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Oh! My 将軍!  作者: スッパみかん
8/14

姉と弟#3 (前)

お目付け役が眠っているのをいいことに、好き放題するゼグンド将軍だったが、その裏では複数のドス黒い陰謀が蠢いているようだ。女子高生の身体に入ってムフフ~な事をしようと考えるより先に、か弱い弟を鍛えあげるため、まずは邪魔者を一掃しようと張り切るオッサンの話です。

姉と弟3



 現在の時刻は17時52分35秒。


 エナのほっそりした手首に装着していた、腕時計というものは、惚れ惚れするほど正確に時を刻む。懐かしき、我が故郷にも時間というものの概念があり、時計というものも存在していたが、このように小さいものは見たことがない


 だがしかし、この場にいるのは、俺だけではない。教育の第一歩を施し終えたばかりの、小童どもが雁首揃えて待っているのだ。


 少し向きを変えるだけで、踏み荒らした足元から、小石としなびた草むらが擦れ、じゃりっと小さな音をたてる。

 それを聞いた途端、俺はまだ何も言っていないし、していないというのに、ハヤトを含めた4人の小僧どもが、「ヒッ!」とすくみ上って声をあげおった。


 まったく大袈裟な。

 たかだか2,3発、撫でるような優しさで小突いただけではないか。


 骨ひとつ折らず、臓器のひとつも飛び出さぬほど、完璧な手加減をしてやったことに対し、もう少し感謝できんのだろうか。


 ブルブルとみっともなく震えあがって、目すら合わせようとしない。

 かつての「サヴァルテ」に志願しに我が陣の前に集合していた、血気盛んな若者達と比べるまでもなく、その身にまとう「生命力」や「意志の強さ」は希薄そのものだ。


 エナという少女の身体に入ってしまったとはいえ、俺には依然として魔力があるらしく――――ジェマ曰く、これは極めて稀なケースらしいのだが――――他者の基礎戦闘力を計るための初歩的な「分析」魔法を用いずとも、見た者の魂の濃度から、その肉体の鍛錬度がわかるのだが。


 揃いも揃って、恐ろしく弱い。

 生まれてこの方、労働などしたことがありません、というように筋肉が発達せず、魂の輝きも羽虫のように、小さく頼りない。


 よくもまあ、こんな体で、病死する事なくここまで育ったものだと、感心すらしてしまう。


 「ハヤトよ」


 「は、はいっ!?」


 ハヤトは飛び上がるほど怯えおののき、ぱっと立ち上がって直立不動の姿勢をとった後、素早くファラモント式の敬礼をした。


 昨夜のうちに、戦闘訓練の初歩中の初歩、基本姿勢から受け身を、さんざん仕込むついでに、礼儀作法を教えておいた甲斐あって、そっちはきちんと習得できたらしい。


 ファラモント王国の軍式の敬礼――――最初に利き手の指を揃え、心臓に一瞬かざした後、素早く一歩下がって踵を打ち鳴らし、両手を後ろに組んで、上官の目線よりも自分の頭が低い位置にくるよう、背筋を伸ばしたまま腰を折る、という所作は完璧だ。


 うむ、よろしい!


 これなら作法にうるさいマッケイもやり直しをさせないだろう。


 むろん、お母君に対しても「お母様」あるいは「お母さん」と呼び、敬意を払うよう、厳しく言いつけてある。

 これに関しては、同じ家に住み、四六時中見張るつもりなので、一言でも間違おうものなら、即座に舌を切り取ってやる、と真顔で言ったら、ハヤトは室内で失禁してしまったので、後片付けが大変だった。


 おっと、いかんな。考え事をしている間にも、不慣れな敬礼をしたまま、緊張しきったハヤトの頭が僅かに震えている。


 また殴られるのかと恐れているらしい。まったく失礼な。俺とて、大した理由もなく、そうポンポン殴りはしないというのに。


 「アンドーだかアンコだか知らんが、お前から金を巻き上げてきた、若造どもを、さっさとここに呼ぶがよい。金を取りに来いと言えば、来るであろう?」


 「えっ!?」


 ぎょっとした声を上げたのは、話しかけられたハヤトではなく、未だガタガタ震えて地べたに這いつくばり、土下座をしていた柳瀬だった。


 「ん?何か異論でもあるのか?ヤナセ」と、寛大な俺が言外に「直答を許す」と匂わせておるというのに、この中では一番賢そうな面構えをした、ヤナセとかいう小僧は真っ青になって、再び顔を伏せてしまう。


 その隣で頭を伏せていた、ツンツン頭の小僧――――タチキ、といったか――――小声で


 「ば、バカ!大人しくしてろよっ、殴られるぞ」と、窘める。


 最初からある程度は予想しておったが、本当に、躾のなってない小僧どもだ。


 目上の上官が――――否、こやつらにとっては、年上の小娘か。我ながら情けなくて泣けてきそうだ――――立っておるというのに、許しもなく口を開くとは。


 もう1、2発殴っておくべきだろうか?と考えたが、今は眠っているのであろうジェマにツッコミを入れられずとも、今日会ったばかりの、この小僧どもはハヤトと違ってエナとは何の繋がりもなく、同軍に所属している上官と部下という立場でもない事を思い出し――――いや、忘れておらんぞ!そう、思い直しただけだ――――ゆったりと腕を組み直すに留めた。


