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コハル小児科病院  作者: 林来栖
2/2

後編

 ******


 大音響の雷鳴と稲光。僕らは突然の不可思議になすすべも無くその場にしゃがみこみ、頭を抱えた。

 雷鳴と同じような『声』で、藤崎涼が言った。


「それだけだったらなっ!! だけど、今年の春、姉のことで僕と両親を苦しめた奴が現れたっ!! 二十年前の姉の死を医療ミスだとして、両親がコハル病院の院長を強請ってるって、SNSに書き込んだ奴がっ!!」


 初耳だった。

 僕はあんまりSNSには熱心では無かったので、藤崎についてそんな話が書き込まれているなんて、全然知らなかったのだ。

 藤崎涼の大音響は続いた。


「両親は、このフェイクニュースのせいで仕事にまで影響が出たんだっ!! 父のオフィスには日に数十本と嫌がらせの電話やメールが来た。小学校教諭の母は、五月の保護者会でこの噂の真偽を問われて、三時間以上保護者と討論を余儀無くされた。……それでも、誰も両親の潔白は信じてくれず……」


「まっ、待ってくれっ!!」悠が叫んだ。


「たっ、確かに、涼のお姉さんはここで死んだ。けど……、本当に、爺さんは医療ミスなんかしてないんだ」


「——嘘つけ」藤崎涼が嗤った。


 その時。

 霊安室の電灯が消えた。

 今度は何だ? と身を固くした僕のすぐ後ろで、霊安室の扉が開く音がした。

 電灯が、点いた。


「ヘタなコントはその辺までだぜ、坊ちゃん達よぉ」


 見知らぬ大柄な男三人が、僕らの前を塞いだ。と、渚と凛花が小走りに男達の背後に回る。


「え……?」何してるんだ? と、僕は目を見開いた。


「あー、ここまで付き合ってて、メッチャ退屈だったぁ」渚が、わざとらしく伸びをしてみせた。


「悠、あんたと藤崎が、あたしと凛花を怖がらせようってここへ呼んだってことは、とっくに知ってたのっ!!」


 渚の衝撃の言葉に、凛花はあはは、と面白そうに笑った。


「知ってるだろうから言うけど、藤崎のお姉ちゃんのリョウコちゃん? の幽霊がこの病院に出るって話、叔父さんのデッチあげなのよねぇ」


「病院に勤めてた看護師とか、保育士のおばちゃん達って、ほぉんと、お金好きだもんね。ちょいちょいって父さんがポケットマネー見せたら、ホイホイ嘘広めてくれたよ。

 でもほんとに『リョウコちゃん』が出るなんて思わなかったわ」


 渚と凛花は、『リョウコちゃんの幽霊』が出る、と分かっても、全く怖がる様子がない。

 どころか、何が面白いのか、ケラケラと甲高く笑い続けた。


「私ぃ、割と『視る』方なんだ、実は」凛花は笑いながら言った。


「『リョウコちゃん』って、居るだけじゃん? この子、ぜんっ然、怖くないわ。もっとコワイ霊を一杯みたことあるしぃ」


「あー、あたしは全然、『視』えないわ。だから、凛花が教えてくれた方みて、きゃー、て言ってたけど、もー、バカバカしくなって来ちゃってさあ」


 渚は、また腹を抱えて笑い出した。


 僕は、腑が煮え繰り返る思いがした。


「この——っ」


 二人に罵声を浴びせようとした僕より早く、悠が渚を捕まえようと手を伸ばした。

 その腕を、男の一人が掴む。


「って!!」


「まあ、恨むんなら自分の爺いを恨みな」男は、悠の腕を捻り上げた。


「ウチのシャチョーが病院の買収話持ち掛けた時によぉ、いい返事しとけばお孫さん達を傷付けなくっても済んだのにな」


 それでも抵抗し男の手から逃れた悠が、尚も渚を捕まえようと動くのを、もう一人の男が、持っていたゴルフクラブで叩いた。

 膝をしたたかに叩かれ、悠はその場に倒れる。


「悠——!!」


 駆け寄ろうとした僕より先に、藤崎涼が悠を助け起こした。

 男は、その涼にもゴルフクラブを振り上げた。


「うっ!! くうっ!!」


 肩と腰を叩かれた涼は、床に膝をついた。その間に、ゆっくりと二人の背後に回った三人目の男が、長い結束バンドでいきなり悠の両手を後ろで締め上げた。


「うっ、痛えっ!!」


「やめろっ!!」


