エナの奇妙な冒険#1
ところ変わってエナのターン。異世界文明に翻弄されつつ、ゼグンド将軍を崇拝する部下にアレコレ世話を焼かれながら、安全な潜伏先に向かって旅をするゼグンド将軍の身体に閉じ込められたままの女子高生エナ。将軍の置かれている危険な立場とは・・・?不安でいっぱいの旅路だけど、悪いことばかりじゃない!逃避行中だというのに、イケメンな忍者にトキメいたり、甘い物が食べたくなって散策したりと、オッサンの身体での奇妙な冒険は始まったばかり!少しでも楽しんでいただけましたら、幸いです!
この世界はなんて、驚きに満ちていることか。
何度目になるかわからない程、同じ事を思ってしまう。
たとえば、月。
クウガと出会った時に雲の隙間から見えた月は、地球――――いや私の知っている世界というべきか――――で見る月より、少し青みがかった銀色なのだな、と思っていたんだけど。
どうやら天候や時間帯によって見える色が違うらしく、やはり青みの強い色をしている。
シャリオンの素っ気ない説明によると、ここでも同じく月の満ち欠けが存在してはいるのだが、その周期は30日もあるんだそうな。
それだけゆっくりだと、満ち欠けも数日しないと変化に気づきにくいだろうな、と思いながら、私は持ち上げていた目線を下げて、今度は夜闇を仄かに照らし出す、不思議な「焚火」をじっと見つめた。
コレよコレ。
何が驚きって、この「火」よ。火を焚いては、煙が出るから、といって、クウガがポケットから出してくれたのは、鈍く光る、真っ赤な小さい石コロだった。
それを擦って地面に置き、その上に砂を薄くかぶせる。これだけで、赤々とした温かい光と熱が辺りを照らし出し、焚火よりもずっと安全で無臭な「火」として一晩中もつのだそうだ。
この世界では一般的な燃料で、その名も「火石」という。
火の妖精族との貿易で得られる、この世界で最も重要な4大資源のうちの一つであり、純度が高く、大きいものほど高額なんだって。
そう!ここでは当たり前のように、妖精とその国が存在していて、人間とはすこぶる友好的な国交を持っているみたい。
それぞれの属性に応じた吐息から生まれる力の結晶、それが「火石」だったり「水石」だったりするのね。
妖精さんが息をするだけでポロポロ生まれる、なんとも夢のような天然資源だ。
ううっ、持って帰りたい!!
人間は、ガスや石油といった資源よりも、ずっと安価で扱いやすい、この魔力の籠った燃料と引き換えに、妖精族が暮らす国にはない、様々な工芸品や嗜好品を出しているらしい。
生憎、ゼグンド将軍は生粋の軍人だから、そういった貿易に携わった経験はないみたい。
でも、諜報員として、外国にちょくちょく出入りしているのであろう、クウガなら、当然妖精族と会ったこともあるだろうし、色々詳しいんじゃない?
色々聞きたいな、とコッソリ期待しているのだが。
クウガといえば、とにかくあまりじっとしていない。二人きりで旅をはじめてもう3日経つというのに。
彼はとにかく働き者で、私(ゼグンド将軍)を置いて、ちょくちょく離れては、疾風のような速さでどこかに消え、戻って来る頃には、ちょっとした果物や木の実を採ってきてくれて、飲み水まで汲んできてくれる。
何か手伝おうとしても、「将軍の手を煩わせるなど、とんでもございません!」と頑なに断られてしまい、おかげで私は地蔵のように座ったまま、アレコレ世話をやかれて、何もすることがない。
というか、おしまいには動かないでほしい、と言われてしまった。
シャリオンからも
「一応、秘密裡に動いてるんだからさぁ。君・・・・というかゼグンド将軍のその、肉食モンスター並にデカイ図体でウロウロされたら、クウガの仕事が二倍に増えるんだよ」
とキツク言われているので、私も諦めるしかなかった。
最初にクウガと出会ってわずか数分後には、この逃避行が決まってしまったわけだけど。
クウガがまずやった事といえば、私が野営地を抜け出して来た時に残してしまった、痕跡の全てを消すことだった。
天幕から出て来た時に、地面に残ってしまっていた私の足跡や、草むらの中を這いずった際にくっきり残ってしまっていた「通り道」も、全てクウガが風魔法を使って消してくれたのだ。
そう、そうなのよ!
私はここに来て、ついに魔法を見てしまったのよ!!
忍者なのだから、忍法があるのでは?と思いきや、クウガは首を傾げ、
「ニンポウ?なんですかそれは。俺の里では風属性の魔法が主流であり、隠密活動の際に優位に働くだけなのですが」と、不思議そうな顔をされた。
ここでは「忍者」という言葉はそもそもなくて、クウガは自分のことを「諜報員」と言っている。
忍者特有の「忍法」も存在せず、諜報活動の際に役立つ風系の魔法を、各々が工夫を凝らしてアレンジして使う。その効果は確かに珍しいので、一般人の目からすれば、神がかって見えることがある、という程度なのだという。
クウガに頼んで一度見せてもらったのだが、彼がスイと片手を振るだけで、その指先が向けられていたあたりの土埃がさっと舞い上がり、あたかも巨大な透明な箒が地面を撫でたかのように、バッチリ残っていたゼグンド将軍の足跡が跡形もなく消え去った。
この時の感動は、きっと一生忘れない。
魔法って、本当に思っていたのと違う。
キラキラした光が飛ぶわけでもないし、目に見える何かがあるわけじゃない。使う者が、ブツブツ呪文を唱えるようなこともなかった。
ただ、この世界に生まれる者ほとんどが、魔力という、生命力と密接した力を大なり小なり持っているためか、私にも、それを感じることができた。
たぶん、ゼグンド将軍の身体のおかげで。
クウガが何気ない仕草で魔法を使った時、右手から腕までサワサワッと、ムダ毛とは違う何かが血管の中で反応し、
「魔法だ」と本能に訴えるものを、確かに感じだのだ。
そして、同時に落ち着かない気持ちになる。
私自身、傷跡が残るような怪我をした記憶はないというのに、ゼグンド将軍の身体に残る、あちこちの古傷が、シクシクと僅かな痛みを訴え、他者が操る「魔法」を警戒するのがわかってしまう。
きっと、魔法は、ゼグンド将軍にとって痛いものなんだろうな。
多分だけど、将軍は魔法を得意としていない。まさしく「脳筋」といったところなのだろうか。
そうそう。
結局クウガと二人で旅をしているわけだけど、いつまでもってわけではない。
クウガはいったん、一人で野営地に戻って、密かに副団長オグレン・マッケイ(私が目覚めて最初に会った、あの茶髪のおじさんの事だった!)と話し合い、作戦を立てた。
暗殺者がどこにいるのかわからない、またはその内通者が既に3000余りのこの軍団内に混じっている可能性を考慮し、公には、「ゼグンド将軍は未だ意識不明」のままにしておこう、ということになった。
その方が、影武者を立てやすい、と考えたのだ。
背格好と髪の色が似た部下の一人を「ゼグンド将軍」に仕立て上げ、顔がわからないよう、包帯であちこちグルグル巻きにし、ゼグンド将軍のキャンプに寝かせておく。
影武者をたてる理由としては、2つある。
