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地味で陰キャな俺の趣味は迷宮攻略です ~超有名で人気の冒険者、実は俺です~

作者: 木嶋隆太

 迷宮内を歩いていた俺の眼前に、ゴブリンが出現した。


 数は三体。

 飛びかかってきたゴブリンの攻撃をかわし、剣を振りぬく。

 

 返す刃で別のゴブリンを切り伏せ、最後の一体の攻撃に合わせて剣を返した。

 三体は一瞬で沈み、俺は軽く息を吐いた。


 討伐したゴブリンの死体は迷宮に飲み込まれ、その場には素材がドロップした。これが迷宮の基本的な構造だ。

 俺はゴブリンの素材を回収しながら、スキルボードを確認した。


 スキルボードとは、迷宮内で発見された魔道具だ。これがなければ、冒険者にはなれない(と言われている)。

 

 スキルボードには宝珠をはめることができる。宝珠にはスキルが入っていて、はめることによって俺たち人間はスキルを使用できるようになる。


 だから、スキルボードがなければ俺たちはまともに迷宮攻略もできないというわけだ。


 スキルボードにはめた宝珠にはレベルが表示される。マックスはレベル5だ。

 スキルは、スキルボードに宝珠をはめたまま戦うことで経験値が入る。また、スキルを使用すればするだけ経験値が入っていく。


 高難易度迷宮に挑むのなら、まずはレベル5にしてからというのが基本だ。

 

 俺が今しているのは、検証だ。スキルボードの関係、スキルについて調べていた。

 そのためのスキルレベル上げなのだが、これがなかなか時間がかかる。


 まあ、気長にやろうと思っていると……冒険者三人組が魔物に囲まれているのに気づいてしまった。

 見捨てるのも気分が悪い。俺はすぐにそちらへと向かった。


「手を貸そうか?」


 なるべく声を張り上げて問いかける。

 冒険者たちは涙を浮かべながら、叫んだ。


「た、助けてください!」


 ……仕方ない。

 俺はスキルボードにはまっていた五つの宝珠のうちの一つのスキルを選択し、発動する。


 俊足連撃と呼ばれるスキルだ。これは自分の体を高速化させるスキルだ。ゲーム的に言えば、一ターンに二回行動が行えるようになるものだ。


 それを発動してすぐに魔物を狩る。魔物が驚いた様子でこちらへと振り返る間に、もう一体の首を跳ね飛ばす。

 

 そこでようやく魔物の一体が反撃するようにこちらへと剣を振り下ろしてきた。

 だが、その体の動きが止まる。


「気づかなかったようだな」


 俺が発動したスキルは、スパイダースレッドというものだ。蜘蛛の糸を生み出せるスキルであり、相手の動きを拘束できる。

 糸自体は視認が難しいほどに細いものだったが、それは非常に強固だ。


 完全にゴブリンを拘束し、その体へと剣を振り下ろした。


「大丈夫か?」


 大学生くらいだろうか? 女性三人組のパーティーだ。

 高校生の俺が言うのもなんだが、大学生で迷宮に入るなんて珍しいな。


 感動した様子で女性たちはこちらを見ていた。


「あ、ありがとうございます……ってえ、そ、そそそその仮面は!?」


 俺の方を見て、女性の一人が嬉しそうな声をあげる。

 仮面、か。俺は自分の素性を知られたくないため、迷宮内では仮面をつけていた。


「わぁ! ぺ、仮面の騎士ペルソナナイト様ですよね!?」

「……その呼ばれ方は好きじゃないんだが」

「だ、大ファンなんです! お会い出来てとても嬉しいです!」


 ……三人組が握手を求めてきたので、仕方なくそれを受けた。


 ……仮面の騎士。誰が呼び始めたのか知らないが、気づけば俺はそんな風に呼ばれていた。

 迷宮にふらりと現れ、魔物を狩る正体不明の男。


 困っている人を助けてくれるとかで、冒険者の間で話題になっているそうだ。

 あくまで俺はスキルの情報集めを行っているだけなんだがな。


「あまり無理をするな。自分の力量を見極められてこそ、冒険者だ」

「……は、はい! ありがとうございます! 頑張ります!」


 三人組はとても嬉しそうな様子で頭を下げ、去っていった。

 先ほどの戦闘でスキルレベルもあがったな。

 

