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Oh! My 将軍!  作者: スッパみかん
6/14

姉と弟#1

エナという女子高生の身体に閉じ込められてしまった38歳のゼグンド将軍。大人しく女の子のフリをするはずが、わずか数分で禁を破り、厳しいサポート役のジェマを振り切って、反抗期真っ盛りの弟ハヤトをぶん殴ってしまったが、そこからどうする?エナとはまた違う苦労をするのは、果たして将軍本人なのか、それとも周りなのか。少しでも楽しんでいただけましたら幸いです!


 なんと、貧弱な。


 正拳突きたった一発で気絶した挙句、3メートルも吹っ飛んだヒヨッコ――――エナの弟だというハヤト――――は、なかなか起きない。


 岩をも砕く俺の拳は、ここにない。今の俺は、「霧島エナ」という名の、小娘なのだから。

 何度見ても見慣れない、ほっそりした女の生白い手は、いかにも頼りなく、武器など握ったこともなさそうだ。日夜巻き藁を叩いて鍛えあげた、俺の中手骨拳頭と比べるまでもない。


 こんな細い手で、何かを思い切り殴ったら、ポッキリ折れてしまいそうではないか。


 そういう懸念もあったので、ハヤトというよりは、女子であるエナのために、限界まで手加減をして殴ったというのに。


 骨にも大したダメージはない衝撃だと思ったが、殴られ慣れていない、成長途中の子供の身体は思ったよりずっと傷つきやすいようだ。


 ふむ。俺としたことが、ちと配慮が足らなかったな。

 俺は隼人を殴ったばかりの己の(エナの)拳をしげしげと見下ろしながら、ちょいと気が咎め、反省した。



 むろん、男なんぞ打たれ強いに越したことはない。だがしかし、あのお美しいお母上が――――いやいや、何でもないぞ、ジェマ!――――おほん、保護者であるエナの母上にいらぬ心配をかけてしまうやもしれん。


 それは避けたい。


 なんせ、エナの身体とはいえ、今の、難民のような俺の衣食住と身分は、あのご婦人のご厚意によって、保証されているようなものだ。なんとしても、ご機嫌を損ねるわけにはいかない。


 そうそう、確か「太りましたか」という発言は、女子には禁句だったな。健康そうで何より、と言うつもりが、緊張すると、ついつい配慮に欠ける言葉を選んでしまう。


 「ちょっと!現実逃避していないで、さっさと隼人の様子を見てよ!脳震盪起こしているんじゃないの?」


 おっと、そうであったな。


 ジェマがぷりぷり怒るので、俺は気が進まなかったが、仰向けに倒れてしまった小僧の元へと足を運んだ。


 まったく大袈裟な。


 小娘のパンチを食らっただけで吹っ飛ぶような軟弱もの、我が隊では受け入れておらんというのに。


 「いや、別にアンタの部下になりたい、なんて、ハヤトは一言も言ってないじゃないの・・・」


 そうか?だが、俺の(エナの)弟だというなら、同じ軍に所属するようなものであろう?


 「えっ!?」


 そう考えれば、この小僧は、俺の下についたも同然!つまりはヒヨッコの新兵も同じではないか?


 「いやいやいや、どうしてそうなるのよ!?全然違うでしょ!」


 そうであれば、あのご婦人をクソババァ呼ばわりした罰として、半殺しに処す代わりに、この俺直々に性根を叩き直してやろうではないか。


 ダメだこのオヤジ、人の話を聞いてない!とワーワーうるさいジェマの抗議を聞き流し、俺は白目を剥いて気絶している小僧の青白い顔をしげしげと見下ろして、地べたにあぐらをかいた。


 まずは、天日干しから始めるべきだろうか?


 首も肩も、腕も、何もかもが細すぎるし、脈拍も弱い。

 学生服、という、この年齢の子どもが通う学校指定の制服がまくれ、女子供の髪をくくるためのものか?と思うほど、細いベルトで固定されたズボンと、シャツの隙間から、ガリガリに骨の浮いた貧相な腹が見えて、俺はつい、ふむ、と鼻を鳴らして考えこんでしまった。


 こりゃひどい。


 骨格こそは男のものだというのに、その腰ときたら、エナと同じくらいに細いではないか。

 しかもろくな筋肉もついておらず、エナの腹のほうが肉付きという点では、まだマシだろう。


 うーむ。正直、これほど頼りない男をイチから指導したことはないので、ほんのちょっぴり不安が頭をもたげてくる。


 だがしかし、ここに兵士は俺しかいない。他に任せられる部下は――――面倒見のいいマッケイ副団長や、参謀を務めている老兵キリムが傍にいたなら、丸投げできるのにな――――いないのだから、仕方ない。


 為せば成る!

