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Oh! My 将軍!  作者: スッパみかん
11/14

エナの奇妙な冒険#4 ~水石と波乱の予兆~

ついに、アコガレの「回復薬」(ポット)を作っている研究棟を案内してもらえることになった、ディナダン・クーゲル、ことゼグンド将軍(ややこしいけど、中身はエナという女子高生)。新たな発見に胸ときめかせ、暇を持て余し、自室でアクアリウムを作ろうとしたのだが、これが全てのトラブルの元だった・・・!



 ピィピィ、とさえずる黄色い小鳥を指に乗せた、その男は神妙な顔つきで俯いていた。


 男以外の人間が万が一、この場に居合わせたとしても、懐っこい鳥が機嫌よくさえずっている、と信じて疑わないこの光景だが、実のところ、この鳥は簡単な魔法で造られた、伝達用の道具であった。


 じっと耳をそばだて、可愛らしい小鳥のさえずりが終わるのを黙って聞いていた男はやがて、スッと目を眇めて、何度も頷いた。


 ――――許しがたき事態である。即刻、手を打ち、我がサイアの望みは全て叶えさせろ。手段は問わず。貴様が失敗すれば、その時は俺が直接出向いて手を下す。


 そこまで「小鳥」がさえずった後、瞬く間に光の粒となって消え失せた。


 「御意」それだけを呟いた男の額に、つぅと一筋の汗が浮かぶ。


 可愛らしい小鳥のさえずりとはかけ離れた、彼の上司のドスの効いた「手を下す」という一言に籠められた殺意に背筋が凍る。

 「サイアのために」なら、喜んで大量殺人すらやってのけそうな、見た目はクールな二枚目の青年の顔を思い出してしまって、男は慌てて立ち上がった。


 黄ばんだ白いバンダナを頭に巻き付け、慣れた手つきで農夫の青いツナギ服を身に着け、その上からサッと「隠密活動用」の黒服を重ね着する。


 モコモコして若干動きづらいし、少し暑いくらいだったが、それどころではない。


 あの「上司」が出向いて来るとなったら、大変なことになる。

 予想通り、「ゼグンド将軍の食事量と待遇が改善された」程度の報告では、「彼」を大人しくさせることは出来なかったのだ。

 黒装束の懐に片手を差し入れ、無数に縫いこんである隠しポケットを漁って、震える手で小さな小瓶を取り出したその男は、誰にともなく呟いた。


 「悪く思うなよ、〇〇〇〇。あの方が直接乗り込んで来られたらおしまいなんだ、この程度で済むだけありがたいと思えよ」


 昇り始めた暁色の日差しがカーテンの隙間から差し込み、眼前に掲げた透明な小瓶に当たって、キラリと光った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 


 

 「さ~今日も行こっか、モモ太!」


 「ブフォ!」


 おはようございます、読者の皆様!(いるのかどうかもわからないけど!)

 サクサクっと斜め読みし、もはや何のお話かわからなくなった人のために、ざっくりこれまでの経緯をかいつまんでお話しします。


 下校中に、飛んできたボールに当たり、転んでしまった時に頭をぶつけ、魂がスッポ抜け、地球とは全く別の異次元世界に住んでいる、ゼグンド将軍というオッサンの身体に飛ばされてしまったらしいのです。


 これがどういう事か、おわかりでしょうか?


 目が覚めたら、ぴちぴちツヤツヤの女子高生の霧島エナ、ことわたくしエナは、恐ろしいことに、推定身長192センチ体重100キロのいかついオッサンの身体に入っており、そこから出られなくなってしまったのです!


 なんって悲惨な運命なのでしょうか!?

 カッコいい人とお付き合いしてみたい!とか、乙女ゲームの新作のためにお小遣いをためたり、料理部でいかに安くて美味しいスイーツを作るか、を研究するのに忙しかった、私のキラキラした日常は、はるか遠くへ消え失せ。


 代わりに降って沸いたのは、血生臭い討伐任務と、併合したばかりの新領地の見回り、および反乱の鎮圧任務(ちなみに真面目に働いても、すべて片付けるのに2年はかかる、とクウガに説明された)を抱えたゼグンド将軍の、超ブラック企業戦士としての日常なのでした。


 ざっと任務の目録を見るだけで、いち女子高生の手に負えるようなものではない、という事は、皆様にもおわかりいただけますでしょうか。


 さらにこのゼグンド将軍、輝かしい戦歴の裏で、あちこちから恨みを買いまくり、雇用元であるはずのファラモント現国王からも疎んじられている模様。


 結果として、不特定多数の敵から暗殺者を差し向けられているというのだから、さあ大変!

 わたくし、エナは何も悪い事をしていないというのに、下手をすればゼグンド将軍としてぬっ殺されるというのです。


 冗談ではありません。ファッ〇ユーでございます。

 それで「記憶喪失」になったフリをして、クウガや副長マッケイ卿といった少数の協力者と相談したうえで、軍から離れ、こうして別人「ディナダン・クーゲル」として、退役軍人に身をやつし、ゼグンド将軍が出資してきた怪しげな薬草研究所、キャストンファームに転がり込み、居候させていただいております、はい。


 なんとしても元の姿に戻って、キラキラした女子高生生活を――――。


 「いやいや、君の生活がキラキラしてた事なんて、一度もないからね?ゲームで妄想広げて、脳内エア彼氏作るのが関の山でしょ?」


 うるさい、シャリオン!


 こほん。慣れない敬語を使って考えるのって疲れるわね――――もういつもの調子でいいか。どうせ誰も読んでないわよね、こんなつまんない私のお話なんて。


「読者ってなんだよ?手記でも書こうっての?それはそうと、ウーボが先に行っちゃったけど、いいの?」


 えっ!?


 私は慌てて現実に目を向けた。


 そうそう、ウーボよ。ちょっと強引にエサを分けて頂いたら、どういうわけか懐かれてしまって、今や私は、このキャストンファームで「ウーボ飼育係」の仲間入りが許されているの。


 といっても、あくまでお客様なので、毎朝、例の素振り1万回をやった後に小屋に立ち寄り、そこでミル(乳)を絞るのを見るだけ。

 私が来るまでは、たまにしか絞らせてくれなかったのに、私が見張っていると、たっぷり絞らせてもらえるらしく、いつもとても感謝される。


 へんなの。突っ立って、見張ってるだけなのにね。


 でもその成果は飼育員のおじさん達だけでなく、仲良くなった下働きのアレク少年や、大勢の職員さんがたにも大いに喜ばれ、私は何処へ行っても歓迎されることになった。


 食べ物の力は偉大なり。しかも、ウーボミルって、私の知っている牛乳よりも遥かにコッテリして腹持ちがいい上、美味しいんだよね。


 いやぁ、我ながら何をやってそんなにウーボに気に入られたのか、ちっともわからないんだけど、結果オーライ!私、えらいよね!この世界に来て初めて、自分がタダ飯食いじゃない、って思えた快挙だわ。


 流石に毎朝搾乳を見守るだけ、というのは楽すぎて申し訳ないし、太り過ぎたウーボは食事管理以外にも、運動させた方がいいだろうと考えて、飼育員さん達と相談し、散歩に連れ出すことにしたのだ。


 といっても、ファームの敷地内で、だけどね。


 まだ一度も見ていないから、忘れそうになるんだけど。この世界には魔物が跋扈しているらしい。

 ファームの敷地をぐるりと囲むようにして、魔物が襲ってこないような結界を張っているらしいのだが、私には何も見えない。


 優れた結界ほど人目につかず、その境界があいまいなのだそうだけど。

 そういえば、ここに来る道中でも、一匹だって魔物を見かけなかったのは何故なんだろう?


