異世界生活第一日目は、不安と疑惑で一杯だ!
目覚めた先は異世界、しかもオッサンの身体だった!という悲劇から始まる第一日目。チートスキルなし、特技、予備知識なしの三重苦で、果たして生き残れるのか?平凡な女子高生エナの運命やいかに?
真っ白な霧の中。
ボロボロになった灰色のドレスを着た女の人が、シクシク泣いている。
横顔をそっと盗み見ると、まだ若く、その顔立ちは大層整っている。もう少し華やかな服を着て、ちゃんと髪を整えたら、きっとすごくきれいな人だ。
「ディナダン・・・・・お父様は、もう帰ってこないの。ごめんね」
よく見ると、まだ小さな男の子をぎゅっと抱きしめて、すすり泣きながらもしっかりした声で、説明している。
キルケニト防衛戦線で、御国のために戦って死んだのよ、と。
「お前は、行かないでね。どうか、戦争にはいかないで・・・・!」
聞くだけでぐっと胸を締め付けられるような声で、その人、ディナダン・カル・ゼグンド将軍の母はそう言った。
うん、かあさま。かあさまを悲しませるようなことはしません。
少年はそう答えたけれど。
すぅっと霧が横に流れ、抱き合う親子の映像が掻き消え、今度はすらりと背が伸びた少年の後ろ姿が現れた。
まだ成長途中なのに、肌が見えるいたるところに切り傷、打撲がびっしりと肌色の大半を覆った逞しいその少年こそが、かつてのゼグンド少年だ、とおぼろに理解できた。
自分の背よりも遥かに高く、重たそうな長槍を背に、少年は母が眠る家をあとに、まだ薄暗い初夏の空の下を走っていた。
「約束を守れなくて、ごめんなさい!俺はまだ徴兵される年じゃないけれど、志願した。必ず、母上の病気を治すための金を稼いで帰ってくるから!」
映像はそこで途絶えた。
代わりに、少年とうってかわって、歳月を経た渋味のある男の声が、ハッキリと響いた。
「約束は守れなかった。帰って来た時には、手遅れだった」
どういうこと?あのキレイなお母さん、死んじゃったの?
白い霧が通り過ぎた後、どんどん暗くなる視界と共に、意識が現実に引き戻されていくのがわかる。
それと同時に、ひんやりした感触がリアルに額の上に感じ、あ、気持ちいいなと思った時に、それまで沼のようなものに浸り、揺蕩っていた意識が、ハッキリと戻って来た。
ふっと目を開けると、うす暗い布貼りの天井が見えた。
ところどころ灰色、黄色のシミがまだら模様みたいに見え、さらに目を凝らすと所々に不揃いな縫い目が目立つツギハギの詳細まで見えるようになってきた。
ぱちぱち目を瞬き、首を動かし辺りを見回そうとしたが、その前に嗅覚が先に戻ってきてしまった。
つんと鼻につく錆の匂いと、学校の体育倉庫や、運動部の部室を彷彿とさせる汗の臭いが、粗末な布張りテントの中に充満しているのだ。思わず「ウッ!」と呻き声が漏れる。
く、臭いっ!!
運動部の部室どころじゃない!真夏にため込んだ、一週間分の洗濯物だってこんなにひどくないわ!
一体何日風呂に入らなかったらこんな臭いになるの?というレベルの、汚臭だ。思わず片手を持ち上げ鼻をつまもうとしたら、
「あっ!将軍閣下!目を覚まされたのですね!!」と、横から野太い声が、ぐわんと覚醒したばかりの頭に響く。
もぅちょっと優しく起こしてよ!と、つい反射的に文句を言いたくなった。
首を傾け声がした方を見ると、真横に目に涙を浮かべた、これまたイカツイおじさんが、水の入った桶を放り出しながらハイテンションでこちらに身を乗り出すところだ。
将軍、と呼ばれて「誰だっけ?」と思えたのはほんの一瞬のこと。
すぐに身体の感覚が戻ってくると、反射で少し身を起こしたはずが、少し腹筋に力を入れるだけでスイと持ち上がってしまった己の上半身に目が行き、私はまたしても、ものすごい悲鳴をあげそうになった。
ところが。
「っ!!んぅうう!!!??」
実際には、一声だって漏れずにすんだ。
きゃあーっと叫ぼうと息を吸い込んだ途端に、私の脳内で
「ストップ!将軍ともあろうものが、そんなオカマみたいな悲鳴をあげたら、さすがに怪しまれる!!」
という、ちょっと前に「夢」で聞いたナマイキな少年の声がピシャリと響き、私の身体は金縛りにあったかのように固まった。
その一瞬の間、周りもなんだか時間がとまったかのように固まり、私はその間にぐるりと目玉だけを回して、改めて自分の身体を見ることができた。
まず、ところどころ包帯が巻かれてはいるが、とにかくバッキバキに割れたシックスパックの腹筋が視界に入り、またしても「ヒッ!」と声をあげそうになる。
それでも、おそるおそる首を曲げてさらに胸元を見ると、そこにもみっちり、目を背けたくなるほど見事な筋肉に覆われており――――毎日のように、少しでも大きくならないかな~と期待を込めて見下ろしていた、見慣れた自分の胸の脂肪は、どこにもない。
なくなっているぅうううう!!乙女の胸がぁあああ!!!うわあああん!!