 それに、どうやらエナの家には父親がいない。


 であれば、あの可憐なお母上をお守りするのは、この小僧しかおらん、というわけだ。

 俺がずっとこのまま、ここにいられるわけではないのだからな。


 よし、まずは基礎体力をつけさせねば――――。


 「もう!ちょっと、それより、ハヤトの右ポケット見てよ。この子、なんでこんな大金を持っているのかしら」


 ん?


 頭の中でやかましく、俺を罵っていたはずのジェマが、不意に口調を変えて俺を呼んだ。


 言われるままに、ちょいと指を伸ばし、小僧のズボンのポケットを引っ張ってみると、確かに、エナの記憶からすぐにわかった「この世界の紙幣」というものが何枚も折り畳んで突っ込まれているのが見えた。。


 はて・・・?


 俺のいた世界では、オーソドックスな色分けをしたコインが通貨だったのだが。

 こっちの世界では、国ごとに紙幣とその単位が違うらしい。まっこと、ややこしい話である。


 ちなみに、俺の世界での赤いコイン、つまりは「銅貨」がこっちの1000円札相当に近く、それ以下の屑鉄で造られる「灰貨」が、こっちでいう100円玉くらいの価値のようだ。


 そして、ハヤトのポケットから出て来た紙幣は、6枚。それも、俺の世界でいうと、銀貨6枚分。

 つまりは、扶養されている少年がもっているにしては、少しばかり、大きすぎる額なのだ。


 なるほど、確かに妙だ。

 エナの記憶からも、贅沢な暮らしをしているイメージはなく、先ほどお母上が自ら台所に立ち、調理をなさっていたところからも、調理人や使用人を召し抱えるほどの身分ではない事がわかる。


 裕福層でもなく、高額な小遣いをもらえそうもない境遇で、なぜこの小僧は、こんな大金を持っているのだ?


 察しのよい、若者の言葉を借りれば、「イケてる素敵なおじさま」である、俺はすぐにピンときた。


 この小僧、さては無断で、お母上の財布から、この金を抜き取って来たな・・・・?


 「誰が、イケてる素敵なおじさまよ!?しかもちょっと古くない?厚かましいわね!!って、ちょっと!その殺気をひっこめてよ!私、弾き飛ばされそうなんだけど!?」


 ギャァギャァと煩いジェマの制止の声も虚しく、俺の小僧への怒りはメラメラと燃え上がってゆく。


 だがしかし、鼻タレ小僧を頭ごなしに叱り、貧弱な身体に、さらに拳を叩きこむのも、お母上の悲しそうなお顔を思い起こせば、流石に気が引ける。


 このタイプのガキを手っ取り早く躾るには、まず実力差を思い知らせ、全面服従させる事が望ましいと思うのだが。


 「だからね!ここは軍隊じゃないの!貴方は霧島エナの代役なのよ?エナみたいな普通の女の子は、そんなに暴力的じゃないし、父親みたいに弟を躾けたりしないわよ!もっと平和的な解決を目指してよ」


 エナの代役。それならなおの事、姉として、弟を躾けるのは当然のことだ、と思えるのだが。


 だがしかし、確かに、これまでと違うやり方、つまりはエナ本人がやりそうにもない事ばかりしていては、不審がられるやもしれぬ。

 俺も昨日や今日生まれたわけではないのだ。ジェマの言うことも、わからんでもない。


 あいわかった。ここはひとつ、穏便に解決してみようではないか。

 これ以上の暴力は、とりあえず控え、まずは話をしてみよう。これでいいかな?ジェマ。


 「とりあえず・・・ってところに、不安を感じるけどね。その路線でお願い!」


 しかしなぁ。まだるっこしい、と思わずにはおれん。俺の知っている世界では、盗みなどの犯罪が発覚すれば、新兵の言い訳など誰も聞いてくれやしないぞ。弱者は容赦なく叩きのめされ、追放されて終わればまだよいほうだ。最悪、軍法会議にかけられ、禁固刑が言い渡されたり、手首を落とされたりするのだぞ。


