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Oh! My 将軍!  作者: スッパみかん
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姉と弟#2

エナの代役として、ついに学校へ行くゼグンド将軍。だがしかし、女子高生生活というものは、思ったよりオッサンには厳しかった!そして隼人を待ち受ける、受難は尽きない。10万円を持ってこさせようとしていた不良達の未来はいかに?長くなりましたが、少しでもお楽しみいただければ幸いです!

姉と弟#2



 その日、少年達はクラスメイトの霧島隼人を待っていた。


 隼人たちの通う学校の3ブロック手前に、彼らの隠れ家のようなものがある。


 台風で屋根を飛ばされ、壁の一部が倒壊したオンボロ納屋―――――ちなみにそこはかつて、無人農作物販売所でもあった―――――は、途中で再建企画が頓挫したのか、中途半端に解体されたっきり、みすぼらしい風体のまま放置されていた。


 半分取り壊されたとはいえ、壁と屋根の一部はまだ残っており、雨をしのぐこともできたし、片付けられないまま放置されている廃材は、2メートルもの高さにわたって積み上げられているので、人目を避けて喫煙する場所として最適であり、少年たちの溜まり場と化していた。


 もちろん、彼らも馬鹿ではない。大人に見咎められたり、稀に訪れる巡回警備員の気配がないかどうか、必ず下っ端の一人を見張りに立たせている。 


 「なぁ、隼人のやつ、ちゃんと10万持ってくると思うか?」


 髪を金色に染めた少年、貝谷徹が、回し読みしていた雑誌から目を離さないまま切り出す。


 派手な装いを好む性質らしく、学校指定の学ランを全開にし、そこからなんとも悪趣味な蛍光色のTシャツがのぞき、金ぴかのチェーンを首から下げている。


 話しかけられたもう一人の少年、立木和仁は、ふぅ、とタバコの煙を吐き出しながら、


 「さあな。無理じゃね?あいつん家、母子家庭で貧乏のはずだろう?」と、スマホをいじりながら、気のない返事を返す。


 「あ~、そっか。したら隼人のババアの財布を持ってこさせても、中身は1万だって入ってないかもな」


 すると、


 「うーん、でもさ。隼人のやつ、昨日変じゃなかったか?」


 見張りを引き受けていた柳瀬翔太が、一年前から伸ばしはじめた、自慢の髪を気取ったしぐさで後ろへ払いながら、ボソリと漏らした。


 それを聞いた二人は、「え?」と首を傾げ、そして何かを思い出す顔つきになって、「ああ!」とそれぞれ目を向けていた雑誌やスマホから顔を上げた。


 「そういや、あいつ、昨日珍しく1限目サボって、遅れてきたと思ったら顔腫らしてやがったな。

 誰にやられたんだろう?顔なんて殴ったら、目立つし、イジメがどうたらこうたら、ガッコのジジババがうるせーから、俺たちも顔だけは殴らないようにしてきたのに」


 「そうなんだよ。俺も思ったね。森学の安藤さんらも、そんなことするほどバカじゃねーし。もしかして、隼人のやつ、ほかのグループにカモられだしたか?」


 「お、それありえるね。あいつ、ヒョロヒョロで弱いしよ。それなのに、背は俺より高いってのがムカツクんだよ」


 「ギャハハ!ついに認めたな、立木くぅん!」


 「うっせーよ、俺はこっからだ!!」


 ゲラゲラと品のない笑い声をあげ、すぐに問題を忘れて各々の世界に戻ってしまうその様子を、ただ一人冷静に見つめていた見張り役である少年、柳瀬はため息をついて見下ろしていたが、それ以上は口を挟むことはせず、くるりと踵を返し、この小さな廃墟を取り囲む黄色いテープを超えて、近づいてくる大人がいないかどうかを確かめるために、道路側へと顔を向けた。


 ―――――しかし、なんだこの違和感は。昨日の隼人の様子は、明らかにおかしかった。なんだか死んだ魚のような気持ち悪い目をして、ボンヤリしやがって、俺らがどんなに絡んでも、上の空だったし。

 もしかして、家庭の問題なんだろうか?


 あいつの家には父親がいない。そのことも、不良がタカる相手を選ぶに至った、判断材料だったのだが。


 俺たちも詳しく知っているわけじゃない。ひょっとしたら、何年も前に隼人達一家を捨てたという、ロクデナシ親父がひょっこり戻ってきたとか?

 そいつが隼人を殴ったのではないのか?

 もしもそうなら、気の毒だけど。


 ちらりと、肩越しに振り返り、雑誌をめくるのに忙しい貝谷と、スマホゲームに夢中になって、口をぱっかり開けて「すげー、キタコレ!」とはしゃぐ立木を見て、またため息が漏れた。


 仕方ないよな。隼人をかばえば、今度は俺がカモられるし。コイツらは元運動部で体力だけはあるから、喧嘩になったら勝てない。


 あと1年の我慢さ。しょっぴかれるほどの事にさえならなければ、俺はコイツらと違って、名門高校へ行ける可能性が高い。首尾よく東京の一流高校にはいってしまえば、コイツらとも縁が切れる。


 少年たちは通学路をも見張りながら、待っていた。

 自分たちの飼い犬だと認識している、霧島隼人が10万円を携えてやってきたかどうか、確認しておけと、彼らの上役である森沖高校の不良グループから連絡がきたからである。


 もし持ってこなかったら、ひん剥いて女子の前で裸踊りでもさせっか?


 と呑気に、くだらない話をして盛り上がる仲間を後目に、柳瀬はもう一度深々とため息をついてしまった。


 もってこなかったら、だと?安藤さんがキレて、隼人を殺してしまったらどうする?隼人の姉を呼び出して、もし婦女暴行に及んだらシャレにならない。


 冗談じゃないぞ。カツアゲだけでもやり過ぎだというのに、婦女暴行だなんて人聞きが悪すぎる。


 少年法に守られ実刑を免れても、そういう噂はあっという間に広がるものだ。引っ越しを余儀なくさせられるし、ネットで身元を晒される可能性も高い。


 こいつら、そんなことにも頭がいかないなんて、ホントに終わってるよな。


 最悪のケースを免れるためにも、隼人に金を用意させなくては。なんとしても。手始めに、金を持っていそうな身内が他にいないか、まずは聞き出してやる・・・!