 ヤナセというこの小僧が、震えながらも言いかけた事についても、興味をそそられる。


 ファラモントでは、終戦後も、武装解除する暇もなく、軍を率いて様々な任務に就き、数多の部下達から「サイア(我が君)」と呼ばれ、崇められる日々を送っていたのだ。


 怯えながらとはいえ、そんな俺に意見しようという者に会うのは、本当に久しぶりだ。

 うむ、悪くない。予想を裏切られることが、こうも楽しいものだとは、思ってもみなかった。


 ここはひとつ、多少の非礼には目をつぶり、対話を心掛けるとしよう。


 タチキに諫められ、すぐに我に返って「す、すみません」とモゴモゴ言いながらまたガバと地面に顔を伏せてしまったヤナセをしげしげと見下ろし、俺は寛大に、優しく声をかけてみた。


 「言いたいことがあるなら、言ってみよ。チンピラどもを呼びつけることに、何の問題があるのか?」


 「お、大有りだっ!!・・・・・・いや、あります・・・!!」


 思わず、といったようにまた顔をバッと上げて拳を握ったヤナセだったが、今度は反対側で震えていたカイタニという金髪の小僧に、袖を引っ張られて、慌てて口調を取り繕う。


 ふむ。チンピラの間にも、友情みたいなものは存在するのだろう。なかなか微笑ましい光景である。


 身なりには何かこだわりがあるのだろうか、髪を長く伸ばし、優男風の見てくれとは裏腹に、どうやらハヤトよりは胆力があるのか、ヤナセは震えながらも、裏返った声を振り絞って


 「俺達は、所詮パシリです!ラインで一方的に要求を突きつけられるばかりで、その逆は決してありません!・・・・・・・つまり、こちらから「来て下さい」と言おうが、「金がほしけりゃ取りに来い」とイキってみたって、まるで相手にされない可能性が高いんです!」


 と、聞き捨てならない事を言う。


 ふむ、なるほど。


 ハヤトをチラリと見やると、どうやら同じ事に考え至っているらしく、必死にコクコクと頷いていやがる。


 相手にされない、とな? 

 

 俺ならば、部下がイキがって「来い」なぞと、ふざけた一報を寄越して来ようものなら、教育し直さなくてはならない、と張り切って出向いてやるのだがな。


 だがよくよく考えれば、相手は、こんな子供を脅して金品を巻き上げているような輩だ。

 俺とは120%違うタイプの上官と言ってよいだろう。ヤナセの言う通り、下っ端の言動を適当に受け流す可能性は否定できまい。


 俺は鷹揚に頷いて、理解を示すことにした。


 「そうか。相手にされないというのであれば、仕方あるまい。こちらから出向いてやろうではないか」


 「「「「・・・・ッ!!!」」」」


 だから何故そこで怯むのか。


 ハヤトをはじめ、皆一列に並んで正座したまま、小僧どもはオドオドとお互いの顔を見やり、不安そうにチラチラと俺を見上げて何か言いたそうだ。


 「あ、あのぅ・・・・・」


 「なんだ。男がモジモジするでない!怒らぬから言ってみよ」


 ううむ、戦を経験したことのない平和なご時世に生まれ、何不自由なく育った子供とは、こんなものなのだろうか。


 ファラモントでは、あまりに長く続いた戦争のため、王侯貴族ですら教養の一環として武芸を学ばされている。


 戦が泥沼化し、徴兵制度対象の最低年齢が16歳までに引き下げられた折に、民からの反感を抑えるため、貴族であっても最低一名の子息を、戦線に送ることを義務付けられていたためである。


 それに比べて、目の前に無防備に首の後ろをさらけ出し、たった一人の小娘を前に膝をついている、この小僧どもは、どういうつもりなのだろう?


 俺が気まぐれを起こして、雑草を間引くごとく、目の前の、このか細い首を、ポキリとへし折るかもしれない、とは思いつかないのだろうか?


 俺には全く理解できない。戦時中は誰しもが荒んでいるものだし、俺とてムシャクシャして冷静な判断ができない事もあった。部下の誰かが、投降してきた負傷兵を、俺の許しなく処断した場合において、不問に処した事も――――あった。


 わからない。俺にはどうしたって、こういう小僧どもの気持ちなどわからない。

 その事が、どうしてだか、自分でもわからないうちに胸の奥に引っかかって消えなかった。


 「待ち合わせ指定場所の、店ですが・・・、あの、だいたい森高の不良が屯っている場所なので、安藤一人がそこにいるわけじゃありません。いつも3名以上います」


 おっと、考え事にふけっている間にも、ヤナセがオドオドと意見を述べ始めた。


 「店の外で、その・・・・・エナさんには待機してもらって、俺達が安藤を呼んでくるのは、どうでしょうか?それなら、騒ぎになっても、人目につくので、奴らもそうそうおかしな真似はできないはずです」


 ほぅ。なかなか悪賢いガキだな。陽動、待ち伏せからの先制攻撃を提案するだけでなく、撤退時の退路も視野に入れている。

 腕力はないが、軍師向きのよい資質を持っているようだ。


 俺は思わず、嬉しくなって、ニヤリと口元を緩めてしまった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 その笑みを見た途端、少年達の背筋は一斉に凍り付いた。


