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獣耳娘と獣耳少年(6.5-2)

本編の6.5話にあたる話の続きです。

馬車から飛び降りた俺達の前に走りこんでくる二人の男。

一人は小柄、もう一人は大柄でどちらも枯草色の上下に覆面で顔の半分を覆っている。


と、二人は目配せをするや、小柄の方の男が大きく左に軌道を変えた。

側面から馬車を狙うつもりか。


「そっちは任せた!」

「はい!」

 ルゥに伝えると俺は大柄の男を待ち構えた。


「…!!」

 大柄の覆面の男は無言で殺気を発しながら走りこみ、俺に向かって体重を乗せた大剣の一撃を上段から叩きつける。

 俺はぎりぎりの所で横に飛びのいて躱し、隙だらけになった男の懐に横薙ぎの一撃を放った。

が、

ギンッ!

 男は巨躯に似合わない素早さで大剣を翻し剣の腹で俺の攻撃を受けとめた。

 そのまま力任せに大剣をかちあげて俺の剣もろとも俺を吹っ飛ばそうとする。

 俺は何とか体勢を整え大きく後ろに飛んで距離をとった。


 大男が大剣を上段に構えなおす。

 俺も剣を正眼に構える。


 彼我の距離は大体…6歩。


 こいつは相当手ごわい。


 相手も同じことを感じたのだろうか。

 今度は間合いを一気に詰めることをせず、じりじりとすり足で俺に近づいてくる。


 視界の端では、ルゥと小柄の男が切り結んでいた。

 小柄の男が両手に持った短剣の連続攻撃を獣耳娘はひらりひらりと風にそよぐ草木のように受けながし、戦闘用ナイフの一撃を繰り出す。

 しかし今のところ男の短剣に防がれている。

 互角と言ったところか。


 どれくらい時間がたったか。大男との距離は大体4歩に縮まった。

 間合いは大剣の相手の方が広い。3歩まで近づけば相手から仕掛けてくるだろう。そこを躱して一撃。いやそれとも――

と。 

 「引くぞ!」


 突然男の声が響いた。目の前の男ではない。

 ルゥと切り結んでいた小柄の男が発した声か。

 すると、大男は突然後ずさりする。

 今だ!

 俺が踏み込もうとした瞬間。


 パン!パンパン!