 少年たちは信じて疑わなかった。3人でよってたかって押さえつけてきた、霧島隼人がいつも通り、情けない顔をして頭を下げ、自分たちの足元に這いつくばる未来を。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 「隼人:  今日の放課後5時20分に、N公園で」


 「エナ:  あいわかった」


 すまほ、という訳のわからん平べったい機械は、本当に不思議だな。

 ジェマがエナの記憶から使い方を読み取り、スイスイと操作してくれるのを、ボンヤリ眺めるしかなかったのだが。


 まず、なんでそんなに早く指を動かし、スマホとやらを操作できるのか。俺には神業のように見えるのだが、よくよく周りを見れば、男女老若問わず、似たようなものを手にして涼しい顔をしていることから、これがこの国での常識的な光景であることがわかる。


 うっすらと、エナの体の記憶から、この国の文化や様々な日常生活においての必需品の使い方は、俺の脳(心か?)にも流れこんでくるので、違和感は次第に薄れていくのだが。


 それにしたって、ついていけない。


 魔法ひとつ、伝達用の使い魔を使わず、どうやって、こんなちっさい板キレが、声の届かない距離にいるはずの相手の言葉を届けられるというのだろう?


 うーん、不思議だ。とりあえず、これを開発した者は天才だな!我が軍の軍師候補として召し抱えたいものである。


 ジェマはしぶしぶ、俺が考案した「エナの別人格」を演じるため、俺の口調をそっくり真似て、隼人の送ってくる短文に対し、簡潔な返答をしている。


 昨日の朝、気絶から醒めた隼人を正座させ、滾々とこの先の計画を刷り込んでおいた。

 奴もどうやら逆らっても無駄だとわかったらしく、おとなしく俺の言うことに従うようになった。


 うむ、まずはこんなものであろう。隼人をビシバシしごいて一人前の「漢」にするには、一朝一夕ではいかず、それなりに時間も労力もかかるであろうからして。


 とりあえず後顧の憂いを断つため、隼人に金品を要求している輩を一人ずつ締め上げ・・・・いや違った、「教育的指導」を施す所存だ。


 新しい試みを始めるなら、まずは環境を整えよ!とどこかで聞いたことがあるからな。


 隼人を脅かしている外敵を徹底的に洗って、二度と歯向かえぬよう、心胆寒からしめてやるつもりだ。


 「・・・・で、あなたが代りに隼人を脅かすわけよね、結局・・・」


 それは違うぞ、ジェマ!俺はお母上のためにも、隼人を一人前の漢に、兵士に鍛えあげてやろう、今後も我が部下――――いや違った――――弟として恥ずかしくないよう、ちと教育するだけなのだから!


 詳しく聞いたところ、同じ学校のくらすめーとなるもの、つまりは同学年のクソガキ三名ごときに手を焼いているというし。


 まったく情けなし!俺があのくらいの年頃だった折には、20余名のならず者をちぎっては投げちぎっては投げ、いけすかない野郎は、目が合うなり速攻で仕留めていたものだ。


 「あー、ハイハイ。年を取ると、過去の武勇伝自慢が多くなるものなのかしらね。ちょっとウザいわよ」


 どうせ盛ってるんでしょ。と失礼な事を言いながら、ジェマは深々とため息をついた。


 とんでもない!これでも控えに言っておるくらいだぞ。

 おほん、だが確かに自慢話と聞こえてしまう話を、これ以上続けるのも気恥ずかしい。


 まずは隼人に言い含めた計画をいま一度おさらいしよう。


 エナとして、エナの学業をおろそかにするわけにはいかないので、俺は今からエナの学校に向かっているのだが。


 どうやら授業が終わるのは4時50分。

 指定したN公園には徒歩10分の距離だ。


 隼人からすれば、奴の通う学校からはバス1本乗り継がねばならないが。

 当然、部下――――やや、わかっておる、ジェマ。ちょっと言い間違えただけではないか――――弟の方が目下なのだからして、弟の方が出向いてくるのが道理というもの。


 決して、バスとやらに乗るのが面倒だ、などという事は考えておらんぞ!


 今日の19時までに、10万円を持って、半グレ集団とかいうわけのわからん年上の不良どもがたむろする、繁華街にある「くらぶ・みすと」なる店の前に来いと、要求されている隼人。


 その手先になって隼人を追い詰めているクラスメイトの、小童3名がまず、隼人が金を持っているかどうかを確かめにかかるはずだ。


 小悪党というものは、時代、世界が変わっても、皆似たようなものだ。考えそうな事くらい、すぐに察しがつく。

 決して一人では立ち向かわず、集団でしか襲ってこない。


 おほん。俺の素晴らしい計画は、至ってシンプルだ。


 隼人には、まず同級生のチンピラどもに


 「金は姉であるエナが持っている。今日の5時にN公園で落ち合うことになっているから、ついてきたらいい」


 と言い訳させる。


 当然、エナのこの貧弱そうな体格を目にしたことくらいあるだろう、頭の弱い小童どもは、不審に思うだろうが、警戒するには及ばずと判断し、ホイホイついて来るだろう。


 なんせ、か弱い女性が相手だ。

 しかもエナは結構愛らしい顔立ちをしておるので、初心な若造を油断させるにはもってこいだ。


 まあ、俺の手にかかれば、油断なんかさせずとも、一瞬でギタギタに――――いや、なんでもないぞ、ジェマ!気持ちだけだ!ちゃんと手加減するから安心せい!――――おほん、大人しく服従させる。


 それでもって、指定場所の、怪しげな繁華街の店なんぞに出向いて来い、と中学生を呼びつけるような輩の言い分を聞くなど、愚の骨頂!


 「金が欲しけりゃ取りに来い」と隼人に言わせ、公園で悠々と待ってやろうではないか。


 ふふふ、完璧だ!これで一網打尽。一人ひとり片づけるのも面倒だしいな。舐められていると憤った輩は、さらに多くの手下を連れてくるかもしれぬが、それこそ好都合というものだ。

 隼人の外敵を排除してやるわ!


 「あのさぁ・・・・・そういう奴らが全員で来る保証はないよね?しかも、背後に暴力団がついていたりしたら、もっと敵が増えるだけじゃないの?」


 ジェマの言うことも、もっともだ。


 俺とて、その程度のことは考えておる!

 まぁ見ておれ。大した武力もないくせに調子に乗っている若造なんか、何名襲ってこようが問題ではないし。もちろんひとしきり拳を叩き込んでから、情報を吐かせてやるとも。


 尋問や拷問といえば、あやつ・・・クウガが適任なのだが、ここにいない以上は仕方あるまい、俺自ら久しぶりにやるとしよう。


 そういえば、クウガの奴。

 おかしなところで熱くなるのが玉にキズなのだが。


 俺の体に入ってしまったエナと、うまくやっているのだろうか?俺に何かあれば、真っ先に飛んでくる奴なので、当然、張り付いているとは思うのだが。


 あいつは女相手でも、敵と見なせば容赦しない、冷徹な面もあるからな。

 俺は毎日のように「女には優しくせよ」と言って聞かせているが、「仕事ですから」とか「サイア、貴方様が女に甘いからこそ、我らが厳しく当たる必要があるのです」とか、わけのわからん口答えしおってからに。ああいう時だけはちっとも譲らず、困った男だ。


 どうも我が軍の男どもは、皆一様に婚期を逃している気がするな・・・・。


 離れて久しい故郷、そして部下たちの顔(主に暑苦しい男ばかりだ。なんてこった!)を思い浮かべ、つかの間懐かしさという感傷に浸っている間にも、俺の足はスイスイ勝手に動き、エナが通い慣れた学校に到着してしまっていた。


 秋羽高等学校。きわめて平均的な学力で入れる三流高校。部活参加は自由。


 これが、エナの記憶が教えてくれた、大まかな学び舎のランクだった。


 三流・・・!おい、ジェマ。この女子おなご、大丈夫なのか?この世界では学歴は大事なのでは?