 隠しようもない狂暴性を滾らせ、爛々と目を輝かせて口の端を歪めるその表情は、愛らしい顔立ちがことのほか恐怖を煽って余りある。


 2歳ほどしか違わないはずなのに、この迫力はどうしたことか。


 「ほう・・・・・・つまり貴様は、たかだか1つの屋根の下に収まる程度の人数相手に、この俺が遅れを取ると思っているのだな?面白い」


 四人のうち、一番体格がよく、手の早いと言われていた貝谷だったが、未だ不規則に痙攣を繰り返す胃を押さえ、酸っぱい胃液がせり上がってくるのを恐れて、慌てて口元を押さえた。


 少し前までは、何かと口やかましい己の母親が、この世で最も恐ろしいと考えていたのだが、この日貝谷徹はその認識を改めた。


 真に恐ろしいのは、感情任せに声を荒立てるようなヒステリーではない。

 冷静沈着そのものの状態で、己が何をしているのか100%理解しながら暴力をふるい、徹底的に反抗心をへし折ってくる、このエナという少女こそが、今の少年たちにとっての真の恐怖の対象となっていた。


 「す、すみません!!そんなつもりじゃあ」と、慌てて唾を飛ばしながら言い訳を始めた立木を片手で制したのは、やはりというか、柳瀬だった。


 「とんでもない・・!多勢に無勢だから、少しでも有利な条件下でと思って――――」


 焦った様子でまくし立てたその時、


 「はっはっは!面白い・・・!面白いぞ、お前!」


  と、エナが白い喉をのけぞらせて、突如笑いだした。

くっくっく、と身体を僅かに縮め、大きく口を開けて豪快に笑うその姿に、四人の少年は、意表を突かれて固まってしまった。


 ――――怒ると思ったのに。


 眉尻を下げ、心底おかしそうに腹を抱えてひとしきり笑い転げた後、エナは柳瀬の方をじっと見た。


 「ふふふ――――そのような心配をされたのは、いつぶりか。なかなか愉快だな!

 はは、小娘になってみるのも、悪い事ばかりではなさそうだ」


 威圧するでも、叱責するでもなく、エナが見せたその笑顔ひとつで、少年たちの強張っていた肩から力が抜けた。


 可愛らしい顔立ちの少女がようやく、現実味のある高校生らしい親近感を与えてくれた瞬間だった。


 ――――「小娘になってみるのも」?


 これ以上殴られずに済むかもしれない、助かった!という期待に胸を躍らせる柳瀬達の影で、ぽつりと独り言のように小さく付け加えられた一言に、隼人だけが密かにギクリと息を詰まらせていた。


 解離性同一性障害。専門的な知識はなくとも、完治は難しい、という話なら聞いたことがある。


 そういえば夕べからずっと、姉に「武術の基礎」を叩きこまれる間、傍にいたのだが、一度たりとも、「エナ」本人とおぼしき人格が現れていない。


 エナの心の闇、あるいは秘めた狂暴性を具現したかのような「ゼグ」の人格が、一度表に出たっきり、元に戻る様子がない、という事に気づかされた瞬間でもあった。


 どういうことだ?安藤達をやっつけてくれるかもしれない、ゼグの存在は頼もしくすら思えるけど。


 それじゃあ、エナはどこへ行ったんだ?もしかして、もう二度と、呑気な気質に、たまにイライラさせられたが、あの優しい姉には会えないのだろうか?


 ふとそんな考えが脳裏をよぎり、喪失感にも似た痛みに胸が軋む。


 いなくなればいい、と思った事くらい、あったけど。

 だけど、まさかこんな事になるなんて。


 エナ、一体どうしちゃったんだよ!?


 まるで別人のように男勝りな「ゼグ」と名乗るエナを盗み見ながら、ハヤトはぎゅっと奥歯を食いしばって、口をついて出そうになる疑問や不満を押し殺した。


 ゼグは極端に口答えを嫌うし、軍人のように規律規律と口煩く、上下関係に厳しい。


 迂闊に意見を口にするだけで、あるいは質問に対し、即答できずに口ごもっているだけで、拳が飛んでくる。


 今はまだ、貝谷、立木、柳瀬の三名に注意が向けられているが、これが二人きりとなると本当に恐ろしいのだ。

 エナ本人の人格がどこへ行ったのか。


 ずっとそれを聞きたくてウズウズしているというのに、そういう事を聞くだけのスキが、まるでないのだ。


 少しでも話しかけようとすれば「ほう?無駄口をきくだけの元気が残っておるようだな」と、ジロリと睨まれ、筋トレメニューを増やされる。


 まるで、この世には体を鍛える事以上に大事なものはない、と言わんばかりの徹底した対応である。


 元々内向的な隼人はもちろん、この手の偏屈な男(見た目は姉なのだが)と出会った経験がなく、どう接するのが正しいのか、まるでわからない。


 今はとにかく、刺激せず、言うことには大人しく従うしかない。何しろ、殴られればめっぽい痛いし、たまに本気で殺される気がして、恐怖で身が竦む。


 それはほんの数十分前までは、自分達の優位性を疑わず、隼人を小突き回してイジメていた三名の同級生も同じだった。


 少しでも言い訳しようと口を開こうとする都度、その気配を察しているとしか思えないようなタイミングで睨まれ「投降したからには、大人しくしていた方が身のためだぞ」と凄まれる。


 こうして、思うところはあっても、エナ(ゼグンド将軍)が恐ろし過ぎて何も言えないまま、隼人を筆頭に、三名の元イジメっ子たちは項垂れ、元来た道を引き返し、スカートの下にジャージを穿いたままの女子高生を連れて、バスに乗り、今度は繁華街まで行くしかなくなった。