なんかもう、何かする前に、既に心折れそうだよ!今から思えば、あんなんでも立派なバストだったのかも!うっううっ・・・!!グスグス。
せめてもの救いといえば、オッサンのゴリラみたいな身体は案外つるりとしてて、胸毛モジャモジャではなかったことくらいか。
その代わりと言うべきか、全身傷だらけ。胸にも腹にも、肩にも、とにかく古傷がビッシリ隙間なく縦横斜めをよぎり、所々皮膚の色さえも斑になっている。
ハリウッド映画などで見かける、男の胸毛が本来一番濃ゆいだろう箇所には、ひときわ大きい傷が残っている。
どうやったらこんな形になるのだろう。まるで焼き印を押したかのようにくっきりと、円の周りに無数の棘を生やしたかのような、奇妙な形状の傷跡だ。
いくら筋肉ダルマの身体といえども、ケロイド状に白い肉が盛り上がるその傷跡はあまりに生々しく、それを見下ろしていると、事故とはいえ、自分が入ってしまった身体の持主が、全く別の生き物のように思えて落ち着かない。
「ふん、AAランカーの魔導士ともやり合ったのか。」
私がしげしげと、複雑な気持ちで自分の身体を――――正しくは、ゼグンド将軍の身体なのだが――――見下ろしていると、何やら聞き捨てならない少年の声が脳内で響く。
おおっ!?魔導士ってアレですよね!?魔法使いですよね!?見てみたい、会ってみたいいい!私をお姫様に・・・じゃない、元の身体に戻してってお願いしたい!!
魔法があるのかも!とにわかに心躍り出し、
「そこもっと詳しく!」と、目に見えない相手に向かって食いつこうとしたんだけど、それより先に、隣から邪魔が入ってしまった。
「ゼグンド将軍!頭はまだ痛みますか!?もう3日も眠っておられたのですよ!?吐き気などございませんか!?」
先ほど水桶を放り出した、茶髪のおじさんがにじり寄ってくる。
チッ!いいとこだったのにぃ!
私は不満だったが、どこにいるのかもわからない少年はもちろん、「魔導士」について親切に解説してくれる事も、私の隣で鼻息荒く、ワーワー騒ぎ立てるおじさんが誰なのか、という疑問についても教えてくれる気はないみたいだった。
サポートすると言っていたはずなのに。結局は気まぐれに出てくるだけ?不親切な!
「少年A」に対する不満は尽きなかったが、某ドラマ風にいえば、「事件は現場で起きている」のだ。
私は仕方なく、どうやら心配してくれているのであろう、人の好さそうなおじさんに向き直った。
まずこの人、一体誰なんだろう?口調からして部下みたいな印象が強いんだけど。
私はズキズキ痛む後頭部を撫でさすり、そこに出来ていた大きなタンコブをモロに触ってしまって、思わずまた「うっ、イタイ!」と声をあげてしまいそうになったが、寸でのところで堪えた。
そんな私をハラハラと見守るおじさん。またしても唾を飛ばしながら、大丈夫ですか、とテンション高く聞いてくれる。
骨格の彫りが深く、見るからに西洋人なので、その言葉が理解できてしまう事に、まず戸惑ってしまう。
英語、ではないわね?
おかしな話なのだが、私が耳をそばだてると、初めてその男の言葉が、英語とはまた別の言語で、たまに語尾が掠れたり、巻き上がったりするアクセントが聞き取れるのだが、その内容については、脳の別の個所が同時翻訳してくれるので、ちゃんと理解できる。
まるで、自分の頭の中に二つの脳みそがあるみたいで、ちょっと混乱してしまう。
けどまあ、それはひとまず置いておこう。不思議な現象だけど、言葉が理解できない世界に放り込まれなかったのは、本当にありがたい。これぞ、不幸中の幸いってやつよね。
少しだけ心に余裕のできた私は、私の手をとり――――(ひぃぃ!オッサンの手を、オッサンが握ってるよ!?絵面的きっつ!)、しきりに「ご無事で本当によかった!」だの「この3日間、生きた心地がしませんでした!」だの感極まった様子で訴えるおじさんを、つい、しげしげと眺めてしまった。
オッサン同様に、髭ボウボウ。帆布っぽい厚地のシャツ一枚に、レザーパンツという服装だけど、腰には立派な剣を帯び、金属の脛当てみたいなものがついた、重たそうなロングブーツを履いている。
顔はというと、とにかく濃ゆい!彫りが深いだけで、迫力三割増しという気がする。
少し下がり気味な眉は、整えたこともないのだろう、ボサボサでなんと太さが2センチくらいある。
せっかくブルーグレーという、日本人が憧れるような色素の薄い目の色をしているというのに、その眉にばっかり目がいってしまうので、勿体ない。
「将軍!?どうかなさいましたか?やはり、ご気分が優れないのでしょうか?どこか痛むのではないですか?」
いけね。観察に忙しくて、かけられる言葉に返事をするのを忘れてたわ。
だけど、このハイテンションなおじさん、土埃に汚れた顔を暑苦しく赤らめ、大層興奮した面持ちだ。大きく見張った目は真っ赤に充血していて、ちょっと怖い。
なんと答えるべきなのかわからず、「えっと」と私が言葉に詰まっていると、そのおじさんはすぐに顔をこわばらせ、「どうぞそのまま安静になさっていて下さい!!軍医を呼んで参ります!」と言って粗末な折り畳み椅子を蹴飛ばし、天幕の外に走って行ってしまった。
え!?私まだ何も言ってないけど?