 「・・・・・・・・・・だから、どうして貴方の世界って、兵士の在り方とか軍法とかが基準なのよ。貴方の故郷にだって、軍人以外の人間は沢山いるし、そういう人達はもっと違う生き方をしているはずでしょう」


 ジェマが、ぽつりと、どこか寂しそうな声色で呟くのが聞こえたのだが。

 生憎、人生のほとんどを兵役に捧げてきた俺にとっては、それ以外の生き方なぞ、思いもつかなんだ。

 俺が、このハヤトと同じ年ごろだった時は、大戦の真っ只中で、兵役以外に身をたてる道はなかったのだ。


 思春期に何をどう悩んで、過ごしてきたかなど、ろくに覚えがない。ただひたすら腕を磨き、のし上がり、生き残るので精一杯だったように思う。


 昨日隣で飯を食っていたやつが、翌日にはもういない、という殺伐とした恐怖と絶望だけは、慣れることなく、骨身に染みて離れない。

 そんな俺に、「ふつうの在り方」などわかるはずもなし。


 わかる必要もない。そう、この時は本当に、こう信じて疑わなかったのだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 顔と腹が痛い。


 避ける暇もなく、まともに食らった右ストレートだが、幸い鼻筋を直撃したわけではなく、俺の鼻はかろうじてペシャンコにされずに済んだ。


 ガツンと殴られた瞬間、文字通り、目から火花が散り、眼窩から目玉が飛び出るほどの衝撃があったが、それだけではなかった。


 エナはなんと、俺が一撃食らってのけぞるその瞬間にも、二撃目を繰り出しており、それが俺の腹に、抉るような角度で突き刺さり、俺は為す術もなく吹っ飛んだのだ。


 「痛っ・・・!」


 目が覚めて、意識がはっきりしてくると、これまで体験したこともない激痛と、殴られたショックでか、凄まじい胃痙攣が襲ってきて、俺は否応なしに地べたを転がり、げぇっとぇっと嘔吐してしまった。


 家を出る前に飲んできていた、牛乳と胃液が混ざった、何とも過激な匂いに無事だったはずの鼻が、ひん曲がりそうだ。


 しばらく、顔と腹の痛みに苦しみ、嫌な臭いのする地べたを悶絶しながら転がっていたのだが、すぐに、自分が一人でそこにいるわけではない事に気づかされた。


 「ふん、目が覚めたか。20分もかかりおって。そろそろお前を担いで家に戻らねばならぬか、と考えておった」


 聞きなれたメゾソプラノの声に、何故かドキリとした。

 エナの声なのに、その口調は硬くて、時代劇に出てくるジジイそのものだ。


 その異常なミスマッチにドキリとして、身体の痛みも忘れて顔を上げてみると。


 通学路からは少し外れた裏路地という、人気の少ない場所だからか、どっかりと地べたにあぐらをかいて座っているのは、姉のエナだ。


 実の姉のパンチラなんぞ、見たくもないのだけど。

 エナは豪快に足を開いてオッサンのような座り方をしつつ、偉そうに腕組をして、じろりと俺をねめつけている。


 みっともない、とか、足を閉じろ、とか咄嗟に言いかけるも、鋭い眼光に捉えられた途端、まるで見えない手で喉を鷲掴みにされたかのように、うぐっと喉が詰まって何も言えなくなる。


 「言いたいことは色々あるがな、小僧。まずは、お前の言い分を聞いてやろうと思い、こうして待っておった」


 いやいやいや、ちょっと待て。


 それはどう考えても、俺のセリフじゃないだろうか?


 まずエナお前、一体どうしたんだ?いつからそんな喋り方に?そして、運動嫌いでトロイお前が、いつからそんなに強くなったんだ?


 自分でもよくわからない現象だったが、見れば見るほど、ぱっかり足を広げてあぐらをかいて座っている目の前の女は、俺の知っている霧島エナとは似ても似つかない。別の誰かのようだ、と思わされ、にわかに胸騒ぎがしてきた。


 ここにいるエナが別人だというなら、本物のエナは――――俺の姉は、どこへ行ったのだ?


 嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、目をこらす。


 気絶する前に垣間見た、姉の姿にかぶって見えた、やたら体格のよいオヤジの姿がまた見えないものかと思ったが、やはり気のせいだったようで、不機嫌そうな姉の顔以外には何も変わったところは見つけられなかった。


 ということは、だ。

 映画や小説でお馴染みの、「あの」現象ではないだろうか?