 秋に差し掛かったばかりのこの季節に、スカートの下にレギンス等を穿いている女子高生なんて、滅多にいない。


 同じバスに乗り合わせた人々は、思わずといったように不思議そうな顔つきや、あからさまに「ダサイわねえ」という嘲笑を浮かべる者もいたのだが、エナ――――しつこいようだが、中身は38歳の男、ゼグンド将軍である――――は堂々と腕を組み、実に豪快に足をぱっかり開いて、バスのシートに座っていた。


 むぅと唇をへの字に引き結び、可愛い顔立ちに不似合いな、厳めしい顔つきでふんぞり返るその姿に、弟である隼人は思わず天を仰いでしまった。

 ――――これがもし悪い夢なら、早く醒めてくれ!


 こんな事になる前には、「長いと野暮ったい」と、制服のプリーツスカートのウエスト部分を折りこみ、丈を短くして穿くエナの、白くてすらりとした足を見る都度、舌打ちして


 「そんな豚足見せて、誰得だよ?もっと隠せよ」と悪態をついて、スカートの丈を戻すよう仕向けてきたというのに。


 今となっては、「隠せばいい、というものではない」という、新たに判明した真理が胸に突き刺さる。


 何せ、エナがジャージを穿いているのは、いつでも誰でも好きな時に、心置きなく蹴飛ばしたいからなのだ。


 そして多くの場合、一番の被害を受けるのは、何を隠そう、不幸にも一番身近なところにいる自分だ。

 これが嘆かずにいられようか!


 だが、類まれな不幸といえども、48時間以上続けて味わっていれば、それなりに慣れてくるものである。


 それとも殴られ過ぎて、早くも頭のネジが緩んできたのだろうか。


 ともかく、――――本人は決して知らされることはないが――――ジェマから「意外に柔軟性のある性格をしている」と評価された霧島隼人は、はやくもこの現状に適応しつつあり、エナ(ゼグ)の奇行に遭遇する都度、すぐにそのポジティブな面に目を向けることで、精神の安定を保つようになってきていた。

 

 ――――例えばこんな風に。


 隼人は絶望的な気持ちから立ち直るため、姉がスカートの下にジャージを穿いている事に対するメリットを見出すことにした。


 そう、一見ダサイことこの上ない見た目だけども、今のエナの男らしい座り方を見れば、ジャージを穿いてくれてよかった、と思う面もあるではないか!


 青年誌のサービス漫画に出てくるアレなヒロインのように、所かまわずしょっちゅうパンチラをご披露して、痴女というレッテルを貼られるよりかは、マシではないだろうか。


 見る側とは一切血のつながりがない、という絶対条件を満たしてこそ、パンチラサービスには計り知れない尊さがあるのだ。


 ついでに、ムエタイやテコンドーの足技などと無縁そうな、大人しい女の子であれば、なおよし。


 ポジティブに考えなくては。

 エナ(実の姉)が痴女呼ばわりされ、芋蔓式に、その弟である隼人は変態だ、などと噂される事を考えたら、ジャージ(ゴミ)の標準装備くらい、なんだっていうんだ?


 ダサくて結構!エナが可愛いとか、訳のわからない事言われるより、お前のねーちゃん田舎臭いな、ダサイなって言われる方が、断然マシじゃんか!


 うんうん、この調子でいこう。いちいちゼグの言動に驚いていたら、身がもたないからな!


 こうして霧島隼人は、僅か5秒ばかりで涼しい顔つきに戻って――――だがジリジリと姉からは身体を逸らし、いくばくかの距離を取ることで、精神崩壊を防ぐことに成功したのである。


 柳瀬や立木も、オッサン臭漂うエナの座り方を見て、一瞬だけギョッと動揺を見せたが、慌ててそっぽを向き、「私は赤の他人です」と言わんばかりに、精一杯狭いバスの中でエナから距離をとりつつ、コッソリと隼人に同情しはじめていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ――――マ、ジェマ。


 誰かが呼んでいる。それはわかるが、しっとりした落ち着いた成人男性のものとおぼしきその声は、疲れきって深い眠りについていたジェマの耳には、心地よく響く。


 ――――何よ・・・?私、眠いの。


 何度も呼ばれるうち、ジェマは朦朧とした意識の奥底から、何とか言葉を引き出し、それだけを答えたのだが、声の主は満足しなかったらしい。


 ――――ジェマ、起きるのだ。しっかりしろ!


 途端、ピシリとした叱責が飛んできて、ただ耳慣れている、としか認識していなかったその声がハッキリと、ジェマの記憶にあった「上司の声」と合致し、ジェマはハッとして目を開けた。


 ずっと、エナとして、エナの目を通して見て来た世界はどういうわけか何もかもが消え失せ、目の前にいるのは、雪のような白髪を長く伸ばした老人唯一人だけだ。


 ――――!!あっ・・・メィレン様!


