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初めての仕事(4-1)

本編の(4)の前半にあたる話です。

 街の北門を出ると、遠くの山すそまで森が広がっている。

 森の奥まで分け入れば多くの獣が住みついており、さらに奥は日の光も届かない密林だが、街のそばは比較的木も少なく明るい場所である。


 獣耳娘ルゥの冒険者登録をした翌日、俺たちは街の近くの森の中の少し開けた場所にいた。

 

「これからお前は冒険者として生きていくわけだが、冒険者は街から出たら、自分の身は自分で守らなくてはならない」

 俺が言う。


 ルゥは、俺がさっき渡した戦闘用ナイフが珍しいのか、その刀身をしげしげと眺めそこに映る自分の顔に見入っていた。

 訓練のためとはいえ、街中でナイフを振り回すわけにもいかないので森までやってきたわけだ。


「それの使い方を教えてやる。いいか」


「はい」


 俺はルゥが見つめる中で、刀身を上にして、順手でナイフを持つ。

 そして脇を締め、脚を踏み出すとともにナイフを突き出す。

「こうだ」

 風を切ったナイフがわずかに音を立てる。


「やってみろ」


「はい!」

 ルゥは右手に持ったナイフを自分の顔の前に掲げた。

 そして、そのままそれを前に突き出す。

 ……突き出そうとして、そのまま頭から地面に倒れ伏した。

 ナイフが手を離れて地面を転がる。


「……なんでそうなるんだ?」

 正直、ナイフを振るだけで転ぶ理由が全く分からない。


「なんでって言われても、分からないですよ~」

 突っ伏したまま、尻尾を不満そうに動かしながら言うルゥ。


 反射神経はいいとしても、確かに……思ったよりずっと無能だな。

 これはもしかすると訓練は大変かもしれないな。

「もう一回やるぞ!立て!」



 そしてあくる日。

「ご主人様、今日はどこに行くんですか?」

 宿を出た俺の後を元気な足取りでついてくる獣耳娘。


「ああ、今日はギルドに行く」


 あの後、案の定『ナイフを振る』だけで延々失敗を繰り返したルゥだったが、一日がかりでようやくナイフの振り方だけは覚えてくれた。

 本当に不器用というか、体を動かすのが不得意なのは筋金入りのようだ。

 しかし。


 一日体を動かし続けたのに、一晩寝たら今朝は疲れた様子すら見せていない。

 やはり、体の頑健さは相当なもののようだ。


 ギルドの建物に入り、奥のカウンター脇の大きな掲示板の前に進む。

 掲示板には四角い紙片がたくさん貼られていた。


「これがギルドに来ている依頼だ。今日は、ギルドでの依頼の受け方についてだが・・・」


 俺が言い終わる前に、ルゥが掲示板の紙片の一つを指さして言った。

「これなんてどうですか?『魔獣の討伐…』


「お前、文字が読めるのか?」

 驚いた。奴隷だったというのに。


「はい。あの…昔、覚えました…から」とルゥ。


(どこで?)と俺は聞こうと思ったがやめた。

 一瞬暗い色がルゥの目に映ったのが見えたからだ。

 誰でも、触れられたくない過去があるだろう。誰でも……


「字が読めるなんてすごいじゃないか。でも、その依頼はだめだ」


「なんでですか?」


「魔獣討伐はよくある依頼だが、危険がある。駆け出しの、ましてやナイフも扱えない冒険者が相手にするようなものではない」


 魔獣は、動物とは異なる理を持った生き物だ。

 かつて『魔王』が闇から作り出したものだとも、地下から湧き出してくるものだともいわれる。

 動物、とくに人間に対して攻撃的であり、動物とは異なり子をなして増えるものではない。

 討伐は冒険者に依頼されることが多いが、大きなものだと国が兵を差し向けるようなものもある。


「分かりました!…これはどうですか?よくないですか?お金もたくさん貰えるみたいですよ?」

 獣耳娘が別の紙片を指さす。


 これは……

「調査の依頼だな。『正体の分からない大破壊』…これは『魔女』などのさらに高次の存在が関与している可能性がある。熟練の冒険者でも扱いかねる依頼だ。絶対ダメだ」


「『魔女』って何ですか?魔法を使う女の人?」


「いや『魔女』は、人間ではない」

 俺は答える。


「え?」


「人間だった者が自然の理を超える『魔力』を手に入れた存在、それが『魔女』だ。『魔女』は悠久の時を生き、男女の別もない」


「へえ、そうなんですか」


「『魔女』の行動原理も人間のそれではない。人間の善悪や倫理などは通用しない」


「そ、そうですか」


「『魔女』は気ままに破壊や殺戮を行う。四元素に属さない魔法を使い、その魔力は熟練の冒険者が束になってもおよそかなうものではない。『奴』は…」


「ご主人様…なんか顔が怖いですよ?」

 いつの間にか、俺の顔をルゥがのぞき込んでいたのに気づく。


「…要するに、精霊などと同様、自然災害のような存在だ。あまり関わらない方がいい」


「そうなんですか~残念」


 ルゥは言うと、また、掲示板の上の依頼を物色し始めたが、やがて一つの紙片を見て、目を輝かせながら言った。

「じゃあこれは?狩人さんからの依頼ですよ?『森の中の狩場に、狩の道具を忘れてきたので取ってきてほしい』…森って昨日訓練で行ったところでしょ?これなら簡単そうじゃないですか?」


 獣耳娘が指さす依頼を眺める。

 狩人からの依頼…簡単そう…か。


「まあ、俺が一緒に行くから、これでいいだろう。…受付に行って手続きをしてもらってこい」

 掲示板から紙片をはがして、ルゥに渡す。


 ルゥは受付カウンターに紙を叩きつけると高らかに宣言した。

「この依頼を受けます!お願いします!」

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