まずは、騎士団をまとめやすくするため。ワンマン運営してきた騎士団のトップが記憶喪失、というのと、重体で行動不能、というのでは、受け入れ易さが違う。いらぬ混乱や騒動を起こさせないよう、配慮した結果でもあったという。
そしてもう一つは、もしも団員内に内通者もしくは、暗殺者が既に紛れているのだとしたら、このタイミングで仕掛けてくるはずだ。
あわよくばそこを捕え、依頼元の情報を吐かせたい。そういう思いで、二重にも三重にも警戒しているらしい。
厳重に、これ見よがしに見張りをたてるだけで、そこに将軍が寝ているという信憑性は増すし、実際に記憶喪失(ホントは違うんだけど)に陥り、挙動不審なゼグンド将軍本人は、クウガの先導に従い、すたこらさっさと、人知れず別の場所に移動できる。
その一方で、使者を送り、王都に「第三軍の長ゼグンド将軍、任務中に頭を負傷し意識不明の重体。これより、最寄の農村に移動し、回復を待つ」という連絡を入れておく。
実際にその通りに、寝たきりの将軍を抱えて村まで戻るのだから、後ろ暗い事は何もない。裏を取られたって安全だ。ただし、ゼグンド将軍本人の不在だけは、知られてはならないけど。
これで皆、軍法違反、命令不服従や、任務放棄、脱走の疑いをかけられず、しばしの猶予が与えられ、次に予定されていた任務は先送りにできるはずだ。
そういう説明を聞いて、少し安心したんだけど。
私は、後にしてきた、ボロいがちゃんと天幕を建て雨を凌ぐことのできる野営地を思い起こして、それをアッサリ捨てて下山する方が大変なんじゃないか、と不思議に思ってしまった。
だって、負傷者は他にもたくさんいるし、ゼグンド将軍の影武者は意識不明を装っているから、担架で運ぶ必要もあるんじゃない?下山するときは馬に乗れないだろうし、全員徒歩よねえ・・・。
その疑問に対しては、クウガに尋ねるまでもなく、シャリオンが珍しくすぐに説明してくれた。
第三軍とは、ゼグンド将軍がかつての大戦で大陸中にその名を轟かせた「サヴァルテ(古代語で、神の矛、という意味らしい)」という最強の騎士団であった。
だがしかし、「常勝」や「戦神」とさえ謳われてきた将軍の輝かしいキャリアは終戦と共に終わった。
戦が終わってからこの五年の間に、将軍はなんと、3度も降格処分を食らい、ゆくゆくは軍最高司令官になるはずだった出世コースから、完全に外されたのだ。
その折に、誉れ高い「サヴァルテ」という騎士団名まで剥奪されたのだとか。
おかげで騎士団は一時期解体寸前まで追い詰められ、結局その規模を大幅に縮小され、国から支給される運営費も大幅にカットされ。
とどのつまり、金がない!!という理由から、長くは野営を続けられない。
国庫から支給された物資はほとんど使いつくし、食料は常にカツカツ。晩御飯の干し肉一切れを巡っての、仁義なき争いは、もはやシャレにならないレベルだったという。
「食料も飲み水も、現地調達には限界があるから、本来こういう遠征には、もっとたくさんの物資を積んだ荷車と一緒に、騎士団の世話をする後方支援部隊がゾロゾロ付いてくるものなんだよ。
目的地までの道に、いつも都合よく水源があるわけじゃないし、狩りをしようにも食べられる獣よりも、襲ってくる魔物の方が多いからね」
こういう、普通は知っていて当たり前な事まで、記憶喪失設定を押し通しているとはいえ、今の私がクウガに尋ねるのは、不自然だ、という事で、珍しくシャリオンがわかりやすく説明してくれた。
それでついつい嬉しくなって
「魔法があるんじゃないの?四次元ポケットみたいなアイテムとかで、たくさんの食糧を運べないの?」
と、聞いてしまい、シャリオンにまたそっぽを向かれてしまった。
「いいかげん、その、異世界に対する支離滅裂な偏見を捨ててくれない?そんなんじゃ、どこからどう説明したらいいのか、ますますわからなくなる」
シャリオンの見た目は12歳くらいの子供だというのに。たまに、疲れ切った大人みたいな口調で、「はいはい、またあとでね」と、小さい子供をあしらうかのように、私との対話を拒否してしまう。
多分だけど、シャリオンは好き好んで、私の中に宿って、私の「サポート役」をやっているわけじゃないんだろう。
どうせ詳しく説明してくれる気はないんだろうし、聞くだけ無駄だからツッコまないけどさぁ。
それにしても、ツンケンしてて取りつく島もないったら、ありゃあしない!
何かっちゃあ、苦労知らずのお嬢さん、と皮肉たっぷりに私を小バカにしている感じがして、どうにもムカっとくる。
だけど知らない事を教えられる立場としては、そこにイチイチ噛みついて、喧嘩するわけにもいかないよね?
万が一シャリオンに見捨てられでもしたら、どうするの?
こんなわけのわからない状況に、世界に、たった独りぼっちで残されるとなったら、と思うとゾッとする。
多少生意気で、私をバカにしているんだとしても、その正体が何者なのかもわからないけど。
でも離れることなく傍にいる、という存在はとてもありがたいし、縋れるものはその事実のみなのだ。
そうよ、どうしようもないし、今の私ができることは、クウガの邪魔にならないよう大人しく待機。
わかっているのは、ゼグンド将軍の率いていた軍にはお金がなくて、野営地に残っている部下達は、それ以上遠征を続けられないので、ひとどころに腰を据えて体制を整える必要がある。私とクウガは別ルートで、誰にも見つからないようコッソリ、もっと遠い所へ移動しているという事くらい。
野営地のあった山腹から南に向かって下山すると、今回のトンデモ事故の原因となった、「マッドホーン」――――巨大な角が特徴的な魔物の群を討伐する、という依頼の発行元である、ナナラト村がある。
私達は村には立ち寄らず、これを東に迂回し、大きな川を越えた先にある緩やかな丘陵を背に構える、「キャストンファーム」なる施設に行く予定だ。
クウガは言葉少なく、そして記憶喪失なのだ、という上司にどこまでどう説明すればよいのか測りかねているのか、
「河を越えれば、そこはもうロスワン領です。現領主、ロスワン公は保守派――――つまりは、王弟側の勢力にも、皇太子勢力にも加担せず、中立を貫いているので、万が一事の次第が露見しても、それを軍司令部に報告するような真似はしないでしょう。
ファームについては、サイア(我が君)、貴方様が名代に任じた、ゼグンド領主代理、サミュエル・パウローナ卿は、毎年あそこの研究施設に多額の支援を行っております。平民に身をやつしていようとも、ゼグンド将軍の紹介である、と申せば無碍にできぬはず」
と、どうにも曖昧な説明をしてくれたんだけど。
ここでいう領土って、アメリカでいう州みたいなものかしら?クウガの口ぶりからして、領土を跨げば、別の国に入るかのようだ。国の法と領土ごとの法が違うってこともあり得るわよね。
そして、ゼグンド将軍にも領土があるの?これは驚いた!それなのにゼグンド軍――――いや、第三軍だっけ――――はなんでそんなに貧乏なの?国からの支給が足りなければ、普通は自費で不足分を補おうとするよね?
