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魔術調理

 分かっている……。

 今、俺がするべきなのは情報収集であり、脱出への糸口を掴むことなのであると。

 ましてや、ここにいる少女たちの機嫌を損ねることなど論外中の論外な行動であるのだ、と。


 ――でも今は、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。


 目前で、食材がぞんざいな……まるで幼子(おさなご)のする遊びのような扱いを受けている。

 冒険者たちの料理番をしてきた者として、これを看過することはできなかった。


「えー、ちゃんと本を読んでそこから推察したんだけどなー」


 不満顔のアラダであるが、それは本の記述とやらが間違っているか、お前さんの推察が間違っているのである。

 俺としては後者を推したい。

 その本とやらの著者も、トチ狂ってこんな品を作る人間に文句を言われたくはないだろう。

 そして、これは真にどうでもいいことだが、アマゾネスって本読むんだな。意外だ。


「ちょっと! あんた飯を食べさせてもらえるだけでありがたいって身分なのに、文句を付けるなんてどういうことよ!」


 ここまで俺と同意見の言葉を告げてくれていたウルズが、初めて否定的な言葉を吐き出す。

 味方を失うのはつらいが、ここだけは妥協できない。


「どうもこうもない。

 ……というか、君たちはこれを見て何も疑問に思わないのか?」


 俺はうらめしく空を見上げる魚たちを指差しながら、そう問いただす。


「あー、まあ、ちょっとは疑問に思ったけどナ……」


「アラダお姉ちゃん、いっぱい勉強できるしこういうものなんだと思ったよ!」


 そうかそうか。

 いや、どんな人間だって間違う時は間違うのだから、疑念を持った時は素直に口へ出すのが大事だぞ。


「……ともかく、ランス様が不満を覚えられているのなら……これは失敗ということになります」


 宗教関係者の言葉が重く扱われるのは、アマゾネスにとっても同じであるらしく、ヘルテの言葉に皆が押し黙る。


「……じゃあ、何よ? あんたが代わりに作ってくれるとでもいうの?

 とてもじゃないけど、そんな器用には見えないけど?」


「――出来らあっ!」


 ウルズの言葉に、条件反射でそう返す。

 そして俺は、天井から吊り下げられている鉄鍋をひとまず脇にどかした。


「塩と、それと串はあるか?」


「んーあるよー」


「じゃあ、それを使わせてくれ。

 俺もスシは現物を知らないので簡単な料理になるが、それでもこれよりはマシな品を出そう」


 どうやら、この小屋の主はアラダなのだろう。

 彼女がごそごそと指定した品を用意する間、俺は無残なことになっている魚たちを引き抜き、腰の短剣を引き抜く。

 さすがにフン出しとぬめり取りはされているので、手早く内臓を取り出し、魚が包まれていた葉に捨てた。


「おお、母ちゃんよりも早いゾ!」


「すごーい! お兄ちゃん器用だね!」


「……見事なお手並みです」


「……ふんっ!」


 四者四様の反応で見守られながら、俺はアラダから串と塩を受け取る。

 魚の身をくねらせるようにしながら素早く串を打ち、化粧塩と味付けの塩を施す。

 ここで使われているのは、岩塩か……。

 ぺろりと味見をしてみたが、これなら良い塩焼きができるだろう。


 串を囲炉裏にセット。これで全ての準備は整った。


「火も起こさずにそんなことして、どうすんのよ? 結局、口だけ?」


「まあ見ていろ」


 ウルズの言葉を軽く受け流しながら、精神を集中し己を巡る魔力の流れを認識する。

 そしてこれを、弦楽器のごとく弾いた。

 使い魔の術が演奏だとするならば、これは単音を弾いたようなものである。

 それがもたらすものは――発火だ。

 囲炉裏の中心部に焚き火のような炎が生みだされたのである。


 ごくごく初歩的な発火の魔術。

 自然なそれに比べて手間もかからず、俺の意思次第で即座に鎮火でき、しかも火力は思うまま。

 調理をするにはすこぶる便利な術であり、俺が最初に習得した術でもあった。


「おおー、これは魔術というやつカ!?」


「実際に見るのはー初めてだよー」


「……わたしとウルズの父は魔術師ですが……ずっと鮮やかな手際です……」


「……っ!」


「お兄ちゃん、すごい人なんだねー」


 しょぼい術ではあるが、褒められて悪い気はしない単純な俺である。

 しかし、今は調理中ということもあり、特に返事はせず黙々と魚を焼き続けた。

 それにしても、ウルズとヘルテは姉妹なのか……そういえば出身が同じだと言っていたな。肌の色も同じだし。

 アマゾネスの文化を考えると、異母姉妹なのかもしれない。


 じりじりと……魔術の火が魚をあぶっていく。

 焦る必要はない。

 さりとて、のんびり眺めるだけではいけない。

 最適の焼き加減にするため注意深く見守り、時に串を回転させた。


 アマゾネスの少女たちに見守られながらそうする内、ついにそれは完成する。


「なんの変哲もない魚の塩焼き、出来上がり」


 まるで、ゾマーノ川を泳いでいた時そのままに……。

 躍動感たっぷりに身をくねらせ、化粧塩に守られたヒレも美しいキツネ色に焼き上がった川魚の串焼きが出来上がった。

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