回想と現状把握
薬で頭がぼやけていた上、その状態で行為にふけっていたため気づかなかったが……。
どうやら、あの時は夜であったらしい。
と、いうのも、再び目が冷めた今、閉じられた木窓の隙間から日の光が差し込んでいることに気づいたからだ。
……いかに理性が飛んでいたとはいえ、丸一日ぶっ通しで事に及んでいたとは思いたくない。
「あー……」
気だるさを押し殺し、傍らを見やる。
「すぅー……すぅー……」
そこでは、俺の腕を枕に名も知らない……その他のことは色々と知っちまった少女が安らかな寝息を立てていた。
うん……夢では……ない……な……。
腕の重みから全てが現実であったことを悟り、奇妙に冴え渡った頭でなぜこうなってしまったのかを考える。
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この俺こと――ランス・シェーアは、海都シーディアの冒険者ギルドを拠点とする冒険者であり、魔術師だ。
冒険者と一口に言っても、得意とする分野は様々であるが……俺が主に引き受けているのは『運び』の仕事である。
ソロでの仕事は受けない。
もっぱら、十数人~数十人での大規模な食品輸送依頼で稼いできた。
仲間内での役割は、氷魔術を駆使した食品の鮮度確保、使い魔の使役を用いた偵察などのサポート、火魔術を使っての調理や光魔術での照明確保だ。
……冒険者の仕事を知らない人間からはよく誤解されるが、決して雑用の下っ端ではない。
むしろ、身内での地位はかなり高かった。
組む面子は依頼ごとにバラバラであるが、大体は副官的な立場――場合によっては、俺自身が集団を率いるリーダーとして振る舞ってきたのである。
これはごく簡単な話で、俺がいなければ美味い飯は食えず、その他様々な日常の仕事に支障が生じるからだ。
冒険者の仕事とは、華々しく戦うばかりではない。
むしろ、それはごく一部の側面に過ぎず……言ってしまえば、総合的な目的の達成能力こそが何よりも重要なのだ。
そのようなわけで、今回も俺は三十人からなる大所帯での輸送依頼に参加していた。
依頼内容は、すでに何度となくこなした代物――ゾマーノ川を船団で移動しての食品輸送である。
――ゾマーノ川。
ベイナ大陸をほぼ横断する、超巨大河川の総称だ。
水深は数十メートルもあり、大型船舶が悠々と航行できるほど川幅も広い。
しかも、ここを船団で移動しての輸送は――非常に安全なことで有名だ。
確かに、川を棲み処とする魔物は数多いし、ゾマーノ川が運ぶ肥沃な土によって繁栄したネクシム大森林地帯にも、危険な魔物は生息している。
だが、それらに対処し、商路となっている流域の安全を確保している者たちが存在した。
――アマゾネス。
……である。
戦女神の加護を授かった彼女らはいずれも一騎当千の強者であり、ほぼ無償で商路に巣食う危険な魔物を退治しているのだ。
ほぼ、無償だ。
完全な慈善事業ではない。
彼女らは商路の安全を守る代わり、王国から略奪行為を許されていた。
と言っても、ゾマーノ川を利用する商船が片端から狙われているわけではない。
アマゾネスたちにとっても、ここを通行する商船は川や大森林から得られる恵みを交換してくれる交易相手であるからだ。
そんな彼女たちが略奪行為に及ぶ時は――ただ一つ。
男を、確保する時である。
戦女神から加護を授かった代償として、彼女らの部族には決して男児が生まれぬ。
そのため、彼女らは時たま行き交う船舶を襲い、そこから男をさらっていくのだ。
とはいえ、その頻度は数年に一度というものなので、王国も商路を守ってもらう代償という形でこれを黙認しているのである。
つまり、ギブアンドテイクだ。
そして今回、テイクされたのがこの俺というわけである。
あー……だんだん頭がハッキリしてきた。
俺を乗せた中型の手漕ぎ船が川岸に近づいた時、突如として樹上から彼女たちは襲いかかってきたのである。
無論、俺たちも立ち向かったが――一蹴された。
何しろ、ゾマーノ川は安全なことで有名だからな。
俺たち護衛は万一のために雇われているわけであり、船団規模に対してあまりに少数であった。
野生の魔物相手ならともかく、精強なアマゾネスたちには太刀打ちできるはずもなかったのである。
で――そうそう、思い出した。
今、隣で寝ている彼女の当て身を喰らい、俺は意識を失ったのだ。
そして、昨夜の行為に至る、と。
回想と現状把握、終わり。