あとでシャリオンの機嫌がいい時に聞いてみようっと。すぐに聞いてみたいけど、シャリオンはクウガの言葉を聞いて、なんだかブツブツ言いながら考えてこんでしまっている。
「もう次の王権争いを始めているのか」とか「ロスワンも、確か安定していなかったはずだが」と、何だか不安を募らせる内容だったので、私は慌ててクウガに向き直って、現実逃避を決め込んでしまった。
クウガは懐から、銀色の5センチ四方の薄いプレートのようなものを取り出し、私に差し出してくれる。
プレートの表面には、くっきりと、この世界の文字でゼグンド将軍の名前と、そして家紋なのだろうか片翼の鳥と盾を模した刻印が入っていた。
なんだろう、これ。
ゼグンド将軍の記憶は、私が知りたいと望む都度、するっとタイミングよく湧いて出るようなものではなく、しばらく経ってからじんわり浮かんでくる程度で、その頻度も内容量もまちまちだ。
この時、私の疑問に対して浮かんできたのは、とても漠然としたイメージだった。
ゼグンド将軍が自分の手を見下ろしていて、これと同じプレートを指先につまんで、厳かに
「承認!」と、唱える場面が脳裏に浮かんできただけ。
その言葉と共に、プレートの中央の小さな石が光って、やがてすぐにまた鈍い、一見するとただの金属板に戻った。
そういうシーンが脳裏に閃いたため、私はクウガ――――残念なことに、この時はまた頭巾をすっぽりかぶってしまって、顔は見えなかった――――から受け取ったその銀のプレートの中央にある、小さい石を見下ろして、そこに記憶通りの小さなラインストーンが嵌っているのを見つけた。
「別領土を行き来するための、コルカです。キャストンファームに到着しましたら、これを主のマルコム・ティムスコット伯爵に見ればよいのです。それで身元は保証されます」
戦は終わったとはいえ、身元の保証がない者を、無料で滞在させてくれる施設はありませんからね、とクウガは続けた。
コルカ?
聞きなれない言葉に、戸惑っていると、今度はするっとゼグンド将軍の知識が、古代語で「手形」という意味をもつ単語であり、この世界の一般的な通行許可書のことを指す、と教えてくれた。
それで、さっき脳裏に浮かんだ映像の意味がやっとわかった。
このプレートは、普通の通行書ではなく、身元保証人としてゼグンド将軍の名を刻み、さらには彼の「承認」の言葉を中央の石に籠めてあるのだ。
多分、この石は偽名なんかを登録できないようになっており、これを受け取る側は、その魔法を調べて、これが本物かどうかを確認できる。
もしや、と思ってひっくり返してみると、やはりというか、裏面には小さくクウガ、と読めるこちらの世界のアルファベットが連なっていた。
多分だけど、プレートに嵌っている小さい石が、現代でいうところのICチップみたいな役割をしているみたい。
だとしたら、本人にしか使えないんだから、私が持っていても仕方ないよね?
そう考えて、私は見せてくれてありがとう、と思いつつ、クウガにそれを返そうとしたのだが、彼は軽く首を横に振って、持っているようにと促した。
「いえ、俺は一緒に行けません。ファームの手前までご一緒しますが。俺は一度、ロスワン領内にいる馴染みの情報屋に会う予定がありますしの、その後もまた別動隊として働かねばなりません」
えっ!?
本人でないと使えない許可書を、私にどう使えっていうのか。
そういう疑問とはまた別に、これまで何くれと世話を焼いてくれた、このクウガが傍にいなくなる、というだけで物凄く心細い。
そんな私の不安は、顔に出てしまっているのだろうか。
頭巾の下からわずかにこぼれた、長い前髪の下から、きらりとあの鮮やかなエメラルドグリーンの瞳が、地面に置いた火石が放つ不思議な光に照らし出されて、赤味を帯びて煌めいた。
「サイア、大丈夫です!」
あ、またこの展開。
そう思うのと同時に、メリケンサックみたいなものを半分に割ってつけたような形状の、手甲をはめたクウガの手が伸びて来て、がっしと私の肩を掴んで引き寄せた。
ひぇっ!!近い、近いよ!!!オッサンの顔で申し訳ないよ!?
「領主の屋敷でもない限り、コルカの認証魔法を扱えるような執事や使用人はいないはずです!
もちろん、ずっとお預けするわけにはいかないので、しかるべきタイミングで、部下を遣わし、それを回収させていただきますが」
「あ、ああ、うん、わかった」
上ずった声でなんとか答えてみるものの。
クールそうな見た目に反して、体育会系の忍者は私の事を小さい子供か何かと思っているのだろうか、肩に置いた手に、一瞬だけ力を籠めて、宥めるように撫でた後、引っ込めてくれた。
やだやだ、なんでこんなにドキドキしてるんだろう、私!
オッサン本人が体育会系なんだし、当然、長い付き合いなんだろう、親しい部下達とこうしたやり取りをすることって、珍しくも何でもないだろうに。
クウガは何かを言いたそうに、少しの間俯いて何事かを考えていたようだったが、やがてふっと顔を上げ、
「すみません、報せが入りました。ここで受け取ってもよろしゅうございましょうか?」と、申し訳なさそうに尋ねて来た。
え?
と思ったが、ダメと断る理由こそ思い当たらない。
それで、反射的にうなずいてしまったんだけど。
クウガはホッとしたように一瞬だけ頭を下げると、頭巾の口布部分に人差し指をひっかけ、クイと下へ引き下ろした。
最初に見たっきり、ずっと布で覆われていて見ることのできなかった、形のいい薄い唇と、涼やかな美貌の全てが露になって、私はついつい、身を乗り出してしまいそうになって、すかさずイラっとした様子のシャリオンに、「動くな!」と怒られた。
そんな私の目の前で、クウガはすらりとした指二本、唇の上に持っていき、ぴぅ、と小鳥のさえずりにも似た、小さいが、よく通る指笛を吹いた。
すると、それが合図だったみたいで、ぱさぱさ、と十メートル以上離れた、木立の隙間から、黄色い小鳥が闇夜を縫うようにして現れた。
こんな夜中に、鳥が飛ぶなんて。と思う暇もなく、なんとその鳥は、クウガが差し出した指目掛けて一直線に飛んできて、ふわりとそこに停まって羽根を休めた。
おおっ!?これはもしや、足に紙がくくりつけてあるっていう、アレじゃないですか!?
