1.王女様、起床。
通貨単位はこんな感じ。
鉄貨…百円
銅貨…千円
銀貨…一万円
金貨…十万円
白金貨…百万円
彼女の上から目線な言葉遣いは根っからです。
硬いベッドに低い枕。顔に当たる自然光に鳥の鳴き声。
毒花を食べ眠ったはずの私が目覚めて手に入れた情報は、とても平和なものだった。
「…なにこれ…どこなの…?」
薄い布が掛けられた身体を起こし、ベッドから降りる。
太陽の光が降り注ぐ窓は小さい木の扉で、ガラスではないことに違和感を覚えたがそんなことを考えている場合ではない。
窓の外はいつもと同じように美しい庭が見えることはなく、広い畑とそれを耕す人々、粗末な木造の家が立ち並ぶ景色だった。
「昔行った田舎に似てるわ…私、死んだのではないの…?」
いや、確実に死んでるわ。
トリカブトの花を一、二枚ではないの。
なんなら葉も食べたのよ。まぬけだったわ。
「…私の髪は黒色だったはずよね?」
さらり、そう聞こえるほど美しく真っ直ぐ腰まで伸びた濃緑色の髪。
そう、こんなにも長くはない。胸元までだったし、少し波打つ癖っ毛だった。
鏡でもないかと部屋を見渡し、水を張った桶が枕元にあると気づいた。
「あら美人…随分綺麗になったわ」
どちらかといえば美しいというレベルだったのに、今は誰が見ても女神と見紛う美女になっているのだ。
吊り目がちで焦げ茶色だった瞳も、ぱっちりとし鮮血のごとき赤色に変わっている。
「これはもう別人ねぇ。というか本当に別人だわ…クロエ・リーン?リーン王国の王女…」
私は私で存在している。
けれど頭にある情報とこの身体は別。
一年前に滅んだ国であるリーン王国、クロエ・リーン王女の物。
「でも私の人格や記憶はある…これは乗っ取った、ということかしら。彼女の記憶では…闇に呑まれたドラゴンが暴走して国が滅び、みんなに逃がされ行き当てもなく放浪し森で倒れた…お伽話みたいね…これ死んだんじゃないの…?」
そこに私の魂が入った?
ドラゴンなんて地球にはいないし…別世界ね…
「あ、あのぅ…」
ぴくり、肩が揺れた。
いつのまにかドアが開き、茶色の髪を三つ編みにした十歳くらいの幼い女の子が顔を覗かせていたのだ。
気付かないなんて、私とても動揺してるみたい。
「何かしら?」
「だっ、大丈夫ですか!?森で倒れてたからお兄ちゃんが連れてきました!あっわたしが来たのはおかあさんが様子を見に行けって!」
目を大きく見開いて女の子は捲し立てる。
貴族だと思っているのかしら?
手を握りしめて怯えているその様子が可愛く思えた。
「大丈夫よ。貴女の名前を聞いてもいい?」
「わ、わたしはシーナです!」
「あら可愛い名前。大丈夫よシーナ、私は貴族じゃないから緊張しないで」
幸い身なりは粗末なもので、茶色のロングスカートと薄汚れたブラウスだけ。
平民と同じような服だし、持ち物も袋に入った着替えと銀貨数枚。
顔が整い過ぎているせいで貴族だと思っているのなら誤魔化せるだろう。
それに貴族じゃなく王族なのだから、嘘は言っていないわ。
「…貴族さまじゃ…ないの?」
「ええ、違うわよ。」
シーナはそうと分かるとパアッと笑顔になり、私の手を引き歩き出した。
慌てて水桶のとなりに置いてあった袋を手に取りついて行く。
「どこへ行くの?」
「おかーさんのところ!ご飯作ってるんだよ!」
そういえば太陽が真上にあった。お昼ご飯なのね。
短い廊下を歩いて台所に入ると、シーナと同じ髪色をした女性が背を向けて鍋をかき混ぜている。
「おかーさん!おねぇさん起きたよ!」
元気よく伝える声に振り向き、驚いた顔をしたその顔はシーナによく似ていた。
「…大丈夫…です、か?森で倒れてい…」
「大丈夫よ。その話はシーナが教えてくれたわ。あと、私は貴族じゃないから安心して」
恐る恐る話しかけて来た母親。やっぱり貴族だと思っていたのね。
きょとんとした後、数秒固まり再確認してくる程には疑っていた。
「貴族じゃないから、敬語もいらないわ。普通の小娘だと思ってちょうだい」
「わ、わかったよ…私はその子の母親で、カーナだ。あんたの名前は?」
…考えてなかったわ。
クロエといえば王女だとバレるかもしれない…過保護だったから顔は王族以外に知られていないみたいだけど、名前は分からない。
どうしましょう…
そういえば、さっき水桶で顔を見た時、ガマズミやマンリョウのようだと思ったのよね。
赤い実をつける植物。
「でも私、イチイが好きなのよね」
「え?悪い、なんて言った?」
「イチイよ、イチイと言うの」
「へぇ…変わった名前だな」
「でしょう?でも気に入ってるのよ」
カーナは笑って、昼飯にするかとシーナを撫でた。
イチイの花言葉ーーー高尚、悲哀、悲しみ