 「エナ・・・・?お前、まさか、多重人格障害・・・なのか?」


 やっとのことで声が出た。我ながら情けないことに、みっともなくブルブル震えた声ではあったが。



 これが、俺と「ゼグ」との最初の出会いだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


  ジェマがまた、俺の意識を押しのけ、俺の代わりに小僧と話そうとしたのだが、俺は抵抗した。


 先ほど、家を出るときに嫌というほどやり合い、短い間だったが、お互いを押しのけようと衝突したばかりだったので、コツがわかってきたのだ。


 俺の言動を制御し、エナを動かすには、まず俺自身の意識に働きかけているようなので、そのタイミングがわかるようになったのだ。


 だからその瞬間、心身に力を籠め集中し、同じ身体に宿っているもう一つの意識に支配されないよう、抵抗した。


 「もうっ!なんなのよ?隼人が目を覚ますわ。ゼグンド将軍、貴方の言葉遣いは、17歳の女の子のものと違いすぎるんだもの、私が話した方が、うまくいくのよ。さっさと交代よ!」


 待て、ジェマよ。


 俺が話した方がいいと思うのだ。


 「はぁ?何言ってんのよ?」


 俺は既に、エナの身体で、エナとして、先ほどコイツをぶん殴ったであろうが。

 つまりは、どう取り繕っても、コイツには不信感を抱かれてしまっているはずだ。


 「・・・!だったら、なおさら上手く誤魔化さないと」


 そうだ。その誤魔化し方なのだがな。

 頭を打って寝込んでおった間に、性格が狂暴化する病気にかかった、というのはどうだろう?


 「は??バカじゃないの!?そんな都合のいい病気があるわけ――――あ!!あったわ」


 ジェマが、素早くエナの身体に残っている、この世界での常識に関する情報を検索したらしく、ぱっと俺の頭の中にも、その情報が浮かび上がって来た。


 その名も「多重人格障害」、というものらしい。(注釈:「多重人格障害(MPD)」は、現在「解離性同一性障害(DID)」と改訂されている)


 もちろんエナ本人には専門的な知識はなく、娯楽本から知り得た、捏造要素を含んだ情報であり、どこまで信じてよいものか、不安もあるのだが。


 おおまかに要約すると、ひとつの身体に複数の人格が宿っているように見える、という病気らしい。

 厳密にいえば「そう見える」だけであって、実際はどうなのかわからないようだが、傍から見れば、別人が宿っているように見えるのだそうだ。


 まさしく、今の俺とエナの状況を誤魔化すには、うってつけの症状ではないか?

 

 エナの記憶から、彼女が読んだことのあるミステリー小説のひとつに、「多重人格=一人の人間の中に、たくさんの人格が生まれて、他者を翻弄する」という内容の話があって、その概要がするするっと俺の中にも入って来た。


 ううむ、興味深い。そんな事があったら、怖いな。というか、この国は娯楽本の種類が豊富なようで、羨ましい限りである。


 ともかく、その「多重人格者」が犯人だという話は、あらぬ殺人容疑をかけられた主人公が、無罪を証明しようと奔走するも、結局は、自分の生み出した別人格が勝手にやらかした殺人だった、という事実に辿り着く、という救いのない終わり方をしていた。


 それを読んだエナは、大層憤慨していたようだった。


 エナの気持ちもわかる。なんとややこしい、後味の悪い娯楽本なんだろう!我が故郷に語り継がれる、どの古典歌劇(バラッドもそうなのだが、なぜか悲劇を題材にしたものが多い)よりも、ずっと悲惨ではないか。


 ジェマはさらに、この世界の情報に聡いらしく、すぐに俺にもわかりやすく説明してくれる。


 「正しくは、解離性同一障害というの。一つの身体に多数の人格が宿っているかのような現象に見えるんだけど、それはあくまで、当人の精神の一部、記憶、隔離した感情の片鱗が、人格のような形をとって出てくるのであって――――」


 ああ、よいよい。そんな難しい事を論じている場合ではないだろう。


 要するに、別の人格が出て来てしまった、と説明するのがいいのだろう?

 それならば、俺が出て行った方が、思い切り別人らしくてよいのではないのか?