 「ちなみに、エナは家が近いって理由でここを選んでるわよ。いいんじゃないの?官僚志望とかじゃないんだしさ。


 それにエナは料理の専門学校に行って、調理師免許をとって、お母さんが働いている介護施設で働くことを決めてるみたい。なかなか、この年頃の子にしちゃあ、地に足の着いた考えをしているわね。


 それとも、お母様と仲がいいからかしら?」


 お母様、と聞いてにわかに胸がドキリとする。


 おお、なるほど!流石お母上!人望あまりある、とはこのことだな!

 見事、あまり賢くなさそうな娘の適性を早々に見極め、上手いこと丸め込んで、ご自分の目が届く職場を斡旋し、そこに疑問すら抱かせていないのだな。


 「ちょっと・・・それ褒めてるつもりなの?なんかすごく性格の悪い、悪女みたいな感じじゃない。

 あなたホントにエナのお母さんを尊敬してるわけ?


 お母様はただ、エナと一緒に働けたらいい、くらいだろうし。エナがそれを良しとしているのだって、お母様が好きだからでしょう?なんでそんな、歪んだ見方するのよ」


 うぅむ。言われてみれば、そうだな。


 失敬した。いかんな、向かうところ敵ばかりなもので、ついつい邪推する悪い癖が染みついているようだ。


 そうなのだ。あのように美しく素晴らしい女性が、そのような――――実の娘を常に監視下に置いて、一生見張るつもりだとか――――腹黒いことを考えるはずがないではないか。


 俺の知っている「美しい女性」というのはどういうわけか、皆必要以上に知恵が働き、謀略に長けており、クウガの言葉を借りれば「女の価値を利用し、とことん男を利用する」タイプが多く、これまでさんざん痛い目に遭ってきたので、つい警戒してしまう。


 おい、ジェマ。また俺の過去を勝手にのぞいたな。何をそんなに笑っておるのだ!


 今はもう、そんな事はないんだからな!


 「それは、クウガやマッケイ卿が業を煮やして、貴方に女を近づけないよう、計らいだしたからでしょ?

 届く書簡は全て検閲され、女性からの貢ぎ物は目に届く前に処分され、公式な社交の場でもコワモテの諜報員と護衛兵が貴方に張り付いて離れないから、一般女性が近づく隙もない。


 だから出会いなんか、あるはずもなく、貴方は今も独身なんじゃなかったっけ?」


 えーい!!なんでそんなに詳しいのだ、けしからん!そんなはずなかろう!ちょっと忙しいだけだ!!運命の女性、たとえばエナのお母上みたいにビビッとくる女性に巡り合えていないだけなんだ!!


 「あ~あ・・・女日照りも長いと、出会う女性全てが運命の女、になっちゃうのねえ。哀れといえば、哀れねぇ」


 うぐぐ、小童のくせに、なんて上から目線なんだ・・・!


 俺の女性問題なんぞ、どうでもよろしい!今はエナが無事卒業できるよう、人並の幸せを掴めぬような貧困層に陥る事なきよう、授業とやらに臨まなくてはならないのだ!


 全て俺に任せておけ!



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 そもそも授業が始まる前から前途多難だった。


 高校の門をくぐり、のしのしとガニ股歩きで歩くだけで、他の生徒たちの注目を集めてしまったことは、まだ可愛い失敗といえよう。


 「エナ~!おっはよ!!」


 と後ろから、エナの友人とおぼしき、ショートヘアがよく似合う、快活そうな少女が近づいて来た時。


 ゼグンド将軍は、あろうことか、後ろから抱き着こうとした女生徒の気配を察知するやいな、ぱっと身を翻し、さらに腰を深く沈め「しこ立ち」をしながら、片手をビシッと突き出し女生徒の顔がそれ以上一ミリたりとも近づけないようにしてしまった。

 そしてジェマがとめる暇もなくキッパリと


 「待たれよ!女子がそうやすやすと、男に抱き着くものではないぞ!はしたない!」


 などと大きな声で言ってしまったのである。


 「は・・・?」


 その場に居合わせた全員が、ぽかーんと固まってしまった瞬間だった。

 部活の後なのだろうか、ユニフォーム姿の少年などは、肩に担いでいたボールの入ったネットと、カバン、シューズ、その全てをボトボト落としてしまっている。


 「ちょっとちょっとぉ!!バカじゃないの?もう、少しじっとしててよ!なんて反射が速いの」


 ジェマが素早く入れ替わり、慌ててちエナの体を動かした。


 「なーんてね!えへへ、昨日観てた時代劇で、そういうシーンがあったのぉ!」


 と言いながら、ぱっと膝をすり合わせ、可愛らしく拳を口元に添えて小首を傾げて笑ってみせる。


 さらには、「くーちゃん、おはよ!昨日の「アクらぶ(アクシデント・ラブの略。エナ達の間で流行している架空のラブコメドラマ)」見た?」と、そつなく話題を提供すると、口をぱかっと開けて凍り付いていたその少女は、見るからにホッとした表情を浮かべ、ニッコリして頷いた。


 「なんだ、びっくりしたー。あんた時代劇見たかと言いながら、アクらぶって・・・忙しいわね!見たわよ!も~最高だったよね!」


 さすがジェマだ、大儀である!と偉そうにのたまうゼグンド将軍に内心イラっとしながらも、ジェマは頑張ってエナの記憶を手繰り、エナのコミュ力を駆使してその場をのりきった。


 もう少しの我慢よ・・・!このポンコツ将軍に、女の子とまともな会話ができるはずもなかったわね。でも授業さえ始まれば、他人の目は先生にいくはずだし、私も休めるってものよね。


 ところが何事も予想通りに進まないのが、世の常というものだ。


 エナの友人である小林久美子、ことくーちゃんとの会話で神経をすり減らし、それをやり遂げ、エナのクラスルームにたどり着いて指定席に腰を下ろし、


 「さあ、あとは自信たっぷりだった将軍に、授業のほうは任せよう」と思ったジェマだったのだが。



 神経質そうな、細い眼鏡をかけた男性教師が教壇に立ち、教科書を広げるよう生徒に伝え、授業が始まることわずか3分。


 そして「昨日やったとこからいくぞ。この公式を、こう当てはめ――――」


 と、カリカリ黒板にチョークを走らせ、生徒たちが自分の手元のノートと見比べている最中に、なんとエナの体の主導権を渡したばかりだった、ゼグンド将軍が高イビキをかいて居眠りしだしたのだ。


  「ぐぅ・・・・・・・・・・んごごごご」


 な、なんですって・・・?!?う、嘘でしょ?まだそんなに難しいこと言ってないはずだよね?