 「・・・・・・・君ってバカだね。魔物となんで遭遇しないのか、今更聞くの?」


 え?


 はぁ、とまたシャリオンがため息をつく。


 「まあ、いいや。ついでに、少しこの世界のことも説明しておくよ。


 前にも言ったけど。この世界は一度、竜王達の戦争で滅びかけ、人口は極端に目減りし、何千年も経った今でさえ、魔物よりも少ないんだ」


 いやいや、魔物よりも人が少ないっていうのは、今初めて聞いたよ!アンタの説明ってどう考えても不親切よ!


 そうツッコミたかったんだけど。

 彼がこの世界の歴史を教えてくれる事は滅多にない。これまで何度となく、教えてほしいとねだったけど、その都度シャリオンは「知らなくていいよ」と面倒そうに言って、私をケムに巻いて来たというのに。


 もしかしたら、語りたくなるタイミングというものがあるのかも。私は仕方なく口を噤んで、じっと耳をそばだてることにした。


 「――――それでもこうして人類が増え、たくさんの国を作り、勢力争いをするまでに至るほど盛り返したのは、竜王達が大地に宿り、それぞれが巨大なドーム状の結界を生んだからなんだ。


 ミヒ・ダェール――――「偉大なる結界」に覆われている南のカリスク、西のヘキルジア、北のランギェール、東のシン・アスラ大国近隣は安全だ。魔物なんか近寄れないからね


 その4つの大国で、人類は再び栄えだしたんだよ。そして人口増加に従い、領土を広げるため、結界の外に大多数の軍を送って魔物の領域を奪い、戻ってこれないように少しずつ巨大な壁を築き、討伐隊をこまめに派遣し、人の国を作ったんだ。」


 そこまで至るまでには、多大な犠牲があり、長い時間がかかったという。

 シャリオンは詳細を語りたがらなかったけど、聞くうちにゼグンド将軍の肉体に残っていた何らかの記憶が刺激されたのか、「壁」が築かれる前も後も、我ら人間は愚かにも人間同士の戦いをやめられなかったのだ、と苦々し気に呟く、ゼグンド将軍の声が聞こえたような気がした。


 シャリオンのおかげで、スッと脳内に、この世界の地図が頭に浮かび、ゼグンド将軍が仕え、今私がお世話になっているファームがあるロスワン領のある、ファラモント王国の位置が確認できた。


 ふむふむ。

 ファラモントは、四大国のうちのどの国とも隣接していない。ヘキルジアよりではあるけど、シャリオンが言うところの「偉大なる竜王の結界」の範囲外にあるわけだ。


 何百年も前に四大王国から枝分かれし、独立に至った国家のうちのひとつなのね。


 「実のところ、竜王達の眠りがあまりに永く続いたため、結界の範囲も年々狭まってきている。7年前に、ゼグンド将軍によって覚醒を果たした水竜王オリスヴェーナの領土、ヘキルジアだけは別だけどね。


 細かい説明はまた今度にするとして、ファラモントはもちろん、「偉大なる結界ミヒ・ダェール」の外だ。


 「壁」を人工的に築きはしたが、礎となっている魔法は、竜王達が残したものより格段に劣るから、穴があるし、越えられることもある。それで、どの国も莫大な予算を軍事につぎ込まざる得ない。


 ファラモントも先の戦争に勝利したとはいえ、御多分に漏れず、油断する余裕はない。1から16師団もある騎士団の半分を、魔物討伐任務に充てているのが、現状だね。


 ゼグンド将軍の第三軍もそのうちのひとつで、一年中領地を巡って、人里を襲う魔物を間引いてまわっていたところさ」


 なるほど。「偉大なる結界」をこっちの古代語で、ミヒ・ダェール、と読むのか。

 

 つまりは、恵まれているのは、竜王様の結界、ミヒ・ダェールが残っている4大国だけで、その庇護下にないその他大勢の国は、魔物を阻むための結界を自分達で造ったけど、それでも侵入されるから、対魔物用に人員と費用を回さなきゃならないわけね?


 「そうだね。ちなみに4大国は、竜王達の絶対的な盟約「不可侵条約」があるから、互いの領土を侵すことはできず、いかなる戦争に関わることもできないから、平和そのものだ。

 誰しもが移住したがるけど、今となってはなかなか市民権がもらえない、一種の楽園だとも言われている」


 ほんとだ。私だって、できればそんな国に逃げ込みたいわよ。

 戦争もない、魔物も絶対に入ってこれないっていうだけでも魅力的よ。楽園って言われるくらいなら、きっとお金持ちよね?


 ゼグンド将軍は、ヘキルジア王やカリスク王からスカウトされた事があるっていうのに、なんでまた、辞退したのかなあ?

 もったいない!


 シャリオンの説明は長く、いちいち「君にも理解できるよう、詳細ははぶく」だの「かいつまんで言うよ」とか、なんだか余計な一言が気に障る。


 失礼ね!私の頭脳レベルを何だと思ってるわけ?三流高校に通ってるからって、バカにしちゃって!


 「それで、なんで君がまだ、魔物に遭遇していないのか、だけど。

 一言で言うなら、ゼグンド将軍のせいだね」


 えっ!?


 「君と入れ替わる少し前に、彼が任務で、あの山一帯を荒らしていたマッドホーンという魔物の群れを駆逐した。あの場所は、もちろんここから何キロも離れちゃいるけど、彼の戦闘は派手だからね。


 ひと暴れすれば、魔力の波動が遠くまで波紋状になって伝わり、気配が届く。弱い魔物はそれだけで震えあがるよ。


 魔物も動物も、自分より遥かに強いとわかっている生物には、まず近づきたがらないからね。

 結論として、君が魔物を見かけない、ではなく、魔物の方が君を避けて通っているんだ。その身体には、途方もない力があるんだから」


 な、なんですって!?

 そんな重要な事、なんで今まで黙ってたわけ!?


 私は「そこ、もっと詳しく!」とシャリオンに迫りたかったけど、小屋から出てのびのびと散歩が許されるようになったことで、上機嫌になったモモウーボがのしのしと先に行ってしまい、今にも菜園を踏み荒らそうとしている事に気づいたので、慌ててそっちへ走らないといけなかった。


 「ダメダメ!こっちの広い道に戻って!」


 何故か私のいう事はきちっと聞き分けてくれるウーボちゃんは、振り下ろそうかとしていた足を引っ込め、のっそり方向変換してくれて助かった。


 私が知っている「牛」とは似ても似つかないウーボというこの生き物は、象のように大きく、一日にたくさんのご飯を食べるので、放っておくと、すぐに食べられそうなものを見つけては、根こそぎ勝手に食べてしまうのだ。


 だから常にぶっとい手綱を片手に、少しでもウーボが決められた進行ルートから離れそうになったら、声をかけて戻って来てもらわないといけないの。


 面倒だな、と思わなくもないけど、世話は焼けるぶんやり甲斐がある。

 なんせ、これができるのは、私だけ、という奇妙な優越感がたまらない!


