アマゾネスの少女たち
「ん……う……」
戦慄に身を震わせながら術を解除するのと、俺の腕を枕にする少女が目覚めるのとはほぼ同時だった。
「えヘ……」
何かを言うわけでもなく……。
少女はただ微笑みながら、俺の瞳を覗き込んでくる。
「あー……その……なんだ……」
何かを言おうとするが、果たして何を言ったものかは分からない。
「まあ、待テ」
戸惑う俺の唇を指で押さえると、少女は俊敏な動作で立ち上がった。
そのまますたすたと自分の装具へ歩み寄り、これを身に着け始める。
「まずは、服を着ロ」
「服を……」
「ああ、その後で皆を紹介するゾ!
喜べ、今朝はアラダ姉がご馳走を用意してくれる手はずダ!」
そのご馳走、まさかコオロギじゃないっすよね?
怖いのでそれは口にせず、ともかく俺も立ち上がり自分の装備を身に着ける。
何をどうするにしても、まずは話を聞かねば始まらないだろう。
ちなみに、さらわれた時身に着けていた皮装備を主体とする品々はそっくりそのまま無事であった。
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少女にうながされるまま……。
装備を身に着けた俺は、集落の中に存在するわらぶき小屋の一つへ案内される。
「みんな、おはよウ!」
昨晩あれだけハッスルなさったというのに、元気はつらつな挨拶をしながら少女が小屋の中へ入って行く。
「おはよー」
「あんたにしては、起きるのが遅かったわね」
「……おはようございます」
「おはよ!」
四人ばかりの声が、小屋の中から響き渡った。
「それでー、彼はー?」
「ああ、そこにいるゾ!
おーイ! 入ってこイ!」
一瞬、この隙を突いて逃げられないかと思ったが……。
土地勘もない森の中で逃げ延びられるはずもないと思い直し、意を決して小屋へ入る。
一晩を過ごしたあの小屋と変わらぬ造りの室内……。
そこでは、五人の少女たちが車座で座りながら俺を待ち受けていた。
全員、着ている装束は商売女のそれと見まがうような露出過多の民族衣装であるが……。
それ以外は、それぞれ全く異なる身体的特徴を有した少女である。
「おー、私は行かなかったからじっくり見るのは初めてだけどー。
本当に、お告げ通りの風体だねー」
そう言ったのは、おそらくこの中では最年長だろう少女だ。
薄い小麦色の肌をした体は、出るべきところが多いに出て、くびれるべきところはしっかりとくびれている。
赤茶色の髪は太ももの辺りまで伸びており、これはあまり手入れがされてないのかところどころピンとはねていた。
「私はーアラダー。
コウの氏族出身でー畑作りが趣味だよー。
よろしくねー」
「ふん……よろしくする必要なんて、あるのかしらね」
アラダが名乗り終わったのを受けてそう言ったのは、まるで貴族のような白い肌と金の髪を持つ少女である。
プロポーションに関しては、昨晩を共にすることとなった少女と同じ――発展途上のそれだ。
売りに出せば高値が付くだろう髪は、上部分だけを後ろで結んだハーフアップに整えられていた。
「少なくとも、あたしはあんたなんかとよろしくするつもりはないわ。
話しかけもしないでね!」
……せめて名前くらい教えてもらわねば呼称に困るのだが。
だが! よろしくしないというのは大賛成だ! 百の味方を得た気分だぞ!
「……ウルズは、女神さまのお告げが不満なの?」
と思ったら、同じ白い肌に対となるかのような銀髪の少女がそう問いかけた。
どうやら、我が心強き味方の名はウルズというらしい。
ウルズの名を間接的に教えてくれた少女は、俺に向かってぺこりと会釈する。
腰までまっすぐに伸ばされた銀髪はよく手入れがなされており、そのように動くとさらりと揺れて絵になった。
「……わたしはヘルテ。
ウルズと同じ、テアンの氏族出身で戦女神の巫女……。
あなたに……尽くします……」
ほう……俺に尽くすか? さては貴様……敵だな?
「はいはーい! ロナもあいさつするー!」
ヘルテに続けと言わんばかりに……。
この中では最年少の少女――コオロギ偵察兵の仇が元気よく腕を上げた。
褐色の体は発育も何もなく子供そのもので、黒い髪のうち一房を横で結んでいる。
「ロナはね! ロナだよ!
ダガの氏族から選ばれたんだ! お兄ちゃん! よろしくね!」
「最後は、ワタシだナ!」
自己紹介のトリを飾るのは、昨晩を共にした少女であった。
「ワタシの名前は、リタ! ログの氏族で一番の戦士! この集落の長ダ!」
リタ、アラダ、ウルズ、ヘルテ、ロナ……。
五者五様な五人の少女が、じっと俺に視線を向ける。
「それで、お前の名前はなんと言うんダ?」
「……俺の名は、ランス・シェーア。
冒険者だ」
「ランス・シェーア……カ。
じゃあ、ワタシたちは今日からシェーアの氏族でここはシェーアの集落だナ!」
今明かされる衝撃の真実である。
人の名字を勝手に使うな。俺本人はもはや平民と変わらぬくらいの末席とはいえ、名字そのものは由緒正しい代物なんだぞ?
「んー、ちょっと発音しづらいかもー」
「じゅあ、じゃあ、呼びやすくシェアって言うのはどう!?」
「……シェアの氏族。
……シェアの集落。
……良いと……思います」
「あたしは、嫌だけどね!」
「良シ! じゃあ、シェアで決まりダ!」
勝手に使われたばかりか、勝手に改変された。
いやまあ、そのまま使われるよりはマシか……。
「ランス!」
リタがそう言うと、再び全員が視線をこちらに向ける。
「――今日からお前は、旦那様ダ!」
これが、アマゾネス少女たちとの自己紹介だった。