亡国の氷姫
カミルシェーンの欲しいものは、なぜかいつも弟が持っているものだった。人も物も何でも。彼が本気で欲しいと思った時にはもう弟のものになっている。
カミルシェーンは弟のライドフェーズと共に、中規模国家の双子の王子として大切に育てられた。
両親を早くに亡くしてしまうも、父王の妹にあたる叔母がかなりの強者で国をしっかりとまとめていた。叔母はカミルシェーンを次代王として早々に指名し、盤石な体制を作り上げる。二人は厳しくも大らかな彼女に見守られ、大きくなっていく。
学校へ行く年になり、兄弟は寄宿学校に行く。全ての国の上級階級の子女が集まる学校だ。
カミルシェーンの学校生活は順調だった。成績も人付き合いもそつなくこなしていた。弟のライドフェーズは逆だった。成績に偏りがあり人付き合いも酷い。
(ライドは周りに心配させてばっかりだ……)
カミルシェーンは弟の面倒を見ながら、後継ぎへの期待の目から逃れられる学校で楽しく過ごしていた。
人当たりが良く次期王ということもあり、女の子にはかなりモテていた。彼は適当に遊びながらも女を見る目を養い、妃候補も探す。順風満帆のとき彼の運命に出会う。
その姫は小国シキビルドの筆頭の家柄だった。さらさらの銀髪に青い目をしている、とても美しい顔立ちの少女だ。落ち着いた物腰と見た目の清らかさに、心を奪られ夢中になる者が続出していた。しかしなぜか『氷姫』と呼ばれていた。
(とても綺麗だ。それに……)
弟はまだ知らない姫だ。そのことがカミルシェーンをその気にさせた。
「あなたは自分をごまかして、欲しいものを得られない男よ」
カミルシェーンは彼女に呼び出され、これは、と思った矢先にこう告げられていた。いい加減鬱陶しいから関わるなと釘を刺される。いつもの彼なら、すぐ諦めて次のターゲットへと向かう。が、今回は心の中をズバリと言われ腹がたった。
「なんで君にそんなことを言われなければならない?」
「自覚がなくて鬱陶しいから。関わらなければ言わないわ」
そう言ってすぐに立ち去ろうとする彼女の腕をカミルシェーンがつかむ。すると次の瞬間には彼の体は宙に浮き、地面にたたきつけられていた。彼女の髪が風になびく。氷のように冷たい視線で一瞥すると、黙って立ち去った。
(なるほど『氷姫』ね……)
カミルシェーンはたたきつけられた背中の痛みで動けない。地面に仰向けに転がったまま理解した。
付きまとうのは止めたものの、気になって彼女の情報を集めると出てくる情報は凄まじい内容ばかりだった。
(魔獣を食べる。男を刺した。予言者。呪い。人殺し……)
どんなことがあるとこういう噂になるのか、さっぱり分からない。
彼女とは同じ年なので、卒業までの七年は一緒に過ごせる。そう思いカミルシェーンは長期戦に切り替えていた。
(困っている時は必ず助ける。でもずっと見てたらまた鬱陶しいと言われるので、遠くからこそっと)
作戦を切り替えてから、カミルシェーンはかなりの確率で彼女を助けることに成功していた。というか彼女は学校で上手くやれていない。ずっと毎日困っている。
(ライドフェーズと同じものを感じる。周りはとても気にしてるのに、本人は全く周りに興味がない)
特に女の子には非常に嫌われていた。
ある日カミルシェーンは学校の人気のない建物の外で、立ち尽くす彼女を見た。辺りには本や彼女の私物が散乱している。水場の近くで泥で汚れたものもある。
「なーんでこんなことするかね」
何度も困っているところを助けたおかげで、カミルシェーンは彼女に追い払われなくなっていた。彼女はぼんやりと告げる。
「私が男をたらし込んでいるらしい……」
「どこが? もう少し優しくしてくれていいと思う」
「……」
「──もしかして俺関係ある?」
彼女の動きが停止する。
「迷惑かけたね」
「なぜ分かったの?」
「え? 俺すごーくモテるから、よくあることだよ」
カミルシェーンの物言いに彼女は少し笑う。
「あなたは楽しそうに言うのね。嫌じゃないの?」
「人から好かれると便利だよ。特に為政者としてはね」
カミルシェーンは彼女がこっちに興味を持ったことが分かり、本音を交えて答えた。彼女の動きがまた停止した。そして、綺麗な青い目でカミルシェーンを見つめて言った。
「あなたのことが少し分かったような気がする。私は……恋愛は、何かの罰ゲームか何かかと思っていた」
「好かれるのは嫌?」
「執着心が嫌。平常心が無くなって酷いことをする。でもあなたはよく分かっていてそういうのね」
彼女が少し眩しそうに微笑んだのをみて、カミルシェーンは舞い上がる。彼の栗色のくせ毛が揺れる。
「授業始まるよ? 側人に言って片付けてもらおう」
「……自分で片付けてから行く」
「なんで?」
「……側人から父様に漏れる。心配させたくない」
「……」
(何かこういうところあるんだよな)
カミルシェーンも手伝う。授業より彼女の好感度を上げる方が重要だ。
彼女は家族に心配をかけることを非常に恐れている。家族の話題になると青い目が小さく揺れる。パートンハド家はシキビルド筆頭の家柄だ。にもかかわらず寮内では腫れ物扱いらしいのだ。
(パートンハド家もしくはシキビルドに何か起こっている?)
