帝都でのお仕事 5
お師匠さまの云っている事はわかる。やったことも見た。でもそのやり方がさっぱりわからない。
「あの、お師匠さま?」
「なぁに?」
「今のやり方って、一般的なのでしょうか?」
「全然一般的じゃないわね。というか、普通はこんな簡単にできるもんじゃないしね。あたしの知る限り、こんなズルができるのは、あたしとソーマしかいないんじゃないかな。【魔術感応者】じゃないと無理だと思うよ」
なんだか知らない肩書? が出てきたぞ。
「【魔術感応者】って、なんですか?」
「なんでも、古代帝国期には『見つけ次第ぶっ殺せ』って云われてた特殊能力者らしいよ。まぁ、天然の魔術師殺しだから、魔術師が絶対権力者だった古代帝国だと、完全な忌み子だったんだろうね」
うん。よくわからない。
「簡単にいうとね、術式とか呪紋の類がすべて視覚情報として見えて、その上それを自在に書き換えることができるのよ」
「……は?」
ま、待って、待ってくださいお師匠さま。なんだかおかしなことを云いませんでしたか!? え!?
「術式ってさ、魔法を造るときには、紙に書いたりして魔術方程式の組み合わせとかやるじゃない。でも実際、魔術として行使、展開すると、そんな文字情報なんて視えないでしょ。明かり代わりの【光球】の術を使ったところで、ただ光の球が浮かんでるだけだよね?」
「はい。こんな感じですよね。ただの光の球です」
私は握り拳大の光の球を手の平から生み出し、宙に浮かべた。
夜には必須の灯りの魔法だ。
「うん。キャロルにはこれがただの光の球に見えるんだよね。でもあたしには、この光の球を括っている術式が視えるのよ。文字と記号が複合化した呪紋が光の球の表面をぐるぐる回っているのが」
「え?」
お師匠さまが何を云っているのかわからない。
「で、これを好き勝手に書き換えることができるのよね。こんな風に」
お師匠さまが光の球に向け右手人差し指をゆらゆらと動かした。
すると、白い光を発していた光の球が、怪しいピンク色に変じてしまった。
「うわぁ!?」
私は思わず光の球を放り投げた。
……いや、実際は手が光の球をすり抜けただけだけど。
「そんな驚かないでよ。色を変えただけだよ」
「色を変えただけって……えぇ……」
「まぁ、こんな風に他人の魔術とかを好き勝手できるからね。魔術師たちからしてみたら、天敵でしかないよ。真正面から魔法撃ったって、あっさり無力化されたりするから」
私はついまじまじとお師匠さまの顔を見つめてしまった。
「そんな目で見ないでよ。昔はこんなこと出来なかったんだよ。出来てたら丸焼きにされたりしないって」
いえ、違いますお師匠さま。なんで魔法で死んだの? という疑問ではなく、単純に驚きすぎてどう反応していいか、わからないだけです。
「え、えーと、それじゃ、私が術式のコピーをしようとするなら、どうしたらいいんでしょう?」
「ん? 対象から呪紋を浮かび上がらせて、そのまま魔水晶に詰め込む。これは一緒だね。紙に転写するなら、一度ちゃんとした文字情報に変換してから焼き付けるんだけど、その変換作業がちょっと面倒ね。
呪紋の解析って、その術の術者の思考を読み解くようなものだから、翻訳が面倒臭いのよ。文節ごとに分解して、混じってる記号をひとつひとつ解読しないといけないから。
まぁ、概要が分かっていればある程度は推測はつけられるから、そこから法則をみつけて解析回路を組めれば、あとは自動で翻訳できるわよ。それができたら羊皮紙に焼き付けって手順になるわね。
ただ、あたしは殆どやったことないんだよね。そんなことしなくても読めるから。
うん。興味があるなら、ウィランに戻ってから一緒にやってみようか?」
「はい、お願いします。色んな術式を見るのは楽しそうです」
「術式は人それぞれで結構違うからね。たくさん見れば、効率の良し悪しとかが分るようになるよ。試行錯誤する回数が激減する分、思考錯誤することが膨大になるけど」
そんなことを云ってお師匠さまが笑う。
「さてと、それじゃ危険な命令部分を消去して――って、これ行動制御部分は完全独立か。つか、まるっきり融通が効かないようにしてあるわね。うわ、本当に破壊一辺倒とか、まさに兵器なんだねぇ。まるで人造の狂戦士だわよ、これ。うーん……面倒臭いな」
