星を睨むモノ
「ともかくー自己紹介も終わったところでー朝ごはんにしようかー」
アラダがそう宣言し、みなの視線が囲炉裏にかけられた鍋に向かった。
実は俺も、この小屋へ入った時から気になっていたのである。
天井から吊るされ、木蓋をかぶせられた鉄鍋……。
今は火を落とされているが、漏れ出るこの匂いは……もしや……。
「アラダ姉! これが例のやつカ!?」
「そうだよー結構奮発したんだからー。
味わって食べてよねー」
リタに若干せかされる形で、アラダが木蓋を取る。
すると、そこに現れたのは……。
「へー、あれをお鍋で煮るとこうなるんだー!? 変わってるね!
ロナも、コオロギ食べさせてあげたかったな!」
「あたしが嫌よ!
……まあ、こいつにはコオロギくらいで丁度いいと思うけどね」
「……ランス様をお迎えして初の朝食だから……それなりのものを用意しないと……」
……鍋の中で炊かれていたのは、米だった。
しかも、白米である。
これはなるほど、手に入れるのに難儀したことだろう。
ベイナ大陸に米という作物が流入してきて、およそ百年ばかり……。
一部地域で飢餓が起こった際、その生産性が注目されて栽培が広まり始めた。
が、人間というのは食文化に対してとかく頑固な生き物であり、今のところ麦に取って代わるほどの勢力には育っていない。
要するに、高い。
生産地で直接買い付けるならともかく、ゾマーノ川を行き交う商船との交易で手に入れるなら、それなりの品が見返りとして必要だったことだろう。
……まあ、そもそも奮発されたとしてもここに居る理由が拉致なので、喜ぶべきことではないのだが。
それに、鼻孔をくすぐるこの雑味に満ちた匂いは……。
だが、そんな俺の思考は続くアラダの言葉で吹き飛ばされた。
「ふふーそして今日の朝ご飯はねー。
『スシ』っていうお料理だよー」
スシ!?
スシと言ったか!? 今!?
――スシ。
祖父から譲り受け……そして数年前に紛失した『東方食聞録』で、その料理の名を見たことがある。
どうやら書き手の舌には合わなかったらしく、『生の魚と米を使用した料理』としか記されていなかったのだが……まさかここで、お目にかかれるとは!
正直、そんなこと言ってる場合ではないのだが、俺は冒険者たちの料理番として内心ワクドキしながらアラダを見やった。
「材料のお魚はー今朝ロナちゃんが獲って来てくれましたー」
「えへへ、ロナ早起きしてがんばったんだ!」
えへんと無い胸を張るロナを尻目に、アラダは部屋の隅に置かれた――おそらくは防腐作用があるのだろう草の包みを取り出す。
果たして、そこには二〇センチほどの川魚が人数分包まれていた。
「おお、それをどうするんダ?」
「塩焼きにでもすんの? こいつに食わせるのはもったいないわね」
「……アラダさんの腕前を……信じます」
全員の視線を一身に浴びながら、アラダがにやりと笑ってみせる。
「んふふーこれはねーこうするのー」
そして、手にした川魚の尾を――鍋の白飯に突き刺した!
「……はあ?」
俺の言葉を意に介さず、アラダは次の川魚を白飯にイン!
次々と突き刺していく!
「完成だよー」
そして白飯の中に、六匹の川魚が突き立つこととなった。
心なしか、うらめしそうに空を見上げる魚たちの姿はまさしく――スターゲイザー!
「おお、これがスシなのカ!?」
「変わった料理ねー」
「……神秘的な雰囲気すら感じます」
「早く食べよ食べよー!」
口々に言い合う少女たちを見ながら、俺は真顔となってこう言い放つ。
「……このスシは出来損ないだ。食べられないよ」