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出会いについて(1)

本編の冒頭(1)にあたる話です。

その獣耳娘と出会った時の話だ。


 当時はまだこの国と隣国との戦争が続いていて、騎士や兵士たちが戦いに駆り出された結果、国内の治安がだいぶ悪かった。

 街道には野盗が闊歩し、傭兵崩れの連中が村を襲い、そして彼らを取り締まるべき兵士たちはいなかった。

 そうなると、我々冒険者の仕事も増える。

 街から街へと旅する者、特に商人は冒険者に護衛を依頼するのが常だった。


 しかし、時にはその金を惜しみ、あるいはその手間すら惜しいほどの商機をつかんだために、街から街へと護衛なしで荷馬車を走らせる者もいる。


 そして、街道の峠道を行く俺の前に広がっていたのは、そんな商人達が不運に遭遇した光景だった。

 つまり、街道の脇の林の中にいくつかの荷馬車が横倒しになり、積み荷であったであろう中身の奪われた樽や木箱が散乱し、いくつかは火を放たれ、そして、やはり林の中に商人と思しき者が倒れ既に命を失っていた。


 こうした景色を見て「自分もいくらかのおこぼれにでもあずかれるのではないだろうか」などと考えて現場をあさろうとする者は、冒険者としては長生きできないだろう。

 蛮行の跡があるということ自体、襲撃者が頻繁に出没する場所である証拠であるし、襲撃者が引き返してくるということはままあるからである。

 俺も周囲をうかがいながら、足早にその場を立ち去ろうとした。


 その時だった。ふと、奇妙な気配を感じた。


 まさか、待ち伏せか。

 俺は外套の下の腰の獲物を抜いて低く構える。


 その気配は、幌がついており半分焼け焦げているがかろうじて形を保った荷馬車の奥からしていた。

 俺はその荷馬車に近づくと、剣を構えたまま問うた。

「誰だ」


気配の主は何も答えず、また、気配を殺そうともしなかった。

「誰だ。答えろ」


 再び問う。やはり答えがなかった。


 俺は素早く荷馬車に近づくとその荷台に上がり込んだ。


 すると、荷馬車の中にいたのは、汚らしい布に埋もれるようにくるまって、荷馬車の隅にしゃがみこんだ小さな人影だった。

 その首には奴隷の証である金属の首輪がつけられている。

 そして、ぼさぼさの茶色の髪の毛からは同じ色の小さな獣耳がのぞいていた。


 獣耳奴隷。

 当時は、戦乱に乗じて異民族を捕らえ、奴隷をとして売買するということがよく行われていた。おそらくその犠牲となったのだろう。


 俺が荷馬車に入っても、その奴隷は何も言おうとしない。


 かわいそうにこの奴隷は、ずっと震えて襲撃者から隠れていたのだろうか。

・・・いや、違う。

 荷馬車の様子からすれば、すでに襲撃から半日は経っているだろう。

 そして、奴隷は首輪こそつけられているが、逃げられないように拘束されているようにも見えない。


 逃げる時間はいくらでもあった。

 それどころか荷馬車は火を放たれた跡があった。焼けずに残っていること自体が奇跡だ。

 もし煙に巻かれれば奴隷はそのまま死んでいただろう。


 しかも、この奴隷は俺の姿を見ても、命乞いをするでもなく、抵抗の姿勢を示すわけでもない。

ただ、そこにじっとしているだけだった。


 俺は聞いた。

 聞いたのは、たんにほんの気まぐれだった。


「お前、逃げないのか」


 獣耳奴隷は何の返答もしなかった。


「お前の主人は、とうに死んだ。それを襲った野盗も、もう立ち去った。なぜ逃げない」


 やはり、何も答えようとしなかった。

 もしかして、この獣耳奴隷は言葉が通じないのだろうか。


「逃げるなら今だ。今逃げないとまた誰かに捕まって奴隷にされるぞ」


 すると、獣耳奴隷はつぶやくように言った。

「……意味ないです」


 その声でその獣耳奴隷が少女であることが分かった。


「どういう意味だ」


「逃げてもどうせ変わらないです。どうせ捕まってまた奴隷です」


 異民族である獣耳の者――獣人に対するこの国の人々の態度は冷たい。