 従順なだけじゃなく、時折媚びるように私の足元にやってきては、スリスリと鼻づらをこすりつけてくるところが、猫っぽくて可愛い。


 慣れれば、大きすぎる顔も、タレ目も、ゴワゴワなグレーの毛皮も、可愛いと思えてくるから不思議だ。


 何より言う事を聞いてくれるし、こうして散歩に連れ出しても逃げようとはせず、私の先に進んでも5歩くらいでぴたっと止まって、私が追いつくのをまっていてくれる。


 そうしていつも通りのコース、つまりはなるべく広い道を選んで、一番上質な薬草や材木を収納している倉庫とは反対側の麦(この世界では、ケト、という品種が一般的で、年に二度収穫できる丈夫な植物らしい)畑の周りをぐるぐる回る。


 この世界のケトは私が知っているものよりずっと固くて大きな殻に包まれていて、ひき臼で辛抱強くゴリゴリ削らないと中身が出てこないので、ウーボがつまみ食いする心配もなくて楽だ。


 「おお、クーゲルさん!おはようございます、散歩ご苦労様です!」


 朝ごはん前だというのに、陽が昇るとすぐに外に出て、畑の世話をしている白髪のおじさんが、にこにこしながら近づいて来た。


 肥料をまく予定なのか、その手にはつーんと嫌な臭いのする茶色いバケツが下がっているのだけど、そこで顔を背けてはいけない。

 この香ばしい肥料のおかげで、私達は美味しいパンにありつけるわけなんだからね!


 「・・・なかなかの適応力だよね、食い意地のなせる業か」


 と、シャリオンが呆れたような声で呟くんだけど、誉め言葉と思っておく。


 おじさんの名は確か、ベッポさん。本当はロスワン領でももっと東の農村にお家があるんだけど、万能薬を作っているという研究施設に雇われ、もう10年以上もここで様々な食用野菜や穀物を作っているんですって。


 薬に使うための薬草と、食べるための野菜、穀物の育て方はまるきり違っており、それぞれの専門知識が必要なのだ。


 開設当時はスポンサーも多かったために、いろんな専門家が雇われたものだったけど、今残っているのは、ほんの42名程度。数年もしないうちに、短気なスポンサーが手を引き、お給料が下がりだすと、皆どんどんここを辞めて古巣に戻ってしまったそうな。


 「おはようございます!こんな時間からご苦労様です!」


 私がビシッと挨拶をすると、ベッポおじさんは、先端が赤い、大きな鼻を膨らませながら、ますます嬉しそうに笑いながら、私の肩をぽんぽん叩いた。


 「はっはっは。クーゲルさんこそ、毎日こんな大きい家畜の世話をしておられるではないですか!近頃の若者は、このウーボを遠くから見るだけで、「無理です!」とかほざいて逃げてしまうというのに」


 いや、ミル絞るのを見張ったり、ダラダラ連れて歩いているだけで、世話と呼べるほどじゃないと思うんですけど。


 そう言いたくなったけど、シャリオンが黙っておけ、というので、仕方なく愛想笑いする事で済ませた。


 「ところで、いいお話がありますのじゃ!実は、あのこウルサイ副館長、ケイレブ様が昨夜から腹の具合が悪く、部屋から出られないのだそうで」


 夜中から朝まで、青い顔をして何度も部屋からトイレを往復しているらしい、とベッポさんはなんだか嬉しそうに教えてくれる。


 「ほう!」


 どこの世界でも、ケチで人を褒めることをしないタイプの上司は嫌われるらしい。

 しかも、自給自足で暮らしている、もはや研究施設というより小さな村と化した、閉鎖的な環境においては、誰が何をしたか、などという噂はあっという間に広まり、全て筒抜けだ。


 一番嫌われているケイレブさんは、一日におけるクシャミの回数から、趣味の悪いシャツを着ていた、という事まで逐一噂され、皆が知っている有様だ。


 きっとこの「あのケイレブ副館長がトイレの住人になった」という朝イチニュースも、食堂に集まる人々の間で、面白おかしく飛び交っているのだろう。

 お気の毒だけど、ちょっといい気味かも!何回頼んでも、研究棟を案内してくれないしさ。ケチなんだもん!


 だけど、そのケイレブさんの体調不良が、どうしたっていうんだろう?


 はて、と一瞬目をぱちくりさせてしまったが、ベッポおじさんは、ちょっと悪そうな顔つきになって、他には誰もいないというのに、口の横に手を添え、内緒話をする時のように声を潜めて囁いた。


 「チャンスですぞ!部外者を入れるな、といつもケイレブさんが煩かったので、これまでご案内できませんでしたが。


 今日こそ研究室をご案内できそうだ、と第4グループの班長サイモンが言っておりましたので、朝食の席で頼んでみてください」


 「おお!なるほど、チャンスですな!」


 私は興奮して、思わず拳を握ってしまった。

 ラッキー!


 思わず、きゃっほーと奇声を上げそうになって、シャリオンに怒られたほどだった。


 この研究施設には、番号があって、それぞれの部門にわかれている、と聞いていた。

 第1~2が、一番大事な万能薬の研究を担当しており、そこはトップシークレット扱いになっていて、館内の一番奥まった場所に、警備員つきで見張られている研究室だそうだ。


 このとき、案内してくれる、と聞かされた第4グループが担当しているのは、市場に大量に卸している、このファームの名産物、回復薬なんだって!


 ちなみに、「ポーション」ではなく、「ポット」というのが一般的な呼び方みたい。

 うわ~楽しみだな!どうやって、塗るだけで傷を治すような、夢みたいな薬ができるんだろう!


 キラキラ光ったり、七色の煙があがったりとかするのかな!?

 体調の悪いケイレブさんには悪いけど、あと2,3日は寝ていてほしいな~。


 私はそうして、ベッポさんと別れた後も、ウーボちゃんを散歩させながら、そんな事ばっかり考えていた。


 もちろん、私は知らなかった。


 クウガの放ったスパイが既にこのファームに潜伏し、農夫の一人として何食わぬ顔で働いており、この時も密かにほくそ笑んでいたことを。


 「フッ、首尾は上々だな」と呟きながら、怪しげな薬の入った小瓶を、コッソリ胸元にしまうのを、見た者は誰もいなかったらしい。



 


 待ちに待った朝食時間。

 どうやら研究員というものは夜型が多いらしく、遅くまで働くぶん、朝に弱いらしく、私はジリジリしながら、お目当ての第4グループの班長、サイモン・チャーハンが入って来るのを、今か今かと待っていた。


 「エナ。チャーハンじゃなくて、チャーニンだからね」


 と、しつこいツッコミが入ったが、そんなことはどうでもよろしい。

 ここに来た初日からは、別人のように愛想よくなった配膳係のおばちゃんが、ニコニコしながら4つ目のパンに、ウーボミルから作ったバターをたっぷり塗って差し出してくれる。


 私はお礼を言ってからそれを受け取り、ぱくついていると、ようやく、待ちに待った、白衣を身に着けた研究員たちがゾロゾロと食堂の戸を開けて入ってくるのが見えた。


 どうやらこの世界には、朝シャンという言葉はないらしく、皆、顔も洗ってないようで、目をしょぼしょぼさせ、髪はボッサボサ。


 おじさん達の何名かは、だらしなく開いたシャツの胸元に片手をつっこみ、ぼりぼり身体をかいていたりして、私は思わず「うげっ」と言いそうになってしまった。


 自分(ゼグンド将軍)を含め、ここに住んでいる男って汗臭いのよね。お風呂が三日に一度で、皆毎日汗かいて働いているんだから、当然なんだけども。


 研究員の中に、女性がいないのか、というとそういうわけではない。ただ、こういう「群」には一切混じらないようにしているらしく、だいぶ距離を取って行動しているのだ。


 おっと、チャーハン発見!!