と、鼻息荒く見守る私の目の前で――――もちろん、シャリオンがオッサンの身体を制御していて身じろぎひとつできなかったのだが――――クウガは、その鳥にそれ以上触れることはしなかった。
代わりに、そっと濃い睫毛を伏せ、僅かに小鳥の方へと顔を傾け、耳を澄ますかのように口を閉ざしただけだ。
その黄色い鳥といえば、鳥類特有のパッチリしたお目目をキョロキョロさせながら、時々「ぴゅるるる」だとか「ぴっぴっ」とさえずるだけ。
もしかして鳥語?と思う間に、また、さわりとオッサンの身体の皮膚の下が波打って、やっと「魔法」が使われていることに気づけた。
鳥が魔法を使っているかのように見えるけど、全然違った。
鳥はひとしきりさえずり終わると、一瞬ぱっと白く光りを放ち、そして消えてしまった。
どうやら小鳥そのものが、魔法で造ったものだったらしい。
へぇえええっと感心していると、クウガが「失礼いたしました」とまた丁寧に断りを入れてから、こちらに向き直った。
先ほどまでと違い、頭巾の下半分を下ろしたクウガは、やっぱり物凄いイケメンだ。
ぐっと切り込んだような二重瞼が、眼差しを上へと持ち上げるに従い、奥重瞼に見えて、切れ長の目尻がいっそう強調されており、彩度の高い緑の瞳に映る火の影がちらちらと瞬いている。
「サイア、本来なら逐一報告すべき内容でございましたが」
瞬きもせず、クウガは私を(ゼグンド将軍を、だ)見つめたまま、ゆっくりと形のよい唇を開いた。
「しかしながら、今はどうか些事にとらわれず、お身体を労わり、回復に努められますよう、お願いいたします。全て、俺が――――いえ、我らが対処いたしますので」
簡潔でありながら、重々しい口ぶりに、何故か胸のどこかがズキリと痛みを訴える。
クウガは言い終えるなり、また深々と頭を下げ、頭巾をサッとかぶり直すと、
「御前失礼いたします。明朝には戻りますゆえ、どうぞこのままここでお待ち下さい」と言って、煙のように消え失せてしまった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――――本隊に迫った暗殺者の一人を捕え、尋問中。
あと一人いたが、追跡中に気取られ、やむなく交戦。殺してしまった。
それがクウガが受け取った、部下からの報告だった。
自らの身体を、風の一部と同化させる魔法を用い、疾走するクウガの脳裏に、先ほど小鳥の形をした伝言を受け取った際の事が思い浮かぶ。
何があっても眉ひとつ動かさない、鉄の心臓を持つ男。そう噂されてきた、あのゼグンド将軍が先ほどみせた、別人のように頼りなく、寂し気な様子に胸をつかれた。
かつての自分も、そして仲間たちも、軍神のごとき将軍の強さに惚れこみ、神のように崇拝してきた。
だがその対象がある日突然、頭を打って記憶を失ったと訴え、幼子のように頼りなく、途方に暮れた顔を見せたのだ。
想像だにしなかった事態に、腰が引けるほど驚愕したものだったが。驚きが収まると、次に湧いて来たのは僅かばかりの喪失感と、それ以上の「お守りせねば」という使命感だった。
――――そうだ、あの方は今までさんざん、俺達のために、弱者のために己の人生を犠牲にしてきたではないか。
それなのに、少しも報われることなく、ここまで来てしまった。いや違う、俺達がそうさせてしまったのだ。
ギリ、と噛み締めた奥歯から、わずかに血がにじむ。
蘇るのは、戦時中、おびただしい数の死体を荼毘に伏した夜のこと。もうもうと上がる煙で、紺碧の夜空が灰色に濁るほどで、そこでは誰しもが口元を厚い布で覆っていた。
自分も、相当疲れていたのだと思う。今思えば、なぜあんなことを将軍に言ってしまったのだろう。
「沢山、死にましたね。味方も、敵も。逃げたいと思ったことはないのですか」
武神に愛された男、とさんざん褒めちぎられようと、眉ひとつ動かさず、常に厳めしい顔をして前だけを向いていたゼグンド将軍は、その時もやはり、微動だにしなかった。
気まずい沈黙が満ち、詮無い事を聞いてしまいましたと、謝罪したくなったその時。
ぽつりと将軍は漏らした。
「いつも思っている」
ゼグンド将軍が弱音らしきものを漏らしたのは、あれが最初で最後だったように思う。
一騎当千の武勇を誇ったゼグンド将軍率いるファラモント第一軍「サヴァルテ」は、大陸中にその名を轟かせ、戦場でその軍旗を見た敵兵は、それだけで後退を始めるほどだった。
そしてついに大戦は終息し、主だった武将は皆昇進した。
だけどゼグンド将軍は。一番勝利に貢献した誉れ高い英雄は、そこから失墜の一途を辿り始めた。
他ならぬ、愚鈍な王の手によって。
あの時の事を考えるだけで、今でも胸が痛い。ゼグンド将軍が、将来を投げうったあの日のことを思い出すだけで、腸が煮えくり返る。
――――今は思い出すな。感情的になるな。すべき事に集中しろ、と己に何度となく言い聞かせ、クウガは先を急いでいた。
間違っても今、我が君を王都シェハラに向かわせるわけにはいかない。
許しなく戻れば、またそれを理由に罪に問われ、投獄される可能性がある。
何しろ、現国王が重病にかかり、崩御も間近だとまことしやかな噂が流れている時だ。王弟派、皇太子派の、次期国王擁立争いに拍車がかかるのも無理はない。
どちらの勢力からも、今最も危険視されているのが、ゼグンド将軍なのだ。
このまま亡命して下さったら、どんなに安心できるだろう。
だが俺は知ってる。あの方は、記憶がなくとも、自分に守るべき民がいると知ってしまえば、きっと逃げる事をよしとしないだろう。
だから、亡命するフリをし、後ろ盾になってくれると確約してくれた、南のイシュパネラ、カリスク、西のヘキルジアの女王に密使を送る。
ゼグンド将軍自身も、記憶を失うことになった、あの数日前には言っていた。
「内戦は避けられぬだろうな。俺が何度言葉を尽くして、反乱など起こす気はないと主張したところで、信じてもらえぬ以上はどうしようもない。領土を焼かれぬうちに、こちらから打って出るしかあるまいよ」
そう。どうせ次の玉座をめぐっての、血生臭い覇権争いは続くのだ。
これはいわば、生存競争でもある。生き残るためには、策を弄して、寝首をかかれる前に、敵の背後をつくしかないのだ。
俺は間違っていない。
これは、記憶を失う前のゼグンド将軍が決めていたことでもあるのだ。
確かな命は下っていなかったが。密使を送るタイミングとしては、早すぎるという事はあるまい。
クウガはぎゅっと拳を握りしめ、決意を新たにした。
――――我が君を、必ずやお救いするのだ!もう二度と、あんな不安そうな顔をさせはしない!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あーあ、クウガってばまたいなくなっちゃったよ・・・・。
またしてもぽつんと取り残された私は、火石の前で膝を抱えて、しばらくいじけてしまった。
あんなイケメンに色々世話を焼かれて、すっかり舞い上がってしまっていたけど。
よくよく考えれば、クウガが優しいのだって、私に、じゃなくてこのゼグンド将軍っていうオッサンに対してなんだよね。
勘違いしちゃいけない、彼はあくまで忠誠を誓った君主を大事にしているだけなんだから。
はぁ~っと重たいため息をついて、クウガから預かった「コルカ」なる身分証明書のプレートを懐にしまった。
ちなみに、クウガは既に2度も元居た野営地を往復して、私のために上着や履物、携帯食と水筒なんかを持ってきてくれていた。
ほんと、上司思いの、いい部下だなぁ。ここまで尽くされちゃうと、ゲイ疑惑を抱いてしまっていることが、とっても申し訳なく感じてしまう。いやいやゲイに偏見なんかないし、悪気はないんだよ?
ただ、あそこまでアツく崇拝されたことがなかったもんだから、つい・・・。
私はツンツンと、お昼のうちにクウガが持ってきてくれた、硬くて平たい木の皮の上に盛られた木の実をつついた。
ドングリと、クルミに形こそ似ているけど、皮ごと食べられるし、香ばしくて意外に美味しいのよね。
ついつい食べすぎてしまったくらい。
季節柄、森での木の実や果物を見つけるのが難しくない、とクウガもシャリオンも言っていたけど。
この世界で、今のところクウガがとってきてくれた果物は、さっぱりしていて美味しかったんだけど。
悲しいかな、現代っ子としましては、ポテチやチョコが恋しくなってきた。
「まったく。呆れた子だね、君は」
はぁ、とまたシャリオンが、いらん時に文句を言ってくるんだけど。
だってだって!この頃夜な夜なゲーム機片手にポテチや甘いもの食べてたんだもの!食欲の秋なんだもの!