「面倒臭いって、お師匠さま」
私はおもわず苦笑した。
「だってこれ、まともな基本行動回路がないのよ。起動したら、ただ暴れて周囲を破壊するだけの代物よ。正直、各部呪紋回路との整合性をとるために、下手に基礎回路付け加えて無理やり統合するくらいなら、全部消去して新しく書き込んだ方が楽よ」
お師匠さまが呻きながら顔を顰めた。
「じゃあ、そうしちゃったらいいんじゃないですか? どうせ欲しいのはガワだけなんですし、呪紋部分に関しては保全しなくてもいいと思いますよ」
「それもそっか。じゃ、全部消しちゃいましょ。や、念のために持ってきてよかったわ」
お師匠さまが懐から、手ですっぽりと握り込める程の大きさの紅玉の六角推を取り出した。
ついで中空に浮かんでいる術式をすべて消去すると、その紅玉の球から浮かび上がらせた術式を鉄騎巨兵に転写する。
「ベースはこれで良し。あとは保全用の術式も入れとくかな。耐腐食と、それと中位程度の耐魔法装甲を入れときましょ。……なんか、元より堅くなったわね。まぁ、脆くなるよりいいか」
「……それ、練習に使ってた傀儡の術式ですよね? そんなにいろいろ付け加えられるんですか?」
「できるよ。応用の効く汎用型として組んだ術式だからね。結構な自信作なんだよ、これ。
でもこの術式を見たのって、練習用の傀儡を造った時の一回だけだよね? よく覚えてたね」
「その、私も物作りには興味があるので」
この術式は忘れようもないよ。だってこれを参考に作ったあの小さな傀儡は、自分がはじめて作った魔法具だもの。
私にとっては記念の宝物だ。
「よし、あとは無意味な文字や記号を適当に撒いて偽装して、ついでに解析しようとしたらトラウマを想起させる罠も組み込んどこ。……まだ容量が大分余ってるな。そうだ、こないだ面白半分に組んだやつも入れちゃえ。ふふふ、原初の恐怖に慄き、泣き叫ぶがいいよ」
ちょ、お師匠さま!? なにやってんですか!?
「それじゃ、こいつを呪文に翻訳して焼き付ければ完成よ。安全装置も万全。余裕も十分に残ってるから、呪紋の柔軟性も十分。もし下手にコイツを盗もうとしたら、全身からいろんなものを垂れ流して、大変なことになること請け合いよ!」
「いや、お師匠さま、こんなデカブツを盗もうとする奴はいませんよ」
私は思わずがっくりと項垂れた。
お師匠さまはそんな私を気にもせず、作業を続ける。
新たに取り出した羊皮紙に、完成した術式を焼き付けていく。後程ラナ様に手渡す、鉄騎巨兵の仕様書であるそうだ。
それが終えると、今度は術式を呪紋に翻訳して、鉄騎巨兵へとインストールしていく。
「キャロル、甘いわよ。テロを起こすようなアホはどこにでもいるのよ。
ふふん。出来うる限り解析に手間取るようにしたから、屋外に放置して置いても安心よ。
よからぬことをしようとする奴は、多分、解析に二、三時間うんうん唸ってるだろうからとんでもなく目立つしね」
「おぉ、それは助かりますな。防犯に関してどうするか、少々問題になっておりましてな」
やや離れた場所で待機していたローマン様がやって来た。
「護衛、ありがとうございます。ちょっと退屈だったんじゃありませんか?」
「いや、実に興味深い。門外漢故、内容はさっぱりでしたが、先ほどの展開された呪文。実に美しかった。いかな分野であっても、洗練されたものは美しいものですな。いや、良いものを見させていただきました」
「あ、お師匠さま、こうして大っぴらに書き換えしてましたけど、機密保持とかできてないじゃないですか!」
「ん、やってあるよ。あたしたち三人を除外した視覚妨害障壁を張ってあるから。第三者にはクルクル回るお日様の落書きしか見えてないよ」
「お日様の落書きって……」
いや、だから、なんでお師匠さまはそんな変なところに妙なこだわりを持つんですか。
「まぁ、いないと思うけど、覗き見してた奴は、クルクル回るお日様で目を回してるに違いないわ」
いや、だから、なんでお師匠さまは、そんな変に愉快な防犯術式を組んでるんですか!