 エナの記憶で、ある程度の数学知識も備わっているはずだよね?


 とジェマが慌てている間にも、周りの生徒たちが、ヒソヒソと「早すぎ!」だの「あれはもう、嫌がらせだよな」だのとざわめき始めてしまい、もちろん授業を始めようとしていた眼鏡教師にも気づかれた。


 「やばい!!これこそエナちゃんが落第するフラグだわ!」


 ジェマは疲れていた神経に鞭打って、素早くまたゼグンド将軍の意識を押しのけ、表に出た。


 ぱっとイビキを収め、目を開いてさっとノートに目を走らせ、挙手した。


 イビキをかいて、ありえないほど堂々と居眠りをかます女生徒を、どう叱ればいいのだろう。一瞬カッとなったものの、下手な叱り方をすればすぐに、モンペと呼ばれる保護者から教育委員会に苦情が入り、「虐待」だの「セクハラ」だのと騒がれてしまうご時世だ。


 教師は、呆然としながらも、エナの方が先に動いたことに、心のどこかでホッとし、反射的に


 「き、霧島?」と返した。


 エナに扮したジェマは、女優ばりの演技力を発揮し


 「すみません!今のはわざとです、注意を引こうと焦ってしまって!始まって早々で申し訳ないのですが、質問がありまして――――その、昨日とっていたノートに書き間違いがあり、二段目のxの値がどうやって出たのかわかりません。そこだけもう一度教えてもらえませんか?」


 と、控えめながらも真面目な生徒であるかのように眉を顰め、目をウルウルさせて訴える。


 その稚い姿に、先ほど聞いたイビキに対する不信感や怒りは薄れ、教師はコロリと態度を変えて、咳払いした。


 「こほん!やる気があるようで、結構!そうだな、霧島は入院していたし、多少のミスは仕方ない。

 遅れも取り戻さねばならないし、ここはしっかり聞いておくんだぞ」


 ふん、男って単純よね。下手に出られると安心するみたい。


 せっせとエナのノートに、教わった事を書き連ねながら、ジェマは内心ほくそ笑んでいた。

 ゼグンド将軍とエナの入れ替わりが、元の状態に戻る日は、いつになるかまだわかっていない。


 だからこそ、ジェマのように機転が利く人材が派遣されているのだ。

 入れ替わりが終了した後に、混乱が起きないよう、さらには巻き込まれただけ、という被害者であるエナが、そのことによって留年したり、本来進むはずだった道から外れないようにするためでもある。


 上の判断は正解よねえ。ほんと、このオヤジに任せていたら、エナは卒業どころか、三年生に進級すらできそうもないわ。


 だけどなんで私が――――ここにいる誰よりも長く生きて、はるかに賢い私が、こんな授業を真面目に聞いて、ノート取らないといけないわけ?エナが戻って来た時に困らないよう、脳に情報を残すための作業だってあるのに!


 ゼグンド将軍が、もうちょっと頑張らないといけないところじゃないの?


 先生の話が始まってすぐに白目剥いて居眠りとか・・・!それでよくもまあ、弟の隼人君を「情けない」ってなじれたものね!アンタの方が百倍恥ずかしいってのよ!


 ジェマの不満は尽きない。

 だがそれも、まだまだ序の口だ。


 この調子で全ての授業を、ゼグンド将軍のイビキを聞きながら、エナとして受け続け、それが終わるころには、ジェマはへとへとになってしまった。


 昼休みは昼休みで、「くーちゃん」と、少しぽっちゃりした可愛らしい少女も加わり、きゃあきゃあとテンション高いガールズトークが繰り広げられ、その話題にいちいちついていくため、ジェマはエナの記憶をものすごい速度で読み解き、不審に思われない受け答えをする、という作業に追われた。


 えーい、バスケ部のスオウとかいう男のことなんぞ、どうでもいいわ!もっとためになる話はないのか!?


 とそんな時だけ目覚めて、不満たらたらなゼグンド将軍を黙らせるのも、苦労した。


 あれ?もしかして私、とんでもない貧乏クジひいちゃった?

 見た目はゼグンド将軍だけど、中身はまともそうなエナちゃんについた、シャリオンの方が楽してない?


 そう思うが、人事部の裁可を覆す術はない。


 クッソー!!と歯噛みするも、どうしようもない。ジェマはここ数百年で一番忙しい思いをしながら、意外にコミュ力が高く友人の多いエナの境遇を、恨めしく思ってしまった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 一方、隼人の方ではゼグンド将軍が予想していた通りの展開になっていた。


 隼人は、ノロノロ学校へ向かう道すがら、通学路を見張っていた柳瀬に捕まり、否応なしにちょっとした喫煙所と化している、廃屋に連れ込まれた。


 どん、と乱暴に背を押され、つんのめってたたらを踏んだ隼人のか細い肩を、がしっと掴んで親し気に顔を覗き込んできたのは、雑誌を片手にした金髪の少年、貝谷だった。


 「や~今日はいつも通りの時間だったな。それで?ちゃんと金は持ってきたんだろうな?」


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる貝谷を、おずおずと見返す隼人だったが。


 あれ?


