第7話 異変
どんちゃん騒ぎが静まった頃。
ソウジロウが寝床を貸すとか言っていたが、本人が貸すべきベッドて爆睡して起きないせいで少年の布団が無くなった。
少年は野宿でもどこでも構わないと言うが、せっかくの客なのに簡易ベッドではダメだと街の長の一声で、ユキトの家で眠ることが決まった。
街の誰より顔馴染みの調査隊の誰かなら信頼出来るだろうという理由でその結論に至ったが、ユキトに置いてはその関係性にすら至っていない。
さすがにひとり暮らしのアンリの家はダメだろうし、ソウジロウのいびきの前では眠れる気配も無さそうだったので消去法だ。
しかし声すら聞いたことのないユキトの家というのは不安が大きかったが、それを振り払ってくれたのは他でも無くユキトだった。
「すまなかった」
「……え」
ユキトの家の中で二人きりになると、思いのほかあっさりと声を出した事に色々あった今日の中でも1、2を争うほど驚いた。
「オレ達の失態でお前を危険な目に遭わせてしまった、終わった事とはいえ、謝らせてくれ」
「い、いや……」
「……名前は無いんだったな」
「無いというか、忘れて……いや、無い」
前世の記憶があったとしても、それは今の自身の名前かと言われたら素直に頷けない。
「自分で自分を名付けたりしないのか」
「それは何か恥ずかしい」
「……確かに」
ユキトは慣れた手つきで布団を敷き、愛用するボウガンを持って外に出ようとして少年に呼び止められる。
「寝ないのか?」
「仮眠は取った、問題ない」
「何か狩りに行くのか?」
「まさか、夜に1人でなど自殺行為だ」
「じゃあ何しに行くんだよ」
半歩外に出ていた足を戻し、ユキトは少年と目を合わせて話し始めた。
「……ここ最近、化け物達が街の近くをうろつく事が増えている、被害はまだ無いが用心に越したことはない、今日の調査の目的もその理由を調べるためだ」
「なるほど」
「結果理由は分からなかったが、あんなB級の奴がかなり近くまで来ていたのは想定外だった」
これも街を案内してくれた際にアンリに聞いたのだが、基準は曖昧だが化け物にはその危険性によってクラス分けされている。
最も弱いD級は個々で人を殺傷する力は無いが、ほとんどが群れを成すため油断は出来ない。
その上のC級は人間に並ぶ、もしくは僅かに越す身体能力を有し、対峙する場合は4、5人のバランスの取れたパーティーを組む必要がある。
B級は半日前に少年達が対峙したような凶暴性などを持ち、出くわしてもなるべく戦闘は避けたいところだ。
最上のA級はほとんど情報が無く生態も不明である。理由は単純で見た者が生還する事が無いからだ。
しかしC級以上は個体も少なく、人里離れた奥地に行かなければ出会えないのが普通だ。
だが化け物を寄せ付けない臭いを放つ花で囲われた街に頻繁に近付き、そして今回奥地でも無い場所でB級と遭遇した。
これを不吉の前兆と取らないのは調査隊としてあるまじき楽観であり、ユキトは街の安全や警戒を怠らないためにパトロールに出ようとしている。
「なら俺も行く」
「ダメだ、お前には戦闘の心得が無い、もしもの際に動けないだろう」
「けど、人手はあった方が」
「足手まといは人手とは言わない」
「……ごめん」
数秒思案し、少年は意志を取り下げた。
「素直だな、意外だ」
「あの時生き残れたのはただのまぐれで、俺は自分を守るので精一杯だった……化け物も普通に怖いし」
「賢明だ、おやすみ」
「……おやすみ」
少年が布団に入ったのを確認した後、ユキトはボウガンを持って真っ暗な街を巡回し始めた。
※ ※ ※ ※ ※
眠れない。
30分前に出て行ったユキトが気になるのもそうだが、それ以上の胸騒ぎが収まらない。
今まで無かったような事が起き出し、この街に危険が迫っているというユキトの発言だ。
最近がどのくらい前なのか不明だが、それと自身が何か関係しているのではないか、という不安が脳裏をよぎる。
何度か姿勢を変えたり、海の上でぷかぷか浮かぶイカダに寝そべるイメージを浮かべたりしても眠れる気配がしなかったので、夜風に当たろうと外に出た。
「……寒っ」
冷え込む夜中に潮風が肌寒く、ついさっきまでのどんちゃん騒ぎが嘘だったかのように静まり返るヨコハマの街は不穏な空気に包まれている。
少年が不安に感じているからそう見えているだけとも捉えられるが、しかしそれとは違う何かを感じてもいる。
人間の頃には無かった勘が、絶対ヤバいと警笛を鳴らすかのように──
「……っ!? 嘘……だろ……」
──瞬間、遠くの方で家屋一軒が吹き飛ぶほどの大爆発が起こる。