二人の靴屋選び
夕食をとり、入浴して、「明日外出なさるんでしたらお肌のお手入れを!」とひとしきり化粧品を塗ったり落としたりされて、ようやくベッドに寝そべる。お手入れをしてくれるジヴァがとても楽しそうなので理由を聞いてみると「これまでこのお屋敷にはお嬢様も若奥様もいらっしゃらなかったので、お肌のお手入れやヘアメイクの腕前を発揮できなかったんです!」とのことだった。
そういえば、普通の貴族令嬢さんたちは入浴中もメイドにお世話してもらうものだとジヴァに言われたけれど、どうにも恥ずかしかったのでそれは辞退した。
「伯爵家はマットレスも布団も高級だなぁ、ふっかふか…パジャマがシルクで気持ちい…ベッド広…」
独り言を言いながらベッドの広さに急に寂しくなり、寝る前に母の顔が見たいと思うけれど、母はお父様との夫婦の寝室にいるので、やはりここは遠慮する。
母とも話せないし、今日は疲れたし、早く寝ようと目を閉じると、師匠と弟子の話し声が聞こえてきた。どうやら今から靴屋を探しに行くらしい。起き上がって話しかけてみる。
「ここでも靴屋を手伝うつもり?」
「あったりまえやないの。それがうちらの仕事やもん。これからリサーチに行ってくるわ」
「王都だから、たくさん靴屋がありそうだね」
「せやねん。だからリサーチにも時間がかかりそうやわ」
生活に困っていそうな靴屋ならどこでもいいんじゃないのかと思ったが、弟子はやたらリサーチリサーチという。どうやら、ただ貧乏なだけでは、彼らのお眼鏡にはかなわないらしい。
「私たちが手当たり次第に貧乏な靴屋を助けていると思ったら大間違いだよ、デイジー」と師匠。
「我々はだね、まず靴屋の人格を重視する。すなわち正直で働き者かどうかだ。ここがダメだと、助ける気にはならないね。さらには良い革を仕入れていることも重要だな。貧乏だからと言って質の悪い革でもいいと思ってしまう靴屋はご遠慮願いたいね。ああ良い革と言えば、アイリスとデイジーの店で扱っていた、ここセトルス王国の革も素晴らしいが、やはりデバリア王国産の牛革は柔らかい上に丈夫で使い込むほどに味が…」
「師匠、デイジー寝てまいました。行きましょ」
「おお、やはりデイジーはかなり疲れていたようだね。では布団をかけてやってから行くとしようか」
新しい靴屋を見つけたら、二人はこのお屋敷から出て行っちゃうのかな?そしたらお別れだなぁ。寂しい…私、王都でまだ友達一人もいないのに…
そんなことを考えながら、師匠の革についての講義を子守唄代わりに、私はいつの間にか眠りに落ちていた。