 どういうわけか、いつも感じていた、胃の底からムカつくような不快感も、恐怖も湧いてこない。

 それどころか、まじまじとよく見れば、貝谷の金髪の根本が1センチほど黒かったり、意外に頬が丸くてぽっちゃりしている事に気が付いた。


 なんだろう?ちっとも怖くない。

 昨日見た、「ゼグと呼べ」と言っていた、自分をタコ殴りにしていた姉――――いや、エナの別人格――――の形相に比べたら、大した事はない、と思えてしまう。


 なんせ、あの時のエナ――――いや、ゼグの目ときたら、思い出すだけでゾッと背筋が凍り付くものだった。


 見慣れたエナの愛らしい顔が別人のように冷たく、憤怒を湛えたその眼光は、睨むだけで人を射殺せそうなほど強烈で、恐ろしかったのだ。


 ゼグに比べたら、コイツらも、まるで子供だ。


 そう考えると嘲笑すら浮かんできそうだったが、それでも隼人はそんな思いを俯いて押し殺し、ぐっと奥歯を噛み締めた。


 いやいや、ゼグが例えどんなに強くとも、あれはエナでもあるんだ。

 どこまで、同じ人格が意識の支配権を持っているのか、どういうタイミングで他の人格と入れ替わるのか、まるで予想がつかないのだ。


 つまりは、どこまで信じていいのかわからない、とても危うい計画を、俺は今実行しようとしている。


 そう考えると、貝谷達に対する恐怖を克服しつつあった隼人の心は、急にしおしおと縮みだしてしまう。


 だが結局、計画を無視することが、あのゼグに再び拳を見舞われることを想像すると、その恐怖の方が、不安をも上回った。


 スマホから顔を上げ、怪訝そうな顔つきになって、こっちを見る立木は、タバコをくゆらせながら、


 「どうなんだよ?お前が金持ってこねーと、俺たちだって怒られるだろ」


 と、顎をしゃくって早く見せるように促す。


 かつては、タバコを二本の指の間に挟む大人びた仕草に、ほんの少しだけ憧れ、誰よりも早く喫煙を始めた立木には逆らえない、と思っていた過去の自分が別人のように遠く感じる。


 今の隼人の目に映るのは、大人のフリをして背伸びをした、自分と同じ年の少年でしかない。


 なんだ。冷静に見れば、ただ臭い煙をまき散らしているだけじゃないか。ちっともカッコよくない。


 そう思うと、何故かそれまで躊躇していた決断が、すとんと腹の底に落ちてくる。


 「ないよ。金は持ってない」


 隼人は真っすぐに立木と、柳瀬、そして貝谷を見回して、きっぱりと言い切った。


 「あんだと?」


 案の定、キレやすい貝谷が、ぐっと隼人の襟首を掴んで、乱暴に廃屋の土壁に押し付けた。

 じゃりっと音をたてて、隼人の学ランの背が白みがかった黄土色に汚れるのにも構わず、貝谷は


 「おら!ナマ言ってんじゃねーぞ!そこは、盗んででも用立てるもんだろうが!」


 と怒鳴りながら、右膝を繰り出し、隼人の腹に叩き込む。


 「ぐっ・・・!」


 咄嗟に腹筋に力を入れたが、エナ(ゼグ)にしこたま殴られた打撲傷の上を打たれたので、一瞬目の前に火花が散った。


 だが、ゼグに殴られた時ほどではなかった。

 むしろ、あれ?と思うくらいだった。


 ゼグに殴られた時は、まるで内蔵に直接ダメージを与えられたかのように、体中が震え、そのあと丸一日食べ物を受け付けなかったくらいだ。


 それなのに、なんだ、この軽い衝撃は。

 表面的な痛みはすごくても、胃は無事だし、体も震えない。


 そのことに驚いている間にも、髪を掴まれ、貝谷達が散らかしっぱなしにしているゴミが散乱する、硬い地べたにと引きずり倒された。


 「おい、貝谷。授業前なんだぞ。あんまり目立つ跡はつけるなよ」


 少し焦ったような柳瀬の声が、ぴしりと響き、それで貝谷は一瞬不快そうに眉をひそめたが、


 「それもそうだな。生活指導のババア、うるせーし」


 と、渋々隼人から手をどけ、ゆっくりと両手をポケットに突っ込んでため息をついた。

 それと同時に、尋問交代だ、と言わんばかりのタイミングで柳瀬が進み出て、隼人のそばにしゃがみこんだ。


 この柳瀬という少年は前々から、イジメグループに加担している割に、あまり直接話しかけてもこないし、隼人に暴力を振るうことも、めったにない。


 なにかと「めんどくせえ」と、一歩下がった位置にいる、不気味な存在だった。

 それが今は、隼人にしか見えない位置だからか、どこか焦りを秘めた目をして、だが静かな口調で問いかけてくる。


 「なあ、お前。森高の奴らに、姉貴をいたぶられたいのか?紹介しろって言われただろう?どういうつもりなんだ?


 今日カネを用意できないってことは、姉貴が巻き込まれるって事になるんだぞ。わかっているのか?」


 森高の奴ら。


 その一言に、隼人は違和感を覚えて首を傾げた。


 無法者を崇拝する傾向にある貝谷や立木は、森沖高校の不良グループに媚びへつらい、自ら進んで手下になりたがったものだ。

 そのうちの4名の筆頭的存在の安藤のことを、「安藤さん」と呼んでいるのに、今柳瀬は「森高の奴ら」と言った。


 もしかして、柳瀬は安藤を崇拝しているわけではないのか・・・?


 だがその疑問への答えを見出す前に、貝谷に

 「はやく答えろ」と小突かれ、しぶしぶ口を開くしかなかった。


 「それが。エナに・・・姉貴にバレてさ。あいつが、金を用意して持ってくるっていうんだよ」


 「はぁああ?」


 隼人の発言に、三人が一斉に疑問の声を上げてしまった。


 一度だけ、隼人を脅してエナの通う高校まで行き、エナという少女を物陰から盗み見たときの記憶が脳裏に蘇る。

 どこか頼りなげで、守ってやらねばと思わせる愛らしい風貌に、こっそりと胸をときめかせたのは、認めたくない事実だった。


 隼人なんかの姉を、可愛いと思うだなんて、と。


 「お、お前、なんでそんな事を!?バカじゃねーのか!?」

 「そ、そうだ、安藤さんらに見つかったらどうするんだよ!?紹介なんて絶対にしないって言ってたじゃんか!」


 雑誌とスマホ、それにタバコまで放り出し、必死の形相で言い募る貝谷らだったが。

 柳瀬だけが、冷静に状況を分析し、ふむ、と顎に手をかけ物思いにふけっていた。


 それじゃあ、10万は用意できるってことだ。よく知らないけど、高校生ならバイトもできるし、ひょっとしたら母親よりも姉の方が、自由になる金があるのかもしれない。


 金を受け取るだけなら、そう騒ぐことでもないんじゃないのか?安藤らが指定したのは、19時だ。何も問題ない。


 それにしても貝谷達は、なぜこんなに慌てて、隼人の姉を巻き込むまいとしているのだろう?