 辺りは真っ白な霧に覆われており、慌てて己の身体を見下ろすと、霧島エナの身体に入る前の、幼女の姿に戻っている。


 ここは、即席で作られた、仮初の亜空間だ。その証拠に、かつて自分が所有していた「仕事用の部屋」とは似ても似つかず、ジェマの好みに合わせて造った優美な調度品も、小さな噴水がたてる心地よい水音も、何もない。


 これを成したのは、もちろん目の前に佇む老人、ジェマの上司であるメィレンだ。

 ジェマ自身は、慣れない地球アルスという環境下で、極限まで能力をフル稼働して、長時間に渡ってエナの代役を勤めただけで、心身共に疲弊しきっていたのだ。


 とてもじゃないが、亜空間に二人分の魂が同時に留まることができるほどの、安定した地場を作ることなど、不可能だった。


 一瞬でおおよその状況を把握したジェマは、急いで身を起こし、両手を目の前で合わせて、かるく頭を下げ、無礼にならないよう略式の挨拶をして見せた。


 「メィレン様、ご無沙汰しております」


 「挨拶はいい。見ての通り、この場は長くはもたない。何せお主の精神の大部分は、霧島エナの身体に結び付けられ、外部からは剥がせぬようになっておるので、これが精いっぱいじゃった」


 言いながら、よく手入れをされた顎髭を撫で、ジェマの直属の上司であり、よい相談相手でもあるメィレンは深々とため息をついた。


 いつもなら、もっと昔に流行した袖も裾も床に引きずるほど長い、ゆったりした着物を身に着けていたメィレンだったが、ジェマの今の境遇を慮ってか、エナの世界の時代を反映した、スタイリッシュなグレーのビジネススーツに身を包んでいる。


 「それで、どうかの。ゼグンド将軍に、我々の正体などについて、隠しおおせているのであろうな?」


 「はい。それはもう、最初に言葉を交わした時から、そこには意識が決して向かないよう、私が何者であるか、詮索する気にならないよう、慎重に術を巡らせておりますので、大丈夫です。


 今のところは、ですけど」


 「やはり、そうか。あまり期待はしておらなんだが――――まあ、時間の問題であろう。あの男がそれだけの力を有しておるからこそ、あやつらも、あのような早まった真似をしたのじゃろうて」


 やつら、と聞いて、ジェマの大きな瞳がキラリと光った。


 「メィレン様・・・?じゃあ、メィレン様は加担していなかったのでしょうか?私はてっきり、メィレン様が、先の暗殺未遂に加担されたからこそ、こうして事後処理に名乗りを上げ、人事部に手を回し、この役に、私を推薦したのかと考えておりましたが」


 共謀の嫌疑をかけられぬよう、先に穏健派に傾いたフリをしていたのではないか、と、なかなかに手厳しい事をズバリと指摘してくるジェマに、メィレンは肩を竦め、片方の眉を上げてそれを否定した。


 「ふふっ、それはよいな。そうであったなら、儂も、この状況をもう少し楽しめただろうに」


 束の間、白髪の老人は両腕を背にまわし、楽し気に喉を鳴らし、灰色の瞳を眇めてどこか遠くを見据え、物思いにふける様子をみせた。


 「残念ながら、儂は慎重な性質なのじゃ。もうしばし時間をかけ、抹殺すべしと唱える過激派と、静観せよと訴える穏健派の、どちらに加担すべきか熟考するつもりでおった。


 ――――今となっては言い訳に聞こえるかもしれんがな。


 そう、もう時間がないな。ジェマよ、今となってはどの勢力も、一丸となってこの事態を収集するしかない、と先の会議で同意したのじゃが。どうにも引っかかる。


 ジェマ、儂は憂いておる」


 老人は、ジェマに向き直りながらも、一瞬だけ声を潜め、ちらりとあらぬ方からを警戒するように、視線を巡らせた後、さらに声を抑えて早口で言った。


 「儂は思うのだ。元々、やつらは、ゼグンド将軍を、その将来性を心底恐れていたのだ。――――このまま引き下がるだろうか?」


 ジェマは、冷たい水を頭から浴びせられたかのように、さっと青ざめて、いつになく真剣な顔つきになって身を屈めた老人に詰め寄った。


 「ど、どういうことです?まさかこの期に及んで、また暗殺を企てるかもしれない、と?」


 「いや、そんな事ではあるまい。上の方々は既にその可能性を考慮し、やつらの手から、その手段を取り上げた。よって、この間のように直接手を下すことはできぬはず。


 であれば――――別の方法を使って、ゼグンド将軍を封じ込めようと考えるのではないだろうか」


 なんですって?この前代未聞の入れ替わり劇を引き起こしただけでは飽き足らず、さらに何かしようっていうの?


 ジェマはギリリと歯噛みし、自分よりもずっと先を見越しているのだろう、上司に詰め寄ろうとしたのだが。


 「時間切れじゃな。ジェマよ、幸運を祈るぞ」


 ふと、眉間に皺を寄せながら、メィレンが言った途端、白い髪が霧の中に溶けるかのように、どんどん輪郭を失い始めた。


 グレーのスーツの色彩がみるみるうちに白へと変わり、老人の青ざめた顔もまた、霧の中へ溶け込んでいく。


 待って・・・!まだまだ話したりない!


 ジェマが慌てて引き留めようとしたが、なすすべもなく、己の姿さえもが空気に溶けてなくなっていくのに気づいた。


 「――――やつらにとって、ゼグンド将軍が元の身体に戻らず、この世界に留まっている今の状況の方が、好ましいのではないだろうか?まぁ、せいぜい気を付けることだ。邪魔が入るやもしれぬ」


 独り言のように呟かれた言葉だったが、その内容は聞き捨てならない。


 じょ、冗談じゃないわよ!!このオッサンがこの世界に留まるってことは、私だって帰れないってことじゃないの!?