 今日の狩りはこのくらいにして、迷宮から出ようか。


 〇

 

 ギルドに行って、今回の狩りの成果を金に換えた。

 それから、人目のない場所で服装を整えてから、自宅へと帰宅した。


「ただいまー」

「うわ、でた」 


 アイスを舐めながら廊下を歩いていた妹が心底嫌そうな顔でこちらを見ていた。

 俺は迷宮オタクと言われていて、妹にとても嫌われている。


 それを無視して階段をあがり、部屋へと入った。

 それからパソコンを立ち上げながら、途中で購入してきた迷宮に関する雑誌に目を通す。


「……なるほど。新しい迷宮が発見されているのか。おっ、ここは欲しかった宝珠がドロップしやすいのか。来週にはいかないとな……」


 迷宮によってドロップしやすい宝珠というのがあるようなのだ。

 まずは迷宮の情報についてをエクセルにまとめていく。今回行った迷宮の出現しやすい魔物や、その魔物がドロップする素材、宝珠などを記していく。


 ……ああ、いい。このデータを集め、情報を記していくのが快感だ。


 だからこそ俺は迷宮に潜っている部分もある。迷宮情報の更新が終わったところで、次は宝珠だ。

 俺はここ半年ほどじっくりと調べていた仮説に目を通す。


 一定の宝珠の組み合わせで魔物狩りを続け、また宝珠のセットに空きがある状態で魔物を狩り続けると、組み合わせによって新たな宝珠が生まれる。


「この仮説は正しかったな」


 ……まだ世の中に出回っていない情報だ。

 スキルボードは、物によって宝珠をはめられる数に限界がある。


 最低で1つ、現状公表されているので一番多いのは5つだ。このスキルボードに宝珠をはめることでスキルが使用できるので、必然的に穴が多いほうがスキルボードとしての価値は高い。


 ただし、俺のスキルボードは6つだ。この世界で唯一、6つのスキルボードを所有している。

 今大事なのはこの宝珠だ。


 スキルボードの穴には、基本的に皆宝珠をすべてはめて戦闘を行う。だって、それだけ使えるスキルが増えた方が戦いやすいからな。


 ただ俺は、色々と調べていく上で宝珠が分裂することが分かっていた。

 というのも、二種類の宝珠だけをつけてひたすらスキルを鍛えていたら、その宝珠同士から新たな宝珠が生まれ、別の穴にはまったことがあったからだ。


 そしてこの宝珠はなんと、二つの宝珠のスキルを組み合わせたようなスキルだったのだ。当時付けていたものは風魔法、火魔法の宝珠だったのだが、新しく生まれたのは風火魔法の宝珠だった。


 このことから、宝珠の組み合わせ次第ではより優秀な宝珠が生まれる可能性があるという仮説を立てた。ただ、これを検証できている人はまだ誰もいない。

 みんな、宝珠の枠は埋めているからな。


「とりあえず、今日の迷宮調査では新たに疾風連撃の宝珠が手に入ったし、よしとしようか」

 

 これは俊足連撃と疾風の宝珠が組み合わさった形だな。俊足連撃が加速系スキルで、疾風も似たようなものだった。

 疾風連撃になったことでさらに加速しての攻撃が可能になったというわけだ。


「似たような種類の宝珠だから組み合わさるのか、全く別の宝珠でも可能なのか。ある程度、法則性を調べる必要があるよな。……楽しくなってきたな」


 この情報を集め、自分のエクセルに書き込んでいく。これが俺の趣味だ。妹に気持ち悪がられるのも無理はないのかな、とも思っている。

 だが、誰だって熱中するものはあるだろう!