 隼人の話からも、エナという人物は愚鈍で、新聞の勧誘すら、断るのに20分もかかっていたというし。

 姉弟揃って、ことごとく「弱者」なのだ。強者に飼われるか、搾取される側の人間だ。何も警戒する必要はない。


 柳瀬翔太はそう考え、悠々と貝谷達を懐柔しにかかった。


 「まあいいじゃんか。金を持ってくるだけだろ?すぐ帰ってもらえばいいだけだし。

 安藤さんたちが指定したのは、19時、クラブの前ってことだったろ?かち合うわけじゃないんだ、金さえあればそれでいい」


 と、なんでもない事のように説得するだけで、オツムの弱い少年たちはアッサリ引き下がるのだ。


 柳瀬はこの時の判断が、どれだけ間違っていたのか、後々になって嫌というほど思い知るのであった。



 放課後になり、隼人の後に続いて、学校から出てすぐのバス停に向かう貝谷達は、「N公園」と聞いて怪訝な顔をした。


 住宅街の片隅にある、小さな公園は、去年新しくできた大きな公園のおかげで、置き去りにされ、閑古鳥が鳴いている寂れた公園だ。


 好都合とも思える立地条件だが、いかんせん、金を奪われる側が要求するにしては、ちょっとおかしな選択だ。


 柳瀬は首を傾げたが、


 「エナが通っている学校が、その近くなんだよ。行ったことあるだろ?

 才八町1番地を抜けてすぐのところだから。・・・・アイツの方が7時限目が終わるのが遅いし、運動嫌いだから、バス停まで歩きたくないんだろ」


 と、弟である隼人が、さも理不尽だ、と言わんばかりの口調で説明するので、「なるほど」とあっさり信じてしまった。


 目立たない場所。人通りの少ない場所。それが自分たちにとって不利に働くことなど、そもそも予想だにできなかったのだ。


 「おぅ。ま、いいけどよ。バス代はお前が払えよ?」


 「ああ・・・・・」


 はぁ、と俯いてため息をつく隼人はいつも通りだ。


 柳瀬も警戒を解き、すっかり安心しきってゾロゾロと三人揃って隼人に続いて歩き、ほどなくしてやって来た緑のバスに乗り込んだ。


 バスに乗り込んでも、貝谷達は10万円が首尾よく手に入るであろう事を信じ切っていたので、すこぶるご機嫌だった。


 「でも、あれだなー。上手いこと言い訳して、エナさんを騙す必要があるんじゃないか?警察に駆け込まれたら厄介だし」


 「は?無駄だろ。どうせ隼人が「いじめられてるんだよ~おねえちゃーん、ってベソかいて俺らの事もゲロっちゃってんだろ?」


 「まあな。だけど、俺たちだって、森高の安藤さんらに逆らえないんだ。脅されてるのは同じじゃんか!ってことにしちゃえばいいんじゃない?


 それに、警察には行かないだろ。なんの証拠もないし、子供同士の喧嘩だろう、とか言ってまともにとりあっちゃくれないよ」


 「おお、流石柳瀬~!悪知恵が働くねぇ!」


 「・・・・・・・・・」


 ただ一人、じっと俯いて話を聞いて、こみ上げる怒りをかみ殺す隼人は、必死で自分に言い聞かせていた。


 もう少しの我慢だ・・・・!こいつらも俺と同じ地獄を味わえばいいんだ!

 給食の牛乳を飲んだことを、たっぷり後悔するといいさ!あれが胃液に混ざると、ほんっとに臭いんだからな!


 定期のチャージが切れていた隼人は、しぶしぶ小銭で全員分の運賃を支払い、どういうわけかエナに会う事にソワソワと顔を赤らめて緊張している貝谷と立木の様子に首を傾げつつも、トボトボと歩いて目的地のN公園の入り口をくぐった。


 何しろトイレもない、平均的な一軒家ほどの規模しかない小さな公園だ。


 今では誰も見向きしなくなり、子供や散歩中の犬すらも立ち寄らないばかりか、町会の共同清掃対象からも外されてしまい、草は茫々、木の枝は伸び放題で、錆で赤黒く変色した鉄の遊具の上にのしかかっている有様だ。


 ベンチの上にも落ち葉や砂がこびりついて、見るからに汚い。


 少年たちはそこに座るのを嫌がり、仕方なく一番塗装が残っている、青い滑り台の背にもたれて、エナが来るのを待つことにした。


 約束の時間まであと1分、というころになって、さくさく、と草を踏み分ける音が出入り口から響くのに気づいて、各々スマホに目を向けていた少年たちは、一斉にハッと顔を上げた。


 「え・・・!??」


 思わず、といったように声をあげたのは、果たして誰だったのか。


 くるぶしまで届く雑草を踏み分けながら、のしのしとがに股歩きでやってくるその異様な姿に、またしても示し合わせたようなタイミングで、少年たちが、カバンをボトボト地面に落としてしまう。


 いつもは肩にかかるほどの長さの髪を、可愛いピンで留めるか、ハーフアップに結い上げ、女子高生らしくオシャレな方だったというのに。


 今はきりりと髪をポニーテールに結い上げ、いつも履いている制服のプリーツスカートの下にはなんと、学校指定の青いジャージを履いている。


 しかも、隼人達を見咎めるなり、肩から下げていた学生カバンを、ぽいと放り捨てて、腕まくりせんばかりの形相で近づいてくるのである。


 貝谷、立木、柳瀬は皆揃って、思わず一歩後ずさってしまった。


 「お・・・お、お前の姉ちゃん、どうしたんだ?頭でも打ったのか?前はあんなんじゃなかったよな?」


 「ま、まじかよ・・・どこの田舎の女子高生だよ?こんな季節にスカートの下にジャージって・・」


 いや、頭を打ったのは確かなんですけど。

 別人になって戻ってきたようです、となぜか他人事のように、丁寧語で解説したくなった隼人だったが。


 やってくるエナが、あろうことか、真っ先に自分に目を向けてくるので、思わず「ヒッ!」と呻いてさらに後ずさってしまった。


 「本来であれば、それなりの手順を踏んで挨拶をするところなのだろうがな・・・。


 おい、ハヤト。こいつらが、お前を毎日のようにイビリ倒し、しまいには金まで巻き上げているという、同級生のならず者で、間違いないな?」


 ならず者?


 可愛らしいエナの口から出る、奇妙な言葉遣いに、三名は鉄砲を食らった鳩のような顔をし、きょとんとするも、隼人は姉のひと睨みで震えあがって、直立不動の恰好になって


 「はい、そうです、サイア!」と、訳の分からない返答をしているではないか。


 サイア?なんのことだろう?