 

 「・・・・もう疲れた」


 ゲッソリしたシャリオンのツッコミをスルーしながら、私は嬉々として、見慣れた薄い茶色の髪目掛けて、近づいて行った。


 サイモン・チャーニン、31歳独身。

 どっかの没落貴族の末っ子なのだそうだが、薬草研究好きが高じて、家出してきた変わり者なんだって。


 服装の細かな違いはあれど、いつもトロンと眠そうな目をして、まばらに無精ひげを生やし、白衣をだらしなく羽織っているその姿は、ワーカーホリックのサラリーマンを彷彿とさせる。


 いかにも研究、お仕事以外はどうでもいいです、という感じだ。


 「まだ若いってのに、気の毒だな」と、シャリオンまでが何だか同情的だ。

 その気遣いを、もう少し私の方へ回してもらいたい、と思ったけど、ここはサイモン先生が優先よ!


 「あ、おはようございます、クーゲルさん!ちょうどよかった。今日、この間から見たがってらした、研究棟を案内できますよ。この後いかがです?」


 サイモン先生は私を見るなり、私がおねだりするまでもなく、自らお誘いくださった。

 うれしい!


 ウーボミルのおかげで、私、ディナダン・クーゲルの株はうなぎのぼりだ。食事においしいミルがあるかどうかで、満足感が違うから、当然だけどね!


 こうして私はサイモン先生が食べ終わるのを待ってから、ここにきて初めて、堂々と研究棟に入ることができた。


 研究員の方々が寝泊りしている一角は、さすがに他の職員よりも、いささか広く、洗面所の数も5つもあって羨ましいくらい。

 「しょっちゅう手を洗うだけじゃなく、薬品のシミがついた衣服、運ばれてきた薬草、そして大量のグラポ(ガラスでできた容器のこと)を洗うのに、研究室のものだけでは、場所が足りないんですよ」


 と、サイモン先生は道すがら教えてくれた。


 研究棟に入ってしばらくすると、ぷぅんと、どこからともなく香ばしい、何らかの薬草を煮詰める香が漂ってきた。


 「詳しいことは企業秘密なのですが。大まかな流れとして、採取したばかりの薬草は、いったん丁寧に洗ったあと、天日干ししてから、煮詰めて成分が凝縮されたエキスを抽出するところから始まります」


 言いながら、サイモン先生は大きな扉の前で足を止め、ポケットに手を突っ込み、そこから一枚の銀のプレートを取り出した。

 私がクウガから借りた「コルカ」に似ているけど、やや小さいもので、そこにはまっていた石は青色だった。


 灰色の扉は頑丈な金属でできており、しかも私が寝泊りさせてもらっている、中央棟の普通の部屋と違って、「ドアノブ」はおろか、手をひっかけられそうな箇所すら見当たらない。


 あれ?こんな重たそうなドア、どうやって開けるの?


 と首を傾げたが、すぐにサイモン先生がそのプレートを掲げ、嵌まっている石を扉に触れさせた瞬間、その謎が解けた。

 青い石が、扉の表面に触れた途端、ぱっと水色に光り、それと同時に扉が音もなくすす~っと右に移動したのだった。


 えーっ!?どういう原理よ!?なんか、自動ドアよりも滑らかに動いたよね!?


 「だから、魔法だよ。サイモンをはじめとする、この4番目の研究部屋に所属しているメンバーにしか入れないよう、カードとドアの両方に、認識魔法を組み込んでいるね。

 エナ、いちいち魔法に驚かないでよ、怪しまれるから」


 う、そうだった。この世界では、この程度の不思議なことは、日常茶飯事だったわね。


 私はぐっと奥歯を食いしばり、動揺をひた隠しにしながら、サイモン先生に続いて部屋に足を踏み入れた。


 だけどそこでまたしても、私は目の前に広がる光景に度肝を抜かれて、ぽかーんと口を開けてしまった。


 サイモンさんと同じような白衣をまとった研究員が、4,5名ほど忙しそうに広いデスクの上で、薬草をせっせと仕分けしたり、細かく切ったりしている姿よりも、まず目がいったのは、部屋の中央に置かれた巨大なガラスのタンクだった。


 よくSF映画なんかに出てくる、円柱のガラス筒とはまるで違う、どちらかというとシャンパングラスのように優美な形をした水槽から、二本の透明なチューブが伸びていて、一方は、食堂にも置いてあるような普通の水樽に繋がっており、もう一方は、水道の蛇口のようなものがついた、ガラス(グラ)のタンクに繋がっている。


 何より目を引いたのは、その大きさでも、なみなみと縁まで溜まった水の量でもない。


 巨大なシャンパングラスの底に、しゅわしゅわとまるで炭酸のようにキラキラする泡を吐き出す、淡い水色の宝石が、無数に沈んでいて、部屋の灯りに照らされキラキラとまばゆいほどに輝いている。


 「水石」だ。


 誰に教えられるまでもなく、そう思った。


 ゼグンド将軍の身体にいるからこそ、直感的にそう思わされたのかもしれないけど。

 他の人の目にどう映っているのかは、わからないけど、私の目には、その美しい宝石が生き物のように命を持ち、一瞬一瞬、光を浴びて、息をするかのように、何かを真水の中に吐き出し、それが水槽の水を清めているのがわかった。


 「驚いたでしょう?これだけ沢山の水石を維持するのに、大金がつぎ込まれていましてね。それでも足りなくて、ポットの産出量もちょっとずつ減っているわけなんですよ」


 品質のよい水石なんです、と自慢げに説明してくれるサイモン先生の声をよそに、私は引き寄せられるようにして、その水槽にフラフラと近づき、束の間ウットリと美しい水石に見惚れてしまった。


 不思議なことに、近づいてみると、私の目には、水石のひとつひとつが違う色を纏っているように見え、色が暗いものほど、生命力を失いつつあるのだ、と理解することができた。


 どうやら水石には寿命があるみたい。

 だからこそ、ハッキリと濁った色になると、もう水を清める力はなくなるので、取り出され、また新たに買い入れた石と交換する必要があるのだ。


 サイモン先生の説明によれば、一般的なポットは、水石で極限まで清め、水の魔力を付与された水と、土石によって土の魔力を付与された大地で育った薬草を煮詰めて抽出したエキスを元に、薄めたり、他の効能を持つ薬草の成分を混ぜたりと、加工して作る。


 水と土に徹底的な品質を追求しているからこそ、維持費がかかっているのだ。

 だから当然、この施設で量産されているポットの品質は、どこのものよりも優れているはずなのだ、とサイモン先生は力説する。


 「それなのに!先月の出荷品に、毒物が混ざったものがあった、などという荒唐無稽なクレームが入り、その事を理由に、太客が契約更新を打ち切ってしまったのですよ!

 あれは絶対に、ライバル業者の仕業ですよ!ウチの商品に、何者かが手を加えたに違いないのです!


 なのに、何の証拠もないので、結局ウチの検分の精度に問題があった、とされてしまって・・・!」


 黙って聞いていると、サイモン先生はどんどん、両手をワキワキさせながら首をふりふり、大袈裟なゼスチャーと共に、ここぞとばかりに愚痴をぶちまけだしてしまった。


 「けしからん!まったくけしからん事態なのですよ!


 この水石の美しさ!!見て下さい!この一つぶんで、僕らの日給が賄えるほど高額な、高品質な水石を使っているというのに!毎夜のように、交代で見張りまで立てて、泥棒が入らないよう目を光らせ、ビーカーや道具の清掃に至っては、しつこいほど磨きぬいて――――」


 どうやら、よほど新しい聴衆に飢えていたらしい。

 サイモン先生が演説よろしく、朗々と語りだした途端、私に薬草などを見せてくれようと、近づいて来ていた、他の研究員さんが、サッと目を逸らして、コソコソと逃げてしまった。


 え?まさか私一人で、この語りを最後まで聞けというの?

 そんなぁ!