次期王のカミルシェーンとしては、探っておかなければならない。もちろん彼女に気づかれないように……。
カミルシェーンは最近彼女とうまく付き合えていると、慢心していた。
(そろそろ『付き合って』って言ってもぶっ飛ばされないかな)
ところが彼女とライドフェーズが一緒に話している様を見て、カミルシェーンは一気に頭に血が上る。他の男でも嫌だが、弟が彼女といるのは本当に耐えられなくなっていた。
(思った以上に重傷だな……)
彼女と会って三年が経っていた。彼の恋心は加速する一方だ。彼女のさらさらの銀髪が揺れれば彼の心も揺れる。彼女の青い目がきらめけば、彼の心は締め付けられる。
(ライドに取られるのだけは我慢できない)
これまで本当に好きになったものは、いつも彼のもの。自分は他のものを好きになればいい。そうやって自分をごまかし慰め生きてきた。最初に彼女に言われた言葉は本当だった。
カミルシェーンが物心ついて最初に心が欲しいと思った人。それは母替わりの叔母。彼は本当の息子になりたかった。でも本当の息子はライドフェーズだ。彼は気づいても誰にも漏らしていない。
カミルシェーンとライドフェーズは双子の兄弟、よく似た容姿に全く違う中身。
ずっと皆にそう言われている。叔母はカミルシェーンを本当に大事にしてくれる。ライドフェーズには周りから批判されるぐらい厳しく冷たい態度を見せる。
(それが何のためか気づいてしまった。ライドフェーズに王になってもらいたくないからだ……)
叔母は予言されていた。彼女が生む子が王になると。でも結婚しなかった。なぜか……。
(好きな人がいた。双子と言えるほど似ている弟……。叔母の相手は父だ)
叔母は必死なのだろう。この事実を隠すため。だからカミルシェーンを必ず王にする。そう彼は信じている。信じていなければやりきれない。予言通りライドフェーズが王になれば、自分が何のためにいるのか分からなくなりそうだ。
(必死にごまかして生きていたのを、彼女に見つけられた……)
彼女とライドフェーズが話し終わるとすぐ、カミルシェーンは弟を捕まえる。
「ライドー。さっき女の子と何話してたの?」
「ああ。ルリアンナか」
彼女の名前を平気で呼ぶ弟に、カミルシェーンは殺意が生まれる。しかしそれは隠して冷静に見せる。
「いつも話してるのか?」
「いや。でも今は異種のもの同士を繋ぐ方法について議論してて、夢中になってしまった……。魔方陣の限界や、代用できる鎖の存在についてまだ答えが出ていない。研究が進んでいない分野なんだ……」
(うわ。すっげーどうでもいい話)
カミルシェーンはいち早く興味を失う。それに気づかずライドフェーズは長い講釈に入っていった。こうなると彼は止まらないのだ。好きなものはとことん好き。他は本当にどうでもいい。
カミルシェーンはこの弟を愛してはいるのだ。彼にとって唯一の家族だと思っている。でも情勢で二人がどうなるか分からない。とりあえず今だけはこの小難しい話を聞いてやることにした。
学校も6学年になると、だいぶ結婚や将来の話が出てくる。
(来年は卒業だからな)
カミルシェーンは相変わらずモテており、縁談も様々なところから寄せられている。王になる彼の場合、妻は複数人が想定されている。国内国外バランス良く、そう分かっていても彼の心は定まらない。
(ルリアンナは縁談あるのかな)
押し付けないように、軽く軽くと自分を諫めながらルリアンナに聞く。
「ルリアンナは将来決めてるー?」
「……」
(答えない可能性を忘れてた……)
続く沈黙にどう対処するか考えるカミルシェーンを、ルリアンナは青い目でじっと見る。そして、ゆっくり話し出した。
「……決めようとしている」
(まだ決まってないんだ。俺、間に合う?!)