もしかしてこの隊では即答が鉄則で、3秒以内に答えられない場合は、「判断力低下」とみなされるとか?
なんてせっかちな人達なんだ!
私はもちろん、安静にしているつもりはない。ここに来る前、夢で出会った不思議な少年、今現在進行形で私の脳内で存在を主張している、彼の言葉を忘れていなかった。
ゼグンド将軍のフリをして、彼の仕事をこなすなんて、無理。
言われるまでもなく、私だってそう思う。
さっき出て行ったおじさんが、当たり前のように、くつろいだ服装でいるときでさえ、帯剣しているところからして、どうやらここは物騒な土地らしい、と改めて認識しちゃったもの。
このままここにいたら、さっきのように、ウンともスンとも言えずにいる間に、「さぁさぁ次の任務へ参りましょう!」と、流されてしまうかもしれない。
冗談じゃない!オッサンになる(劣化する)だけでも悲惨なのに、この上、血生臭い戦いに巻き込まれるなんて、心の準備が追いつくわけがない!
ご都合主義の冒険小説(大好物ですが!)で見かけるような、いついかなる場合にも、順応力抜群で、スパンと決意が固まる、優秀なヒロインとは違うのよ~~!!
平凡な人間だったら、こんなもんよ。つまんなくったって、許して!逃げたいのよ、逃げさせてよ!
それに、ここってばムチャクチャ臭い!!外に出ないと、息が詰まりそう。幸いにも、頭がズキズキと鈍痛を訴える他は、どこも痛くない。
私は迷わず汗臭い寝具から這い出て、地面にゴワゴワする布を敷いただけの床に足を下ろそうとして、自分の足が裸足なことに気が付いた。
嫌だ、足の指も太い!・・・・・・・・・じゃなくて!
靴、どこなんだろう?そういえば、今履いている、ズボンというより細袴みたいな下履きに、かなり幅広なベルトループがいくつもついているのに、ベルトそのものがないじゃない?
おかしくない?
ふと気になって、私はオッサンの見事なシックスパックの腹筋の下、つまりは腰骨あたりでゆるく固定されている袴の真ん中を見下ろしてみた。
やはりズボンのようにボタンで留めるのではなく、袴と同じように背中側に縫い付けられた紐を前に引っ張ってきて、二重巻きにして前で結び、腰で穿いている感じだ。
結び目が正面にあるので、ベルトのバックルがさぞかし邪魔だろうという構造だ。きっとベルト以外のものを通すのに使っているはずだ。
見慣れない異世界のファッションの片鱗を目の当たりにしているうちに、ふっとまた、普段使っていない、どこか別の場所にもう一つ知識を納めた脳があるかのように、真新しい知識がさも当然のように、私の感覚に忍び込んできた。
このベルトループは下履きを固定するためのものではなく、武装する際に装着する、ホルスターのベルトを通すためのループなのだ、と。
ご丁寧にも、疑問に引きずられるようにして、この世界の一般的な履物の形が何種類か、映像として一瞬だけ見えた。
なるほど!と思う反面、自分でない誰かの身体に宿る、という事の意味を心底生々しく実感した瞬間でもあった。
ぎゅっと胸の前で握りしめた手の感触すらも、ろくに手入れをしていない爪先が掌に食い込むのにも、全く別の、ふたつの感覚があって混乱しそうだった。
自分の爪はこんなにギザギザじゃないし、掌はもっと柔らかいのに、と訴える「霧島エナ」としての自分と。
血反吐を吐くような鍛錬の結果、ボロ雑巾のように荒れ、傷つき分厚くなった掌を「労わろう」という概念がない、ひどく冷めた「いつも通りだ」と認識する、ゼグンド将軍という人の残留思念みたいなもの。
その二つが同時に私の脳内から全身に駆け巡り、ぞわぞわと一瞬の間に暴れまわった。
どうしよう・・・!気持ち悪い!!