 獣耳奴隷が異国の地で逃げ出したところで、奴隷商人に捕まってまた奴隷になるというのはまだいい方。

 そのまま野垂れ死ぬこともあるだろう。

 だから、この獣耳娘が言ったことは間違ってはない。むしろ正しい。


 しかし、俺は気に入らなかった。それで思わず言った。


「んなことわからねえだろ」


「分かります。ボクは下賎な奴隷娘ですから」

 また奴隷がつぶやくように言う。


「こんな山道、俺がたまたま来たけど誰もこないかもしれないぞ。このままそこにいたら餓死するぞ」


「……構わないです。それに…お腹なんてすいてないですから」


 言うと、両手で自分の体を抱えるようにして黙り込む。

 が。

 ぐぅぅぅぅぅ


 大きな腹の音があたりに響いた。獣耳の少女は顔を伏せる。 


「やっぱり腹減ってるんじゃねえか」

 言って、鞄からパンを取り出して差し出す。


 『いらない』とでも言うかと思ったが、差し出されたパンを暫く眺めていた少女は、やがておずおずとパンを受け取ると噛り付いた。


 そりゃそうだ。こんな場所にずっといて食べたくないはずがない。


「どうだ、少しは元気が出たか?生きてればいいこともあるさ」


 俺が言う。

 すると、少女は食べる手を止めて、俺を見上げて言った。


「無能なボクが生きていても、いいことなんてありませんから」

 その目には諦めの色が浮かんでいる。


 きっと、この獣耳娘は、奴隷としてひどい目にあったのだろう。

 将来に何の希望も持てないのだろう。

 だから、逃げ出そうともせず、ただここに居続けたのだ。


 でも、そうだとしても――気に入らない。

 俺は、こんな少女がそんな簡単に生きることを諦めるのはどうしても気に入らなかった。


「勝手に決めつけるんじゃない」

 俺が言うと、少女は言い返す。

「決めつけてないです!わかってるんです」


「お前に人生の何が分かってるんていうんだよ」


「わかってます」


「わかっていないな」


「じゃあ、こんなボクに何かいいことがあるっていうんですか!」


 ほとんど子供のような言い合い。

 しかし、気づけば少女の目は必死だった。


「ええと」

 いい加減なことを言ったらまずい。

 しかし、この少女の何を俺が知っているというのか。

 俺自身だって、生きている意味なんて分からないのに。


「ほら、お前は結構…可愛い、じゃないか?」


 思わず言ってしまった。

 しかし正直「可愛い」というのはたぶん、かなり…誇張で。

 目鼻立ちはともかく、青ざめ諦観した濁った瞳の獣耳娘は、あまり可愛いとは思えなかった。


 言ってすぐに後悔する。

「すまない、気に障ったら…」 


 ところが獣耳娘は、突然、目を驚愕に見開き、そして伏せ、

 垂れていた獣の耳を立てて、戸惑った表情で言ったのだった。


「あの、えっと、そんなこと言われたことなくて…ありがとう…ございます」

 言って、ぎこちない笑みを浮かべる。


 俺は思わぬ反応に動揺した。獣耳娘からそんな言葉が返ってくると思わなかったからだ。


「少しは元気出たか?」

 つとめて平静に言う。


「はい」

 獣耳娘がニコニコしながら答える。

 その目は、先ほどとは全く違って生気に満ちてきていた。


 やめろ。そんな目で俺を見るな。


「お、おう。じゃあお前もどこか行けよ」

 言って立ち上がり、俺は荷馬車から出ようとした。

 すると、背中で獣耳娘が不意につぶやいた。


「…どうすれば?」


「どうすればって、いや、だから、好きにしたらいい」


 振り向いて俺が言うと、獣耳娘は俺を見つめて、心底戸惑ったように言ったのだった。

「ボクは奴隷なので…好きにしろって言われてもどうすればいいか…」


 いや、俺に言うなよ。

 俺なんかにそんなこと言われても困るって。

 ああ、本当に困った。こんな奴隷娘に声をかけたばかりにこんなことになるなんて。

奴隷娘との最初の出会いの部分についてちゃんと書いておきたくなったので書きました。

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