 軽い破裂音が俺の頭上で炸裂した。

 「うっ!」

 思わず身をかがめる。

 その隙に、大男は俺にも目もくれず、街道と直角の方向に一目散に逃げだした。

 振り返ると、小柄の男も全く反対の方向に逃げていく。

 あたりに漂う火薬の匂い。さっき馬車の馬を脅かしたのと同じ爆竹か。

 してやられた。


 剣を収め、額をぬぐうと獣耳娘に声をかける。

 「ルゥ、無事か?」


 息を切らせて駆け寄ってくる。

 「はぁ、はぁ、はい、でもあいつら、なんで逃げたんでしょうか…あ」


 「どうした」


 「馬車がこっちに向かってくる音がします」


 言われて見まわしてみると、俺たちが行く先の街道の遠くの方から1台、また1台と馬車がこちらに向かってくるのが見えた。


 奴ら、ほかの人に見られて騒ぎになる前に逃げたのか。


 馬車に駆け寄ると、依頼者が窓から顔を出して言った。

「あの賊はどこにいったの?」

 馬車の中で頭を抱えて震えているかと思ったが、意外と度胸が据わっているようだ。


「逃げた。単なる野盗じゃない。金で雇われた奴らだな」

「相当手ごわかったですよ」


 俺たちの言葉を聞いて依頼者のリアナが呟く。

「…叔父の差し金かもしれないわ」


「親父に不正を暴かれたっていう奴か。…実の姪を殺そうとする奴なのか」


「そうね…信じたくないけど。」

 言って少しうつむく。

 しかし、すぐに俺たちに指示を出した。

「早く乗って頂戴。日暮れ前には着かないと」


 その後はおかしなこともなく馬車は日没前には海辺の街にたどり着いた。

 港町に入った馬車は、リアナの指示で海沿いの大通りをひた走る。

 やがてたどり着いたのは、大通りに面した白い壁の背の高い建物だった。


「ここでいいわ」

 建物の目の前でリアナが御者に言って馬車を止める。


「わぁ、すごいお屋敷ですね」

 ルゥが言う。それは嫌味ではなくて純粋な感嘆のようだった。


 お屋敷――確かに道に面していくつもの屋根を連ねた一続きの2階建ての建物は立派な屋敷と言えなくもない。

 ただし、貴族の屋敷などと違い、飾り気がない。

 壁は白く塗られて装飾も見当たらず、窓も質素なものだ。


 前庭といったものも見当たらない。

 その代わりに、屋敷の隣には大きな倉庫がしつらえられ、搬入路が整備されている。

 日暮れ間近だがまだ荷物を運ぶ男たちの姿もちらほら見える。

 まさに、商人が商売のために建てた商館というべきか。


 ともあれ、目的地に無事につけたというわけだ。

 馬車が行ってしまったところで、さっそく支払いの話を始める。

「じゃあ、俺たちもここまでだな。報酬を…」


「待って」

 言いかけた俺を制するリアナ。


「さっき叔父が私を襲撃してきたとするなら、ここも襲撃される可能性があるわ。念のため、しばらく私の護衛としてついて下さらない?もちろん、お金は払います」


「1日あたり、今日と同じ金額をもらえるならボクはいいですよ」

 俺が答える前にすかさず答えるルゥ。


「貴女には聞いてないのだけれど」


「いや、こいつの名前で依頼を受けてるからこいつが決めることだ。…俺も同じ意見だ」


 依頼者はちょっと不満そうな顔をしたが、

「まあ、先ほど仕事は見せてもらいましたしね、いいわ。」


「じゃあそれで。半金は前金でもらうぞ」





「いつになったら、お父様は戻るのかしら」

 リアナが言う。

 屋敷に着いた俺たちは、屋敷の一番端、倉庫の隣にある客間で俺たちは待たされていた。


 しばらく――彼女によれば5年ほどらしいが――留守にしていたとはいえ、彼女の実家だから大歓迎されるかと思ったのだが、彼女の父である主人は今所用で出かけているといい、それで客間で待つように言われたのだった。


 『戻り次第、お会いできるようにします』

 屋敷の執事という人物はそう言っていた。

 しかし既に日もとっぷりと暮れ、倉庫のあたりをうろついていた人夫の声も聞こえなくなって久しい。


 何か問題でも起きているのか?


 俺とルゥは勝手に客間から出て外に出てみた。が、廊下では使用人たちが立ち働いているだけで、おかしい雰囲気はなかった。


 「みんな仕事の話をしているだけですね…」とルゥ。


 彼女の耳にも異変が聞こえないなら、単なる取り越し苦労か。

 そう思って部屋に戻ろうとした時、突然ルゥが言った。


 「あ…ちょっと、私」


 「なんだ?何か聞こえたのか?」


 「いや、そうじゃないですけど、すぐ戻りますから」


 こいつは耳以外にも妙に鋭いところもあるし、サボりとも思えない。好きにさせてやった方がいいか。

  「…仕事中だぞ。早く戻れよ」

 