そう思うと居ても立っても居られず、私は裸足のまま、分厚い天幕の布を乱暴にかき分け、グラグラする頭を押さえながら、外へと転がり出てしまった。
幸い、そんな私の姿は誰にも見られずに済んだ。
よく考えたら、身分の高い武将の周辺に、護衛や取り巻きが皆無、という状況の方がありえない。ましてや私「ゼグンド将軍」は3日も寝込んでいたのだから、部下の皆さんが心配して当たり前だ。
運よく、天幕の前で槍片手に立っていたらしい武装兵達は、先に飛び出て行った茶髪のおじさんの後を追いかけ、ワーワーと何事かを口走りながら踵を返し、あっと言う間に別の天幕と、荷車の影の向こうにと消えていったところだった。
それでも私が出て来た天幕の傍には、二名ほどの兵士が見張りに残っていたのだが。
軍医を呼びに行った仲間の後を追いかけたそうに、出入口には背を向けた形で、じっと反対の方角を見守っていたので、私が転がり出て来たことには、気づかれずに済んだみたい。
よかった、見られていない!ホッとするのと同時に、私は、思った以上にこの野営地が広く、兵の数も多いことに気づいて、全身の血の気が引いた。
逃亡なんて、無理じゃない?だいたいどこに逃げればいいのよ?と、一瞬たたらを踏んで、逃げ出すことを躊躇してしまう。
「何してるの!見張りがよそ見してくれている間に、さっさとあっちの茂みに移動して!」と、また苛立ったような少年Aの声が脳内で響いて、私はハッと我に返った。
靴がない、と一瞬だけ思いついたものの、もう出てきてしまった後だったし、いつまた見張りのおじさん達の注意がまた天幕の出入り口に戻ってしまうのかわからない。
私は慌てて身を屈め、コソコソと踏み荒らされた草むらの上を小走りで突っ切り、天幕から出来る限り離れようと、灌木生い茂る獣道にと滑り込んだ。
心臓がばっくんばっくん音をたて、見つかったらどうしよう、という恐怖でガタガタ震えがとまらない。
ここから少しでも遠くに離れないと。
だけど見つかったらどうする?あるいは、いるのかどうかわからないけど、魔物や、野犬に出くわしたらどうしよう?
実は剣道部所属でした、弓道道場で育ちました、などという都合のいい事実は一切ない。
部活は、手芸部とスイーツ専門の料理部をかけもちしてただけで、こんな状況に優位に働くようなスキルは何もない。
ああもう、バカバカ!護身術くらい、なぜ習っておかなかったんだ!?襲われるはずがないってなんで信じていたんだろう?
私の身体(今は違うけど)は、あんなにも、脂が乗ってておいしそうな食肉だったじゃないか!体脂肪率2Xパーセントだったじゃないか!(あまりにも恥ずかしい数値なので、思わず伏せてしまった!)
現実逃避気味に、クッソどうでもいい事を考えてしまいながら、私はパニックを起こさないよう、叫びだしたくなるような精神状態を、どうにか落ち着けようと必死だった。
こういう「見つからないよう逃亡する」という状況は、スパイもの映画なんかで観た時には、わくわくしたものだったが、いざ自分の身に降りかかると、シャレにならないくらいに、「もう勘弁して!」という切実なスリルがある。
今背後から声をかけられたら、確実に心臓発作を起こせちゃいそうだ。
それにしてもこのオッサン、背が高いなぁ!中腰になって進みたかったのに、草から頭が飛び出しちゃう。これじゃあ、すぐ見つかっちゃうじゃない。
私は仕方なく、腹ばいになって、膝と肘を交互に動かし――――認めたくはないけど、ゴキブリになったかのような気持ちで、シャカシャカと草の間を匍匐前進で突き進んでいった。
なんだかとっても身体が軽いし、こんな不自由そうな体勢で、どうしてこんなに早く動けるものか、不思議だったけども。
とりあえず、人気のない、どこか隠れられる場所を探さないと!
そういう思いで一杯だった。
そんな私を、どこからか見ていたのか、
「おかしいな・・・思ったより各ステータス数値に下方修正が働いていない・・・?それに、これまで見たことがない項目が増えている。一体どうなっているんだ?」
と不安そうに少年Aが呟いているのにも、まるで気が付かなかった。
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暫くの間、自分がどこをどう進んでいるのかもわからず、無我夢中で匍匐前進を続けていると、やがて草むらと灌木の並びの切れ目に差し掛かった。
野営地の各所で煌々と燃え盛っていた焚火の数々も、背中越しにそっと振り返っても、木立の影にまみれて、見えやしない。
そこに来てようやく、もう大丈夫かもしれない、と思って腹ばいになっていた姿勢を解いて、ゆっくりと起き上がった。
ふぅ~、よかった、誰もついてきてない。
思わず肩をおろし、手近な木の幹に背を預け、ため息をついてしまう。
少しだけゆとりが戻ってきて、そこで初めて周りを見回したんだけど、思っていた以上に、ここが別の世界である、と認識させるような物は見当たらない。
木の葉だって、ちゃんと緑色をしていたし、草むらの下の土も私が知っているものとそう変わらないと思う。さっき腹ばいになっていた時に、たっぷり臭いを嗅いだから、間違いない!