カミルシェーンは心の大騒ぎを覆い隠す、優しい笑顔で次の言葉を待った。
「結婚したい人がいる。そのためにカミルシェーンに頼みたいことがある」
ルリアンナの青い目はずっと彼のことをとらえたままだ。カミルシェーンの心臓は凄まじい鼓動に震え、自分を保っているのが苦しくなった。
「平民の人なの。ペルテノーラで特権階級を授かる方法はないかな。下位でいいのだけど」
カミルシェーンの期待とは正反対の話だった。到底受け入れられない。
「……何言ってるんだ」
カミルシェーンの厳しい口調にルリアンナは硬直する。彼は心が暴走するままに喋り続ける。
「ルリアンナは紫位階級だ。その務めもある。パートンハド家を潰す気か? 家名も能力もない人間と結婚するなんて、そんな無責任なことしていいと思っているのか」
カミルシェーンは今まで声を荒げてルリアンナに話したことはない。彼自身もどうにも心が収まらず、どうしていいか分からなくなった。ルリアンナは顔を強ばらせながらも、しっかり伝えようと彼に言葉を紡ぐ。
「私はずっと物心つく頃から考えてきた。どうすれば守りたいものを守れるか。そしてようやく決めようとしている……」
ルリアンナの青い目はカミルシェーンを見たままだったが、涙で歪む。
「カミルシェーンには分かって欲しいと思ってしまった。さっきのは忘れて。ごめんなさい」
ルリアンナはもう彼を見ずに立ち去った。カミルシェーンは茫然と見送った。この時、彼女の決意を少しでも聞けば良かったのだ。そう一生後悔することになった。
卒業が近づく頃、カミルシェーンは結婚を決めた。王として国をまとめるため他国の姫を娶る。大国カンザルトルの姫だった。弟のライドフェーズは誰も娶らない、ということを決めた。
(相変わらずよく分からない……)
カミルシェーンは弟の決断に首を傾げる。ライドフェーズはどうやら想いの人がいるらしいが、結婚はしないらしい。叔母の了承は得ていた。おそらく妻を持たぬことで王位に興味が無い事を示そうとしているのではないかと思えた。
大国と結んでおきたい理由はある。シキビルドの状況が良くない。王と一部の特権階級に不穏な動きがあった。その影響は徐々に他国にも出てきている。同じく王政のペルテノーラには最も影響があり、特権階級の中に利益を求め動く気配がある。
(パートンハド家がずっと王を諫め続けていると聞いた)
パートンハド家は王の目、国の良心と異名を持つ特別な家だ。シキビルドの危機に一族で力を尽くす。王が愚かな事をすれば命がけで止めるだろう。王は一族をほっておくだろうか? そう考えが巡るとカミルシェーンに抑えきれない感情が沸き上がる。
(ルリアンナはどうなる?!)