 ジェマは咄嗟に手を伸ばし、メィレンを引き留めよとしたが、もちろん間に合わなかった。


 エナの身体に結びつけられた、ゼグンド将軍とジェマは今や一蓮托生の運命にある。


 完全に上司の姿が白い霧の中に溶け込み、自分もまた、すぅと後ろへと引っ張られ、元のエナの身体にと吸い込まれていくのを感じながら、ジェマは泣きそうになってしまった。


 ――――待ってよ・・・!メィレン様、貴方だって全然わかっていないわ!このオッサン、私の手には負えないわよ!私一人に押し付けるなんて、酷い!!


 手伝ってくれるのかと期待して、黙って聞いてれば、不安を煽るだけ煽って、あとはヨロシク、って言って消えるだけなのぉおお!?


 チックショウウウウウ!!!覚えてらっしゃいよ!戻ったら必ず、ボーナス3割増しを要求してやるんだから!!嫌だなんて言おうものなら、別居中の奥様に色々暴露して、たっぷり後悔させてやるんだからねっ!!!



 そんな事を思ったのが最後だったように思う。


 ふぅっと一瞬だけ意識が遠のき、メィレンが作った亜空間が完全に崩壊した瞬間、ぐんとジェマの魂は現実――――すなわち、エナの身体の中に完全に戻ってきた。


 ガクガクっと振動が全身を貫き、ジェマが何度か瞬きしているうちに、スッと視界がハッキリと像を結び、霧島エナが見ている世界と完全につながり、それと同時にゼグンド将軍の魂がぴったりと隣に居座っていることにも気が付いた。


 狭っ!!そして暑苦しい!!


 ひとつの身体にふたつ分の魂が共存するということは、往々にして窮屈なものである。


 さらにこの時は、長い事沈黙と共に眠っていたジェマの不在を、これ幸いとばかりに利用し、エナの身体の全権限を掌握していたゼグンド将軍が、意識の中でも最前というべきポジションに居座っていたためでもあった。


 後になって思い起こせば、ゼグンド将軍にとって、ジェマの妨害なしに、エナの身体の隅々まで目視し、感触を楽しんだり、はたまた女子更衣室などに素知らぬ顔で入り浸り、女子高生の着替えを覗き放題できる、千載一遇のチャンスだったのだが、ジェマが起きてしまい、そこに考え至ったからには、もう手遅れである。


 ジェマは老メィレンが信頼する、最も優秀な潜入捜査官でもあったのだ。


 幹部候補への出世を目指していたため、ここ数百年ほどはめっきりデスクワークばかりだったが、ジェマの能力は衰えてはいなかった。


 ジェマはチラリと周囲を一瞥し、努めて素知らぬフリをしているが、怯え切った様子でチラチラこちらを窺っている、土埃で汚れた学ラン姿の少年三名、そしてエナの弟の隼人が遠い目をして大人しく隣に座っているのを確認してすぐに、おおよその状況を悟った。


 隼人の同級生のイジメっ子三名、調教済みなのは間違いない。三名のうち、金髪の少年は腹をさすって青い顔をしているところからして、さぞかし「優しく」教育的指導を施したことだろう。


 ふん、どうやら好き勝手に暴れたみたいね!

 いいわ、もう面倒だから、隼人を強請っていた連中を片付けるところまでは、私も静観してやろじゃないの。


 今更制御したって、疲れ損だわ。暴れたがるオッサンと入れ替わるような気力も残ってないことだし、別人格設定を信じている隼人にフォローさせ、明日まで様子を見よう。


 もちろん、警察が動き出したら、交代せざるを得ないけど。


 「おぉ、ジェマ、目覚めたか。安心せい、ちとイキがっている若造どもと話しをするだけだ。こやつらより年上なのだ、分別もつくだろう。ハヤトから奪ってきた金を返済させ、今後二度と目の前に現れぬよう、優しく頼むつもりだ」


 ふん、どう「優しく」「話す」つもりか、もうわかってますけどね!


 なんだか得意げなゼグンド将軍の内なる声に、イラっとしながらも、疲れが色濃く残るジェマは不承不承、自分よりも遥かに体積の大きいゼグンド将軍の魂の熱さに辟易して、じりじりと後ろへ下がるしかなかった。


 無責任な「上層部」や「メィレン」に対する不満も、考えだしたらキリがない。嫌な仕事ほど、張り切って向き合うしかない、という事を長い人生で嫌と言うほど経験しているジェマは、ため息をついて舌打ちした。


 ジェマのような高位の知的生命体は、人間とは全く違う時間の流れに身を浸している。


 たかだか一秒の間に、ゴウゴウと吹き抜ける嵐のような速度で飛び交う情報を吸収できるジェマにとって、数日とは一般常識を学習するには十分過ぎるほどの長さだった。


 ――――リポビタ〇Dか、アリ〇ミンが欲しいわね。あと、有休申請して温泉旅行したいわ。電動マッサージチェアに乗っかって、一日中ゴロゴロしていたい!


