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第3話 新たなる世界

「よかった、目が覚めたんだね」


 目を覚ますと、可憐な女の顔が目に映った。


 背中の感触は少し硬めだが、土よりは断然柔らかい白のベッドと枕の上に少年は仰向けになっている。


 全く状況が掴めずパニックでどうにかなりそうだったが、石包丁で切ったのかと思うほどボサボサの短髪の金色がよく似合う女に左手を優しく握られていたので何とか意識は逸らせた。


「……あれ」


 落ちる前にあった頭の痛みや血流は無くなり、白い包帯でしっかり巻かれている。


 しかし違和感が右腕に残っている。


 おそるおそる覗いてみると、肩から先が欠損しているのだ。


「その右腕、どうしたの?」


「え、いや……分からない」


 日本語で会話出来ている事に安堵し、ようやく落ち着いてきた所で辺りを見回してみる。


 見た目は白い布で覆われた簡易テントのようだが骨組みは見えず、ドーム型と思われる空間内に2人きりだ。


「記憶喪失、かな……あんなところで倒れて、何かに襲われたの?」


「……分からない」


 そう答えるしかなかった。


 少年は自身が両親を殺してから自決し、気が付くと暗黒の世界で少女に弄ばれた後に水の中へと沈められ、目覚めたらここにいたという状況だ。


 何の説明もなく、自分の名前も分からず、見ず知らずの世界にほっぽり出された少年にはまだ頭を整理する時間が必要だった。


「ごめんなさい、1人になりたい……」


「……そう、何かあったらいつでも呼んでね」


 女も察してくれたようで、テントの外へと出て行ってくれた。


 女はゲームに出てくるような女戦士のように露出の多い鎧姿で、鎧も素肌もボロボロで泥だらけだった。


「……すぅ……はぁ……」


 そうやって何度か深呼吸をしてから、上体を起こしてみるがバランスが上手く取れずによろけてしまう。


 腹がものすごく減っている事や喉がカラカラに渇いていること、それ以外は目立った悪状況は無い。


 ただ1つ、大きすぎる違和感に見舞われている。






 ──あたかも、この体を操作しているかのような俯瞰の感覚。






(自分の体じゃないみたいだ、色々ズレがある……ホントに僅かだけど、こう動きたいと思ってから実際に動くまでの時間差が感じられる……)


 引き裂いた跡のような穴がいくつも空いているボロボロな白シャツやズボンを履く少年は、酔いで吐きそうな感覚が次第に引いていくのを感じ、ようやく口角が上がった。


(自分の事はとりあえずここまで……それよりこの世界が知りたいのと、水飲みたい……)


 そして少年が水を所望しようと「あの」とまで言った直後──


 ゴァァアアアアァァァアアアアアッッッ!!!!! と聞いたことの無い雄叫びが外から響き渡る。


 思わず耳を両手で塞いだ少年は、雄叫びのした方向に振り向く。


 影などは見えないが、カチャカチャという音を立てながら雄叫びのした方へと走っていく4人の影が見えた。


 武具類を身に着けて向かったのだろう。少年が目にした女も鎧を身に着けていたので、常時身に着けてなければならないほど過酷な地なのかもしれない。


 さっきの雄叫びも聞いただけでゾウほどの体躯を持つ獣の想像が出来てしまい、考え出すとゾワゾワっと全身に鳥肌が立つ。


「……何だ、今の──」




 ──瞬間、爆風のような衝撃波が吹き荒れ、少年を囲っていたテントが吹き飛んだ。




「ぬあっ!!」


 凄まじい勢いの風と土埃が少年に直撃し、抗えずにベッドから転がり落ちた。


 風が止んだ後にベッドに左腕をかけて膝立ちすると、少年は空前絶後の光景を目にする。


「な……あ……」


 全身を纏う黒い毛が恐怖感を煽り、ギラリと鋭い赤い眼光が足を竦ませ、獲物を確実に仕留める鋭い牙と爪を携えた四足歩行の熊のような怪物。


 そして何よりも額に1本、背骨にそうように背中に10本以上生える角がより不気味さを掻き立てる。


 周りにいる4人がちっぽけに見えるデカさを誇る怪物に、少年はただただ逃げなければという思考に陥った。


「あ、あああ……」


 しかし、体は動いてくれない。


 その事実が、怪物と少年の強弱の優劣を決定的なモノにする。


 そんな様子に最初に気付いたのはあの金髪の女で、奮闘する他の者達に一声かけた後に少年の元へと駆け寄ってきた。


「何してるの!? 戦えないなら速く逃げて!!」


 酷な話だ。まともに立つことすらバランスが取れずに可能ではないのに、そして足が震えて動く事も出来ていない。


 武器も何も持っていない少年はこの場で最も弱く、さらに体が動かないとなればその先には死あるのみだ。


 他の者達も苦戦しているようで、この場を全員が無事に切り抜けられるかどうか怪しくなってきた。


「グォォアアアアアアアアッッッ!!!!!」


 再び響き渡る咆哮。


 さっき目が合った時からロックオンされていたのだろうか、怪物は少年に向かって一直線に進撃してくる。


「うわぁぁ!!!」


 前世でも出したことのないような悲鳴が自身の喉から繰り出されるほど、少年は怯えきっている。


 だがそこで少年の前に女が立ち、ほとんどなまくらな剣を構えて盾になろうとしている。


「──」




 それを見て何を思ったのか、少年はさらにその女の前に飛び出した。




「え、ちょっと!!」


 女がそう叫ぶのも無理もない、しかし怪物は目と鼻の先まで来てしまっている。


 何が少年を突き動かしたのか、強いて言うならばちっぽけでつまらない偽善の心だろうか。


 両親を殺し、自らを殺し、そうして錯乱していた心は前を向き、無自覚の内に誰かを守りたいという偽善の心へと移ろったのだ。


 それは歪で、どこまでいっても偽物でしか無くて、だけど少年は前を向く。


 右利きだったせいで咄嗟に出た肩から先の無い右腕で、無謀にもダンプカーのような怪物の突進を止めようとして──






「っ……え……」


 1番驚いたのは少年だろう。


 右腕が一瞬で生え(・・・・・・・・)、その腕が襲いかかる怪物の爪を折ったのだ。


「……何だよ、どうなってんだ……」

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