 「まぁ、だいぶ読めてきたな・・・。経済難の理由のひとつは、ライバル業者の横やりか。たしかに、証拠がないと、潔白を証明するのは難しいうえ、信用というものは一瞬で地に落ちるしな。


 挽回は難しいだろうね」


 などと、脳内でシャリオンが容赦ない事を言ってくるので、ますます私には、サイモン先生を「まぁまぁ」となだめる方法がわからなくなってしまった。


 それで、結局、介護施設で働くベテラン看護師のママ直伝の、「傾聴」という技に頼るしかなかった。


 何を言われても


 「そうですね~」とか「わかります」とか「そうなんですね!」と、相槌を打ち、いかにも聞いてます、反論はありません、という姿勢を貫くスキルである。


 こういう熱弁をふるうタイプの人間というのは、そもそも回答など求めてやしない、とママはいつも言う。

 とにかく腹に溜まった不満をぶちまけ、自分の持論を吐き出してしまいたい、というのがほとんどなのだ。


 「悪いことじゃないのよ。必要性に応じるだけなの。

 意志が強くて、自分で何でも決めてしまえる、そういう人は、何をどう言われても、結局自分で考えた答えしか受け付けないから、反論するだけ無駄だし、話が長くなるだけなのよ」


 とも言っていたっけ。


 私はその教えに従い、サイモン先生の話に適当に相槌を打ちながらも、


 「素晴らしい水石ですね」と、褒めちぎるのも忘れなかった。


 結果として、サイモン先生は嬉しそうに笑って、「こっちも汚い手を使ってやるか!」とアブナイ方向へ行きそうになっていた弁論をスッと引っ込め、水槽から少し離れた位置にある戸棚から、「廃棄物」と書かれた箱の一つを引っ張り出して来て、私に見せてくれた。


 中にはぎっしり、水槽の中にある宝石のような水石とは似ても似つかない、白く濁った石がゴロゴロと詰まっていた。


 「大抵、2週間くらいで、皆こうなるんです。ここでは絶えず、清めた水を使うので、消耗速度が速いのですよ。

 これはもう、飲み水すら作れない、ただの石ですね。ただ、元値が高いので、ついつい捨てるのが忍びなくて、これがいっぱいになるまで保管してしまうんですよ」


 なるほど。


 確かに、愛着持って使っていると、捨てにくいよね。


 私はその箱から、掌サイズの石を取って、部屋の天井から吊るされている不思議な形をしたランプの灯りに照らしてみた。


 確かに色が濁って、白っぽいけど、これはこれで鍾乳石みたいで綺麗じゃない?


 私はふと、いったん巨大なシャンパングラスの形をした水槽を見やり、それからまた自分の手元にある白い石に目を向けた。


 そういえば、ここに来てからというもの、夜が長い。夕方までは、何かと用事をみつけたり、ゴミ出しや荷物運びを手伝ったりして忙しく働いているけど。

 ご飯食べて、お風呂がある日は入って、たまにゼグンド将軍の身体の要求に従って筋トレをすることもあるけど。


 ぶっちゃけ、暇だ。


 だってここには、テレビもゲームも、漫画もない!

 やるべき事があるのと、やりたい事があるのは、また別次元の問題なのだ!


 何か娯楽が欲しいと思っていた時だったので、私はピーンと思いついてしまった。


 そうよ!アクアリウム作れないかな!?


 こんな、大層な水槽じゃなくてもさぁ。

 ちょっと大きめのガラスのお椀か何かを貸してもらって、この石を綺麗に磨いて、できれば可愛い形に削って加工したりして、飾ったら、綺麗じゃない?


 それで、そこに可愛いお花を浮かべるの。

 あ~そうよ、女の子らしい事が、恋しかったのよ!可愛いぬいぐるみも、ピンクの小物も、なんにもないんだもの、女子力枯れちゃいそうなんだもん!


 「・・・・・・・・・気持ち悪いから、やめてほしいんだけど。そもそも君に女子力なんて、あったけ?」


 と、シャリオンがウンザリしたようなツッコミを入れて来るけど、幸い「ダメ」とは言わなかった。


 考えれば考えるほど、手にした白石がキラキラした宝石に見えてくる。

 小さくて殺風景な、「ディナダン・クーゲル用のお部屋」を思い出しては、ますます、インテリアっぽいものが欲しくなってウズウズしてくる。


 「あのぅ、サイモンさん。この廃材の石なんですけど、ちょっぴり頂いてもかまいませんか?」


 と、思い切って聞いてみた。


 すると、サイモン先生は一瞬だけ「おや?」という顔つきになったけど、すぐに大きく頷いて、


 「好きなだけどうぞ!あ、こちらの薬草もどうです?育ちの悪い部分を間引いたものなんで、クスリには使えませんでしたけど、香りはよいのです。


 枕に詰めると、よく眠れますよ」


 と言って、いい香りのする干し草まで一緒にくれた。


 わーい!気前のいいおじさんって大好き!


 「だから、気持ち悪いからやめてくれよ・・・!」とシャリオンがまた文句を言うのだが、手に一杯、白い石と、ハーブ(?)を貰った私は上機嫌で、そんな事は一切気にならなかった。


 私はタダで色々貰うのは気が引けたので、その後、重たいタンクの予備を磨いたり、新たに運びこまれた様々な薬剤を仕分けするのを、手伝わせてもらって、午前中いっぱいをそこで過ごした。


 ケイレブ副館長ときたら、毎日必ず一度は研究棟を訪れて、――――「君たちが貴重な水石を考えナシに無駄遣いしているから、ここの財政が~」――――などとネチネチ嫌味を垂れていくらしい。


 案外暇なのかしらね?


 幸いなことに、この日はベッポさんが言っていたように、ケイレブさんはひどい腹痛に苛まれていたため、当然ながら来なかった。もちろん誰一人としてケイレブさんを心配する者はない。「一週間くらい寝込んだらいいのに」などと真顔で言う人もいたくらい。


 うーん、嫌われ者って大変ね。


 その日、お昼ご飯をもらいに食堂に行くと、この頃ではにこやかに、たくさんご飯をよそってくれるようになっていた、配膳係のマチルダおばさんが、困り顔で私のためにパンを余分にカットしてくれながら、


 「ああ、どうしましょう・・・。クーゲルさん、アンタみたいな人のために、もっとお肉や腸詰を出してあげられたらいいんだけどね。


 だけど、また食材費を減られてしまって・・・。これ以上どう切り詰めたらいいのか、皆悩んでいるところなの。少ないけど、悪く思わないでね」


 と、申し訳なさそうに頭を下げてきた。


 確かに、差し出されたシチューの具に入っているお肉が、ちんまりしていて一口サイズどころか四分の一サイズだ。


 だけど、そんなのマチルダさんのせいではないし、私みたいな居候オジサン(認めたくないけど!)に、そんな気遣いはいらないのに。


 「マダマ(ご婦人、淑女。マダム、と同義語)、どうぞお気になさらず!」


 驚いたことに、私がどう答えたらいいのか考えるまでもなく、そんな言葉が私の口を突いて出た。


 どうやらこれも、ゼグンド将軍の脊髄反射――――いや、残留思念というやつか?――――のひとつだったみたい。


 「へぇ、意外に紳士なんだね、ゼグンド将軍は。ご婦人に頭を下げられるのが苦手なのか」


 と、シャリオンも興味深そうに呟いている。


 私としては、とっても恥ずかしい一言だったのに、言われた側、つまりはマチルダおばさんにとっては、違ったようだった。


 彼女は一瞬だけど何を言われたかわからない、といった表情を浮かべたあと、みるみるうちにぱぁっと頬を染めて、恥ずかしそうに顔を逸らして俯いてしまった。


 「ま、まぁ・・・!マダマ、だなんて呼ばれたのは初めてですよ。お前とか、太っちょのババアだとか、うちの亭主ときたら・・・・!」


 などとブツブツ言いながら、どういうわけかそそくさとおたまを放り出して、調理場に帰ってしまった。


 はて?なんでだろう。こんな筋肉ダルマのオッサンに、何を言われたって、恥ずかしい事なんてあるわけないのに。


 「おかしいな?こういう天然タラシが、どうして独身でいられたんだろう。腐っても英雄なんだし、普通は女の方が放っておかないよな」


 と、シャリオンはますます訳のわからないボヤキを漏らして頭を捻っている様子だけど。


 私としては、あまり深く考えたくない案件だ。

 こんな暑苦しいオッサンがモテモテウハウハ、結婚するのしないのだと、想像するだけでもおかしいし、その相手が同性――――女性だって考えるのも難しい。


 見た目はゴリラだけど、中身は私なんだもん!相手が女性だと、レズ?百合??になるじゃない?


