第8話 この世界の洗礼
遡ること10分前。
狙撃手故に目や耳が良いユキトは、夜間のパトロールで最も信頼出来よう。
そんなユキトが街を歩いている途中で、ある立派な家屋から走って出て行く人影を見た。
その家はソウジロウが暮らす家で、ユキトが中に入って確認するとそこは誰もいないもぬけの殻だった。
そして鎧や大剣などの武器もそこには無い。
「ソウジロウ……何を……」
怪しい行動をとるソウジロウに戸惑いを覚えながらも、だったら尚のこと今すぐに問いたださなければとユキトは駆け出した。
波の音や虫の音に重なっても鎧がカチャカチャと鳴る音は聞こえ、矢をセットしたボウガンを構えながら追跡する。
やがて辿り着いたのは高床式の倉庫、普段ほとんどの者が立ち入らない場所だ。
そこには個人では所有出来ない大きな農具や、漁のための船を修理する工具、そして過去の調査隊が遺してきた武具が収納されている。
呼吸を整え、慎重に倉庫へ入ったユキトはすぐさまボウガンを構える。
「……ソウジロウ……なのか?」
何かを物色している中腰のソウジロウはユキトの問いかけを聞いて立ち上がり、ゆっくりと背後のユキトに振り向く。
「なっ……」
刹那、ある1つの疑問がユキトの思考を覆い尽くす。
──アレは、何だ?
それ以上でもそれ以下でもない、目の前のモノに対して漠然とした思考しか働かなかったのだから。
仮にも親しい仲間である男の顔を見て、そのような思考に至ることなどあってはならないとまばたきをするが、そんなことで現実は変わらない。
ソウジロウの両目が、くり抜かれている。
「……ああ……」
演技や倒れる寸前でも無い限り、人間からあんな不気味に掠れた声が発せられるとは思えない。
ただ、間違いなくソウジロウの声色だ。
「おい、聞こえないのか、おい!! 何があった!! その目は誰にやられ──」
その説得の言葉が言い終わる前に、虚空の眼窩から火花が散り、そして……。
※ ※ ※ ※ ※
現在に至る。
危険も顧みずに爆発した方へと駆けていく少年は、全身に収まらない鳥肌を立てながら必死な表情を浮かべる。
何が起こっているのか全く分からないが、今まで何ともなかったこの街で未だかつて無い事件が起きる理由の一端に自身が関与しているかもしれない。
そう考えると罪悪感で正気を失いそうになる。アメーバマンと打ち明けてもよくしてくれた街の人々に顔向けが出来なくなってしまう。
今にも嗚咽を漏らしそうな状態を保ちながら、息を荒げて高床式の倉庫へ辿り着く。
否、高床式の倉庫だったモノが燃えながらそこにあるだけだ。
「はぁ、はぁ……」
燃え盛る炎を前に立ち竦む少年だが、意を決してその中に飛び込んでいく。
被れる頃合いの水も無い中飛び込むが、想像以上に熱さを感じない肉体に驚きと気持ち悪さを同時に覚える。
でも服は普通に燃えるので上のシャツはすぐに脱ぎ捨て、そして見つけてしまい足を止める。
首から下の無い、ユキトの姿。
「……ああ……あああああ……」
それ以上の声は出なかった。
涙も、大きな感情の揺れも無い。少しばかりの驚きと申し訳程度の悲しみが一瞬襲う。
「はは……なんだこれ……なんっ……何なんだよ!!」
へたり込むように正座になった後、地べたをダンッ!! と拳で叩き付ける。
ユキトを殺した何者かへの怒りでは無い、ユキトを殺してしまう元凶が自身かもしれない罪悪感でも無い。
たった数分でも会話した仲なのに、少年は勝手に友達になれていたと思い込んでいた人物なのに、彼の死に思うことがほとんど無いためだ。
感覚とすれば、朝に虫取りで捕まえたセミがその日の夜に死んだ瞬間を見たような、そんなあっさりとした感覚に近い。
要するに、少年は人間を同族として見れていない。
そんな感覚に、思考と本能との齟齬に、少年は絶望したのだ。
※ ※ ※ ※ ※
爆発は以降続かなかった。
ユキトの首を埋めて手を合わせた後、訳も分からないまま街へフラフラと戻っていく。
──血生臭さが充満している。
血の臭いをよく知る少年はそのキツさに咄嗟に手で鼻を押さえ、すぐ目の前のドスン、ドスンという足音に目を向けた。
半日前に見た、あの熊のような化け物だ。
それも、あの時より一回り以上も巨軀。
さらに辺りを見回すと、様々なサイズの同じ化け物が破壊された街をウロついていた。
「……もう分かんねぇ、何なんだよ……」
そんな本音が口からこぼれ、襲われても闘う気力など失せている様子だった。
「……?」
しかし化け物は少年と目を合わせても敵意を向ける様子は無く、グチャグチャに潰れた街の人々の遺体を踏み潰しながら再び歩き出す。
地獄絵図な夜のヨコハマの街に、憔悴しきった少年の心は置き去りにされた。
もはや誰も生きている見込みはゼロ、誰でもいいから生きていてほしいなどという幻想を抱きながら再び歩き出し──
「見つけた、どこ行ってたの?」
叶うなら、その声で安堵したかった。
息1つ乱れていない、喜び混じりの声色。
なのに、全身がここから逃げ出せと少年に知らせるが如くアドレナリンが溢れ出す。
振り向きたくも無い、そんな現実なんて受け入れたくない。
それでも現実は、少年の不遇を嘲笑しながら歩み寄る。
「じゃあ行こっか、歓迎するよ」
「……アンリ……」




