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彼女の名前(3-2)

本編の(3)の後半にあたる話です。

 街の裏通りにある建物の木の黒い大きなドアを俺はノックした。

 すると扉についた小窓が開いて目が覗き、中で鍵が開く音がする。


 俺が扉を開け中に入るなり、入り口のそばに立っていた覆面で顔半分を隠した鋭い目つきの男が俺たちをじろじろにらみつけてきた。


 部屋の真ん中に置かれたテーブルに座っているのは首から下の全身を金属鎧で覆い、傷だらけの顔をした赤髪の大男。

 その男と向かい合って話し込んでいるのは、背丈は大男の半分くらいだが、異常に太い丸太のような手足をした髭面の男だ。

 部屋の左奥では背中に巨大な剣を背負った大女達がその体に似合った大声で話し続けている。


「怖そうな人がいっぱい…ここ何をするところですか?」

 俺の外套の陰に隠れながら獣耳娘が小声で言う。


「俺が属している冒険者ギルドだ」


「『冒険者ギルド』?何するところですか?」


「今からお前を冒険者として登録をしてやろうと思う。お前が望めばだが」


 獣耳娘は目を丸くした。

「え?ボクが?何で?」


「お前は『何もできない』というが、さっきの石を避けた動きといい、コインを見失わない目といい、人並外れた動体視力と反射神経がある。それに体力もある。大したものだ。」


「え、あの、ありがとうございます」


「それを活かすなら、冒険者になるのがいいだろう。それに」

言いながら、俺は部屋の中がよく見えるように、獣耳娘を俺の陰から前に押し出す。


「見てみろ、冒険者は色んな奴がいる。誰もお前が獣人かなんて気にしない」


「……でも、冒険者って何をするんですか」


「依頼を受けて、旅の護衛をしたり、魔獣を討伐したり、人探し、物探し……何でもだ」


「そんな…ボクなんてとても一人では無理ですよ」

と獣耳娘。


「当たり前だ。そもそもしばらくは俺と一緒に活動することになる」


「ご主人様と?ほ、本当ですか!じゃ」

「ちょっと待て」

俺は獣耳娘の肩に手を置くと、屈んで彼女と目の高さを合わせてから、言った。


「簡単には言ったが、冒険者は街から街へ渡り歩く仕事だ。魔獣に襲われて、あるいは野盗に襲われて、寒さで、飢えで、いつ旅先で命を落とすかもしれない仕事だ。その覚悟はあるか」


 もとより安易に決めることではない。ましてや人に決めてもらうことでもない。

 結局、俺だって今でこそこうしているが、やりたくて冒険者を始めたわけではないのだ。


「ボクは」

 獣耳娘も理解したのか、いつになく真面目な目をして、ひと呼吸おいてから言った。


「ボクは、いつも『お前は無能だ』って言われて、自分は何もできないんだって思ってたんです。でも、自分にもし才能があって人の役に立てるなら、冒険者になりたいです」


「そうか」


「……あと、ご主人様と一緒に旅できるんですよね?」

 嬉しそうに言うので、釘を刺しておく。

「いや、それは最初だけだからな。……じゃあ、あそこの受付に行って、登録してこい」


 言って俺が部屋の奥のカウンターを指さすと、獣耳娘は飛んで行った。


「こんにちは。初めて見る顔ね」

 カウンターの中に座っていた受付嬢が帳面から目を上げて獣耳娘に言う。


「こんにちは!ボク、登録したいんです」と獣耳娘。


「新規登録?紹介者はいるかしら?」


「紹介者は俺だ」

 獣耳娘の後ろから答えた。


「あら?」

 受付嬢が俺を見て少し驚いたような顔をし、続ける。

「もう戻ってたのね。後ほど依頼の報告をお願い。紹介は承りました」

「ああ」


 俺の返事を聞きながら、受付嬢は横に積まれた書類の束から赤い帳簿を取り出した。

 そして帳簿の新しいページを開き、ペンを握ると獣耳娘の顔を覗き込んだ。

「では、お嬢さん、お名前をどうぞ?」


「ええと……」

 なぜか口ごもる獣耳娘。


「ほら、名前を伝えろよ」

 そういえばこいつの名前聞いていなかったな。


 しかし、獣耳娘は俺の方を振り向きながら困った顔で言った。

「名前……ボクは奴隷だから名前はないのです」


「名前が、ないの?」と受付嬢。


「奴隷だからって名前がないなんてことってあるのか?じゃあ、何て呼ばれてたんだよ」


「小さいから『チビ』とかあと『獣耳』とか……どうしよう、ご主人様」


「何か名前を考えろよ」

「そんなこと言われても思いつかないですよ~」

 言いながら泣きそうになっている。


 うーん、そういう柄ではないが、やむを得ない。

「……仕方ないな。俺がつけてやる」


「え?ご主人様が?本当ですか?」


「そうだな……」

 街に来るまでの道中、平原で飛び跳ねながら、風に茶色の獣耳と髪をなびかせていた獣耳娘の姿を思い出す。

 こいつに相応しい名前は……


 「『ルゥ』というのはどうだ」


 「ルゥ…?」


 「このあたりに伝わる伝説の狼『ルゥニグ』の名前から取った。お前の髪と同じ茶色の毛並みをしていたという話だ」


「ルゥ、ルゥ」獣耳娘はその音を確かめるように何度か口に出した。そして、


「『ルゥ』…素敵な名前ありがとうございます♪」満面の笑みを浮かべる。


「お、おう」

と、俺が反応するのも待たずに獣耳娘はカウンターに振り向いて言った。

「ボク、ルゥって言います!」


「ルゥさんですね。登録させていだだきました」と受付嬢。


「ありがとうございます!やった!」

「そうかよかったな、っておい?」


 突然、獣耳娘がカウンターの前から駆け出した。


「ボク、ルゥっていうんです〜よろしく!いい名前でしょ?よろしくお願いします!」

 そしてギルドの中を走り回りながら周囲の人々に自己紹介を始めた。


 それを横目に、受付嬢が俺に言う。

「紹介者の貴方は、新規登録の彼女としばらく一緒に依頼を受けてもらうからね」


「もちろん、わかっている」


「しかしどういう風の吹き回しかしら?いつも一人でしか仕事をしない貴方が」

 好奇心丸出しの目で俺を見る彼女。こいつの詮索好きにはかなわない。

 

 俺はつとめて素っ気なく答えた。

「何でもない。ただ、放っておけないと思ったんだ」


「……ふーん」


なんだ、その『ふーん』は。

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