 そう考えればこのゼグンド将軍というオッサンが独身だったのは、本当に幸いだった!

 大体、オッサンのせいで、私はこんな不自由な暮らしをしているっていうのに、そのオッサンが私よりモテてたら、面白くないじゃないの!不公平だわ!!


 結婚なんかさせるもんですかっ!相手がクウガみたいにお料理上手なイケメンだったら、考えてやるけどさ!


 「いやいや、考えなくていいよ・・・てか、なんで結婚の話になってるのさ?」ともっともなツッコミを入れられて初めて、私は我に返った。


 そうだった。


 いつの間にか私は、つましい昼食を食べ終えており、木製のスプーンがへし折れるほど強く握りしめてしまっていた。


 「あの、クーゲルさん?やっぱり足りませんか?俺の分も、どうぞ」


 と、隣に座っていたサイモン先生が、なぜか青い顔をして、自分のぶんのシチューを差し出してくれるところだった。


 うう、恥ずかしい!

 ところが、このゼグンド将軍、ご婦人相手には至って優しいのに、男に対しては容赦ないタイプのようで。

 おずおずと差し出されたシチューを、ありがたく受け取って食べてしまった。


 これも、ゼグンド将軍の残留思念のせいよ、脊髄反射のせいよ!決して、私のせいじゃないからね!!



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 その日の夜、私はホクホク顔で、ツギハギのあたったベッドカバーの上に「戦利品」の数々を並べていた。


 まずは、サイモン先生から頂いた「水石(注・廃品)」でしょ?ひと箱丸ごと貰えたのはラッキーだったわ。元値を考えたら、今や廃品とはいえ、なんだかすごく得した気分!


 それに、ポットにはもう使えないけど、いい香りのする干し草!ハーブと呼んで差支えないでしょ!


 これもたっぷりあって、枕どころか軽くベッドもこさえられそうなほどだ。


 あの研究室って、無駄が多いんじゃない?まだ使い道のあるものを、こうして毎日ドンドコ捨ててるわけなんでしょ?

 こういうものも、市場に卸せばいいんじゃない?二束三文とはいえ、たくさん売れば、少しくらい研究資金の足しになりそうなのに。


 「それはどうかなぁ。香りがいいくらいじゃ、買おうっていう人は少ないでしょ。香料って、そもそも貴族の趣向品だからね。その貴族は、市場で買い物することはないし、したとしても、チクチクするみすぼらしい干し草になんか、目もくれないだろう」


 うっ・・・!そ、そうか。それもそうよね。


 悔しい事に、シャリオンの方がずっと博識のようだ。


 と、とにかくよ。廃材置き場の管理人さんに頼んだら、好きなものを使っていいって言ってもらえたから、適当に選んで持ってきた、このガラスの水槽を見てよ!


 私はベッドの真ん中に置いた、50センチ四方の四角い水槽をガバっと持ち上げた。

 角っこの部分が5センチほど欠けてしまっているくらいで、まだまだ使えそう。これは本当に掘り出しものだった。


 ジャバジャバ洗って丁寧に磨き上げたそのガラスは、ぴかぴかしてて、新品同様なのだ。

 うふふ、私って意外と器用なのかしらね?あんなに煤汚れしてて真っ黒だったガラス(グラ)がこんなに綺麗になるなんてさ。


 あ~も~嬉しい!これに水を張るのを想像するだけで、なんかドキドキしてきちゃう!金魚なんか飼えないかなぁ?


 そして、肝心なのは、石を磨くための研磨剤を仕込んだ磨き布。


 コットンよりも織目の荒い布に、歯磨き粉みたいなクリームを染み込ませ、工芸品や銀の食器を磨くものなんだけど。

 こればかりは、少し値が張るものだからという事で、ちょっとしか譲ってもらえなかったけど。


 水槽の底に沈める水石を磨くだけだもの、そんなたくさん必要ないよね。


 「あれ?形を整えるため、ヤスリとかいるんじゃなかった?」


 ずっと「インテリア造りなんて、興味ないね」と言ってそっぽ向いてしまったはずのシャリオンが、ふと声をかけてきたので、私はハッとして水石と研磨布を放り出しそうになった。


 そうだった!できればハート型とか、いろんな形にしたかったんだっけ。


 でも、よく考えたら、やったことないし・・・・。狙った形にできるのかどうかと言われると、自信がない。


 失敗することを考えたら、削ることは諦め、ともかくこの水石を少しでも綺麗に磨いて、見栄えのする花とか、オブジェを集める事を頑張った方がよさそうね。


 そう自己完結してしまうと、私はどっかりベッドに腰かけ――――ミシミシっと嫌な音が鳴ったような気がしたけど――――水石を磨くという作業に打ち込むことにした。


 サイモン先生の研究室で見た、あのシャンパン型の水槽に入った、美しい宝石のような水石の姿が目の奥に焼き付いて離れない。


 廃材なのだから、期待したってしょうがないんだけど、見た目だけでも、透き通るような美しさを取り戻せたらな、と夢見てしまう。


 きゅっきゅっきゅ。


 ヘキルジア王国に、人間の目には決して見えないという、水の精霊が住まうもうひとつの王国が、深い海の底にある。

 夢のように美しい、紺碧の水底に沈む、キラキラした石。真珠を転がすように、ささやかで涼し気な水の精霊たちの吐息と、声から生まれるそれらは、人の世界にとっては最早生活に欠かせない、貴重な天然資源になって久しい。


 泥水を飲み水に変えたり。この研究所で造っているような、傷を癒す薬の原材料となったり。

 そんなありがたい水石だけど、それと引き換えに、精霊たちは何を望んだのだろう?工芸品や趣向品、とだけ聞いたけど、どういうものが好きなんだろうか?


