの的に大丈夫なことかはわからないが、とりあえず流しておく。

『お前はこいつの天命を知らないだろう。こいつは今時点ですら500年ほどの天命を持っているが、お前と結婚して子を儲ければその天命は700年まで延びるのだ。そしてこの者の天命が伸びれば、共に『祝福』を受けたお前も同じ年月を生きなければならなくなる』

『おい!神よ、それは…』

興奮したおじさんはこれから先の俺たちの寿命までバラし始めた。

だが流石にそれは拙いらしく、レイフェルドが慌てて止めようとする。

しかしおじさんは止まらなかった。

『本当のことを言えば三根が諦めるかもしれん。それに、こいつもな』

そう言って自分の手を見つめたおじさんは

『ともかく、我が愛し子については本人が決めたことに異論は挟まん。だが、人間がエルフと同じ寿命を得るということがどういうことか、よく考えることだ』

と言って天を見上げた。

すると一瞬ハーピスが光り、直後におじさんの気配は消え、その後には暗い顔をしたハーピスだけが残された。

おじさんは不穏なセリフだけを残して光と共に帰ったらしい。

一生に一度の晴れの日に何てことしてくれてんだ。

『…とまあ、そういうことだ』

レイフェルドはきまり悪そうにそう告げると項垂れているハーピスに言葉を向ける。

『我が子孫よ。先ほどの話は聞いていたな?そなたはどうしたい?』

それはまるで途方に暮れる幼子に対するような優しい声だったが、ハーピスの顔色は戻らない。

きっと王族として神の怒りに触れることを危惧しているのだろう。

そう考えた俺は彼に言う。

「大丈夫。私が生きている限りおじさんは守ってくれるし、死んだ後はエルフに手を出さないでってお願いします。だから心配しないで」

ね?とダメ押しの笑顔を見せ、なんとかこの空気を打開しようとしたが、彼の顔色はやはり暗いままだった。

どうしよう、もう説得の方法がないと笑顔のまま冷や汗をかいていると、

『違うぞネージュよ。我が子孫が案じているのはそのことではない』

「ほえ?」

またもや心を読んだレイフェルドによって自分の考え違いを指摘された。

俺にとっては暗い顔で俯いているだけのハーピスの様子も頭の中を覗けるレイフェルドにとっては違うのだ。

『そうだな。我が愛し子は今、渦巻く思考の中で迷子になっているようだ』

彼は呆れているような、憐れんでいるような声音でハーピスの状態を教えてくれる。

『そなたと子を儲けられること、そして共に700年在れるということにはかなり喜んでいるが、彼の神が言った『人間がエルフの寿命を得る』ということについては、エルフ族に伝わる昔話にあるような展開になるのではと危惧している』

「昔話?」

『そう。人間の精神が耐えられる寿命は200年ほどだと言われており、エルフの寿命を得た人間も300歳になる頃には精神に異常をきたすため、共に祝福を得たエルフはそれを嘆きながらその者を殺して自分も死ぬ、というような話だ』

「なにそれクソ重い」

おっと、言葉遣いが乱れた。

だがこれでハーピスがなにを思い悩んでいるのかがわかった。

はっきり言ってそんな先のことを断言できるほど、俺は自分を信じちゃいない。

でも、だからこそ言えることもある。

「ハーピス、聞いて」

俺は未だに暗い顔をしているハーピスの頬を両手で挟み、強制的に彼の瞳に俺を映す。

「300年後、昔話通り私は狂うかもしれない」

瞬間、ハーピスの瞳が揺れた。

それでも俺は目を逸らさせない。

「でもね、多分私は幸せだと思う。300年も愛した人と生きられるなら、その後狂ったっていい。きっと昔話の人間だってそう思っていたから、エルフの寿命を得られたんだよ」

違う?と俺は口には出さずにレイフェルドに問う。

『その通りだ。この魔法によって決まる寿命は人間側を基準としている』

やっぱり、俺が思った通りだ。

エルフを愛するレイフェルドがかける魔法が、エルフを不幸にするものであるはずがない。

『我が与える『祝福』は、受けた人間が「狂ってでも最期の瞬間までエルフと共に在りたい」と願えばエルフの寿命を、「狂った自分が相手を苦しめるくらいなら短くても充実した日々を」と願えば人間の寿命を与えるように作ったものだ。だから互いの意に沿わぬ結果にはならないと思っていい』

レイフェルドはハーピスに向けてであろう、穏やかな声で彼の懸念を取り除くようにゆっくり丁寧に説明していく。

『そして恐らくネージュは狂わない。もしそうなるなら彼の神はどんな形でも許すはずがないからな。それに、もしネージュが狂ってそなたが手を下さなければならなくなったなら』

びくり、とハーピスの身体全体が揺れる。

『我が代わりに手にかけてやろう』

ああ、そうか。

やっと本当のことがわかった。

こいつは狂った俺の姿を見るのが嫌なんじゃない。

それを終わらせるのが自分だということが嫌なのだ。

安楽死の概念がある日本で生きていた俺だって、その人のためとはいえ愛する人を手に掛けるなんて絶対に嫌だ。

でも、それよりももっと嫌なのは。

「絶対ダメ。もしそうなった私を殺すなら、ハーピス以外絶対にダメ」

他の誰かに殺されること。

それだけは嫌だった。

「貴方と共に在りたいと願った結果なんだから、終わらせるのも貴方でなきゃ」

じわりと目に涙が滲んでくる。

これは何の涙だろう。

「そうでしょう、ハーピス。私のたった一人の旦那様」

「………ネージュは、それでいいの?」

俺に押さえられて強制的に目を合わせられていたハーピスがようやく口を開き、右手を恐る恐る俺の頬に添える。

ヘーゼルの瞳には俺と同じように涙が溜まっていった。

きっとそれは俺と同じ理由の涙。

「もちろん」

「…そっか」

俺たちは一度顔を見合わせておでこをくっつけ、同時に吹き出して笑い合った。

2人ならこの先何があっても大丈夫。

まだ不安はあるけれど、俺はハーピスの強さを信じてそう思うことにした。

読了ありがとうございました。

次回最終回です。

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