第4話 四人の人間、一人の・・・
その右腕は、どうみてもごく普通な人間の右腕だ。
一瞬だけ血管が浮き出たようなゴツゴツ感や変色したようにも見えたが、そんなことよりも驚くべき現象が起きた。
無かったはずの右腕が、生えてきたのだ。
それもスライムのような半固形の何かがウネウネと断面から現れ、1秒かかったか否かという速度で右腕を形成した。
あまりにも不可解な現象に気を失いかけると思っていたが、怪物はたとえ爪が折られようと狙った獲物を逃がさないために再び動き出す。
「クソっ!!」
花火の音のように全身に響く咆哮を至近距離で聞いて遅れをとったが、もう片方の腕で振り下ろす爪を左腕で防ぐ。
「……マジか」
どうやら特別だったのは、右腕だけじゃないらしい。
こちらの腕も同じように頑強な怪物の爪を折り、ようやく痛がる素振りを見せる。
「ガゥゥ……」
「うおおおおッッ!!!!」
怯んだ怪物のスキを突くように、さっきまで抗戦していた男の1人が後ろから重量感溢れる剣を大振りして斬り付けた。
これにより怪物は後ろ足が使い物にならなくなり、獲物を狙うどころでは無くなり暴れのたうち回り始める。
激しい動きにいち早く距離を置いた男は大剣を握り直し、少年に向かって大声で言い放つ。
「坊主!! そいつを止められるか!!?」
「えっ……と……」
男に目を向けて声を聞き、再び近付いたらすぐに体を抉られそうなほど激しく動く怪物を見てみるが、止められるイメージが湧かない。
だが緊迫した状態で少年は頼られた以上やるしかないという使命感に燃え、集中力を高めて暴れ回る怪物を凝視する。
そこでまたしても、少年は違和感を覚える。
のたうち回る怪物の動きが、止まって見えるのだ。
「これなら……」
少年は気付いていないが、腕と同じようにほんの一瞬だけ両目の周りに血管が浮き出たようなゴツゴツとした何が発生していた。
やがてそのゴツゴツは全身を駆け巡り、少年は常軌を逸する速度で怪物に近付いた後に前足を両方ともへし折るほどの強い握力で押さえつける。
「よし!! じっとしてろよォ!!」
少年としてはただ普通に歩いた感覚であるため、怪物が威嚇や目を合わせる暇も無いほどのスピードが出ているとは思ってもみなかった。
男は最大の好機を逃すこと無く、洗練された無駄の無い一振りで怪物の首が刎ねられる。
断面から凄まじい量の血が噴き出し、それを全身に浴びた少年の前で怪物はついに事切れた。
「よかったぁ……さすがですね隊長」
「ああ、このレベルの奴を誰ひとり欠かずに倒せたのはデカい収穫だ、ありがとな坊主……おい、おい坊主!!」
そして少年もまた、事切れたかのようにぶっ倒れていた。
※ ※ ※ ※ ※
「気が付いたかな」
目覚めて最初に目に映った光景は、さっきと同じ女の顔だ。
そして同じくテントのようなドーム型の簡易施設の中のベッドの上で目覚め、一瞬時間が戻ったのかと錯覚してしまう。
「……またか」
「血に毒はなかったから、疲労だと思うよ」
少年は倒れるほどの疲労感は無い風に感じていたが、右腕が生えたり色々あれば倒れるだけの反動はあってもおかしくないという結論に無理矢理持っていく。
体に血の臭いは無く、またかなりの世話になったのだろうと思う少年は「ありがとう」と呟いた。
「でも驚いたよ、君が〝アメーバマン〟だったなんて」
「……え?」
聞き慣れない言葉が飛び出た。
アメコミのヒーローみたいに呼ぶが、アメーバマンはさすがにダサいだろと直感で思ってしまった。
「アメーバマンなら記憶無くて仕方ないよね」
「待って待って待って、アメーバマンって何?」
「えっと……私は詳しくなくて、パーティーに詳しい人がいて」
そんな会話をしていると、ちょうど良いタイミングと言わんばかりに残り3人のパーティーメンバーが揃った。
「ようアメーバの坊主、あの時は助かった、ありがとうな」
そう言って少年と握手を交わした男はヒゲを蓄え、30代後半から40代前半ほどと思われる威厳ある顔付きをしている。
身長も1番大きく、全体的に赤い重装備をものともしない振る舞いは漢という漢字がよく似合う。
「俺はソウジロウ、たった4人の隊の隊長を務めている、後ろの2人が情けないせいで手を煩わせてしまった」
「いやいやB級相手に4人じゃ足竦みますって……あ、オレはタケルっていいます、ああいう化け物の生態研究をしてます」
「タケルがあなたがアメーバマンって気付いたんだよ、人間の姿で腕が生えるのは世界広しといえどアメーバマンしかいないらしいよ」
しっかり戦士らしい体躯をしているが、研究をしているという事は頭も良いのだろう。
年齢は30代前半ほどと思われる顔付きで、黒が主な色の装備と大鉈を背負っている姿はかなりの場数を踏んでいると思われる。
「それから……まあこいつは無口だから代わりに俺が名乗ろう、名はユキト、無愛想だがボウガンの腕は確かだ」
目から下を布で隠すスキンヘッドの男は左手でボウガンを持ち、本当に何も言わずに少し少年と目を合わせてからテントから出た。
顔が見えないので確証は無いが、年齢はおそらく20代後半ほどだろうか、おそらくイケメンと思われる。
「で、私がアンリ、こう見えて最前線の盾役なんだよ」
という事はすぐそこで立てられている大きな盾は彼女──アンリのものという事で、少年は驚いた目をアンリに向ける。
「そうそう、アメーバマンの事だよね、タケル、話してあげて」
「まあアメーバマンなんて希少も希少だから情報は少ないけど、分かってることだけ話します──」