あれから彼女には一度も会っていない。腹立たしいことにライドフェーズは彼女と連絡を取っていた。あの時言っていた平民に特権階級を与える話は、ライドフェーズが了承したのだ。
(自分から断っておいて勝手なことだな……)
カミルシェーンは暗い笑みを浮かべる。ルリアンナと会ってもうすぐ七年。その間何をしていたのか。彼女との関係は完全に寸断され、自分の手には何も残らなかった。初めて自分から動いた恋だったのに。
「カミルシェーン」
ずっと夢見続けた声が聞こえた。カミルシェーンは森の中に置かれた椅子に座っていた。この椅子はルリアンナが森の散策の際に良く座っていた椅子だ。カミルシェーンは声が聞こえた方を振り向く。
そこにはサラサラの銀髪に青い目をした綺麗な顔立ちのルリアンナがいた。
「ルリアンナ!!」
カミルシェーンは思わず声を荒げた。もうすぐ成人とともに王となる。すでに周りを意識し、子供のような反応をしてしまうことなど無くなっていた。ルリアンナは嬉しそうに微笑んだ。前と比べると雰囲気が柔らかくなり、女性らしさが際立つ。
(美しくなった……)
この変化を見ずにカミルシェーンは時を過ごしてしまったのだ。失ったものは大きかったと改めて知る。
「カミルシェーン。私はあなたに会ってお礼を言いたかったの。いままでずっと学校で助けてくれてありがとう。そして、ごめんなさい」
ルリアンナの目から涙がこぼれた。それを自ら拭う。だが言葉が続けられず苦し気にうつむいた。カミルシェーンは息を整え、ようやく気持ちを言葉にした。栗色のくせ毛を揺らした。
「ずっと好きだったんだ。いつか結婚できると思い込むほど盲目的に。でも幼すぎた。魔樹が毎年咲かせる花びらのように、今のルリアンナは本当に綺麗だ。俺になにかできる事はない? 今度こそ君の幸せにつながることをしたい」
カミルシェーンの言葉にルリアンナは、目を丸くしていた。
(そんな顔は見たことなかったな)
彼は少し笑う。ルリアンナはなぜか思案顔になり、言った。
「ある」
(あるんだ……)
カミルシェーンは笑いそうになる顔を神妙に見える表情に整えた。
「アナトーリーに目をかけてもらえる?」
「弟さん? 1学年の?」
「そう。いつかペルテノーラに行くことになるかもしれない」
「なにそれ? 予言?」
「あ、知ってたんだ」
「……知らない」
不可思議な顔になるカミルシェーンに、ルリアンナは笑顔で言う。
「私の能力は先見。見え過ぎて困るくらい強いの」
ルリアンナは無邪気に言うが、カミルシェーンは受け留めきれない。つまり未来が分かるということか。
「だけどカミルシェーン。あなたは見えにくかった。最初に言ったこと訂正したい」
「『大事な時に自分をごまかして、欲しいものを得られない男』か?」
カミルシェーンがぶっきらぼうに言うと、ルリアンナはそうそう、と微笑んだ。
「ごまかさなくなった。強くなった。あなたは自分を変えれるのね? それは苦しく辛いことだわ。今のあなたを尊敬している」
「変わった?」
「うん。とても」
カミルシェーンは嬉しかった。彼女に言われたことで、七年が意味のある時間に思えてきた。そして、いつも通り調子に乗った。
「じゃあ、好き?」
「え?」
「何番目に好き?」
「え。……家族以外なら一番、かな」
「家族の中には彼もいる?」
「もちろん」
「なんだ。結構順位低い……」
カミルシェーンの様子に、ルリアンナは鬱陶しいのはあんまり変わらない……と呟いた。彼女が立ち去ろうとする気配に彼は言う。
「……シキビルドに帰るつもり?」
「ええ」
「でも、そうしたら……」
(君は、死ぬ)
彼の中にある情報と勘が告げる。ルリアンナはまるで聞こえているように微笑む。でも何も言わない。カミルシェーンはそっとルリアンナに近づき、抱き寄せた。
「行かせたくない。今なら君を守れる」
「私はシキビルドを離れない。守りたいものを絶対に守ると決めた。どんなことになっても……」
やわらかい雰囲気になっても、きっぱりとした彼女は健在だ。さすが氷姫……とカミルシェーンは苦笑いする。この姫の決定を変えることなど、誰にもできないのだ。
「あなたはペルテノーラから見ていて。私の娘に会えるはず」
「なにそれ。予言?」
「ううん。願い。あなたとペルテノーラに多くの幸せが降り注ぎますように……」
ルリアンナはそう言ってカミルシェーンから離れる。口の形だけでさようなら、というと立ち去った。カミルシェーンの目からさらさらの銀髪の幻が消えない。抱き寄せたルリアンナの感覚がいつまでも彼の中に残った。
シキビルドの様子はずっと探らせている。学校にいた時も卒業後も。ペルテノーラの国王になったカミルシェーンはいつも通り定期報告を聞きながら思う。
(よくやるな)
シキビルド王は欲望に忠実だが、かなり狡猾で陰湿な策士だ。パートンハド家は確実に追い詰められている。それでも彼女は、のちのち効いてくる布石を確実に置いていく。恐らくシキビルドの崩壊はゆっくり内部から起こるだろう。そして平民の命と生活は最低限守られる。
(だからといって、自分と家をここまで犠牲にするか?)
