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第2話 バッカじゃないの?

「ぶはっ!! はぁ……はぁ……」


 池か、湖か、プールか、体感ですぐ分かる流れや波が無いので川や海ではないとすぐに分かった。


 だがそのどれでも無いことに気付いたのに、30秒もかからなかった。


 見上げた空は星も無く真っ暗闇で、今彼が浮かんでいる水も黒く澱んでやや辟易する。


 しかし澱んだ黒い水は無味無臭で粘つきも無く、足は着いてないが底があるかどうかすらも不明だ。


 真っ暗闇な空間で、黒く澱んだ水に浮いているのに、見上げた先にいたその者の姿をくっきりと目に映す事が出来た。


「パッパッパッパッパラノイア~♪ 青空の下でパニック死~♪」


 どうみても宙に浮くように立っている小学生くらいの少女は、意味不明な歌詞の歌を口ずさみながら現れた。


「お、害虫はっけ~ん♪」


 神聖そうな修道服を健康的な小麦色の肌に纏い、素足の裏が水面ギリギリまで下りて目が合った少年を、満面の笑みを浮かべながら見下ろす。


「こんにちは害虫! ドブの味はいかが?」


 天真爛漫そうな声音も台無しにするほどに清々しいまでの直球な悪口に、怒りや落胆など感じる以前の驚きを表情で表す。


 まだ何の情報も状況も整理できておらず、少年はただただ非現実的な光景を目に焼き付けたまま、ポカンと口を開ける事でしか心境を語れない。


 ──そして少年は、自分の名前すらも思い出せてない。


 ──ただ、己の過去だけは思い出した。


「なあ、ここはどこかな」


「シュークリームの皮の中かな~♪」


「じゃ、じゃあ、俺の名前知ってるか?」


「自分のタマにでも聞いてみたら? キャハハっ!」


 同じ言語なのにどう足掻いても会話が成立しない事にイラつく少年は、その怒りを何とか抑え込んでもう一度会話を試す。


「なら、君の名前は」


「ところでチョコレートにかけるならしょうゆ派? みそ派?」


 ここで少年は会話を諦めた。


「ねえどっち? ソース派? ピーナツバター派?」


「はぁ……じゃあソース派で」


「は? どう考えてもスクランブルエッグにはおろしポン酢が至上に決まってるでしょ? まだまだ勉強不足だね~害虫くんはさぁ~、もう1500年くらい沈んどく? キャッハハハハハハ!!」


 理解不能過ぎる会話に頭が痛くなる少年を一通り弄んだ後、笑いすぎて出た涙を拭ってからその場に座る。


 空中を浮遊しているので当然そこは何も無いのだが、フカフカで背もたれのついた椅子に座っているかのようにくつろぐ姿は違和感しか無い。


「えっと、何だっけ……ああはいはい、過去思い出したのね?」


「え……あ、はい」


 少年にとっては〝思い出した〟というより〝目が覚めた〟感覚なのでピンと来ないが、これ以上話が進まなくなるのは耐えられないのでとりあえず返事をしておく。


「殺したよね、親と自分」


「……はい」


「ダッハハハハハハハハハハ!!!」


 何がツボにハマったのか、サイコ染みたシスター姿の少女は自分の膝を叩いて爆笑する。


「バッッッッッカじゃないの!!? 親殺したらその罪償えよ! 悟って死ぬとかバカすぎて朝ごはんの豚しゃぶ吐きそうなんだけどぉ~!!」


「……何がおかしいんだよ」


 さすがに堪忍袋の緒が切れたのか、少年は黒い水に浮きながら少女を睨み付けるように見上げる。


「俺は……そんな生ぬるい覚悟で死んだんじゃねぇ!!」


「お前の覚悟とかど~でもい~の、自分の罪から逃げて気持ち良くなってんじゃねぇって言ってんの、お前の自己満足でこっちの仕事増やされるとかホントたまったもんじゃないんだよ」


「な、何を」


「自分に酔ってキモい遺言考えながら気持ち良くなりたいんなら、1人で自分の棒擦って頭切り替えてくれた方がこっちとしては助かりま~す」


 言われるまま黙ってられるかと口を開くが、完全に少年を拒絶するような凍てつく視線を前に怖じ気づき、何も言い返せなかった。


 端から見ると論破された形の少年の惨めな姿を、少女はいつまでも見下し続ける。


「まあ、心全部無くしてこの池に1500年浸かってたから罪は償った事になったし、前世の話はもういいよ、問題はここから」


 少女は足を組み、言葉を続ける。


「お前を転生させる、何になるかは知らないけど、まあ人間より下等な生き物なのは確定かな~」


「え、いや、ちょっと」


「問答無用~、2度と来んなよ~」


「だから何を……うおおおおおおおおおおっっ!!!???」


 浮力が失せたというより、全身が引っ張られるような感覚で少年は黒く澱んだ水の中へと高速で沈んでいく。


 突然すぎる展開に思考も状況把握も何も追いつけていない少年は、少女のなすがままに溺れて再び意識を失う──




   ※ ※ ※ ※ ※




(……何だ……痛い、頭が……)


 曇天の下、湿った草っ原で仰向けに倒れている。


 ズキズキと痛む頭からは生温かい赤いものが流れ、全身が怠さで動かず、意識も朦朧としている。


 草と土の匂いが鼻腔をくすぐり、時たま吹く風が肌寒く感じる。


 やがてまぶたを開くのも億劫になり、閉じると瞬く間に意識が遠ざかった。


 生きることを諦めた〝元〟少年の、最悪の第2の人生が開幕した。

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