彼女のトラウマ(6-1)
本編の(6)の前半にあたる話です。
「もうすっかり良くなったのか」
「はい。獣人は身体の丈夫さが取り柄ですから」
夜、宿屋のベッドのへりに腰かけ、ゆったりとした白色の長衣姿で腕をぐるぐる回すルゥ。
あれから約2週間。ルゥの怪我は驚異的な回復を見せた。
背中にあれだけの深手を負ったのに、もう傷はふさがり、包帯も取れている。
もちろん、旅装束に装備を背負って出発するのはまだ難しいが、起き上がって歩くこともできるというのだから大したものだ。
…となると、そろそろ聞かないわけにはいかないか。
ルゥの向かいのベッドに腰かけると俺は尋ねた。
「ところで、この前のことだ。なんで俺を庇うなんて、危険なことをしたんだ?」
ルゥの獣耳がぴくっと反応する。
「俺はお前と違って軽鎧も身に着けている。あれくらいで死にはしない」
「それは……あの……身体が勝手に動いたというか…」
目をそらし口ごもるルゥ。
…やはり、何か、言いたくないことがあるのか。
きっと奴隷時代のことだろう。あまり詮索すべきではないかもしれない。
「まあいい。もうああいうことはするなよ」
「…は、はい」
「それよりも、お前が音を立てて敵に気づかれたのは失敗だったな。あれがなければ危険もなかったぞ。」
俺はつとめて明るく言ったつもりだった。
「ボクが失敗、して…ご主人様に…危険が。ボクが失敗して…」
うつむいたままのルゥ。その表情はよく見えない。
「まあ、お前はまだ駆け出しだし、失敗することもあるから気にするな」
言いながら立ち上がって、ルゥの肩に手を置く。
すると突然。
ルゥの体が小さく震え始めた。そして、手から伝わるその震えはどんどん激しくなっていく。
「おいどうした?」
「ボク、し、失敗し、して」
ルゥが突然、俺を見上げ、俺の手に縋り付いて叫んだ。
「失敗して、ごご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!」
その目はうつろで、みるみる瞳から涙がこぼれる。
「ル、ルゥ!?」
「ごめんなさいごめんなさいお仕置きは嫌ぁぁぁぁぁ!」
震えながら叫び、ひざから床に崩れ落ちる
「お仕置き?な、なにを言って…おい、しっかりしろ!」
「ああっ、あああああ・・・」
奴隷時代のトラウマを思い出しているのか?
俺は思わず、屈みこんでルゥを後ろから抱きしめた。
「大丈夫だ。誰もお前を罰したりしない。大丈夫…」
「ご、ご主人様…う、うわぁぁぁぁん」
そして、俺はルゥが落ち着くまで、その小さな体を抱きしめ続けた。
「んっ…」
俺が渡したコップからルゥが水を飲み干す。
その目は、まだ赤く腫れているが、生気を取り戻している。
「はぁ…は、はい…もう大丈夫です。ごめんなさい」とルゥ。
しかし、まだ息が整わないのか、座ったまま小さく肩を上下させている。
聞いても、いいものだろうか。
俺はおそるおそる口を開いた。
「もし…思い出したくないこと、なら」
「構いません」
ルゥの声は思ったよりしっかりしていた。俺は続ける。
「…どうしたんだ一体。何があったんだ」
俺の問いに、ルゥは大きく息を吸うと、ゆっくりと話し始めた。
「ボクは両親のことはほとんど覚えていません。
小さなころに住んでいた村が魔物に襲撃されて…その時にボクは奴隷商人に捕まったんです。
最初のご主人は裕福な人でした。
後で分かったんですけど、ボクは、同い年くらいの女の子の遊び相手として買われたんです」
子供の奴隷を家で育て、教育し、将来にわたって主人に忠誠を誓わせる。そんなところだろうか。いびつだが、奴隷として売られた子供の境遇としてはルゥは運がよかった方かもしれないな。
ルゥが続ける。
「周りの人もみんな優しくしてくれました。ボクたちは姉妹みたいにとても仲良くしてて、ボクとあの子は一緒に遊んだり出掛けたりしました。
まだ子供だったから、自分が奴隷で、あの子はご主人の子供だって意味もよくわかってなくて。一緒に勉強させられてこともあったなあ」
話しながらルゥは少しだけ笑みを浮かべているように見える。
「それで、お前は奴隷だったのにギルドの依頼書もすらすら読めたんだな」
「そうです。…でも」
ルゥの表情が陰る。
「ある日、ボクたちが二人きりで家の近くで遊んでいた時、野犬が襲ってきたんです」
「!!」