 同じように後ろ手で封じられた涼も、膝立ちからうつ伏せに床に転がされる。


 男達は二人を壁際まで引き摺ると、またもゴルフクラブで殴り始めた。

 主に足を叩かれた悠と涼は、ジーンズが裂け、中から血が染み出していた。


「も、いいんじゃない?」


 つまらなそうな顔で、渚が言った。


「あとはぁ、ここに二人残して鍵かけちゃえばいいんでしょ?」凛花は、涼の前に、すとっ、と腰を落とした。


「ごめんねぇ、涼くん。巻き込んじゃって。でもね、悠のお爺さんが悪いんだから、恨む

んならお爺さんを恨んでね?」


 と。

 それまで消えていた『リョウコちゃん』が、涼の隣に現れた。


「早く、出た方がいいよ」と、『リョウコちゃん』は凛花を急かすように入り口を指差す。


 凛花は首を傾げて言った。


「弟、助けて上げたいのぉ?」


『リョウコちゃん』は首を振る。凛花は首を反対側に曲げて、「何言いたいんだかわかんない」と立ち上がった。


 どうやら、凛花には『リョウコちゃん』の声は聞こえていないみたいだ。


「行こ」渚が凛花と、三人の男達に顎で合図する。


 凛花が歩き出した渚に続く。だが、男の一人が女子達の前へ立ちはだかった。


「なっ、なにすんだよっ!?」


 霊安室の扉の前に通せんぼをするように立った男に、渚は凄む。


「さっさと扉、開けなよっ」


「ヘっへっ。悪いなぁお嬢さん。ちっと、俺らと付き合ってくれよ?」


 男達は下品な笑いを浮かべ、凛花と渚を眺め回す。


「俺らなぁ、ここへ来る前に、聞いちまったんだよ。あんた等の親父が、俺らの事を『頭の悪いサル』っつってんのをよ」


 結束バンドを持った男が、渚の、肩までに切った、少しパーマのかかった茶髪に触れた。


「触んなっ!!」


「おおっ、おっかねぇ。さすが、あの業突く張りの親父の娘だぜ。……けどよぉ、俺らにだってプライドってもんがあんのよ」


「そーそー」と、ゴルフクラブを持つ男が頷く。


「『汚い仕事は、頭の悪いサル共にやらせときゃいい』なんて言われたらよ、やっぱカッチーンって来るじゃんか」


「ただでさえ、しょっちゅう人の事アゴで使いやがって。ムカつくシャチョーだっつうのによお?」


「だっ……、だから、あたしらに、どうしろって?」


 声は震えているが、強気に言い返す渚に、三人はゲラゲラと笑った。


「鬱憤晴らしだっての。どうせ俺らはこの後、ケーサツに捕まるんだしよ。あの親父のこった、俺らだけが勝手にやったってことにして、もうとっくにサツに話着けてんじゃね?」


 ゴルフクラブの男は、ひゅっ、とクラブを渚の目の前で振った。渚がびくっ、と肩を上げる。


「大事な大事なおジョー様達をよ、俺らみたいなきったねぇサルに傷モンにされたら、さぞかし怒るだろうなぁ、あのバカシャチョー」


 ひひひ、と、後の二人がいやらしく笑った。

 凛花は、その時になって『リョウコちゃん』が何を言いたかったのか気付いたらしい。


「いや……、私、出るっ!!」


 無理にでも男達の間を抜けようとした凛花を、ゴルフクラブの男が片手で抱きかかえた。


「いやっ!! 放してっ!!」長い黒髪を振り、身体を捩り抵抗する凛花に、男は「イキがいいやっ!!」と笑った。


 男が凛花を捕まえている間に逃げようと動いた渚を、リーダー格の、何も持っていなかった男が捕まえた。

 放せ、と喚く渚のTシャツを、男は笑いながら破いた。

 見る間に男三人に裸にされる女子達を見て、悠と涼が怒鳴る。


「止めろっ!! 女の子に罪無いだろっ!!」


「放せよっ、悪党っ!!」


 散々殴られてもまだ声を出すだけの気力がある悠と涼に、男達は「うるせえっ!!」と、怒鳴り返した。


 結束バンドの男が二人に近付き、痛め付けた足を思い切り踏んだ。

 悠も涼も、痛みに呻く。


「何にも出来ねえバカ小僧共は、ここで大人しくおジョーちゃん達が俺らにエッチされんのを指咥えて見てろってんだっ」


 僕は、霊安室の扉の壁の隅に立って、じっと成り行きを見ていた。


 ——悠と涼を助けたい。男達を追い払いたい!!