 俺がやっているのはゲームの攻略情報をまとめているようなものだ。それがリアルに関わっているというだけだ。

 妹を含め、家族の誰も俺が冒険者として活動しているとは欠片も知らないけどな。


 〇


 次の日。

 学校に行った俺は、教室で雑誌を見ていた。

 いつものように迷宮に関する雑誌だ。それを見ていると、くすくすとクラスメートに笑われた。


「また村松の奴迷宮オタクじゃん」

「うわ、きっもー!」


 クラスの目立つ二人組だ。

 うるさいけど、実害がないのなら別に構わない。俺が迷宮オタクであることは事実だからな。


「つーかさー、あいつ迷宮の本ばっか見まくっているけどほんとなんなんだよな? 冒険者にでもなれば良くね?」

「なー、そうだよなー。でも、無理じゃね? あそこ結構大変だしな」

「な、そうだよな」


 そんな二人組の男子たちに女子たちが集まってきた。あの二人の男子は顔も整っていて、明るい性格からか良くモテるそうだ。

 含みのある言い方をした二人に、女子の一人が声をあげた。

 

「え!? 内村、迷宮に潜ったことあるの!?」

「え? あー、まあね! あれ、よく気づいたじゃん」


 内村と呼ばれた男子が頭をかきながらすっとぼけるように言った。


「だってさっきそんな感じに言ってたから」

「まーね。オレたちこの前二人で迷宮に入ってきたんだよ! へへ、魔物とも戦ってきたんだぜ?」

「す、すごっ!? こ、高校生で魔物狩りできる人って中々いないんだよね!?」

「まあね!」


 内村とその相棒は誇らしげに胸を張っていた。

 二人の様子に女子たちはきゃーきゃー盛り上がっていた。


「そ、それじゃあ仮面の騎士様には会わなかった!?」


 その名前を呼ばないでほしい。俺の頬が引きつった。

 ただ、それは一瞬だ。俺は平常心を保ったまま、本を読み進める。


「あ、会わなかったなぁ」

「そ、そっかぁ……残念だなぁ。私大ファンなんだよ!」

「私も! かっこいいよね! 困っている冒険者を助けて回ってるんだって!」


 いや違うからな? たまたま見掛けたら助けているだけで、わざわざ助けて回っているわけじゃない。


「もう、あの仮面の下の顔、どんな顔をしているんだろう!?」

「きっと滅茶苦茶かっこいいのよ!」


 いや、見てるからね。ここにいるからね。まあ、今は伊達メガネしているけど。

 それから女子たちの話題が仮面の騎士に移ってしまい、内村たちはどうにもつまらなそうにしていた。

 俺も迷宮の本を読み終え、別の雑誌を読もうかと思った時だった。内村がこちらへとやってきた。


「なあ、村松。おまえ迷宮入らないの?」


 彼は女子たちに届くような声で言っていた。その挑発するような声に、返事をするのかどうか迷ったが無視したらそれはそれで面倒そうだったので答えた。


「たまに入っている」


 嘘ついてもアレだからな。だが、俺が仮面の騎士とかいうクッソ恥ずかしい名前で呼ばれているのを知られるわけにはいかない。


 俺が濁すようにいうと、内村たちは驚いたように目を開いていた。

 女子たちも気になったようでこちらに問いかけてきた。


「え、村松くんも入ったことあるの?」


 女子たちがちょっと興味深そうに聞いてきた。それが、内村たちには気にくわなかったようで、むっとした。


「は? おいおい、嘘つくなよ。おまえみたいな貧弱に何ができるんだよ!」

「興味本位で見に行っただけだ」

「はっ、だよな?」


 どうやら、内村たちは自分たちだけが迷宮に入ったことがあるというアドバンテージを守るために俺を馬鹿にしているのだろう。

 もういいよそれで……。本を読むのに集中させて!


 新しい迷宮の情報が色々ありすぎて困ってるんだから! 別に、俺のことは好き放題言ってくれていいからさ!