 「むっ・・・!?う、うーん・・・・・・・・、そ、そういえばそうかも」


 ジェマは知識豊富なぶん、色んな情報と照らし合わせて考えねばならないので大変そうだ。

 出会ってから、見た目にそぐわず大人びて、しゃきっとしていた口調に、初めて迷いというものがチラつき始めている。


 ふふふ、ここはもう一押し!俺が脳みそまで筋肉で出来ている、ウドの大木だと思ったら大間違いだぞ!

 将たるもの、それなりの頭がなければ務まらぬ。そうでなければ、この年まで五体満足で生き残れるはずがなかろう!


 俺はここぞとばかりに、普段生意気で、指図ばかりして完全にマウントをとってくるジェマを言いくるめにかかった。


 ――――事故に遭った折に、貧弱な自分に腹が立って、俺という「最強の人格」が出来てしまった、というのはどうかな?


 「最強って・・・なんか胡散臭いわねえ。でもまあ、この隼人はわりと柔軟性のある性格をしているみたいだし。

 案外信じてくれるかもしれない。実の姉が自分よりもよっぽど強い、という屈辱的な現実を、受け入れたくないだろうしね」


 そういえばそうじゃな。自分よりもか弱そうな女性に昏倒させられた、などという事実は、男にとっては恥でしかない黒歴史だ。


 よしよし、いいぞ!これで俺らしく、俺のやり方で、イキがる新兵を躾けることができるな!


 「ちょっと!?穏便に話すってことじゃなかったのぉおお!?」


 ジェマは、わーわーと、なおも「ハヤトは兵士じゃない」だの「ハヤトは貴方の部下じゃない」等々騒いでおったが。


 全く問題ない。

 14歳など、成人も近い。男ならなおのこと、早いうちに心身ともに鍛えておかねばならないものだ。


 あの麗しいお母上をお守りできるような、立派な男に、俺が育てあげてやろうではないか!


 俺は込み上げる薄笑いを堪えながら、どっかりと見慣れぬ硬い地面に濃しを下ろし、小僧が目を覚ますのを待ってやることにした。


 この近くに水場がないのが、まことに残念だ。

 あんな攻撃で昏倒するようなヒヨッコには、呑気に寝かせておく時間も惜しいというもの。

 本来なら、桶に水を汲んできて、ばっさり頭から浴びせて、叩き起こしてやるところなのに。


 まぁ仕方あるまい。そう、腐ってもこのクソガキ・・・・いや、小僧は、あのお母上の息子なのだ。

 一応、それなりに大事にしてやらねばなるまいて。


 そうして待つこと20分。


 ようやくうめき声と共に目覚めたガキは、顔やら腹をおさえて、何やら苦しそうに地べたを転がり、嘔吐までしおった。


 まったく大袈裟な。

 一発いれるついでに、ついクセで二撃目を腹に入れてしまった事が少々悔やまれるが。


 ちゃんと急所を外して、最大限の手加減をしたのだから、俺は悪くない。


 悪くないと言ったら、悪くないのだ!


 そう開き直って、腕を組み、泰然と小僧が落ち着くのを待つ俺の頭の中で、またギャーギャーとジェマが非難がましく俺をなじる声が聞こえたが、むっつり黙り込んでやり過ごした。


 小僧はよほど、殴られ慣れていないのだろうか、わりと長い間苦しそうに腹をおさえ転がっていたのだが。


 ややして、目の焦点が合って来た頃合いを見計らい、俺は慎重に話しかけた。


 大丈夫か、とは聞かずにおく。そんなものは見ればわかるし、理不尽な目に遭っている、と非難がましい目で見返されることにも、慣れているからな。


  「言いたいことは色々あるがな、小僧。まずは、お前の言い分を聞いてやろうと思い、こうして待っておった」


 そう言ったあたりで、俺を(エナを)見る小僧の目にみるみるうちに、恐怖と不審の念が浮かんできた。


 それはそうだろう。俺自身、自分の話し方が、今現在の姿――――わりと可愛い女の子――――がするものではない、という事くらいはちゃんと自覚している。


 小僧は、ぱくぱくと口をわななかせ、それからやっと、震える声を振り絞るようにして、はじめてエナではなく俺を見つけようとするかのような目をして、言った。


 「エナ・・・・?お前、まさか、多重人格障害・・・なのか?」と。



 よし、狙い通り!