 しかし、思うだけで、身体は石にでもなったように、全く動かない。

 内心で僕が足掻いている間にも、渚と凛花は男達に陵辱されている。

 悠と涼は、痛みを堪えて抗議の怒声を上げている。


 悠と涼の声が涸れ、渚と凛花の悲鳴と泣き声が小さくなった頃。リーダー格の男が言った。


「さあて。楽しませてもらったしよ、そろそろ、お開きにすっか」


 男達は、自分達の脱いだ服を僕の方へ無造作に放って来た。

 その時。僕はあり得ない事実を知った。


 男達の服は、僕の身体を通過したのだ。——僕は、『幽霊』になっていた。


「……あ」僕の上げた驚きの声は、男達には聞こえない。


 多分、今は悠達にも聞こえていない。


 素っ裸の男達は、死んだように床に裸身を横たえた二人の少女に近付く。リーダー格が、うつ伏せた渚の首に無造作に太い腕を回した。

 海老反りに起された渚は、気が付いて目を開いた。


「な……に……?」


 殴られた口元が腫れて、血が滲んでいる。男はにいっ、と嫌な笑みを作ると、言った。


「念のためってヤツだ。悪く思うなよ」


 渚の口から出た悲鳴は、ゴキリ、という不快な音とともに止んだ。

 ぐったりした渚を隣で見ていた凛花が、渾身の力を振り絞るようにして立ち上がった。

 逃げようと一歩踏み出した凛花を、ゴルフクラブが直撃する。男は笑いながら、少女の頭を滅多打ちにした。

 頭骨が破壊され、血と、脳漿が、倒れた凛花から飛び出る。


 僕は吐きそうになって口を押さえた。

 次に、男達は悠と涼のところへと行った。

 悠は、これだけの惨劇を目の当たりにしても、気丈にも男達を睨み付けていた。涼も、静かな、しかし冷たい眼差しで悪党達を見上げる。


 でも、二人にはそれ以上の抗議は出来なかった。

 男達は、二人の頭を凛花と同様、ゴルフクラブで殴った。

 クラスメイトの血が飛散した床面を平然と踏んで、男達は僕の身体に手を突っ込み、自分達の服を拾って着た。

 まるでゲームの後のように陽気に笑いながら霊安室を出て行く悪党達を見送り、僕はふっ、と意識を手放した。


 ******


 悠達がコハル小児科病院の霊安室で殺された、というニュースは、僕がそこで倒れる二日前に既に報道されていた。

 僕は、倒れて二日経って、近所の総合病院の病室で目覚めた。

 両親は僕が目が覚めたことに安心してくれ、担当医は、検査結果で異常が無いことを告げてくれた。

 それでももう一日だけ安静に、と言われ、僕は窓際のベッドに横たわっていた。

 

