偵察
さて、現状を把握したわけだが……。
――こうしているわけにはいかない。
脱出のため、情報を集めなければ……!
「ん……う……」
耳元で、名も知らぬ少女が寝言を漏らす。
抱いてしまった上で、脱出を志すのは心が痛むが……。
こちとら、種付けの家畜ではないのだ。ほいほい拉致されてしまってはたまったものではない。
まずは、室内の様子を観察する。
昨晩は、状況が状況なのであまり事細かには見れなかったが……。
こうして見ると、驚くほどに真新しいことが分かる。
床は板張り。
室内の中央には東洋の囲炉裏にも似た焚き火用の炉があり、屋根はこれも新しいわらぶきである。
玄関口には水がめや調理器具の類が置かれており、こちらはそれなりに使い込まれていると見受けられた。
室内の片隅には少女の装具と思わしき品々や、魔物の素材を用いた槍が飾られている。
その傍らに積まれているのは、俺自身の装備と荷物……なぜか船室へしまい込んでいた品々まであるな。
俺と少女は、囲炉裏を挟んでその反対側に獣の皮を敷き寝ている格好だ。
以上が、この小屋の全貌……。
他に部屋などはない、シンプルな構造である。
ふうむ……外の方はどうだろうか……。
動けば、さすがに俺の腕を枕とする少女も目覚めるだろう。
だから俺は、動かずにこれを探ることとする。
全身を巡る、魔力の流れ……。
これを弦楽器のごとく弾き、術として発動させる。
今回、使ったのは――使い魔の術だ。
地面を反響し、広域に展開した魔力の糸が、小屋の周囲に存在する昆虫や小動物へ次々と触れていく。
その中から俺は、一匹のコオロギを選びその意思を奪った。
小さな虫は天敵に捕食される可能性も高いが、今回はこれで十分だろう。
これが俺の得意とする術の一つ――使い魔。
恒常的に使役することも可能だが、俺はもっぱら現地での使い捨てで使用していた。
体調によって使役できる数は増減するが、コオロギくらいなら数十匹は操ることが可能である。
その場合、一匹一匹の操作はかなり大雑把になるけどな。
さておき、我が偵察兵と化したコオロギを動かし周囲の状況を探っていく……。
そうして分かったのだが――この集落は、そう呼称するのすらおこがましいほどに小規模なものである。
集落を形成する建物はと言えば、俺が居る小屋を含めてわらぶき小屋が八棟ほどに、共用の汲み取り式便所。いずれもやはり真新しい作りだ。
周囲はネクシムの森林地帯に囲われているが、北方は切り開かれゾマーノ川かあるいはその支流を用いた灌漑が引かれている。
それを利用した、小屋の数に比してやや大規模な畑で栽培されているのは小麦を主体に、ニンニク、玉ねぎ、からし菜などだ。
収穫時期を迎えつつあるそれらの傍らで植えられている芽は――これは珍しい、大豆である。
国内では、亡き祖父の東洋趣味でシェーア辺境伯領が少量生産しているだけなのだが……どこからか仕入れたのだろうか?
ともかく、農業を営んでいるというのは少々驚きだ。
俺の中でアマゾネスとは、狩猟を生業としている民族だったからな。
そして浮かんでくる疑問は……いくら少数民族と言えど、少数に過ぎる点……。
それと、わらぶき小屋のいずれもが真新しすぎる点だ。
果たして、どういうことか……。
更なる情報を得るべく、コオロギ偵察兵を動かそうとしたその時である。
「――えいっ!」
俺の使役するコオロギが、背後から何者かの手に掴まれた。
昆虫特有の広い視界で捉えた下手人の姿は――少女である。
「えへへっ!」
幼年期を脱し、これから女の子らしく成長していくのだろう少女は、捕まえたコオロギを見据えながらニコリと笑った。
笑顔のまま――コオロギの後ろ足をぶちりと引きちぎる!
ううむ、痛覚は共有していないとはいえ、何やら痛々しいぞ……。
そして、子供特有の無邪気な残虐性を発露したのかと思えた少女は、恐るべき爆弾発言を放ったのである。
「これ、あのお兄ちゃんに食べさせてあーげよ!」
え……俺、コオロギ食べさせられるの?