ルリアンナにとって、自分自身も石の一つだ。厳しい局面を乗り切るため父も夫も家名も全てを使い切ろうとしている。残るのは国外に追放した弟と、親王派の家に嫁いだ妹のみ。
(娘は正直一番危うい。守り切れないだけでなく、弱みになろうとしている。なぜ何もしない……?)
パートンハド家の内情はなぜか詳しく探られ報告書に記されている。本来機密性の高い情報管理をする家だ。意図的に出されている、とカミルシェーンは思っていた。
(ルリアンナから……)
定期報告はまるで彼女からの手紙のようだった。ほとんどが彼女がシキビルドでやった事が関係したことばかり。それを彼はペルテノーラで見ている。遠くにいるのに今までで一番彼女の近くにいるような気がする。こういう風に一緒に生きることもできるのかと、カミルシェーンは驚いていた。
彼女と最後に会って11年の時が流れた。カミルシェーンは王として確実にペルテノーラを掌握していた。その時、シキビルド王の死という諜報が上がってくる。
そして弟のライドフェーズと、その配下となったアナトーリーから嘆願される。
『シキビルドに侵攻して欲しい』
ライドフェーズは恋人の治療のためにシキビルドに行きたい。アナトーリーは家族を救いたい。そんな理由では動けない。ペルテノーラとしては何の利益もないことに兵は動かせない。
だが、時を同じくしてこの世界を司る調停者の残虐行為が表沙汰になる。その共謀者であるシキビルドの王一族を粛清するよう、新調停者アルクセウスから命令が下った。
(これもルリアンナか?)
そう思わずにはいられないほどのタイミングだ。そして、もう一つカミルシェーンの元に情報が入っていた。
(ライドフェーズの暗殺が計画されている)
なぜかライドフェーズの出生が漏れている。今ではカミルシェーンがこの国を動かしている。カミルシェーンの地位は堅固で全く揺るがないが、ライドフェーズの存在ごと消してしまいたい者たちが暗躍している。奇妙な予言に踊らされ、平和なこの国を揺るがす者を恐れて。カミルシェーンは弟を救いたい。そうすると今最も有効な選択肢があった。
(ライドフェーズをシキビルドの王にする)
もしすべてが仕込まれているとしたら、どうやって誰が。でも一人だけできそうな人間をカミルシェーンは知っていた。先見の力を持ち、人々を魅了する美しい顔立ちと強い意志力。
(もし君だとしたら。本当に氷姫だ。……俺も布石か?)
カミルシェーンは心の戸惑いを押し込め、王として決断する。
「ペルテノーラ王として命じる。シキビルドに巣食う王一族を討て」
「カミル。私は王になることを望んでいない」
開戦直前の忙しい最中、人払いをしたカミルシェーンの執務室に二人はいた。ライドフェーズはカミルシェーンと兄弟として話すとき、王ではなく愛称で呼ぶ。お互い大人になっても未だに可愛く思っている弟だが、王としてカミルシェーンは言った。
「恋人のセルディーナのためにシキビルド行くと決めたのはライド自身だ。最後まで責任を持て。お前以外に適任はいない」
「……カミルはそれでいいんだな?」
「どういうことだ?」
「……カミルはシキビルドごと欲しいのだと思っていた」
ライドフェーズの含みのある言い方に、カミルシェーンは珍しくイラつく。
「何が言いたい?」
「……ルリアンナのことはどうする。どうしたい?」
カミルシェーンは椅子を立ち、ライドフェーズに背を向けた。
「娘がいたな。無事なら嫁にもらおうか」
「本気か?!」
「ああ。ルリアンナは……。もうずっと消息がつかめない。もう生きてはいまい」
「……分かった」
ライドフェーズはカミルシェーンの方を見ずに、席を立ち退出する。
(彼女が氷姫でも、俺がただの布石でも、そんなことはどうでもいい。君が生きていればよかった。でも今は────ただ、ただ君に会いたい)
カミルシェーンは嗚咽がこみ上げる。
しばしの時間、ルリアンナを想い泣くことを自分にゆるした。
シキビルド侵攻後1年で、ペルテノーラはこの小国との戦争に勝つ。ライドフェーズは戦勝国の王子として、シキビルドを支配する王となる。カミルシェーンは調停者アルクセウスと共に戦後処理に奮闘することになった。
シキビルドの復興はゆっくりだが、人道的に進められた。他国とは違う価値観が生まれ、やがて世界を変える中核となっていく。