 ゼグンド将軍の記憶と、シャリオンが教えてくれた話を頼りに、ぼんやりと空想しながら、せっせと手を動かし、水石を磨いていると、そのうちだんだんくすんだ白い石の表面が、ツヤツヤとした輝きを取り戻しだした。


 おお!早速成果が!と私は嬉しくなって、鏡面状態になった石の表面を撫で、

 「どうせなら、もっと透明にならないかな~」と言いながら、さらに磨きだした。


 きゅっきゅとリズミカルに磨いていくうちに、ふと、水石の表面に、自分の顔、つまりはオッサンの漢らしい顔が小さく映りこんでいることに気づいた。


 ほぼ真上に粗末なランプが釣り下がっているので、その灯りを反射しているだけだと思ったけど、持つ角度を変えると、やっぱり表面にかすかにオッサンの顔が映っているのが見える。

 鏡ほど鮮明に、というわけではないんだけど。ついつい、自分の顔、つまりはゼグンド将軍の顔は、普段あまり見ないようにしているくせに、(なぜって?そりゃあ、元の自分と違いすぎて、見る都度ガッカリするからだ!)こういう時はじっと見入ってしまう。


 えー、嫌だな。やっぱりごついなぁ。もう少しハンサムだったらよかったのにぃ。

 私の好みといえば、もっと線が細い、ジャニ系のイケメンで――――。


 そこまで思った時、不思議な事が起きた。


 うっすら映っていたオッサンの顔が、ふっと白い吐息を吹きかけた時のようにかき消えて、代わりに別の物が映ったのだ。


 はじめは、目の錯覚かと思った。

 乳白色だった石の表面が、サッと夜空を写し取ったかのような群青に変わったかと思えば、僅かに揺れ、一瞬肌色の瞼のようなものが青を覆い隠した。


 見間違い?そう思って何度も瞬きし、顔を石に近づけ、さらに覗いてみると、まるでカメラのフレームをズームアウトするときのように、距離が遠のき、さっき見た群青色が誰かの瞳の色だったことに気が付いて、ドキッとした。


 ぱさぱさと音がしそうなほど、濃くて長い睫毛が何度か閃き、その下からまたゆっくり現れたのは、綺麗な青色の瞳だった。


 しかも、群青だと思ったその瞳は、その人が身動きし、呼吸をする都度、僅かに色が変化する。

 石に映っているのは、目だけだというのに、強烈に人の心を惹きつけるものが、その「人」にあるのがわかった。


 青い瞳がもう一度瞬き、今度はうっすら、下半分が鮮やかな金色に輝いているのが見えて、またドキリと胸が鷲掴みにされる。


 ――――綺麗。


 そう思った途端、ゼグンド将軍の記憶が刺激されたのか、ゼグンド将軍の声が脳裏に響いた。


 ――――ルスラン。


 え?と一瞬石から気がそれた瞬間、またしても石の上に浮かんだ映像は、ぐんと遠ざかり、今度は青い瞳が伏せられたその人物の全体が見えて、私は悲鳴をあげそうになってしまった。


 全身血まみれで、氷の床の上に横たわり、息も絶え絶えになっているのが見えたからだ。


 「きゃあっ!!」


 思わずそう叫んで、石を取り落としてしまった瞬間、ぱちんと何かが弾けたような音が部屋じゅうに響き渡った。


 コロコロ、と転がるその石を、慌てて捕まえたけども。


 何度その石を擦ってみても、さっきみたいに、水石だったものは、二度とあの青く美しい不思議な瞳の持主を映すこともなく、彼がどうなっちゃったのか、知りたくてもどうする事もできない。


 シャリオン、一体どうなってるの?さっきの人は、誰なの?

 ゼグンド将軍は、知っているみたいだったけど。


 「・・・・・・・まさか、そんな。――――」


 シャリオンは、私以上に動揺しているみたいで、私がどう話しかけても、まるで相手にしてくれない。


 ゼグンド将軍の記憶は、私が願った時に都合よく引き出せるようになっていない。

 だけど私は必死に呼びかけた。


 お願い、何がどうなっているのか、教えてよ・・・!さっきのあの人は、なんで死にかけていたの?なんで私にそんなものを見せたの?これもオリスヴェーナの加護のおかげ?水石を通して何を、誰が何のために、私にあれを見せたの?


 疑問は尽きない。

 胸のドキドキはなかなか収まらず、先ほど水石の上に垣間見た、青にも金にも変わる不思議な瞳の色が脳裏に焼き付いて離れない。


 その持主が、果たして男なのか女のかさえも、はっきりとはわからない。あまりに一瞬のことだったし、血まみれになって倒れていたその状態に驚きすぎて、どうしても思い出せない。


 あれは、誰なんだろう?ゼグンド将軍の知り合いなんだろうか?


 私は気持ちを落ち着かせるため、そしてまた水石がさっきの映像を見せてくれはしないかと、淡い期待をしながら、水石を拾い上げ、再びきゅっきゅと磨く作業に戻った。


 不思議なことに、水石は磨けば磨くほど、透明感が増していくような気がして、それに気づくと「もしかしたら、もっと綺麗になるかも?」という期待がこみ上げて来て、やめどころがわからなくなる。


 気が付けば、夜は更け、陽が昇るまで、私はそうして水石を磨き続け、箱いっぱいぶんの水石の半分まで仕上げてしまっていた。


 「あれ?それ、昨日もらってきた廃材だよね?新品みたいに見えるけど、まさか盗んできた?」


 と、ようやく正気に返ったらしいシャリオンが声をかけてきたので、私はびっくりして、水槽の底に敷いたばかりの、磨き立ての水石を振り返った。


 え?やだなぁ!誉め過ぎよ!磨きまくって、綺麗にしただけじゃないの。表面が綺麗になったら、新品と区別がつかなくなるなんて、大発見だよね。


 まあ、見た目だけだろうから、誰も喜ばないんだろうけど。


 私はそう考えながらも、シャリオンが心底驚いていたようなのが、自分の仕事に対する賛辞のように思えて、気持ちが浮き立ってくる。


 えへへ~、私って実は、磨く才能みたいなものがあるのかな?よし、手は疲れてるけど、せっかくだから、お水注いでみようか。


 50センチ四方のガラス(グラ)製の水槽に、ぎっしり水石(廃材だけどね)を詰めたら、流石に重たいけど、いつも振り回している、鉄の鍬ほどじゃない。


 私は意気揚々と足一本でドアを押し開けて、まだ薄暗い廊下をソロリソロリと忍び足で進んで、共同洗面所に向かった。


 廊下の窓からも差し込む、ささやかな朝日が時折優しく水槽の中まで手を差し伸べ、私が磨いた水石がキラキラと輝くのが見える。


 うわ、ホントに宝石みたい!我ながらいい仕事したよね!


 綺麗なものを見ると気持ちが浮き立つ私は、ウキウキしながら足を速めて洗面所に辿り着くと、さっそく慎重に水槽をシンクの中に置いて、蛇口をひねった。


 相変わらず、頼りない水道官はところどころ破損でもしているのか、チョボチョボとしか水が出ないので、水槽に水が溜まるのも時間がかかる。


 だけど、さすがに「水石」と呼ばれるだけあって、廃材として捨てられてもなお、水に触れると一層美しく輝きはじめ、目の錯覚なんだろうけども、なんだか水がキラキラ虹色に一瞬輝いたような気がした。


 ジリジリしながら待っているうちに、ついに水槽の7割ほど水が溜まり、私はそこで蛇口を締めた。


 よし!これだけあればいいよね。


 それにしても、綺麗よね。

 昨日研究室で見せてもらった、あの巨大な水槽のやつにだって、負けてないんじゃない?見た目だけなら勝負できるかも!


 「・・・・・・・・おかしいな。水石って、一度濁ったらただの石コロのはずなのに」


 とシャリオンがぼやいているんだけど、実際磨いたら綺麗になったんだもの。それって先入観じゃないかしら?効力を失ったらポイするのが当たり前で、誰も廃材の水石を磨いたりしなかったんじゃない?