あ~~~。よせばいいのに、いったん「甘いものが食べたい」と、これまで食べて来たオヤツの味を思い出してしまうと、むしょうに甘いものが食べたくなって落ち着かない。
果物にも甘みはあったんだけど。そういうのじゃなくて、もっとこう直接的な、思い切り甘い刺激が欲しいのよ!
そう思うと居ても立っても居られない。私は意を決してすっくと立ちあがり、「なるべく動かれませんように」と言っていたクウガを思い出し、心の中で謝りながら、ソロソロと足跡を残さないよう、すり足で歩き始めた。
「バカ!余計に目立つ跡が残ってるよ!もぅいいから、普通に歩きなよ。帰るときに、木の葉や枝なんかで払って消そう」
あっハイ・・・・。
シャリオン、ついでに「お小水」お願いします。
「・・・・ああ」
そこでふっと一度意識が遠のき、またすぐに目の前が明るくなる。
私の肉体(ゼグンド将軍のだけど)を、排尿などの度に、こうしてシャリオンが100パーセント操って、私が不快なものを見たり、触ったりしないよう、気を遣ってくれているのだ。
そのへんの配慮は、本当にありがたい。
最初は、何が悲しくて、男の子と付き合ったこともないのに、40になろうかという恐ろしいオッサンのアレを見たり触ったりしなくちゃならないのか、と絶望的な気持ちになったものだったけど、こうして代わってもらえて本当によかった。
「僕は大変迷惑しているんだけどね。ここには消毒洗浄剤もないしさ」
うげっ!
手を洗ってない事は、忘れよう!気にしてたら何も食べらんないわよ!!
そう覚悟を決めて――――だが、水場はないかしら、なんてついついキョロキョロしながら、私は恨みがましい思いで、あるものを探していた。
小さい頃から甘いものが好きだった私は、外に出る都度花を探しては、その蜜を舐めようと、容赦なく花びらを引っこ抜いていたものだった。
サツキなんか、その点最高だった。根っこを摘まんで、花の根本からすすれば甘い汁が味わえたっけ。オヤツのない時は、よくそれで我慢したものだった。
だけど、このくらいなら移動してもかまわないかな、と思える距離に、都合よくそんな甘い匂いのする花なんて咲いているはずもなく。
当然のことながら、サツキどころかタンポポひとつ見当たらない。この世界にそんな同じものがあるとは思えないので、当たり前なのだろうけど。
う~~~ないと思うと、余計に欲しくなるなぁ。
そうだ、木の樹液なんかないかしら?この際、ペロッと甘いものを舐められるなら何でもいいわ!
「そう都合よく、甘い樹液なんてこの夜の森で見つかるわけないだろ」
シャリオンが、また呆れたように至極もっともなツッコミを入れてくるのだが、私は諦められなかった。
もしかしたら砂糖中毒なのかもしれない。身体は別なのにね。
私は性懲りもなく、火石の灯りをめがけて戻る道すがらも、木の幹の表面をナデナデして、どこかに樹液が染み出ていないかと、真剣に確認してまわった。
そのとき、一匹の大きな虫が、頬の横をぷぅんと音をたてて通りすがり、私の斜め右側3メートルほど先の、白っぽい木に向かって飛んでいくのが目に付いた。
おやっ!?
けっこう大きな虫が飛んで行ったぞ。しかも、木にとまったわ!
「あ、コラ!あんまり離れるなってば」
シャリオンが私の脳内で怒ったような声をあげたが、私は夢中になって、わさわさと草をかきわけ、獣道から外れてまっしぐらに虫がとまった木目掛けて歩を進めた。
ひくひくと鼻を鳴らすと、やはり、どことなく甘い香りがしている気がする。
将軍の身体に入ってからというもの、やたら五感が鋭くなったようだし、筋肉ダルマな見た目に反して、身体がとても軽く感じるのが不思議だ。
目当ての白い木の根元にやってきたものの、近づいてよくよく見ると、白だと思っていたのは、何かキラキラする細かい結晶みたいなものが、まだら模様になって付着し、茶色い幹の表面をカビみたいに覆っているだけだと気が付いた。
なんだろう?コケ?カビ??
ずずいと顔を近づけ、頬ずりできそうな距離で観察してみると、白いカビみたいなものが覆っている辺りには、うっすらと縦に割れ目みたいなものがいくつもはいっていて、そこから染みだした樹液が、白く結晶化しているのだという事が見てとれた。
あ、やっぱり樹液なんだ!やった!!
「バカ、毒があったらどうするんだよ?今調べてみるから待って――――」
というシャリオンの声が聞こえたが、甘いものに飢えていた私は、ついついペロッとその白いカビ――――もとい、樹液の結晶を舐めてしまっていた。
甘い・・・!!そして、砂糖に似た味だわ!
夢中になって、ぺろぺろしてしまったが。
痛っ!?
すぐに、舌の表面に痛みを感じて、動きがとまってしまった。
ささくれ立った幹の表面を直に舐めれば、そりゃあそうなるよね。
うぅ、飴を20個くらい続けて舐めた時みたいに、ヒリヒリするなぁ。もっと、楽に味わう方法ってないかしら・・・・。
私は何気なく、白い結晶を撫でさすり、
「ガッツリ塊になってないかなぁ。そしたら持っていけるのに」と思わず独り言ちてしまった。
この樹液は、以前私が元居た世界で、ハイキング中に見かけたものと違って、ベタベタした粘液が露呈している面積が、とても小さい。
それなのに、染みだした先から乾燥して結晶化して幹の大部分を覆うまでになっている。
どこかに大量に溜まる前に、乾燥しちゃうのだと考えれば、当然、塊なんてあるわけがない。
はぁ~とため息をついたその時。
何気なく視線を下げて、将軍の膝あたりの高さまで幹の表面を見ていると、そこに、白いキノコみたいな拳ほどの大きさの塊が、いくつもある事に気が付いて
「あっ!」と、私は思わず大きな声をあげてしまった。
しかも結晶化して間もないのか、私が舐めていた辺りのものより、ずっと色が白くてキラキラしている。
ラッキー!!!これなら、袋に入れて持っていけそう!!あ~~これを、今朝クウガが淹れてくれた不思議なハーブティに加えたら、さぞかし美味しいだろうな!
私は「ひゃっほう!」と雄たけびを上げそうになったが、すぐにシャリオンに動きを止められ、「わかったわかった!静かにするから!このお砂糖・・・・じゃない、結晶をとるだけだから!」
と何度もお願いして、やっと自由にしてもらえた。
まったく。クウガにしろ、シャリオンにしろ。このオッサン、ゼグンド将軍に夢見過ぎなんじゃないの?
ちょっと喜怒哀楽を顕わにするだけで、すぐに私を金縛り状態にするんだから!
失礼しちゃうわ、まったく。
オッサンだって、美味しいものを見つけたら、雄たけびくらい、あげるかもしれないじゃないの!