 だがしかし、多くのブラック企業に勤める気の毒なサラリーマンと同じく、ジェマにも休暇はない。

 申請しようと「代わりが来れないので却下」。ここまでは同じだが、「あんな濃ゆいオッサンとなんて、同居したくありません」という具体的な理由付きで、同僚から交代を断られてしまうのが関の山だった。


 そうこうするうちに、無情にも時は流れ、エナ達を乗せたバスはがりがりと繁華街に差し掛かり、目的地である「クラブ・ミスト」があるという、区画からは200メートルほど手前のバス停で止まった。


 ちなみに、店の名前は「クラブ・ミスト」だが、ナイトクラブのことではない。


 エナもそのあたりの知識は皆無に等しかったが、ジェマがゼグンド将軍をせっついて、どういう店なのかを柳瀬らに質問させて得た情報によれば、レトロゲームがメインの、ゲームセンターなのだという。


 ゲームなんぞに流行があるのか?と首を傾げるゼグンド将軍だったが、ジェマはあっという間に理解した。


 十年以上前に流行ったゲーム機を集めるのが趣味だというオーナーが始めたこの店だが、マニアにとっては垂涎もののゲームの宝庫であり、店内でなら、金を払えば昔懐かしファミ〇ンや、セ〇サターンなどをレンタルでき、居座って遊べるカフェなのだそうだ。


 昔の機種を知っている中高年にしか人気がないだろう、と思いきや、ゲーム機そのものをレンタルできるサービスの珍しさと、やってみれば意外にシンプルなようで面白いレトロゲームにハマる学生が多く、店内はいつも混んでいるという。


 足取りも重く、ノロノロと出口に進み、小銭を支払って降車する学生服の少年4人に続いて、プリーツスカートの下に、だぼっとしたジャージを穿いた奇妙な服装の女子高生が、どかどかとバスから出てくるのを見咎めた通行人たちは、ギョッとして思わず二度見してしまうのだが。


 もちろん、そんなことに頓着するエナ(ゼグンド将軍)ではない。


 「はよう、その店に案内せよ」と偉そうに指示し、気の毒なほど縮こまった少年たちを促し、大通りから逸れて、エアコンのモーター、廃材、ブリキのゴミ箱などが片隅に寄せられている細路地に向かって、のしのし進んでいく。


 はぁ?もっと広い道があるはずよね。ここって、車も入れない裏路地じゃないの?


 と、ジェマは「クラブ・ミスト」に案内するため前を行く少年たちを、一瞬怪しいなと疑ったが、ゼグンド将軍は歯牙にもかけない。

 奇襲、待ち伏せ、何でも来い。むしろ道中何事もなさすぎて、退屈しているらしく、わくわくしている様子だ。


 しかし、数メートル先を進んでいる柳瀬とかいう少年たちが、ヒソヒソと


 「こんなダサイ恰好した女連れてると、目立ってしょうがないよな。ちょっと遠回りだけど、この道のほうが人が少ないし」 だの


 「せめてジャージやめてくれればな・・・だけど、そんな事言ったら殺されそうだし」


 と、なんだか泣きそうな声で囁き合っているのが聞こえてしまって、ジェマはいたたまれない気持ちになってしまった。


 言葉巧みにゼグンド将軍を説得し、なんとか普通の女子高生らしく、スカートの下にジャージのパンツを履くというこのファッションをやめさせることも、考えたのだが、結局諦めた。


 何しろ、ゼグンド将軍は高校生のチンピラ複数名相手に、派手に暴れようとしているのだ。

 ジャージを脱ぐなんてことをしたら、よりにもよって今日、エナがクマのキャラクター柄の下着を身に着けている事が、足を振り上げた際にでも、丸っとバレてしまうだろう。


 そうなったら流石にエナ本人に申し訳なくて、合わせる顔がない。


 ――――ああ、バカバカバカ!なんで、もっと他の柄を選ばなかったのよ!?つい珍しさで選んじゃって、あんな子供っぽい下着をエナに着せるなんて、私としたことが!!

 ピンクの水玉のにしとけばよかった!


 「雑魚相手とはいえ、少しでも下半身の防御力を上げておくか」という適当極まりない理由で、スカートの下に体操着であるジャージを穿いてくれたゼグンド将軍には、感謝するしかない。


 だがそれがまた、なんとも屈辱的だった。


 裏路地をビルの合間を縫うように進んで、5分もしないうちに、柳瀬達は転がされた自転車の束を踏み越え、するっと広い歩道に出て


 「こっちです」と隼人とエナを手招きした。


 ヒョイと同じように、幅2メートルもなかった路地から足を踏み出してみれば、そこはもう、車も通る広い道で、商店街に差し掛かる入り口だった。


 やたら主張の激しい「24時間営業スーパー・大出」の看板や、「Nコインパーク」への案内板を通り過ぎてすぐ、目的の店が見えて来た。


 「クラブMyst」と書かれている、紫の看板は、チカチカと点滅するLEDランプで飾られ、その隣はシャッターが下りたまま長い事放置されていると思しき、「閉店」という張り紙を貼った、うちぶれた喫茶店だった。


 しかも、クラブの入り口には「19時以降、未成年の出入りお断り」と書いてある。分厚い曇りガラス越しに、店内を覗いてみれば、ぎっしり大人も子供もたくさんいて、所狭しと12台ほどの小さなテレビを置いたテーブルを囲んで、順番待ちをしているのが見えた。


 「本当にここなのか?19時に来いと言っておいて、お断りとは、どういうつもりなんだ?」


 エナの身体の支配権を依然と乱用していたゼグンド将軍が、憮然と口を尖らせ、当然の疑問を口にすると、柳瀬が慌てて振り返って、両手を広げた。


 「今はまだ18時半です。それに、いつもこうしてここに呼ばれるんですけど、中に入る事って、あまりないですね。混んでるから、座るとこがないし・・・。

 時間になると、安藤達が出て来て、こっちの閉まっている店に連れていかれます」


 言いながら、軽くシャッターを押すと、上から引き下ろすタイプではなく、アコーディオン式になっており、引き戸のようになっているシャッターが、いとも簡単にキィと音をたてて少し右へと開いた。


 これ見よがしに取っ手からぶら下がっている錠前は、よく見るとピッタリ嵌っておらず、ないも同然だったのだ。


 へぇ?随分いいかげんに放置してるのね。盗難の心配とか、しないのかしら?