「悪かったよ」


 そういって俺は再び本に視線を落とした。邪魔されることはなくなったが、俺には見え張り野郎というあだ名がついたようだ。

 ま、実害ないんで良しとしよう。


 内村たちがトイレのために教室を出ていったところで、女子の一人がこちらへとやってきた。


「ね、ねえ村松……」


 名前を呼んできたのは綺麗な女子だ。

 俺の幼馴染である武丸由美たけまるゆみだ。


 小学校から同じ学校で、当時はわりと仲良かったのだが、最近はほとんど関わりあいがない。

 一応親同士は仲良いし、妹と武丸は実の姉妹のように親しい。


 だから、ほぼ毎日のように遊びに来るのだが、俺との交流はほとんどなかった。


「なんだ?」

「こ、困ったことあったら言ってね……そ、その私クラス委員長だから。えっと、いじめとか……そういうので何かあったら、相談してね?」

「別に特にないけど」


 いじめ? 誰かいじめられているのだろうか?


「そ、そう……うん、分かった」


 そういって彼女は大きく息を吸ってから、去っていった。少しだけ満足そうな笑顔を残して。


 俺はそれからネットで迷宮の情報を漁っていく。

 やはりまだ宝珠の合成に関しての情報は出ていないな。


 今のうちにさらに新しい情報を入手していき、より詳細な情報を手に入れる必要があるだろう。


 〇


 放課後。

 授業も終わったので、俺は近くの迷宮でも見にいこうかなんて考えて街を歩いているときだった。

 ちょうど前方にクラスメートたちを発見した。


 内村たちとあれは武丸か?

 俺が知っているのはそのくらいだった。

 ただ、他にも男子が二人、女子が二人ほどいた。


 全員でこれからどこかに遊びにでも行こうとしているのかもしれないな。

 見つかったら絡まれるかもしれないので、俺が別の道を行こうとしたときだった。


「きゃああ!?」


 悲鳴があがる。

 俺がそちらを見ると、なんと魔物がいたのだ。

 道路の真ん中に、小山のような入り口があった。


 おっ、新しい迷宮じゃないか!


 いけない。いつもの癖で迷宮に興奮してしまった。

 今まさに迷宮が出現したようで、魔物たちがそこから溢れてきていた。


 車は止まり、人々は慌てた様子で逃げていく。


「お、おらあ!」


 何人か、冒険者がいたのだろう。

 あふれた魔物たちを抑え込むように戦い始める。

 だが、あまりにも数が少ない。


 ……仕方ない。協力しようか。

 俺はすぐに変装のスキルを発動する。それによって、俺は仮面の騎士へと姿を変えた。


 同時、スパイダースレッドを発動する。

 魔物の体に蜘蛛の糸を降らせ、その体を地面へと縫い付けていく。


「こ、これはまさか!?」


 冒険者の一人が叫び、こちらを見てきた。俺はすぐに近くのゴブリンの首を刎ね飛ばした。


「冒険者たち援護する」

「仮面の騎士!」


 冒険者の一人が嬉しそうに叫んだ。


「仮面の騎士様がいるのなら、勝てるぞ!! うおぉお!」


 俺は怪我人たちの保護を行いながら、魔物を狩っていく。

 と、その時だった。

 人々に突き飛ばされ、倒れた武丸が視界の端に映った。

 

 オークが斧を振り下ろそうとしていた。

 俺は小さく息を吐いてから、スパイダースレッドを放った。

 その斧の動きを一時的に止める。だが、さすがに力が強い。糸で止められたのは数秒だ。


 その間に疾風連撃を放ち、加速する。

 武丸の体を抱きかかえた次の瞬間、斧がアスファルトを破壊した。

 俺は武丸を地面に置いてから、彼女を見た。


「大丈夫か?」


 腕の中にいた武丸は、ぼーっとこちらを見ていた。

 武丸を地面に置いてから、その背中を突き飛ばした。


「ほら、さっさといけ」

「……う、うん。あ、ありがとうございます」

「気にするな」


 俺は小さく息を吐いてから、魔物たちへと視線を戻した。


 見れば、逃げ遅れた人たちはまだいて――その中に内村の姿があった。

 ちょうどそちらへとゴブリンが迫り、その体を殴りつけていた。


「ぐべぇ!?」

 

 ……おい、迷宮に潜って魔物と戦ったんじゃないのか?