上を見上げてみれば、厚い雲に覆われ月も星も見えないので、なんとなく安心する。
こんな時に、奇抜な色の夜空や、ふたつ、みっつの月、そして全く見覚えのない天体を目の当たりにしたら、流石にショックで頭がおかしくなりそうだ。
・・・・・これから、どうしよう。
しばらくじっと空を見上げ、気持ちが落ち着いてくると、今度はじわじわ不安がこみ上げて来て、泣きたくなってしまった。
大体、こんな夜更けに、右も左もわからない森の中をうろつくなんて、どう考えても「遭難」という言葉しか浮かんでこない。
あの少年は、一体どこから私に声をかけてきて、そして今はどこにいるというのか。なんの放置プレイ?
まったくもって、無責任じゃないか!
ちゃんとナビくらいしてよ!
一難去ってまた一難。いざ最初の目的を達成し、武装集団の真っただ中から抜け出したはいいが、今度はそこからどう動けばいいのかわからない。
ううっ、不安だ・・・・!ゲームやアニメと違って、なんて思い通りにならない、厳しい異世界なのかしら!
そもそも、このオッサンは身分の高い将軍なのよね?それなのに、逃亡必須で、命を狙われているってどういうことよ?まさか行く先々で恨みを買っているとか?借金でもあるっていうの?
そんな事をぐるぐる考えていると。
「サイア」
と固い男の声が傍近くで響いて、私は「ぎゃっ!」と思わず叫んで飛び上がりそうになってしまった。
またしても、脳内で不思議な同時通訳がなされ「サイア」という言葉が「我が君」という意味であるということが理解できた。
ひぃい!というリアクションをなんとか堪え、唇を引き結んで声のした方を、おそるおそる振り向くと。
いつの間にか、音も立てずに忍び寄って来たのか、全身黒ずくめの装束に身を包んだ男が、私がもたれていた木の影からするりと現れ、私の正面まで膝歩きで進み出て来た。
すすっとそのまま、恭しく頭を下げ、またしても
「サイア」と呼びかける。
こ、こここ、これはもしかして??
私は「発見されてしまった!」というヤバイ状況をも忘れて、カッと目を見開き、その男を凝視してしまった。
髪の色さえ判別できないほど、キッチリ顔を隠す、黒い頭巾。
先ほど天幕の傍でチラッと見かけた、武装兵達と違い、その男はほっそりした体躯をしており、いっさいの光をも反射しない、艶を消した不思議な金属でできた手甲、脚絆を身に着け、腰や太ももには、クナイとおぼしき形状のナイフを複数吊るしたホルスターが固定されている。
そこに私の目は釘付けになった。
忍者キタ――――!!!
と思わず黄色い声をあげ身悶えしそうになると、また
「バカっ!!大人しくしてろ!君は今、オッサンなんだぞ!クネクネするな!!気持ち悪い!」と、少年Aの失礼なツッコミが脳裏に響いた。
ムッ。
こっちがいくら困って呼びかけてもシカトしたくせに。私が好きなことをやろうとしたら、勝手に発言するわけね!
いいわ、そっちがその気なら、その習性、存分に利用させてもらうわよ!今度から、答えてほしい時は、オッサンの身体にふさわしくない事をやればいいってことよね?
そこまで思考が脱線した時、押し黙ったままだった私の様子に何か気づいたのか、深々と頭を垂れていたその忍者が、ふっと顔をあげた。
黒い頭巾の隙間から、ふたつの目が瞬き、カチリと私の視線と合わさった。
ちょうどその時、夜の帳をさらに暗く覆っていた厚い雲の切れ目が頭上にさしかかり、さぁっと不思議な青みがかった月の光が、辺りを照らし出した。
傅いた男は、ふと思いついたように口の部分の布を引き、何を思ったか、頭巾を外して顔を晒して瞬きをした。
さらりと音をたて、頭巾から現れたのはしなやかなアッシュグレーの髪。
染めたものとは違う、天然のその色はとても美しく、月光に照らされては銀色のように輝き、影になる部分は漆黒にも見える。
その長い前髪の下から覗く、凛とした眼差しに真っ直ぐに見据えられ、やましい事、隠し事9割で構成されているような私は、つい押し負けて目を逸らしそうになってしまった。
だけど、卑屈な私の心とは裏腹に、ゼグンド将軍の身体はそういう「負け」を許さない性質なのだろう、微動だにしない。
いや~~~、もぅ、怖いよ、恥ずかしいよ!!と精神的には極限まで追い詰められながらも、私はそうして束の間、その忍者の意外にイケメンな風貌をじっくり拝むことになってしまった。
先ほど身近で覗き込んだ、茶髪のおじさんと違い、滑らかなカフェオレ色の肌に、涼しげな奥重瞼の下から、エメラルドグリーンの瞳が息を飲むほど色鮮やかで、オッサンの身体になってしまったことも忘れ、ついつい見惚れてしまう。
イケメンなばかりか、こんな色彩アリなんですか?神様はどこまで不公平なの?
私の(ゼグンド将軍の!)見た目なんて、立派なのは筋肉だけなんですけど?