 そうジェマが不思議に思っていると、ゼグンド将軍エナもまた怪訝な顔つきになったので、立木も慌てて口早に言い添える。


 「ここ、なんにも残ってないんスよ。備え付きのソファーもスプリングが壊れているし、カウンターテーブルも、何年も前に取り壊しちゃって、瓦礫になってるし。夜22時に見回りに来る巡回のオッサンだって、面倒がってここまで入ってこないし。


 それで、安藤さん達が入り浸って、中でハッパふかしたり、カードゲームしたり、私物化してるみたいです。

 安藤さんの叔父さんが、不動産業をやっているから、テナント募集をかけて5年以上にもなるのに、見向きもされず、ほっぽり出された物件の情報が手に入るんだとかで。

 その、無断拝借してるって」


 ――――バカね。情報だけで、私物化なんて出来るはずがないでしょ。安藤ってやつは、叔父さんから権利書とメインキーをくすね、さらにはテナントが入ってこれないよう、何らかの手を打ったはずよ。


 ジェマはすぐにそう邪推したが、ゼグンド将軍は


 「そうか」とだけ返事し、ゆったりと腕を組んで、5センチだけ開いた扉をじっと見つめている。


 将軍、気を付けた方がいいのでは?安藤って、案外頭のまわる奴なのかも。


 「ふふ、そうかな?本当に頭のいい奴は、そもそもガキを捕まえて小金をせしめたり、そんなわかりやすい嘘を吹聴して、こんな目立つ場所を、隠れ家に指定したりせんと思うがな。


 俺の見立てではな、その安藤とかいうガキの叔父こそが、この土地の所有権を持っているのだろう。それで、甥っ子が我が物顔でここに出入りするのを、公然と許しているのだ。


 それでなぜ、情報があるから出入りできる、と嘘をつくのか?という点に関してだが。

 この年頃のガキには、犯罪を犯すことに対し、奇妙な憧れと優越感を抱く傾向があるからな。やってもいない事を大袈裟に吹聴して、カッコつけている可能性が高いだろう」


 ――――!


 やっぱりこのオッサン、ただの脳筋バカじゃないわね。伊達に将軍職についていないということか。


 言われてみれば、その通りだ。


 ジェマは何故気付かなかったのか、一瞬歯噛みし、そして改めてゼグンド将軍がただの平凡な将軍ではないことを再認識した。


 平凡な男が、そもそも「サヴァルテ(神の矛)」という大層な軍団を育て、一度は劣勢に陥ったファラモント国を勝利に導けるわけがなかったし、平凡な将軍が、「やつら」に目をつけられた上で、生き残れるはずがないのだ。


 このオッサンが、この私より頭の回転が速いはずがない。であれば、私と彼の差は、経験値の差だ。


 ジェマは冷静にそう分析した。


 そういえば、この男の経歴は何度も読み返してはいるが、理解不能なことばかりだった。それらはあくまで客観的データでしかなかったのだ。


 肝心な疑問に対しては、何一つ答えのない履歴の数々。


 例えば、これまでさんざん、ファラモント現国王から理不尽な扱いを受けてきたというのに、なぜ裏切らなかったのか。


 水の国ヘキルジアからの、大臣クラスの待遇を約束する、という引き抜きの打診を、なぜ断ってきたのだろうか?

 ファラモントよりも絶大な勢力を誇っている、東の大国カリスクの王からも、似たような誘いがあったのに、それも断っている。


 一体なぜ?


 誰しもがゼグンド将軍の経歴を知れば、そう尋ねたくなるのに、その答えを聞いた者はいない。

 ジェマにも、ゼグンド将軍の魂から過去のデータとして、記憶の断片を引き出せるといっても、その心が抱える思想の全てを覗き見できるわけではなかった。


 疑問は依然として残る。


 ファラモント王に絶対の忠誠を捧げているわけではない、とゼグンド将軍が口にしたこともある、というのだから驚きだ。


 この事実は、ジェマがゼグンド将軍の記憶を読み取れるからこそ、知り得た事実で、本人は決して公言していないのだが。


 聞いてみたい。一体なぜ、貴方は動かなかったの?国王に忠誠を誓っていないというなら、何が貴方を、縛り付けていたというの?どうして一度くらい、功績に見合った報酬を求めようとは考えないの?


 ジェマは本当に久しぶりに純粋な興味を覚え、そう強く思った。


 だが、ゼグンド将軍は答えない。

 同じ肉体に押し込められ、密接した魂がふたつ。隠し事のできないこの環境下で、ジェマが呟いたこの一言だって、当然ゼグンド将軍には聞こえているだろうに。


 それでもやはり、ゼグンド将軍は答えなかった。

 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




to be continued




*三万文字くらいになってしまったので、慌てて二分割して投稿することにしました。続きはもう出来ておりますので、数日以内にアップします!

続きます!

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