 俺は思わずガッツポーズを取りたくなったが、ぐっと奥歯を食いしばってその衝動をやり過ごした。


 こちとら伊達に長い事将軍職に就いてはおらぬ。腹のうちを読まれぬよう、表情を殺すなんて事は、朝飯前だ。


 ここで「はい、そうです」と素直に肯定してやるほど、愚かでもないつもりだ。


 俺はシレッと小僧の問いかけを無視し、


 「だとしたら、どうなのだ?お前が今置かれている立場や状況の方が、マズイとは思わないか?」


 と言いながら、先ほどジェマに言われて発見した、小僧のポケットから抜き取っておいた、この世界の、このニホンという国の金である紙幣をヒラヒラ目の前にかざし、小僧に見せつけてやった。


 途端、ハッと顔をこわばらせ、起き上がろうと肘をついていた態勢をとっていた小僧は、そのまま気まずそうに舌打ちし、俺から目を逸らした。


 その様子から、俺やジェマの推察通り、小僧は母上の財布から勝手に抜き取ってきたもの、あるいはどこからか盗んできたものだ、と確信でき、俺はヒッソリとため息をついた。


 「やれやれ、お母上が苦労して稼いだのであろう金を――――」


 「違う!!遊ぶための金が欲しかったんじゃない!」


 驚いたことに、小僧はいやにキッパリと俺の詰問を遮った。


 ほぅ?俺――――上官に逆らうつもりか?

 「だから、違うでしょ!」


 一瞬カチンとしたが、ジェマに叱られ、俺は咄嗟にまた振り上げそうになった拳を引っ込め、腕を組みなおして、小僧の言い分を聞くことにした。


 よかろう。俺も大人だ。子供の言い訳を、まずは最後まで聞いてやろうではないか。


 正直、こんな風に年端もいかない小僧と対面するのは、本当に久しぶりだ。


 何年も前に、養っている(実際には、運営の全てを名代のサミュエルに丸投げしているのだが)孤児院を訪れたこともあったが、子供は皆、俺を怖がってか、ろくに近づきもしなかった。(ちょっと泣きたくなった)


 もちろん、戦争中にあっては、行軍や戦闘で荒らしてしまった土地に住んでいた村人や、子供から石を投げられることくらいは、あったのだが。


 今目の前にいるハヤトくらいの年代の少年から、こうして真っ直ぐに反抗的な目を向けられることも、反論されることも、全てが珍しく、新鮮だった。


 「金が必要なんだ・・・!明日までに、10万もってこいと言われて・・・」


 むっ!?


 思わず、口をへの字に引き結んで聞いていた、俺の(エナの)片眉がピクンと跳ね上がってしまった。


 ハヤトは悔しそうに舌打ちし、ぎゅっと地面の上で拳を握りしめると、思いつめたような顔をして俺に向き直った。


 「相手は高校生の、半グレ集団だ・・!戦っても勝ち目はないし、エナ・・・姉に危害が及ぶと脅されて――――ぎゃっ!!」


 ゴイン、と鈍い音が響き渡る。


 黙って聞いて居れば、この小僧。舐めてんのか。


 一瞬のうちに、俺の苛立ちは頂点を突き抜け、気づけば拳を振りぬき、またしても小僧を殴ってしまっていた。


 もちろん、ジェマが何かしたのだろう、先ほどの威力はなく、小僧は、べしゃっと地面に垂直に叩きつけられただけで、大した被害はなさそうだ。


 俺はだん!と一歩足を前に踏み出し、鼻血を垂らし、あわわ、と涙目になった小僧の襟首をひっつかんで、ゆっくりと揺さぶってやった。


 「つまり、お前はチンピラに脅され、母上の財布を漁り、盗みを働いた、仕方なかった、と言いたいのだな?暴力に屈し、これから一生、そいつらのイヌにでもなって、言いなりになって過ごす事を、承諾した、というわけだな?」


 「えっ!?いや、そこまでは」


 「愚か者!!」


 「ぐほっ!!」


 ブン!と乱暴に襟首を振り回し、またしても地面に叩きつけると、ごちん、と痛そうな音が響く。


 うむ、どうやらこの地面の舗装は俺の知っているものよりも、硬いらしいな。とても痛そうだ。


 ジェマがまた、非難がましく「ひどいっ!どうしてすぐ手が出るのよ!?この暴力男!!」とかナンとか言っているが、今はそれどころではない。


 「し、しかたないじゃんか・・・・!」とか「俺、弱いし」とか言いながら、ついに小僧はベソベソ泣き出してしまったのだが。


 えーい、男がグズグズ泣くものではない!!


