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彼女の才能(3-1)

本編の(3)の前半にあたる話です。

「ちょっとここで待ってろよ」


「はい、ご主人様」


 俺は獣耳娘を店頭で待たせ、鍛冶屋の店主と奥に入る。

 途端に感じる強い熱気。

 店頭の手狭さとは対照的な広い部屋の奥には炉があり、その周囲では真っ赤に焼けた金属を半裸の男たちが叩いている。


 だが、俺が鍛冶屋に来ているのは、別に装備を新調しようというわけではない。

 獣耳娘に昨晩約束した通り、仕事を探してやっているのだ。


「それで、さっき話した彼女のことだが……体は小さいが、頑強だ。鍛えればよい働きをしてくれると思う。何とかならないか」


 鍛冶屋の主人とはもう何年の付き合いになるだろう。

 冒険者は死ぬも生きるも腰の『獲物』次第。

 武器は既製品ではなく信頼できる鍛冶に頼む、というのは冒険者になってからずっと俺の流儀だ。


 俺の言葉に、主人は白い顎髭を少しの間弄りながら、少し考えたあと、口を開いた。


「旦那には世話になってるし、お陰様で繁盛してる。獣人の辛抱強さも知ってる。だが……」

 言い淀んだ後、近くの紙束――おそらく請求書の類だろう――の置かれた机に目を落として言う。


「だが、技術のない子供を本当に一から仕込むだけの余裕は、うちみたいな小さな店にはとても、ない。すまない」


「……わかった。無理を言ってこちらこそすまなかった」


 主人に礼を言ってから表に出ると、待っていた獣耳娘は俺を見るなり言った。

「また、だめだったんですね」


 ん?顔には出していないつもりだったが。

「扉がなかったので、聞こえました。獣人族は耳がいいから」


「そうか」

 朝からこれでもう何件目だろうか。

 宿を出る時、俺が仕事を探してやるというととても喜んでいた彼女。

 最初は、俺がつてを探して店を回るたびに「どうでしたか?ご主人様?」などと目を輝かせていたのだが、何度も断られるうちに、次第に元気がなくなっていった。


 大抵は獣人の少女というだけで断られた。

 そして、獣人を差別しない者も、鍛冶屋の主人のように、技術のない者を受け入れる余裕などなかった。


「仕方ない、他をあたるか」

 俺は表通りに向かって早足で歩き出す。

 とは言ったものの、鍛冶屋に断られたとなると他には……


「あの!」

 走って俺の横に並びながら、獣耳娘が言った。

「あの、今日は、私の服を買ってくれてありがとうございます」


「気にするな。あんなボロボロの服じゃ誰も相手にしないからな」


 彼女が今着ているのは、出会った時のボロボロのワンピース――というより穴の開いた布製の袋に近かった――ではなく、俺が買ってやった服だ。


 質素な茶色のシャツと上着、灰色のズボンという上下は、パッと見るとこの街にいる下働きの少年と言った風だ。

 上着の裾から出ている尻尾と頭の獣耳がなければだが。


 それから首に青色のスカーフを巻いている。これは、首輪を目立たなくするためだ。

 奴隷の首輪は特殊な金属でできていたり、果ては魔法のかけられているものもあるので簡単には外せない。


 獣耳娘は自分の服をに目を落とした後つぶやいた。

「結局ボクが何もできないから、誰も相手にしてくれないんですね」


「というか、お前本当にお前何も特技はないのか?」


「ないです、本当に、できることなんて……あ」

 言いかけた彼女が突然顔を赤らめる。


「ええと、昨晩みたいな夜の……も……ボクは、本当は一度もしたことないです。でも、それしかないなら」


「やめろと言っただろう。お前みたいなチビがやることじゃない」

 遮って言う。

 この街では娼婦も立派な職業だ。が、もちろんそれで生きていくのは覚悟がいる。彼女がやるようなことではない。


「しかし本当に何もできないなら、よく奴隷としても見捨てられなかったな」

 言うと、一瞬、獣耳娘は遠くを見るような目をする。

「ボクは……」


 しかしすぐに自嘲的な笑いを浮かべて言った。

「……ボクは無能ですけど、なんでも言われたことはやりましたし……それにご飯もあまり食べないので」


 その時だった。

「獣人!」「これでもくーらえ!」

 数人の子供が、目の前の路地から突然飛び出てきて、獣耳娘に向かって何かを一斉に獣耳娘に投げつけた。

 石だ!


 しまった。とても庇う暇がない。街中で警戒を怠っていたのを俺は後悔した。

 しかし。


 石は獣耳娘に当たることはなかった。


 不意に、俺の横で獣耳娘が身をかがめたからだ。


 それは訓練された動きではなく、普通の少女が物を拾うときに腰を屈める、そんな様子だった。

 しかし、咄嗟にしゃがんだ彼女の頭の上を、石は全て通過していき、道の石畳を叩いた。


「くっそー外したか!」「やーい!獣耳!お前らくせえんだよ〜」

 子供たちがはやし立て、さらに石を投げつけようと構える。


「おいこのガキ供!お前らなにやってるんだ!」

「うわっ!」「やべえ!」

 俺が大声を叫んで手を振り上げると、子供たちは路地に逃げ込んでいった。


「おい、大丈夫か」

 しゃがんだ獣耳娘に俺が声をかけると、周囲を見回しながら立ち上がる。

「わわわ、石、危なかったです!なんであんなことするんですか!?」


 あれだけ突然、近くからたくさんの投石を受けたら、とっさに頭などの急所を守るだけでも大したものだ。

 しかし、彼女は屈んで避けた。偶然か?いや……


「おい、ちょっとこれを見ろ。」

 俺は言って、懐から1枚のコインを取り出した。


「はい?」

 いぶかる獣耳娘の目の前で、俺は左手の平にコインを乗せ、手の中に包む。


「今、左手にコインが入ったな、よく見てろ」

 うなずく彼女。

 俺は右手と左手を握って甲を上にし、両手の間でコインを投げる。


 左から右へ、右から左へ。


 それを何度か繰り返した後、素早く動かした手を獣耳娘の前で止めて言う。

「コインはどっちに入っている?」


 これは酒場の余興で昔覚えたトリックだ。

 実は、コインはもう右手にも左手にも入っていない。


 仮に右手を相手に指されれば空の右手を示し、相手がそれを見ている間に袖のコインを左手に入れ、左が正解だと言う。

 左を指されれば、その逆という寸法だ。


「どうだ?」

 俺が促すと、獣耳娘は口を開いた。


「どっちと言われても」

 獣耳娘は、不思議そうな顔をしていた。

「ご主人様、今右手から左手にコインを移したときに、袖の中にコインを隠したじゃないですか。ずるいですよ」


「!!」

 俺は驚愕した。あれが見えたのか?


 やはり間違いない。こいつは人並外れた動体視力をしている。

 そして、街まで休まず俺についてくる頑健な体もある。


 それで、獣人であっても、差別されない稼業。


「ちょっとお前一緒に来い」言いながら、獣耳娘の手を引いた。


「え?ご主人様?なんです一体?」

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