 内村は涙を流しながらよろよろと歩いていた。

 

「た、たすけてぇ! 仮面の騎士様ぁ!」


 涙ぐみ、よく見れば漏らしている内村がこちらに手を伸ばしてきた。

 さすがに見過ごすわけにはいかない。今は仮面の騎士だしな……。

 悪評が出てしまうと活動しにくくなる。


 俺は一気に接近しゴブリンの首を刎ね飛ばした。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとう……ございます!」

「さっさと逃げろ」

「は、はいいぃぃ」


 だが、腰が抜けてしまったようでまともに動けてはいない。

 仕方ないので、俺はそこで内村を守るように魔物を倒し続けた。


 〇


 迷宮からあふれてきた魔物の討伐は、それから三十分ほどで完了した。

 被害は……道の破壊や怪我人程度はあったが、死者は出なかった。


 迷宮の周囲は結界によって封鎖されている。これでもう魔物が外に出てくることはなかった。

 迷宮対策本部の人間たちが俺のほうに頭を下げてきた。


「あ、ありがとうございました仮面の騎士様! あなたがいなければもっと被害は広がっていたはずです!」

「いや、気にしないでくれ」


 いつの間にか集まっていたマスコミたちがパシャパシャと写真を撮ってくる。


 すでにテレビ局も来ているようで、かなり目立つ状況だった。

 ……最悪だな。

 本当に変装しておいて良かった。

 

「それじゃあ俺はもう帰る」


 そう吐き捨てるように言って歩き出すと、マスコミたちが道を塞いだ。


「仮面の騎士様! 今回の迷宮発生では大活躍をしたそうですが……っ! 何か一言コメントを!」

「今回の魔物たちはどうでしたか!? また怪我人を守るように戦っていたそうですが!」


 いくつもマイクを向けられた俺は、小さく息を吐いてからスパイダースレッドを放ちマスコミたちの体を拘束した。

 動きを止めてから俺は堂々とその道を歩き去っていった。


 誰も見ていないのを確認できたところで俺は変装を解除して、ただの高校生へと戻った。

 俺はそれからスマホを見て、ネット上にあふれる仮面の騎士の活躍についての記事を見て、頭を抱えた。


 まるでヒーローかのようにほめたたえる記事がたくさんあった。

 仮面の騎士のこれまでの功績や活躍っぷりがたくさん書かれている。


 変装していなかったら満足に私生活を送ることもできなかっただろう。

 そんなことを考えながら自宅へと帰ると、見慣れない靴を発見した。

 

 誰か来客しているようだな。

 俺がリビングへと向かうと、キッチンにいた母がこちらを見てきた。


「由美ちゃんが来ているわよ」

「妹に用事だろ?」

「まあ、そうだけど失礼がないようにね」

「へいへい」


 どうせ関わることはないんだから失礼のしようがないっての。

 そう思いながら階段をあがる。でも、まだ妹の靴はなかったよな? 妹はまだ帰ってきていないはずだ。


 俺がそんなことを考えながら部屋へと向かうと、そこには武丸がいた。

 彼女は俺のベッドで横になっていた?

 は? 意味が分からん。俺の枕に顔をうずめ、何やらはぁはぁと息を荒くしていた。


「……おい、武丸」


 なぜ、俺の部屋にいるんだ? ていうかなぜ俺のベッドで寝ているんだ?

 声をかけると、彼女はばっと体を起こした。


「はっ!? い、いつの間に帰ってきたの!?」

「ついさっきだ」


 驚いた様子で武丸がこちらを見てきた。その頬は少し赤い。

 

「み、見た?」

「なんで俺の部屋にいるんだ?」

「……っ!」


 顔を真っ赤に彼女は唇をぎゅっと結ぶ。


「それで、なんで俺のベッドで寝ていたんだ?」


 畳みかけるように質問すると、武丸はしばらく黙っていた。

 しかし、ぽつり、と言葉を漏らした。


「……匂い」

「匂い?」


 匂い? 匂いって、匂いのことだよな? 他の意味を考えていると、武丸は吠えた。


「そうなの! 私、裕司の匂いが大好きなの!! だから嗅いでたの!」

「……」


 へ、変態か?