 意味はわからなかったが、ニュアンス的に「イエッサー(Yes, sir!)」と同じように聞こえる。


 エナは三人には目もくれず、隼人を尋問するかのように鋭い眼差しを向けつつ、偉そうに腕を組んで頷く。


 「では、被害総額はいくらになる?覚えている限りでよいから、言ってみよ」


 「「「えっ!?」」」


 時代劇に出てくる爺みたいな口調に気を取られ、理解するのが遅れたが、何やら話はとんでもない方向へ向かっている。


 間違っても、「どうぞ」と言って10万円をポンと支払うような雰囲気ではない。


 隼人はオドオドしながら、一瞬だけ、柳瀬や貝谷をチラッと見るも、エナが一歩前に足を踏み出すだけで、またしても震えあがって


 「お、主に金は安藤という、高校生ヤンキーに取られていました!この三人からは、ええと・・・焼きそばパンや飲み物を買いにいかされ・・・・・・・・・・・ぎゃっ!!」


 裏返った声で説明しだしたが、エナが片足を上げ、目にも止まらない速さで垂直にふりぬいて、隼人の顎を蹴っ飛ばしてそれを遮ってしまった。


 ズガッ!と痛そうな音が響いた。

 プリーツスカートはもちろん派手にまくれ上がり、青いジャージに覆われた足がすらりと、プロのテコンドー選手顔負けのフォームで180度近い角度に伸びている。


 (あ、ジャージはこのためのものだったんですね)と、一瞬だけ呑気なことを考えている間にも。


 20センチほど上に蹴り上げられた隼人のヒョロっとした体が、仰向けに倒れようとするのを見たエナが、これまた一瞬のうちに地を蹴り、倒れようとした隼人の首の後ろに自分の腕を差し込み、、その後頭部が地面に叩きつけられるのを、かろうじて防いだ。


 は、速い!


 上段蹴りを繰り出した姿勢から、一瞬で身を縮め、地を這うように片足を軸に半円を描き、隼人が頭を強打するのを防いだ、その神業のような身のこなしに、貝谷達は目を見開いた。


 「愚か者!昨日さんざん受け身を教えてやったというのに、なぜボンヤリ吹っ飛ばされるのだ!?どんな時も頭を庇え!攻撃手段がない時は、特にだ!」


 「うぅっ!す、すみません!!」


 いやいやいや、なんなの、この姉弟。


 見た目は小柄な女の子と、ヒョロっとした中学生男児だというのに。

 まるで熟練の上官と、新米兵士みたいなやり取りではないか。


 三名は状況も何もかもを忘れて、ただただポカンとしてしまう。


 そうこうしているうちに、姉弟の会話はどんどん不穏な方向に向かっていく。


 「質問には簡潔に答えよ!戦場では、迷っている一秒の間に複数の味方が死ぬのだぞ。常に即決、即断を心掛けんか!」


 「(戦場とか、意味わかんないんですけど・・・!?)は、はい、サイア!!」


 この調子では、ファーストフード店でメニューを決めかねているだけでも、拳が飛んできそうだ。


 柳瀬は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


 「よし、では再度聞こう。こいつらから搾取された、被害総額はいかほどか?」


 「ざ、ざっくり計算して、2万くらい・・・あ、でもお年玉とか貯めて買ったばかりの、〇テンドースイッチも取り上げられたので、5万4千円になります」


 「うむ。1年近くカモられておれば、そのくらいになるであろうな――――さて、諸君」


 ここで初めて、隼人の襟首を掴んでいた手を放し、ゆっくりと、霧島エナは振り返った。


 さぁ、と微風がそよいで、エナの履いているグレーに白いラインの入ったプリーツスカートを、軽く持ち上げてくれた。


 あいにく、色気もへったくれもない、学校指定の芋ジャージのおかげで、その下にあるほっそりした白い足を見ることは叶わなかったのだが。


 きっちり頭の後ろで結い上げられた、エナの黒い髪が風にそよぎ、幾筋かの髪が、白くまろやかな頬に影を落とし、瑞々しいピンクの唇が、うっすらと笑みを浮かべるのを見た途端、少年達はゾッと背筋が凍り付いて、指一本動かせなくなった。


 何しろ、エナの目は、ちっとも笑っていなかったのだから。


 「俺は霧島エナ――――この霧島隼人の姉だ。


 実の弟が、不逞の輩に金品を強請り盗られているのだ。当然、それらを返せ、と言うために俺はここに来たのだ。


 むろん、子供の諍いに、大人が首を突っ込むのは少々引け目を感じる。そこで、寛大な俺はお前たちに、いつも通りの多勢に無勢での応戦を許してやろう、と思うのだ。

 三対一だ、悪くないであろう」


 じり、と音をたてて、エナが一歩前に出た。


 それに合わせ、後ろへ下がりたかったが、どういうわけか一歩も動けない。


 顔立ちこそは愛らしいというのに、その目ばかりはギラギラと、ただならぬ殺意と狂気を秘めて輝き、ゆっくりと三名を見回す僅かな顔の動きにすら、一縷の隙すら窺えず。


 「どうした?相手はか弱い女子高生だぞ?男三人もそろって、なぜ突っ立っているのだ?」


 その口ぶりこそは落ち着き払って、静かだというのに。


 まばたきもせず、真っすぐ見据えるその眼差しからは、「かかってこい」という言葉とは逆に、ハッキリと直に訴えかけてくるものがあった。


 ――――向かってくるなら、殺す。歯向かえば殺す。騒いでも殺す。


 「ひぃいいいい!!!」


 思わず、といったように奇声をあげ、真っ先に降伏したのが、柳瀬だった。


 先ほど隼人を蹴った動きを見た時から、今自分たちが対峙している少女が尋常ではなく、只のか弱いじ女子高生ではない事など疑うべくもない。


 勝ち目はない!そのこと以上に、本能的な恐怖が、今までかつて味わったことのない、一方的な暴力の気配が一瞬の間に脳を駆け巡り、自分でもわけがわからないまま、柳瀬は地面に額をこすりつけ、必死にわめきだしてしまった。


 「す、すみません!!全てお返しします!二度と、隼人―――君には近づきませんので、どうか許してくださいいいい!!!」


 「えっ?おい、柳瀬――――!?」


 貝谷はぎょっとして、金縛りを解かれたかのように、たじろいだが。


 柳瀬が降伏するのを見た途端、その隣にいた立木にも恐怖が伝染したかのように、へなへなと膝から頽れてしまった。


 ガタガタ震える体をどうにか動かし、なんとか額を地面につけ、両手をそろえて土下座する立木。


 「お、俺も・・!もう二度としません、全てお返しします、許してください!!」


 エナの纏う異様な殺気に心折られ、次々と平服していく友人を、最後までオロオロと見下ろし、どうしようか迷っていた貝谷だったが。


 おそるおそる顔を上げ、再びエナに目を向けたのだが、手遅れだった。


 ブォン!と空を斬る音さえ聞こえてきそうなほどの速さで、エナの足が、今度は下段に繰り出され、貝谷の膝の横を軽く凪いだ。


 それだけで、スパンと両方の足元をすくわれ、貝谷の身体は斜め後方へと倒れようとする。その落下を見計らったようなタイミングで、エナは蹴った方の足を素早く地面に下ろし、軸足を入れ替える。

