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商人と獣耳娘(6.5-1)

本編の6.5話にあたる話です。

ギルドの依頼書で待ち合わせに指定されたのは街外れの橋のそばだった。


「どんな人なんでしょうね、今回の依頼者って」


 ルゥが橋の上から欄干から体を乗り出して川の中をのぞきながら言った。

 その首元からは金属製の首輪が覗いている。

 そう言えばこいつ、ずっと『奴隷の首輪』をつけているんだよな。


 この国はもともと奴隷はいなかったし、今も公式に奴隷が認められているわけではない。

 しかし、戦争が続く中、捕虜になった他国人や混乱のなか略奪された少数民族などを売り買いする者たちが現れた。

 彼ら奴隷商人は、奴隷の印として商品に首輪をはめる。

 特殊な金属でできている奴隷の首輪は、主人が持っている鍵ではずす以外は容易には外れない。


 というわけでこの国では首輪をはめている者は奴隷として見られるわけだ。


 もちろん、俺の隣にいる獣耳娘は首輪をしていはいるが…

 大ぶりなナイフを腰に刺し、所々が固い皮で強化された服とマントをに身を包み、頑丈そうなブーツを履いている彼女を「奴隷に違いない」と思う人はそんな多くないだろう。


 とはいえ、やはり。

 誤解されない方がいいのではないだろうか。そのためには首輪を外せば…


 そんなことを考えていると、不意に後ろから女性の声がした。


「ちょっと貴方」

 俺が振り返ると、そこにいたのはフード付きの黒い外套に身を包んだ人物だった。

 外套は、汚れて黒いわけではなく、滑らかな黒皮でできていて、胸元の留め金には宝石があしらわれている。

 こんな街はずれにはおよそ不釣り合いな恰好だ。


 その人物は俺とルゥを見比べた後、俺に向かって続けた。

「貴方がルゥさんですか?」

 やはり、彼女が依頼者か。


「いや、ルゥはこいつだが」

 隣を指さす。


「私がルゥです。よろしくお願いします」

 隣で獣耳娘がペコリと頭を下げるのを見て、その女性は驚きの声を上げた。


「え?私の依頼を受けたのがこの子なの?私より若いじゃない」

 フードで隠れているものの、強気そうな目鼻立ちだ。


 そういえば、今回の依頼はルゥが受任したんだったか。

 

「しかもその首輪に、獣の耳…奴隷なの?」


 『子供』と言われて既にムッとしていたルゥの顔が更に厳しくなる。

 相変わらず感情が顔に出やすいな。


「いや、こいつは奴隷ではない。冒険者で俺と一緒に仕事をしている」


「元奴隷?いずれにしろ獣耳なんて信用できないわ」


「獣人だからってバカにして…!ボクは…」


 依頼者に言いかけたルゥを制して俺は伝えた。

「こいつと俺はギルドを通じてアンタの仕事を受けた。文句があるならギルドに言ってくれ」


 彼女は俺とルゥの顔を交互に見て、聞こえるようにため息をつく。

「…リアナよ。向こうに馬車を待たせてあるわ」

 言うや向こう岸に向かって橋を渡り始めた。


 依頼者の背中に向かって思いっきり『あかんべ』をするルゥ。


 やれやれ、面倒な仕事になりそうだ。



 今回の仕事は『依頼者を港町の屋敷まで護衛する』というものだった。

 港町は歩けば2,3日と言ったところなので、暫くかかることを覚悟して準備をしていたのだが…

 依頼者は驚いたことに自分で馬車を手配していた。


 しかもその『馬車』は、冒険者が数人で相乗りするような荷馬車に毛が生えたようなものではなく、扉が付いた客車を二頭立ての馬にひかせているという立派なものだった。


 というわけで車上の人となった俺たちは、客車の左右に開いている小窓から前方を伺っていた。


「実家は商会の経営をしてるの」


 客車の前後についている座席に、俺たちに向かい合って座った依頼者が言う。

 馬車の中でコートを脱いだ彼女は、白いシルクの服に赤いロングスカートを身に着けていた。

 肩まである金髪で、年齢は成人した前後。

 裕福な商人の娘。さもありなんといったところか。


「へぇ〜お金持ちなんですねー。護衛に冒険者なんて雇わなくても使用人にでも来させればいいのではー?」


 左方の車外を見つめる目をそのままに、ルゥが言った。

 多少というかかなり棘がある。


「ルゥ、お前」

「ふんだ」

 外を警戒しているとはいえ、馬車に乗ってから目の前の依頼者と一度も目を合わせようともしていない。

 奴隷だ獣耳だと馬鹿にされたのが相当気に食わなかったか。


 ルゥの棘のこもった言葉に対して、リアナはワザとらしい鷹揚さで応じる。

「あら、そうできない理由があるから依頼してるんですけど?」


「理由とは?」

 俺も再び車外に目を戻しながら言う。

 真っすぐに続く道の両側は背の低い草原が広がり、ポツポツと茂みがある程度だ。人影は見当たらない。


「ひと月前、うちの商会の会計をしていた叔父に不正が発覚したと父から連絡があったの。それに関し、叔父に不穏な動きもあると。それで急きょ留学先から実家に戻るように言われたわけ」


「つまり、内部に敵がいるかもしれないから、身内は頼れないということか」


「そうよ。無駄なお金をかける訳ないじゃない。そこの獣耳のお嬢さんにはそんなことも分からないのかしら」

 面と向かって嫌味を言われたルゥは、正面の依頼者の方に視線を向けると、その獣耳をビクリと反応させた。


「あら何か言いたいことでもある?」

 挑発するリアナ。

 耳を震わせるルゥ。

 やれやれ。一々依頼者とけんかしていたら俺達の仕事は務まらないのだが… 

 俺はルゥを制しようとした。

 

 しかし。

 次の瞬間ルゥは声を潜め、それでいてはっきり聞こえる声で言った。


「しっ…前方で…声を殺した話声がしました」


「!」


 緊張が走る。

 こいつの獣耳は異様に遠くの音を聞き分ける。


 俺は改めて前方を見まわす。

 しかし、視界には人の隠れるような場所は…

 と、道の両側に地面と草と同じ色の不自然な膨らみが見えた。


 とっさに外の御者に向かって叫ぶ。

「前方で待ち伏せだ!」


 俺が叫んだとのほぼ同時に、突然道の両側が盛り上がり、二人の人影が現れ、馬車の前方に何かを投げた。

 次の瞬間。


 パーン!という大きな音。

 馬たちの大きないななきとともに、馬車が大きく揺れた。


「うわわっ」

「えっ、何?きゃああああ」

 ルゥとリアナの叫び声。

 俺たちは必死で馬車の中で腕を張ってバランスを取る。

 

 馬車の外では御者が声を上げながら馬をなだめる声がする。

 どうやら馬車は暴走はしていないが、まともに走れそうにない。


 窓から後ろを見ると、さっきの襲撃者たちがこちらに向かってきていた。


「襲撃だ!出るぞ」

 俺が叫びながら扉を開けて飛び降りる。


「はいっ!」

 ルゥも応じる。

 と、飛び降りる前に依頼者に言うのを忘れなかった。


「あなたは馬車の中から出ないで!」

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