 「うーん・・・・・まあ、そうなのかな。使い切った燃料を飾ろうだなんて酔狂なこと、普通は思いつかないよねえ」


 水を溜めた水槽は、流石にさっきよりも重たい。


 だけどゼグンド将軍の筋力はそのくらいじゃビクともせず、私は楽々その水槽を持って廊下をすたすた歩くことができた。


 あと20メートルほどで自分の部屋につく、というところで、曲がり角から誰かが歩いてくるのに気が付いて、ぴたっと足がとまった。


 もちろん、私がそうしよう、と思ったわけでなく、またしてもゼグンド将軍の脊髄反射が「このまま進んだらぶつかる」と教えてくれて、ご丁寧にも勝手に止まってくれたのだ。


 「あ!クーゲルさん、おはようございま・・・・・!あれ!」


 ふぁ、とあくびをしながらやって来たのは、私(クーゲル・・・いや、ゼグンド将軍)のお隣の部屋に住んでいる、ドランというお兄さんだった。


 警備兵なんだけど、夜勤ばかりしているので、朝食、昼食の席では決して見かけない、完全な夜型人間で、青白い顔をしている。

 この日あった時も、夜勤明けらしく、まだ若い顔がゲッソリといつも以上に青ざめて見え――――こう言っちゃ悪いんだけど、オバケかと思っちゃって――――私はギョッとした。


 だけど、びっくりしたのは、相手のドランさんも同じだったみたい。


 私を見て、というより、私の手元の水槽を、目を丸くして見つめているではないか。


 あれ?もしかして、アクアリウムっていう発想が、この世界にはないのかなぁ?


 「く、クーゲルさん!!何しているんですか?研究棟はあっちですよ?ダメじゃないですか!こんなところに、貴重な「聖水ミェールクァ」を運ぶなんて!」


 と、いきなりドランさんは大声で言い出した。


 ミェールクァ?(聖水)??


 「バカ!サイモンさんが言ってただろ。水石で清めた、水魔力を帯びた状態の水のことだよ。遥か昔に滅んだ聖魔法の波動と似ていることから、聖水、ミェールクァと呼ばれるようになったんだ」


 と、シャリオンが耳打ちしてくれたので、ああ、そうだった!と思い出せたんだけども。

 目の前のドランさんときたら、ひどい顔色のまま、なぜかとっても焦っている。


 「い、今の内に研究棟に戻しましょう!間違えましたって、素直に謝れば、きっと許してもらえますよ」


 いやいや、待ってよ。研究室に、こんな廃材入りの水を持って行ったって、紛らわしいな!って怒られるだけじゃないの?誤解よ、見た目が似てるだけなんだから。


 私は笑って「誤解ですよ」と説明しようとしたんだけど。


 徹夜明けのせいか、妙なハイ状態のドランさんは、全く聞く耳を持たず、私の腕をグイグイ引っ張って、しきりに研究棟へ行け、と何度も繰り返す。


 「廃材?バカ言わないでください、そんなはずないでしょう!水石一つ、研究棟から持ち出すだけで、大事になるんですよ。それなのに、こんなたくさん持ち出したら、金に換えるつもりだったのかって、心ない連中に疑われるかもしれません・・・!急いでください!!」


 「だから、違うって。これは表面を綺麗に磨いただけの廃材だし、水だってただの水道水だよ。ギリギリ飲料水ってところで――――」


 というように、「違う」と言っても「そんなはずない」と返され、そのやり取りはエンドレスに続きそうだったので、結局私が折れて、ドランさんと一緒に研究棟に向かうことにした。


 どうせ怒られるのなら、早い方がいい。

 サイモン先生が起きているかどうかはわからないけど、きっと水石を見慣れているプロの研究員なら、誰だって、私が今抱えている水槽に入っている水が、ただの水だということを一瞬で見抜くはず。


 そう思い込んじゃったんだよね。


 これが大間違いだった。


 私が、ドランさんに引っ立てられる形で研究棟に入った瞬間から、名前も知らない、話したこともない研究員からも、驚愕の目、そして冷たい侮蔑の眼差しを向けられたところから、察するべきだったのかもしれない。


 結論から言うと、私はなんと「水石泥棒」のレッテルを貼られてしまった。第四研究室に足を踏み入れてわずか3分もしないうちに、昨日は笑顔で迎えられたはずの、その場にいた全員から嫌悪の目を向けられ、警備兵を呼ばれて拘束されてしまったのである。


 サイモン先生が「この水は、とんでもなく高濃度の水魔力を帯びています。どうやって忍び込んだのかはわかりませんが、クーゲルさん。

 失望しました。この水石は、この研究室でも30個しかない、希少な最上級ランクの水石です。それを、こんな粗末な水槽に入れた挙句、勝手に水を注ぐとは・・・・!」


 と、吐き捨てるように言って、私を睨みつけた、その苛立ちと憎しみの籠った眼差しは、グサリと私の心に突き刺さった。


 あまりにも真摯に訴えられるので、まるで本当に自分が、知らないうちにその希少な宝石を盗んでしまった挙句、台無しにしてしまった、かのように錯覚してしまったくらいだ。


 そんなはずないのにね。


 「バカ!しっかりしなよ!」と何度もシャリオンに怒られたんだけど、私の17年という短い人生の中で、これほど一方的に沢山の人に後ろ指さされ、盗人だ!と声高に糾弾されたことは初めてだったので、ショックの方が大きく、なかなか立ち直れるものではなかった。


 それで、ろくな抵抗も言い訳もできないまま、ズルズルと、集まって来た警備員のオジサン達に乱暴に捕まれ、縄でぐるぐる巻きに縛られ、地下牢なんていう、ファンタジー界ではお約束の観光スポットに連行されてしまったわけだ。


 とほほ。可愛い花でも飾って、素敵なアクアリウムを自分の部屋に置いて、女子力復活できる、と思ったのに。

 もしかして、神様は私に、「女子力なんて捨てちまえ!お前はもうオッサンなんだ」とでも言いたいのでしょうか?酷すぎます!!異議あり!!


 「君の、元々あったかどうかもわからない、女子力なんて、どうでもいいんだよ!それより、僕というものがついていながら、ゼグンド将軍に犯罪歴なんてつけられたら、僕の評価が下がっちゃうだろう!?

 ロスワン警察部隊に連絡入れられる前に、なんとかしないと!」


 と、プンスカ怒っているシャリオンには悪いけど、地下牢なんてものに生まれて初めて連行される、というこの状況に、コッソリ胸をときめかせている自分も確かにいて。


 これからどうなっちゃうんだろう?とドキドキしながらも、「まぁ、そんなに大事な宝石なら、数を数えて管理してるだろうから、それが無事だったと確認さえしてもらえれば、濡れ衣なんてすぐ晴れるよね?」



 とまたしても私は、甘い事を考えてしまっていた。


 まさかこの状況を利用し、一番大事な研究資材を管理している棚から、本物の水石を盗もうとしている人がいた、という可能性を、私もシャリオンも、ちっとも考えていなかったのだ。


 私達(私とシャリオンね)はこうして、すぐに疑いを晴らすことができず、3日も地下牢に拘留されることになった。




 なお、私の知らないところでは、またしても、謎の男が全く別の理由から、ガタガタ震えあがっているのだった。


 「まずいぞ、ヤバイぞ・・!改善どころか、悪化した!クウガ様やアルテラ様にこの事が知られたら、ケイレブ副館長どころか、まず俺の命が危ない!!なんとかしないと・・・・!」




to be continued!



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




*注意*地名、人名は全話書きあがった後の見直しで、変更になる可能性があります。全て適当にでっちあげておりますので、実在する地名、人名とかぶっていることもあるかもしれませんが、ご指摘あれば直していく所存です。


誤字脱字、そして色々直さなくてはいけない箇所が、沢山あるのはわかっております。ですが、とにかく長いお話ですので、とにかく途中で投げ出さないよう、話を進められるだけ進めて、終わりごろになったら戻ってちょこまか訂正していこうかと考えております。


今すぐ直せや、コラ!と思われたなら、どうぞその旨をコメントなどでお教えください。善処させていただきます。

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