 そう思っていると、武丸がこちらに近づいてきた。


「仮面の騎士、だよね、裕司?」

「……は!?」


 な、何を言っているんだこいつ?

 俺が驚いていると、彼女は顔を真っ赤にしながら俺のほうに人差し指を突きつけてきた。


「い、言っておくけどね。変装してても、幼馴染の私には分かるんだからね?」

「……なんだと?」


 こいつ、確信をもって言っている?


「なぜ、分かったんだ?」

「私が裕司の匂いを間違えると思う? あの抱きかかえられたときに確信したの! 脳からドーパミンがドバドバ出る匂いだったんだからね!」


 へ、変態かこいつは。

 知らなかった。俺の幼馴染がこんなに変態だったなんて。


「……誰かに、バラすつもりか?」

「そ、そんなことはしないよ! た、ただ、その……頼みがあるんだけど?」


 ここでの頼みとなれば、そう、金しかないだろう。


「い、いくらだ?」

「違うよ! そんな物騒なことしないよ! 私が求めたときに、生の裕司の匂いを嗅がせて!」

「……」


 頬が引きつる。

 何を言っているんだこいつは?


「……本気で言っているのか?」

「ほ、本気だよ! 私が足しげくこの家に毎日遊びに来ている理由知ってる!?」

「妹と遊ぶためだろ?」

「違うよ! 裕司の匂いを嗅いで充電するためなんだよ!」

「変態か?」

「変態かもね! でも、私は裕司の匂いがないとダメなの!」


 そんな中毒患者かこいつは。


「お願い! 仮面の騎士ってことは黙ってるから! 絶対誰にも言わないから!」


 匂いを嗅がせるだけで黙っていてくれるのなら――。

 両手を合わせてくる彼女に、俺は頷いた。


「……わ、分かったよ」


 〇 


 次の日、学校に行った俺は教室での内村を見て少し驚いた。

 何やら教室に一人、落ち込んだ様子で席に座っていた。

 そんな内村を見て、ひそひそとクラスの女子たちが話していた。


「……昨日、魔物に襲われたとき、内村くんに突き飛ばされたのよ?」

「一人真っ先に逃げようとしたんでしょ?」

「本当だよ。その後仮面の騎士様に助けてもらったから良かったけど……下手したら私死んでたよ」

「それに、内村くんあれでしょ? なんかすっごい情けない格好してたって」

「そうそう。あとで合流したら、顔は涙と鼻水でぐずぐず、下は漏らしていたのよ? もう体全身で大洪水よ?」

「……うわぁ」


 ……内村はその女子たちの声に、びくりっと体を跳ねさせていた。

 なるほど、だから内村はあんな扱いを受けているのか。


 どんまい、と心中でつぶやいていると、俺のスマホが震えた。

 

 画面を見ると、『屋上に来て』と武丸からの呼び出しがあった。

 朝から何だ? 


 言われた通り屋上に向かうと、武丸がいた。

 彼女はこちらを見て頬を緩めた。


「良かった来てくれたんだね」

「まあ、な」

「それじゃあ早速!」


 彼女はでへ、でへ、と笑ってから俺のほうに抱きついてきた。

 

「お、おい!?」

「……はぁぁぁぁぁ! こ、この匂い……落ち着くぅぅ! ぐへへぇ……」


 やばい声をあげながら武丸が抱き着いてくる。



 これが、俺と彼女の契約だ。 

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― 新着の感想 ―
[一言] ひどい彼女(?)で笑いました。 いいぞもっとやってしまえ! と武丸さんに声援を送りたいと思います。
[良い点] これ続き読みてぇ。面白かった
[一言] ヒロインの臭いフェチ設定が独特で面白いです。 連載化期待しています。
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