 うとうとしていると。

 見舞客が来た、と母が告げた。

 入って来たのは、クラスメイトの小金井奏太だった。

 奏太は今にも泣きそうな顔で窓際の丸椅子に腰掛けると、開口一番。


「蓮っ、本当にごめんっ!!」


「なに? 急に……?」


 小金井奏太は、半分泣きながら、僕が見た凄惨な出来事の『真実』を話してくれた。


 そもそもの発端は、凛花の父、県議会議員の遠藤順三が、街の再開発事業にかこつけてコハル小児科病院の土地を弟の不動産屋、遠藤修に買収させようとしたことだという。

 遠藤修は渚の父だ。悠の祖父、コハル小児科病院の院長飯星誠二郎氏は、話を持ちかけられた時は、まだ病院の存続を検討していたため、買収は断った。

 しかし、遠藤順三はそれを逆恨みし、弟と共にコハル病院にあらぬ噂を立て、廃院に追い込もうと企んだ。

 企みには、遠藤不動産の社員の小金井の父親も巻き込まれた。奏太の父は遠藤社長に借金を肩代わりしてもらった過去があり、断れなかったのだという。

 そして奏太も、父に頼み込まれ、仕方なくSNSに『リョウコちゃんの幽霊』の噂を書き込んだ。


「けど、悠も藤崎も頭いいだろ? 誰が発信源か、って、すぐにバレて。俺、あいつらに追求されて、「あ、もう嘘付き通せない」って思ったんだ。それで、二人に全部話して、力貸すことにしたんだ」


 小金井奏太は、そう言って鼻を啜り上げた。


 悠達と色々と調べてみると、コハル病院の院内にも、幾人か遠藤に買収されてデマを流した人がいた。

 しかし最大の元凶は、遠藤県議の娘凛花と、修の娘渚だった。二人は中学時代のクラスメイトや、他のクラスの友達に、それとなくコハル病院の悪い噂を流していたのだ。

 その中に『藤崎の両親が、二十年前に病院で死んだ娘の死因は医療ミスだとして、コハル病院の院長を強請っている』という、悪質なフェイクがあった。


「お姉さんの幽霊だの、ご両親が強請りやってるだのって言われて、藤崎も相当頭に来てた。俺も謝ったけど、悠も、渚と凛花は許せないから、どうにかして懲らしめてやろうってことになって」


 それで、五月に廃院した当のコハル病院で、夏休みに肝試しをやろうと計画をしたのだ、と。

 その時、悠は僕にラインをくれていた。だが、祖母の所へ母と帰省していた僕は、スルーどころかラインを開けもしなかった。

 悠達は僕が捕まらないので、僕抜きで計画を実行した。

 しかし、悠の計画は最初から渚の父に筒抜けになってしまっていたのだ。


「俺は全然、気付かなかったんだ。親父が俺のメール、盗み見してたなんて。その上、あの遠藤社長に悠の計画を話しちまってたなんて……っ!! 俺っ、本当に、なんて事しちゃったんだろう……っ」


 奏太は、タオルハンカチで顔を覆い、声を上げて泣き出した。


「しっ……、下見にっ、病院に行った時、俺ら、本当に『リョウコちゃんの幽霊』に出会ったんだ。びっくりした……けど、怖いっていうのはなくって。「どうして今頃?」って藤崎が訊いたら、「お父さんとお母さんと、涼ちゃんが心配だったから」って。……藤崎、大泣きしてた」


 それから自分も、と奏太は言った。


「俺は……、ウソで『リョウコちゃん』が出るって、SNSに書いちゃったこと、謝った。『リョウコちゃん』はいいよ、って許してくれて……」


 当日、奏太は渚と凛花を怖がらせるために、途中で抜けて地下の電源の操作をした、と言った。

 それで、地下の階段や廊下、霊安室の電灯が点いたのだ。


 その後の奏太の話は、僕がコハル小児科病院で『目撃』した事とほぼ同じだった。

 けれど。

 僕は、なんでニュースにもなっていたクラスメイトの殺人事件を、全く知らなかったんだろう?

 テレビもネットも、見ていたはずなのに、まるで僕に『知らせない』かのように、事件報道はスルーされていた。

 なのに、どうして、全てが明らかになった二日後に、僕は悠に、呼び出されたんだろう?

 実行犯の三人は翌日には捕まり、凛花と渚の父達は、自分達が事件を計画した事を告白し逮捕された。

 僕がコハル小児科病院に肝試しに行った時には、もう悠は殺されていたんだ。

 僕が『観た』霊安室の出来事は、悠達が『視せた』事実だった。


 悠や涼、渚と凛花。彼ら彼女らは、僕に何かを伝えたかったのか?

 それに、『リョウコちゃん』は……


 僕は、まだ泣きじゃくっている小金井奏太の背後の窓の外に立っている、亡くなった四人の友人達と、一人の少女の霊を、じっと見詰めて考えていた。

色々……ホラーとしては問題あるかもしれませんが^^;;

こんなものと思ってお読みくだされば、幸いです。

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