私は携帯食を入れていた、空になっていた布袋をひとつ、荷物から取って来ると、すぐにその不思議な木に取りすがって、夢中になって、白い結晶の塊をこそぎ取っていった。
固そうな見てくれとは裏腹に、幹の肌と、結晶の間にちょこっとナイフの歯を滑らせるだけで、ぽろっと取れるのよね。
運よく、こんな近くにお砂糖がわりの樹液が見つかるなんて、ホントにツイてるわ。
ルンルン気分で、ずっと鼻歌を歌いたい衝動をこらえるので忙しかった私は、だからシャリオンが呟くのに気づけずにいた。
「おかしいな。この木がこんなに沢山、樹液を出すなんて・・・」
砂糖モドキ、いや、樹液の結晶は、乾パンのような携帯食を入れていた袋ひとつぶん、満杯に採れた。
あ~~幸せっ!だけど明日は河を越えるって言ってたし。フェリーみたいな渡し舟があるとは限らないわよね。もしかして、泳げと言われるのかも。そしたら、この砂糖も濡れて台無しになっちゃうんじゃないのかしら。
にわかに不安がこみ上げて来て、私は思わず袋の口を縛ったばかりの、大事な砂糖(面倒なので、砂糖だと思うことにした!)をぎゅっと抱き締めて身を縮めてしまう。
「クウガに相談するといいよ。彼は嫌ってほど野宿を体験しているんだから、濡らさずに食料を運ぶ方法なんて、色々知っているだろうよ」
どこか疲れた声で、シャリオンが助言してくれるので、私はホッとした。
そうよね、相談すればいいのよね。忍者なんだから、当然色々、反則的な知識を持っているに違いない。
そこで私は元居た場所、つまりは火石が焚火代わりになって赤い光を発している小さな空き地にどっしり腰を据え、木の幹に背を預けてクウガを待つことにした。
私もこの世界に来てから、オッサンの身体とはいえ、野宿にだいぶ慣れてきたと思う。
地面が固いし、眠れっこない!と思っていたんだけど。だけど不思議なことに、こうして硬い木の幹にもたれていると、疲れているせいか、なんだか背中のあたりがだんだん柔らかく感じるようになってきて、どんどん居心地がよくなっていく。
うとうと、と船を漕ぎそうになる都度、「ダメよ、今夜はクウガの帰りを待つんだから」と自分に言い聞かせたんだけど。
砂を薄く表面に敷いた火石の柔らかな灯りが、ちらちらと風に揺らいで、草木と黒い地面にさえも幻想的な色を投げかけ、その美しい光景に見惚れるうち、私の意識はどんどん、沼に引き込まれるようにして落ちて行った。
ほんのちょっと、目を閉じるだけ。
そう思っていたはずなのに。
気づけば、もう朝になっており、爽やかなハーブティーの香りが鼻腔をくすぐり、ハッと目を開けると火石の上に小さいヤカンみたいなものを乗せたクウガが、既にお茶を淹れているところだった。
「おはようございます、サイア」
私が目覚める事を振り返るまでもなく察したようで、ヤカンを元に戻し、お茶の入った木の器を差し出してくれながら、クウガは軽く頭を下げて膝をついた。
やだ!やっぱり寝ちゃったんだ、私!!
今日こそ、お茶くらい私が淹れてあげたいと思っていたのに!
がばともたれていた木から背を浮かすと、するっと私の(ゼグンド将軍の)肩から、裏地に毛皮のついたマントが落ちた。
オッサンの匂いの染みついた、見慣れた感じのあるサーコートだ。こうして毛布代わりにするにもちょうどよい大きさで、本当に便利なものだ。ちなみに、布団みたいにそれを被った覚えはない。
となると、やはり寝コケていた私に、クウガが気を遣って掛けてくれたってことよね。
どこからお礼を言ったらいいのかわからず、でもシャリオンが「将軍は、イチイチお礼を言ったりしないよ」と言うので、私は頑張って、パクパク開きかけた口を噤んだ。
その代わり、すぐにお茶の入った器を受け取って、「ご苦労」と偉そうに言ってみる。
どうやら正しい対応だったみたいで、クウガは何処かホッとした様子で、今度は火石の方へ向き直り、そこにくべていた黄色い大きな葉っぱみたいなものを、木製の小さなトングを使って、引っ張り出した。
火石は、昨夜見たときよりも、いくつか追加されていて、その上には砂をかけず、代わりに白っぽい網みたいなものを乗せ、そこにヤカンや、木の実を置いて焼いている。
どうやら火石の扱いは様々で、昨夜は砂をかけて明るさを調整し、何かを温めたり調理する折に、温度を上げる際には、火石を追加するみたい。
加熱するときは、擦って熱を発する火石だけど、これまで見て来た限り、熱を消すためには、普通の石や金属で軽く叩くか、地面の上をゴロゴロ転がすだけで、冷める。
とっても便利よねぇ。交易品としてダントツの人気を誇るのも無理はない。
もしかしたら、装飾品よりもずっと値打ちがあるのかもしれないわよね。
クウガが引っ張り出した黄色い葉っぱは、二つに折り畳まれた状態で、とてもいい香りが漂ってくる。
何だろう?と思っていると、クウガは手際よくそれを別のツヤツヤした大きな葉っぱをお皿がわりにして、その上にひとつ乗っけて、私に差し出してくれた。
「どうぞ。もう大河が近いですから、一足先に水位を確かめに行く際、少し捕ってまいりました」
そう言いながら、トングの先端で器用に折り畳んだ黄色い葉を摘まんで、ぱらっと開いて私に見せてくれた。
その途端、ホカホカと白い湯気とともに、ぷぅんとハーブの香りと、香ばしい魚の匂いが漂い、恥知らずな私の(将軍の!)おなかは、ぐぅっとはしたない音を鳴らせてしまった。
ホイル焼きかぁ!すごい、葉っぱがアルミホイルの替わりでになるなんて!
私はすっかり嬉しくなって、ついついシャリオンが止める間もなく
「ありがとう!」と、ニコニコお礼なんか言ってしまった。
「えっ?」
途端に、ギシッと音がしそうなほどわかりやすく、クウガの顔が――――この時は、隠す必要がなかったのか、それとも食事時だったからなのか、頭巾を被っておらず、意外にも手入れの行き届いたサラサラな黒銀色の髪の端々までもが顕わだった――――強張った。
しまった!
そうか、このゼグンド将軍は、喜怒哀楽をあまり表に出さないタイプだった!
想像力豊かな私は、この一瞬の間に、すぐにもクウガが火石も凍り付くような冷たい表情を浮かべ、「貴様、誰だ?俺の主君に化け、何を企んでいる!?」と詰問するシーンを思い浮かべてしまって、全身すくみ上ってしまった。
驚愕に見開かれた、朝日に透けてエメラルドから翡翠色にと変わって見える、クウガの瞳が、じっと私を見つめ、うすく開いた唇が、音もなく「サイア?」と呟くのが聞こえた気がした。
さわさわと木立の間を通り抜ける、初秋の、どこかまだ湿っぽい風の音がやけにはっきりと、私達の間に響き渡った。
シャリオンは、もっと焦っていたのだろうか。
私が凍り付いている間に、サッと身体の主導権を握ると、即座に気まずそうな表情を作って、恥ずかしそうに僅かに視線をずらし、クウガの観察から逃れようとする。
「そ、その・・・・腹が減っていたので・・・・まことに、嬉しく思ったのだ」
身体に残る、将軍の言動データの全てを読み取って扱えるのだ、というシャリオンは流石に何をやっても完璧だ。
そうそう、こんな口調なんだった。
時代劇に出てくるお爺さんみたい、と私が思っている間にも、クウガはすぐに緊張を解いて、
「そ、そうでしたか。もっと早くに戻るべきでしたね、お待たせして申し訳ございませんでした」
と、少しも悪くないというのに、頭を下げてしまった。
うう、申し訳ない!