 「お前は、わかっておらん!そいつらの要求を、一度聞き入れたら、一生続くのだぞ!それでどうして、そいつらが、お前の姉や、お母君を放っておいてくれるというのだ?


 なんの確約も、保証もないではないか!?男なら、死んでも嫌だ、クソ野郎!と吐き捨て、死ぬまで戦え!!!」


 「む、無茶だよぅ・・・!!」


 人通りの少ない、裏路地を選んでよかった。


 全く悪いことをしていないというのに、こうもミジメったらしくメソメソ泣かれると、弱い者いじめをしている気になってくる。


 「実際イジメてるじゃないの!バカっ!!ムチャクチャ言わないでよ、多勢に無勢じゃ、喧嘩したって勝てないのは当たり前でしょ!


 ここは、平和な日本だし、チンピラだって、未成年だったら、たとえ隼人を死なせちゃっても、少年法に守られているから、更生施設に送られるだけで、大した罪に問われない可能性の方が高いのよ」


 む!?なんだと?


 ほんの数秒の間に、脳内で素早くジェマが俺に知識を送り込み、この国における少年法の緩さを指摘しつつ、こういった未成年の間に起きている恐喝行為すらも「イジメ」という冗談のような単語ひとつで、軽く片付けられてしまう、と教えてくれた。


 道理で、金を持って来いと理不尽な恐喝を受けたハヤトは、大人を頼って相談もできず、暴力に屈したとはいえ、犯罪に手を染めてしまうわけだ。


 なるほど、単に喧嘩で勝てばいい、という話ではないようだ。

 多勢に無勢相手に勝つのはそもそも、素人には無理な話だし、できたとしても、後日闇討ち不意打ちなどで、報復される可能性が高いだろう。


 なんせ、相手は子供相手に金を要求し、その気になれば、ハヤトを撲殺してしまっても縛り首になることはない、とタカをくくっているのだろう、下衆ばかり。


 ――――なるほど。

 それならば、残る手段はたったひとつではないか。


 「おいハヤト」


 俺はぴしゃりと厳しく呼びつけ、えぐえぐと鼻をすする情けない顔を上げさせた。


 な、何をする気なのよ?と、オドオド不審そうにジェマが警戒する声を、俺の脳内であげるのだが、全く気にならない。


 何を、だと?


 決まっているではないか。

 母上にとって大事な息子を脅し、エナという少女に汚い手をかけようとしている、不埒な輩を取り締まり、さらにはその恩を隼人に売りつけ、きわめて穏便に俺のいう事を聞かせる、一石二鳥の素晴らしい方法を思いついたのだ。


 黙って見ておれ!

 常勝を自慢するつもりはない。自軍に、一人でも犠牲が出た以上は、完全勝利とは呼べない、と考えているからな。

 だがしかし、いくつもの劣勢をひっくり返して来た実績があるのだ。


 これしきの些事、あっと言う間に解決してくれるわ!


 「本来ならば、男同士の喧嘩に第三者が首を突っ込んではなるまい、と見捨てるべきところだがな。だがしかし、相手は多少道を踏み外したチンピラの群れだというし、折よく、この俺、つまりはエナに用があるらしいからな?


 つまりは、お前だけの問題ではないのだ。


 ここはひとつ、俺に――――いや、お姉様に任せなさい」


 「えっ!?」


 なぜか、さらに怯えたように顔を青ざめさせる隼人。


 おい、なんでそこで怯えるのだ?もっと嬉しそうに、お姉さま、と感動してしかるべきところではないのか?


 「姉を紹介しろ、とでも言われておるのだろう?ならば、望み通りにしてやればよろしい!俺が出向いて、会ってやろうというのだ。僥倖に思うがよい」


 ふん!と鼻息も荒く俺は、これで万事解決!と宣言したつもりだったのに。


 ハヤトの野郎は、たっぷり2,3秒かけて俺の言葉を理解するやいな、「うーん」と呻き、白目を剥いて、またしても気絶しやがった。


 ジェマはジェマで


 「ダメだ、このオッサン・・・!!あーん、もうお家に帰りたい!!!!」と、なんだか泣きそうだし。


 はて?何がそんなにマズイのだろう。我ながら素晴らしい案だと思ったのに。


 全くこの世界は不思議に満ちている。


 


to be continued!


 



暑苦しいテンションで申し訳ないのですが、きりのよいところで区切っているだけなので、もう少し熱血おじさんのターンが続きます。

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