 今度は高々ともう一方の足を振り上げ、落下する貝谷の腹めがけて、目にも見えない速度で振り下ろし、地面に突き刺すような勢いで踵を打ち付けた。


 「ぐっ!!」


 ドゴン!という音が響き、平服していた姿勢から顔を上げた柳瀬と立木は、エナが「踵落とし」のような足技で貝谷を沈めた後、素早く身を翻し、さらに拳を振り上げ、貝谷の喉めがけてトドメを刺そうとするのを見て、ぎょっとした。


 「ま、待っ――――」


 ピタ、と握りしめられた白い拳が、白目を剥いて昏倒した貝谷の首からほんの1センチ手前で止まる。


 「――――敵と見なせば徹底的に叩く。次の機会など与えてはいけない。どのような形で報復してくるやも知れん。

 だから、この先も生きていたかったら、慎重に選ぶ必要があるぞ」


 ゆっくりと、エナは拳を引いた。

 やっと重力が追いついた、というかのように、頭の後ろで束ねていた髪が、ハラハラと落ちて来て、エナの白い頬や、口元を隠していく。


 そしてエナは顔を、柳瀬達の方に傾け。瞬きもせず、大きな黒い瞳でまっすぐに見据えた。


 「心せよ。俺は少々気が短い。我が軍においては、即決即答が基本だ。それ以外の、躊躇の余地ある答えなど信用できぬ。


 お前達は――――この先どうする?ハヤトから手を引いて、また新たな弱者を選んで、同じような事を繰り返すのか否か」


 (ぐ、軍って!???)と一瞬思ってしまったが、喉元にヒタとナイフを突きつけられたかのように、ゆったりと姿勢を起こして腕組する、隼人の姉である、エナが恐ろし過ぎる。


 可愛い顔立ちも、異常とも呼べるほどのエナの戦闘力の高さと、その狂暴性を見せつけられた後では、恐怖をそそる材料でしかない。


 柳瀬と立木はブルブル震えながら


 「や、やめます!!もうそんな事は一切しません!!誓います!!」と答え、慌ててエナの方へと膝をズリズリ硬い地面にこすりつけてしまいながら、必死で頭を下げるしかなかった。


 エナ――――中身は、エナの女子高生生活を丸々一日ぶん代理でこなし、疲弊して眠ってしまったジェマを横目に、しめしめ予定通りだ、とほくそ笑むゼグンド将軍という歴然の猛者なのだが――――は、きりりとした顔つきを崩さず、少しだけ眉を上げて見せた。


 「ほう?そうかそうか。ならばよし、これ以上の仕置きは、ひとまず勘弁してやることにしよう」


 や、やった、放免されるのか!?と一瞬喜びに顔を輝かせた柳瀬と立木だったが。


 次の瞬間、それがいかに甘かったか思い知る。

 エナはなんと、ピクピク痙攣しながら倒れている貝谷の襟首をむんずと掴んで、うつ伏せになるよう地面の上で無造作に転がした。


 え、それ以上の追い打ちを?と仰天する隼人と土下座ポーズのまま動けないままだった二人は、顔だけでその動きを見て、また震えあがった。


 「俺の、お前達に関する介入は、金品全てを返せば終わりだ。だが、まだ根本的な問題が残っておるな。


 ひとつは、これから解決しに向かう。19時に、落ち合う段取りになっているのだろう?アンドーとかいう、お前達を犬として使っている、高校生のチンピラどもが来る場所に、俺が向かい、二度と歯向かえなくなるよう躾てくるつもりだ」


 言いながら、エナはバシバシと無造作に、貝谷の背、主にちょうど胃の裏に当たる位置を叩きだした。


 そうすると、どういう原理かはわからないが、気絶していたはずの貝谷が


 「うぅっ・・・・」と呻きながら目を覚まし、直後、起き上がれないまま、「うげぇ!!」とくぐもった声をあげながら、嘔吐した。


 それからも、腹を抑えながら


 「うおおおおお・・・・!!」げぼげぼと、昼食に食べたもの全てを吐いた後も、胃液を吐き続け、ゴロゴロとその場をのたうち回って苦しんでいた。


 その様子を見るうちに、柳瀬は思わず失禁しそうになって慌てて腹に力を籠めた。


 なんてこった・・・!この女、格闘家か何かだったのか!?強過ぎる・・・!そして、怖い!!


 流石に気の毒になったのか、立木がソロソロと身を起こし、「だ、大丈夫か?貝谷」と近寄って、四つん這いになって、オエオエと嘔吐を繰り返す仲間の背をさすっている。


 「そのうえで、最後に。ハヤト自身の教育だな。二度と、たかだか3名のならず者にねじ伏せられる事なきよう、俺がしっかり鍛えてやる」


 チラ、とエナが肩越しに、直立不動の姿勢で固まったままだった、己の弟に目を向けた。


 それだけで、隼人は「ひっ!」とすくみ上って、可哀想なほど震えだす。


 「まあ楽しみにしておけ。半年・・・いや、三か月もせぬうちに、コイツらごときが束になっても勝てぬ程度には、仕上がるだろう。ふっふっふ、隼人よ、明日は早朝4時から特訓するので、今宵は早く床に就くのだぞ?」


 「はい、サイア!!」


 「「「・・・・・・・・・・・・・」」」


 このおかしな姉弟のやりとりを、しばらく胡乱な顔で見つめていた貝谷、立木、柳瀬という三名だったが。




 後日、改めて隼人に頭を下げた後、その肩をぽんぽん慰めるように叩き


 「俺ん家も、クソ親しかいないからグレちゃったけどよ・・・・・・お前に比べたら、なんて恵まれた家庭なんだ、って思っちゃった」


 「俺も俺も。親が三度も離婚して、今度4番目のババアが来ることになってて、もう家出しようかなって思ってたけどさ。・・・・・・・・・隼人、お前に比べたら、そんなこと、大した問題じゃなかったな」


 「・・・・・俺も、親父みたいな医者になれっていう周りからのプレッシャーが酷くてさ。ついお前に当たってしまってたけど・・・・今思えば恥ずかしいよ。お前の方が、ずっとずっと、大変なんだよな。


 あんな狂――――いや、前衛的な思想のお姉様と365日同じ家にいて、しごかれているなんて・・・!なんて可哀想な奴なんだ・・!」


 と涙ぐんで同情され、さらに半年後には固い友情で結ばれることになるのだが。


 この時の彼らは、ただただ、霧島エナという少女の異常性に圧倒されるばかりだった。





to be continued!

 


次回引き続き、姉と弟#3をお送りする予定です。もう完全に自己満足でしかありませんけど、楽しく書かせていただいております。・・・・・・誰も読んでいないと思いますが、めげずに最後まで続けたいと思います。

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