どうにも、このクウガは年若いせいか、体育会系の縦社会のせいなのか、ゼグンド将軍との間には、凄まじい身分の隔たりが存在しているみたい。
昭和初期のお嫁さんだって、こんなに尽くしてくれないんじゃないのかっていうくらいに、まめまめしく将軍の世話を焼き、地蔵のように座らせ、火石や木製の食器なんかを片付けるのも、一切がっさい自分で手早くやってしまう。
いやいや、もうほんと、私の嫁に来てくださいってお願いしたいよ・・・・。
私は、シャリオンが勝手に身体を操り、受け取ったお魚のハーブ蒸しみたいな料理に向き直り、モソモソとそれを食べ始めるまで、少しションボリしてしまっていたのだが。
ひとくち、その白魚の切れ身が舌の上に触れ、じゅわっと絶妙な香辛料を含んだ汁が口の中に充満するにつれ、またしても、「美味い!!!」と叫びだしてしまうところだった。
シャリオン、お世話になります・・・!
これまで楽しんできた娯楽本では、異世界文明は元居た世界よりも遅れていて、メシマズだっていう設定が多かったので、期待していなかったんだけど。
とんでもない!クウガが忍者なせいもあると思うけど、そのへんで採れるハーブ、そして携帯しているのだろう、塩や調味料はほんの少しの量で十分なようだし、料理の常識も、遅れているとはとても思えない。
このホイル焼きの発想からして、それを物語って余りある。
火石の存在や、水石(どんな泥水をも、飲料水にできるらしい)の便利さがあるぶん、こっちの世界の方が、もしかしたらずっと住みやすいのかもしれなかった。
でも、ちょっとおかしくない?夕べまでは、匂いや煙を極力出したくない、という様子で、常に干し肉やナッツ類で食事を済ませていたのに。
全て用意してもらって、食べさせてもらってるから、何も文句は言えないんだけど。
もぐもぐと、最後の一切れを口の中で味わいながら、私はふと思ったんだけど。
シャリオンには、その理由に心当たりがあったらしい。
「河を越えれば、もうロスワン領に入るんだしね。これ以上追跡されることはない、と判断するような事が、あったってことだろうね。恐らく、昨夜のうちに」
そういえば、昨夜、部下からの連絡を受け取ったって言って・・・それからすぐにいなくなっちゃったんだよね。
あの後、何かあったんだろうか?
「エナ」
好奇心の虫が疼きはじめたのを鋭く察したシャリオンが、ピシャリと私の名を呼んだ。
最初に出会った時と同じく、何らかの力が籠っていて、たちまちのうち私の全神経を集中させるよう働きかける。
「君は、今はゼグンド将軍の身体に宿ってしまっただけで、ゼグンド将軍本人ではないんだ。忘れないで。
時間がかかるかもしれないけど、いつかは、元の生活に戻るんだよ。魔法も火石も何もない、だけどずっと安全に暮らせる君の世界にだ。
だから、深入りしちゃいけない。事情なんか、知らない方がいい。その方がずっと楽に、幸せに暮らせる」
わ、わかっているわよ、そんな事!
そう思ったけど、そんな当たり前の事を改めて強調されると、胸の奥で、チクリと小さな針が刺さったような痛みが走って、私は途方に暮れた。
どうして・・・?それが望みなんじゃないの。そうよ、元に戻りたい。お菓子と、あたたかいベッド、そして何より、安全が保証された、女子高生としての生活があるじゃないか。
ママが、待っている・・・!この頃、ハヤトったら言葉遣いがどんどんぶっきらぼうになって、姉である私のことも呼び捨てにするし、ママのことも「ババァ」って呼ぶし、喧嘩ばかりして顔を腫らして帰ってくる日が増えて来た。
おっとりしたママは、そんなハヤトを厳しく叱ることもできず、「きっと学校で何か嫌なことがあるのね」と言っては、ションボリするばかり。
そんなママを、私の身体に入っているのだろう、ゼグンド将軍みたいな、武骨な脳筋オッサンに、任せていいはずがない・・・!!
そうよ、ママのためにも早く帰らないと!!
私は決意も新たに、そっと奥歯を食いしばった。食べきってしまった蒸し魚を包んでいた黄色い葉を、名残惜し気に畳んでいると、
「どうぞ、おかわりを」と、クウガがソツなくもう一つ、黄色い包みを差し出してくれて、私はまた危うく同じ過ちを繰り返してしまうところだった。
イケメンてズルいっ!お嫁さんって最強!!
とわけのわからない事を、心の中で叫んでいると、またしてもシャリオンの、疲れ切ったため息が聞こえたような気がした。
食事の後になって、私はようやくクウガに、昨夜ノリノリで収穫したばかりの戦利品をお披露目できた。
「これは、調味料になるか、と思ったのだが」
まさか甘いものが食べたくなって、と正直に言うわけにもいかず、我ながら苦しい言い訳だな、とツッコミつつそう切り出したんだけど。
クウガは私が差し出した、15センチ四方の巾着袋いっぱいに詰まった、白いキラキラする結晶を見た途端、
「えっ!?」と素っ頓狂な声をあげた。
その驚き方に、ビックリしたのは私の方だ。
まさかと思うけど、実は有毒だったというオチ??
クウガは恐る恐る、といった風にその袋を私の手から受け取り、しばらく見つめた後、そぅっと指先を浅く差し入れ、ほんの僅かに指先に付着させた、その粉をペロリと舐めた。
「こりゃあ、ヤクですぜ、旦那」と、言うパターンだ。大昔の刑事ドラマでよく見るやつそのものの仕草なので、ますますいたたまれない。
つぅと背中に嫌な汗が流れた。
粉を口の中でゆっくりと吟味しながら、目を丸くしていたクウガは、暫く黙っていたが、
「本当に、シュマの樹液ですね・・・!驚いた!群生もないのに、一本の木からこの量の結晶が見つかるとは、奇跡のようですね。しかも、虫が混じることもなく、見たこともない程の高品質です。
サイア、本当にこれは、昨夜採れたものなのでしょうか?王宮にでも行かない限り、このような高級なシュマの粉は見られません・・・・・高く売れますよ、これは」と、感極まった声でそんなことを教えてくれた。
シュマの木っていうのか!よかった、毒じゃなくて!