「サイア、俺の事がわからないのですか?クウガです」
ウンともスンとも言わない私(ゼグンド以下略)にしびれを切らしたのか、男前な忍者君はクウガと名乗ってくださり――――ああもう、ついでにメアドもくださいぃいい!お茶にでも誘ってください!――――、初めて不安そうな表情を浮かべ、僅かに身を乗り出し、にじり寄って来た。
ずいっと解像度の高いイケメンフェイスがアップになり、私は思わず後ろへのけぞってしまうところだった。
近い!近いよ!!
すっきり高い鼻梁の下、潔癖そうな薄い唇も形よく、そこから紡ぎ出される声も、語尾がすこし掠れて色っぽい!
悲しいかな、乙女の習性は。近くで見られたら、ついついゼグンドというオッサンの身体にいることも忘れ、己の平凡な顔の欠点のアレコレが頭に浮かんでしまう。
いやいや、見ないで!この頃乙女ゲーにハマって、夜更かしばかりしてたじゃない?ゲーム片手にポテチを食べ散らかしていたから、また新しいニキビが出来ているかもしれない!見ないでぇえええ!
などという切実な羞恥心から、私は必死にあがき、ついにゼグンド将軍の残留思念をも振り切って、ぎゅっと目を閉じて顔を背けることに成功した。
「じ、実は起きてから、記憶が全然なくて・・・・!自分が誰で、ここがどこなのか、まったくわからず・・・・・・!お恥ずかしい!」
よ、よし!言ったぞ!言ってやったぞ!!
演技力に自信があったわけではない。中学時代の学芸会では常に、セリフもないわき役どころか、大道具係だったけども!
そんな事は言っていられない。間違いなく、生まれて初めて半径50センチ以内に、イケメンがいて、自分だけを見つめている、という貴重な体験をしているのだ。
喜ぶべきところなのかもしれないけど、実際にイケメンの眼前に晒されるというのは、自分の容姿に自信がない、彼氏イナイ歴17年のモテナイ女としては、公開処刑と等しく、いたたまれない。
この状況を脱却するためなら、何だってしてやる!という気持ちで一杯だった。
「・・・・!」
背けた顔の近くで、イケメン忍者が息を飲む気配がした。
さぁ!驚け!ゲンメツしろ!!そして離れてちょうだい!!
などと私が心の中で最大ボリュームで叫んでいる間にも、流石は忍者、すぐに落ち着きを取り戻したらしく、クウガはサッと前のめりになっていた体勢を起こし、元のポジションに戻ってくれた。
「やはり、そうでしたか・・・・!妙な動きをしていらっしゃったので、もしやと思って追いかけたのですが」
どこか呆然とした口調で、クウガは言いながら何度もうなずいている。
あの、それはもしかして・・・私が草むらの中をゴキブリ風に匍匐前進するところも、見ていた・・・・のでしょうか?
怖くてツッコめなかったが、口ごもって何事か考えこむように口元を覆ってしまったクウガ。
私はついつい期待を込めて、ソロリとそんな彼を盗み見てしまう。
この展開は・・・!もしかして、見逃してくれるんじゃない?それなら仕方ない、で済ませてくれるかも?
そういう甘い希望に、胸がドキドキ早鐘を打つ。
もう少しロマンティックなドキドキ、ならどんなによかったことか!
だがしかし、この異世界はどうしたって、トコトン私という異物質に厳しかった。
祈るような気持ちで固唾を飲んでいた私を嘲笑うかのように、クウガときたら、何事かを決意したような顔になり、
「では」
と、口火を切った。
「一緒に逃げましょう!貴方はゼグンド・・・・・・この国で今もっとも懸賞金の高い賞金首の、ディナダン・カル・ゼグンド将軍です!大丈夫、俺がきっと御守りします、この身にかえましても!」
え、えええええええっ!!??
クールそうに見えた忍者だったが、実はアツい奴だったのか。
ギリリと一瞬だけ歯を食いしばった後、はったと私を――――正しくは将軍を、か。チクショウ!――――熱く見つめて、なんと、私の(以下略)片手をとって、ぎゅぅと握りしめやがった!!
「俺は貴方様に一生の忠誠を誓っております。それは、覚えていらっしゃらなくても変わりません!どうか、御身の安全のみを考え、このまま逃げるお覚悟を!」
ギャアアアアアア!!!BLですかぁああ?そんな熱っぽい目で、見つめないでよぉお!
今の私、オッサンなんだからぁあああああ!いや待て、オッサンだからなのか?そうなのか!?
せっかく異世界で出会った最初のイケメンが、まさかのオッサンLOVEのゲイだとか、どんな嫌がらせですか!?
私は思わず、クウガの手を振り払って絶叫したくなってしまった。
腹が立つことに、またしても少年Aに阻害されたのだが。
も、もうだめ!やってけない!この危なそうなイケメン忍者、サラッと、このオッサンが国一番の賞金首とか、オソロシイ事実を暴露しましたよね?