 俺の言葉を聞くや獣耳娘は廊下を走っていった。




 朝にあの依頼者からバカにされて、イライラしていた。

 あいつボクとそんなに変わらない歳なのに偉そうにしてたから。


 でもご主人様に「敵襲だ」って言われて目が覚めた。

 ボクの仕事は冒険者だ。仕事をちゃんとして見返してやればいい。

 ちゃんと賊も追い返したし。


 ボクは奴隷だった。

 でもご主人様に会って冒険者になってからは、自分のことは自分で決めてきたつもりだ。

 だから、獣耳だから奴隷だなんて言われたくない。


 こんな首輪をつけてるから奴隷扱いされるのかな。

 そんなことを思うこともある。

 でも…冒険者として色んな街を巡ると、他にも自分と同じ境遇だった奴隷を見かけることはあって。

 みんな一生懸命生きている。それを否定したいわけじゃない。


 そんなことを考えてたからだと思う。

 さっきたまたま屋敷で目に入った、奴隷の首輪をつけた獣人の男の子のことが気になって、話したいと思ったんだ。


 彼が部屋から出てきたところを呼び止めた。

 首輪をしているが身なりは小間使いのように見える。

 「こんにちは!」


 ボクに声をかけられて少しびっくりしたような顔をした男の子は、僕がこの家に来た客だと気づいたのだろう、余所行きの固い笑顔で答える。

 「こんにちは。…何か御用ですか?」


 「ううん、ただ、獣人を久々に見かけたから、気になって。ここで働いているの?」


 「はい」


 「いつ頃から?」


 「子供の頃からずっとお世話になっています、あ、僕はトリンと言います」

 そういった後、ボクの首元―奴隷の首輪―を見て言う。


 「奴隷なのですか、貴方も?ええと」


 「ボクはルゥ。…ううん、昔は奴隷だったけど、今は違う」


 「そう…ですか」

 言った後、意を決したような顔をして続けた。


 「僕は生まれてからずっと奴隷だけど…自由になるってどんなですか」


 「どんなって…色々あったから一言じゃとても」


 「あの…」


 「なに?」


 「聞かせてもらってもいいですか?」

  ボクの目をまっすぐ見て言った。


 それでボクは、ご主人様と出会って冒険者になってからのことを話した。

 この子はこの街から出たことがないという。

 色んな所を旅して、色んな街に行って、人を助けたり魔獣をやっつけたり、というボクの話を目を輝かせて聞いていた。

 ボクの活躍をすこしだけ誇張したかもしれないけど…いいよね?


 彼は代わりに彼のことを話してくれた。

 物心つく前にこの商会の主人に買われて、ずっとこの家で働いてきたらしい。

 父親のようなご主人、歳の離れた姉のようなご主人の娘さん。

 娘さんはまだ成人するだいぶ前に、家を出て商いの勉強のために留学に行ったらしい…って考えてみたら依頼者のアイツじゃない。


 前から獣人を馬鹿にしてたのかと思ったけど、昔はそういうことはなかったって。

 それにしても。

 彼も奴隷だからきっと大変な目にたくさんあっただろう。

 でも、周りの人たちが彼を大切にしてきたのは良くわかった。


 ひとしきり話すと、彼は話の間ボクたちが腰かけていた廊下の木箱の上で足を組み替え、ふっと笑って言った。


 「でも、いいなあ…僕も逃げ出そうかな」


 ボクはぎょっとした。彼はそんなことを言い出すような話をしていなかったから。


 「やっぱり不満なの?」


 「ははは、まあここを出て生きていくのは大変ですし…この家には子供の頃から育ててもらった恩もありますからね」

 笑いながら言う。


 でも、彼の目が笑っていなかったのに気づいた。

 きっと、本当は迷っているんだろう。なら、ボクは。


 「…ボクは偶々ご主人様と出会って…それで色々教えてもらって、冒険者になれたから、こんなこと言うのはもおこがましいかもしれないけど」

 彼の目を見て続ける。


 「どうするか迷っているなら、自分で考えて自分の信念に従うのが重要だと思う。それは、奴隷でも奴隷じゃなくても同じ」


 彼も真面目な顔でボクを見ている。

 なんだか恥ずかしくなったので付け加える。

 「…っていうご主人様の受け売りだけど」


 「『自分で考えて自分の信念に従う』…ですか。

 …そうですね。

 さあ、僕もすべきことをしなくちゃ。貴女もですよね?」


 笑って立ち上がる彼。


「そうだね。またね」

 そう言って、別れた。

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