私は嬉しくなって、クウガに言われるままに、一緒に夕べ張り付いていた木のところに行った。
実は、採取した後、勝手に移動したことがバレると嫌な顔をされるかもしれない、と考えて、あのあと必死で自分が残してしまっていた足跡や、草の分け目を、木の枝を束ねた簡易ホウキみたいなものを作成して、必死で隠していたのだ。
当然、苦労したのだから、道筋をちゃんと覚えていられた。
草の背丈が短い獣道から右に逸れて、灌木3つぶん越えて・・・・と、正しく昨夜さんざんお世話になった白っぽい木の元に辿りつくことが出来て、私はついつい得意げに鼻を鳴らしてしまって、またシャリオンに怒られた。
明るい朝日に照らされたその木は、昨夜見た時より、くすんで見えたけど。
私のみた夢でした、なんていう事はなくて、ちゃんと夕べ見た通り、まだら模様に白い結晶をたくさんはりつかせ、いくぶん私がこそげ取ってしまったとはいえ、まだまだたくさんの、拳大の塊を、幹の下の方にくっつけたままの姿で立っていた。
「これは・・・・!なんと、不思議な事もあるものですね・・!まだ若木という細さで、こんなに大量の樹液を滲ませるとは。――――もしかすると、土地に何か原因があるのやも」
などと、ブツブツ言っていたが、それでもその結晶化した粉、シュマの粉には問題がないと判断したのだろう。
クウガもせっせと自分の食糧入れの袋を取り出し、粉を採取していた。
「河を渡りますが、小さい船で渡りますし。耐水布がありますので、それに包めば、たとえ水に落ちたとしても、大丈夫です」
なるほど!流石忍者、頼りになるな、と私はその時深々と感心したものだった。
その後、見事に期待を裏切られるとは、夢にも思わなかったので。
この後、山を下り、ボコボコして歩きにくい砂利道に差し掛かるころには、生い茂る異様に背の高い草の間に、大きな河が見えて来た。
足元はじゃりじゃりで、多分この角度からは、小動物しか水を求めて通らないのだろう、ろくな道もない足場を、苦労してのしのし歩き、一方進む都度幅10センチ以上もある、けっこう硬い草をかき分けながら、クウガの後に続く。
クウガも同じように草をかき分けているんだから、その後に続けば楽だろう、と思いきや。
悲しいかな、ゼグンド将軍の横幅が遥かに広いので、結局さらに草を広くかきわける必要があった。
正直、私のほうが前を歩くべきなんじゃないのか、と何度も言いかけた。
ワッシャワッシャと草を無心でかきわけて進み、やっとこさ、その腹立たしい背の高い草の群生地帯を抜けることが出来、そこからはごく普通の、柔らかい草が生い茂る、水のほとりだった。
これを渡れば、さらに安全な領地、ロスワンにいけるわけね!
と気持ちが高ぶったのは、ほんの一瞬の事だった。
対岸まで何キロあるのかわからない、広い河に少し怯んで、いやいや船があるって言ってたよね?と思い直し、ぐるりと視線を巡らせ、「それ」を見てしまった途端、思わずあんぐりと口を開けてしまった。
人が通る道がなかった、というこれまでの道筋から、察するべきだったのか。
もしかしたら、迂回してきた村からの一直線ルートなら、河を渡るための桟橋があるのかもしれないが。
今私達が目にしている河原に、人工的に建設されたようなものは、一切見当たらない。
その代わり――――私が見つけてしまったのは、川辺ギリギリの草むらの上に置かれている、どう見ても2メートル四方の、「筏」だった。
クウガのお手製なのだろうか、まさしく丸太を切って並べて、くくりました、という絵に描いたような筏だ。
あの、もしもし?まさか、これを「船」と言うつもりなのでしょうか?
と、思わず敬語で聞きたくなるほどの衝撃だった。
え、ええと、シャリオン君?なにか、何か当たり障りない問いかけは出来ない?
「・・・・・・・・」
シャリオンも、ひょっとしたらショックを受けているのだろうか。ウンともスンとも言わない。
かたや、クウガはえっへん、とでも言いたげなほど、自信満々で
「どうです?我ながら会心の出来なのですが」と、褒めてほしそうにチラチラこっちを窺ってくる。
まず、オールがないんですけど。
そして、このオッサン(私だ、コンチクショウ!)の巨体が、この筏に乗って、沈まないとでも思っているんだろうか。
その二つの疑問がぐるぐる脳内を駆け巡り、なかなか言葉が出てこない。
前々から思っていたけど、この忍者、どっかズレてるよね?おっさんラブ!なところに目をつむっても余りある、残念な何かが隠しきれていない!
何を当然のように、この筏を「船」と言い張って、そして私をグイグイ押して乗せようとしているのか!?
沈む!沈むに決まってる!!
このオッサンの筋肉が、水泳選手の柔軟性のある素敵な筋肉と、同等なわけがないのに!
ぎゃああああ、と内心悲鳴をあげまくっていたのだが、妙なところで強引なクウガは
「そいや!」とばかりにドシンと私を一押しして、半ば無理やりそのお手製感極まる筏にと、追いやったのであった。
つんのめった私の足が、ズシンと、丸みを帯びた丸太の上に乗った途端、やはりというか、その重さに耐えられないのだろう、筏全体が、大きく傾いで――――。
ほら見ろ、もっと沈むぞ!と覚悟し、ぎゅっと目を閉じた私だったのだが。
その時、私の中で――――いや、正確に言うと、ゼグンド将軍の身体の中で――――何かがドクンと脈打った。
腹の底から何かが急速に湧いてきて、それはあっという間に全身を駆け巡り、やがて筏全体に、透明な膜のようなものの形をとって広がった。
その途端、まるで筏の底に巨大なゴムボートが出現したかのように、数センチ、ボコンと水音をたてて沈みかけていた筏が浮かび上がり、しっかりと平衡状態を保って水の上に留まった。
それだけでも驚きなのに、筏の周辺の水が、風に吹かれたわけでもないのに、さわさわ蠢き、私に語り掛けて来たのだ。
「偉大なる水の王の加護を受けたお方。我らは喜んで、貴方様のお力になります。対岸まで運べばよろしゅうございますか?」
と。
えええっ!?とビックリ仰天する私だったが、シャリオンはこの事を予測していたのだろうか。
落ち着いた声で
「やっぱりね。ゼグンド将軍には、水竜王の加護がある、と聞いてはいたんだけど。まさか、このランクとはね・・・・・」
と、ブツブツ独り言を漏らしているだけ。
「流石です!こんな辺鄙な河でさえも、そのお力は発動できるのですね。記憶の有無とは関係ないと確信しておりました!」
と、またしても興奮した様子のクウガが、素早く、音も立てずに筏に飛び乗り、私の足元に跪く。
この力って?そして、水竜王の加護ってなに?
そう尋ねたい気持ちでいっぱいだったけど。
大丈夫だ、とゼグンド将軍の残留思念みたいなものが教えてくれるけど。
私自身は、見渡す限りつかまるもの、たとえばブイなんかひとつも見当たらない、だだっ広い河を、筏という何とも頼りない「船」で渡るこの状況についてゆけず、「ひぇええええええ!!」と心の中で悲鳴をあげっぱなしだ。
不気味なほど揺れずにスイスイ水の上を進む筏が、本当に誰かが筏の下から支えて運んでいるかのよう。
運ばれている、というその生々しい実感はとても恐ろしく、魔法というものにそもそも慣れない私は、たとえ沈むのだとしても、やっぱり普通の筏がよかったかも!と、滅茶苦茶なことを考えてしまう有様だった。
お願いシャリオン!怖いっ!!クウガにしがみついていいかなっ!?この際、乙女ゲー的シチュエーションを実現させてっ!!
とかナントカ、今の自分が、クウガより逞しいオッサン将軍なのだという事をすっぽり忘れた勢いで、必死に頼んでしまって――――勿論すげなく断られた。
「絵面的に無理」と冷たく言われ、また勝手に身体を金縛り状態にされた挙句、しばらくの間口も利いてもらえなかったのである。
to be continued
長いお話を書くのに不慣れで、油断するとついつい語り過ぎてしまいます。一応どう終わるのか、考えてあるのでまだまだ続く予定です。