そして、(絵面的に)男ふたり、おてて繋いで駆け落ちしろってか?私は、果たして上か下、どっちを期待されているんだか――――考えたくもないわ!
嫌に決まってんだろぉおおお!!?
おいコラ出てこい、少年A!!!今すぐ何とかしろ、この狂った状況からの抜け道をサクッと用意しなさいよぉおお!
さもなくば、この姿のまま、腰クネクネムーブ満載のフラダンスを、このイケメン兄ちゃんの前でやらかしちまうぞ!!
この間、約コンマ5秒くらいだったと思う。
我ながら、自分てこんなキャラだったのか、と後から思い返せば恥ずかしい取り乱し方だったと思う。だけど、とにかくこの時は必死だった。
凄まじい速度で、心の中でわめきまくった甲斐あってか。それとも、私のフラダンスをどうしても見たくなかったのか。
ようやっと、本当にようやっと、少年Aが私の求めに応じて答えてくれた。
「早まるんじゃないよ、まったく・・・・!君、見た目によらず思い込みが激しいタイプだね。
あと、僕の名はシャリオン。少年Aって、君の世界の未成年犯罪者みたいで人聞きが悪いから、やめてくれないかな」
ふぅ、と重々しいため息とともに、実に嫌そうな声色で少年――――シャリオンがそう言った。
「落ち着いて、と言っても無理だろうが。君の心の声があんまりにもウルサイから、先にちょっと上からの連絡を受信してきた。
逃亡しなくちゃいけない理由、そしてこの世界について、今の君にいっぺんに理解させるのは難しいし、混乱するだけだろう。よって、様子を見ながら、小出しに情報を与えていくように、との事だ。
ちょうど記憶喪失のフリをしたことだし、このまま何も知らないという設定で、その忍の助言に従うといいよ」
はぁああああ!?どういう事?サポート役になったはずなのに、アンタ、他人に丸投げする気なの!?
イラっとしたが、続いて「この状況をなんとかしろよ!」とツッコミを入れる間もなく、私の手を(オッサンの、だ!悔しい!)握ったクウガが、一瞬だけギリリと奥歯を噛み締め、呟いた。
「遅かれ早かれ、何らかの奇策に出る必要がありました・・・!覚えておられないのは、かえって幸いかもしれません」
年の頃は大学生くらいだろうか。つるりとしたヒゲの見当たらない顎に手を当て、何やら考えてこんでしまうクウガ。眉間に皺をよせ、真剣に悩んでいる。
その姿からは、先ほどつい疑ってしまったような「オッサンへの恋」なんかは影も形も見当たらない。
はて?思い違いだったのかな?そうだといいなあ。
しかし、よく考えたら、この人も被害者よね。いきなり「私は記憶喪失です」と、指示を仰ぐべき上司に言われたら、そりゃあビックリ仰天するよね。
そう考えたら、さっきの「逃げましょう」はきっとただの発作的な発言、「オーマイガッ!!」というリアクションの代わりなのかもしれない。
可哀想に。この短時間の間に、さぞかし精神的に追い詰められたのだろう。
まったくもって不可抗力だし、私自身巻き込まれただけの被害者だという認識があっても、なお、申し訳ない気持ちになってくる。
「すぐにも出立したいところですが。やはり、副長殿と相談する必要がありますね。
サイア、貴方様が失踪し、主君を見つけられず、おめおめ王都に戻れば、部下全員がタダではすみません。必ず罪に問われることになります。
一介の諜報員である俺などが、差し出がましくを意見するのは、気が引けるのですが。
ゼグンド将軍は体調不良のため、身動きがとれず最寄の村に滞在する、という一報をファラモント軍最高司令官宛てに入れ、時間を稼ぐのはどうでしょう?
幸い、最高司令官ペルロ閣下は、懐深いお方ですし、貴方様は閣下に個人的に、いくつか貸しがございます。きっと深く追求する事なく、額面通り報告を受け入れ、しばしの猶予を下さることでしょう。
その間に記憶が戻るのを待つ傍ら、俺達諜報部隊が2手に分かれて動きます。
もしもの場合に備え、我ら全員を受け入れてくれるような亡命先を検討しつつ、一方は王都に戻り、恐れ多くもゼグンド将軍、貴方様の首に多額の懸賞金をかけ、暗殺ギルドを懐柔した黒幕の調査をいたします」
おお!さすがニンジャ!頼りになる!
嘘も方便。記憶喪失(嘘っぱちだけどさ!)だって立派な体調不良よ。
体育の授業を病欠するのと同じで、なんら罪悪感も湧かない。
・・・・・・・だけどさ。
所々、引っかかる所がある。
亡命先を探すって?普通、亡命を決めたら、国境を越えた先の、一番近い国に転がり込むものじゃないの?どうにも、私の知っている世界の常識とは、似ているようで違っているみたいだ。
まあ一人で亡命するのと違い、3000を超えていそうな武装集団が、ただ国境を越えるだけでも、あらぬ誤解を受けそうだけど。
それにクウガは、このゼグンドっていうオッサン将軍の首に懸賞金をかけた奴が、王都にいるという前提で話をしていた。
しかも、クウガの口調は、既に犯人の目星がついているかのように、確信に満ちていたし、諜報員がそういうのであれば、きっとよほどの根拠があるのだろう。
そういえば、シャリオンも、ここへ来る前に言っていたよね。
ゼグンド将軍には敵が多く、自国でも他国でも暗殺者に狙われていて、心休まる日なんてなかったって。
自国でも、という事は、まさか――――。
そういう不安と疑念が顔に出てしまったのだろうか。
クウガはふっと顔を上げ、私の顔を見て、ハッとしたように息を飲んだ後、力強い手で肩を掴んできたので、私は思わずまた悲鳴をあげるところだった。
ひぃいい!!こ、今度は何よ!?自分よりゴツイ男の肩に、なんの用なのよっ!?
「お気を確かに!証拠さえ掴めれば、逆にこれはチャンスかもしれません!奴にも政敵がおります、王都に帰還した折には、その証拠を手土産に、奴に敵対する勢力に堂々と加担すればいいのです!
大丈夫、物証は処分されてしまっているかもしれませんが、いざとなれば、こさえてでも証人を用意いたします!」
熱心に言い募るクウガの、鮮やかなエメラルド色の双眸が、ギラギラと狂気のようなものを孕んで、瞬きもしない。
や、ヤバイ・・・!イッちゃってるよ、この人!!イケメンて怖い!!私はだんだん、頭がズキズキ痛みだし、できればもう一度気絶したい、とさえ思ってしまった。
この雰囲気、そして口ぶりからして、オッサンの首を取ってやれ、と目論んでいるらしい敵は、相当な権力者と見て間違いない。
ゼグンド将軍、もしかしてかなり危険な立場にいるんじゃないのかしら。
目の前にいる、暑苦しい忍者のテンションを見る限り、どれだけ部下から慕われているのかは、想像に難くない。
部下に心酔される有能な人ほど、疎まれるというし。
こんな時に、全てをほっぽりだして――――不可抗力なのだろうけど――――、私と入れ替わって、平和で食べ物が美味しい日本で、優しいママのいる家に、ピッチピチ17歳の私の身体で、何不自由なく暮らしているなんて。
チックショウ!!!あっちの方が断然ラッキーなんじゃないの!!?
今更だけど、ムカついてきたわ!
シャリオンめ、なーにが「浮浪者にでもなれば完璧だ」よ!
このオッサンの姿をよく見なさい!こんな筋肉隆々とした、誰よりも健康そうな乞食なんて、説得力ゼロよっ!!見るからに怪しいじゃないの!
落ち武者、もしくは犯罪者ですよね?って、ちっさな子供にだって疑われるでしょうよ!
クウガの言う通り、仮病を使って体よく職務放棄して、近くの村に潜伏する方が、断然現実的だろう。
命を狙われている、という事態の裏には、何やら厄介な陰謀がひしめいていそうだ。
それを考えると、にわかに不安がこみ上げて来て、見た目は逞しいオッサンの胸でさえ、ドキドキと落ち着かない。
私的には、病欠がもたらしてくれる「猶予」の間に、このフザけた入れ替わり状態が終わって、元の世界、元の身体に戻れることを祈るしかないのだけど。
それで大丈夫なの?もしそれが間に合わず、クウガが黒幕を突き止め、なんらかの反撃材料を用意できたとしたら、そこからどうしたらいいの?
将軍としての能力を要求されたら、どうしたらいいの・・・!?
わからない!
せめてもっと歴史や政治を勉強しておくんだった!!
与えられている情報の少しも、上手く生かせられる気がしなくて、考えれば考えるほど頭が痛い。
将軍と、私なんかが入れ替わってしまった事なんて、きっと誰も信じてくれないだろう。
だが、これが現実だ。
私には、誰かをアッと言わせるような知識も、特殊能力も何もない。娯楽本で憧れたような、異世界生活など、程遠い。ミジメだけど、事実なんだもん、しょうがない。
ここでの私は、下手をしたら穀潰しだ。無駄にデカイ体積すら、非難されるかも!
状況を冷静に分析しようとすればするほど、不安しか湧いてこないのだが。
とりあえず、やれることをやるしかない。まずは、安全な寝床の確保!これに尽きるわ。
暗殺者のことは、とりあえずクウガに任せるしかない!!
ちょっとよくわからない、アブナイ感じのする忍者だけど。ここはひとつご機嫌をとったり、手伝える事は手伝って、「迷惑な上司」という印象を抱かれないようにしなくては。
途中で見捨てられたら困るしね!
オッサンらしく振舞わえるよう、努力だけでもしなくては!
――――などという決意も虚しく。
私がまず最初にやったことといえば、決意に満ちた熱い眼差しを向けてくる、暑苦しいイケメン忍者の手を、さりげなくオッサンの肩から退けさせる事だった。
to be continued!
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次は、現代日本の、女子高生エナの身体で目覚める、将軍サイドのお話です。誰も読んでないだろうけど、終わりまで頑張ります!