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お師匠さま自覚してください。そういう弟子の少女も存外おかしい。  作者: 和田好弘
其の弐 帝都でのお仕事
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帝都でのお仕事 4


「まったく、この顔になって得したことって、こういうことしかないよ」


 鉄柵の沿って置いてあるベンチのひとつに座り込んで、お師匠さまは頭を抱えていた。

 またしてもお師匠さまは自己嫌悪に陥っている真っ最中である。


 ……うん。お師匠さま、こうなることがそこそこあるんだ。変なところでメンタルが弱いんだ。


「あの、お師匠さま、こういうことというのは?」

「ソーマが云ってたのよ。怒った時にこそ、美人はその美貌の威力を最大限に発揮するって」


 あぁ……そういう……。


「くそぅ。演技とはいえ、さっきみたいなのはもうやりたくないよ。無駄に疲れる。ああいう高圧的なのはあたしに合わないよ。というか、できてた気がしない」


 お師匠さま、基本的に普通の人ですからねぇ。能力が異常なだけで。なぜか商店街のおじさんやおばさんに、やたらと人気があるし。

 一緒に食材を買いに行くと、やたらと「あれを持ってけ」「これを持ってけ」と、野菜やら果物やらを渡され、いつも予定の倍近くの荷物になるのだ。


「それで、お師匠さま、あのふたりに一体なにをしたんですか?」

「知りたい?」

「はい。後学のためにも知りたいです」


 胸元で両手に拳を握り、私はお師匠さまを見つめた。


「あれは幻術を使った呪いだよ。見ての通り、効果はなかなかかな。でも実害らしい実害はなし。ソーマがやる呪いの基本的なやり方を踏襲しただけの、お手軽なものだよ」

「幻術、ですか」


 そういえば、幻術系の魔法は教えてもらってないな。私も使えるようになれるかな?


「そ、幻術。術式を目標の頭の中に埋め込んで、術式発動に必要な魔力の供給路を呪いの対象者と接続するだけ。これで呪いは寝ても覚めても発動しっぱなしになるわね」


 うわぁ……。


「それで、どんな呪いをかけたんです?」

「ん? それはキャロルも聞いてたでしょ。そのまんまだよ」


 あれ? 私も聞いてた?


 えっと、さっきお師匠さまはなんて云ってたっけ?


『そして蛙にでもなってしまえ』


 ……え。えっ!?


「あ、あの、蛙、ですか?」

「覚えてるじゃない。そうよ。あのふたりは、自身と相方が蛙に、正確には蛙人間って云ったほうがいいかな? そういう風に見えるようにしたのよ」

「うわぁ……」

「思った以上に効果覿面だったみたいね。でも当人たちにそう見えるだけだから、実害なんてさしてないわよ。そうね、身だしなみを整えるのが大変になるくらいかしらね。なにしろ自分の頭も顔も蛙だからね。髪がどうなってるか分からないもの。あ、そうそう、鏡越しでも効く幻術だから、幻術としてはかなり有用かな」


 真面目な顔でお師匠さま。


「ちなみに、解除方法は?」

「魔術師や魔法使いには簡単だよ。魔力枯渇を起こせばいいだけだから。そうすれば呪いは術式を維持できずに分解しちゃうよ。そういう風に組んだからね。でも、あのふたりは魔法とは無縁みたいだから、魔力枯渇を起こすのは難しいかもね」


 魔力枯渇。要は、個人が保持している魔力を空にすることだ。方法は簡単。気絶するまで魔法を使いまくればいいだけだ。


「なるほど、知っていれば解除は楽ですね。だからお手軽な呪いですか」


 私は納得し、うんうんと頷いた。


「そうそう、さっき、ソーマがあたしを殺した奴に呪いをかけたって云ったでしょ。あれはえげつなかったよ。呪いに発動条件を追加してあったんだよ。一度でも魔法を使うと発動するっていう条件をね」

「ちょ、それじゃ、さっきの方法じゃ解除できないんじゃ」

「うん。できないね。実質不可能だよ。外部からの解除不能。術式が頭ん中だから外部からは認識できないからね。自身で術式を分解するにも一定以上の魔力は使うからその時点でアウト。

 でも魔法、魔術の類を使わなければ、残りの人生平穏無事に過ごせるんだよ。人畜無害に生きることさえ心がければ。殺人に対する罰としては相当軽いと思うね。

 呪った相手は魔法使い。


 あと一度だけ魔法を使える。でも使えば破滅する。魔法を使うかどうかは自分次第。っていう呪い。かなり長いこと葛藤し続けたんじゃないかな。ま、結局使って、死に至ったらしいけど」


 私は身を震わせた。

 魔法使いにとって、これ以上にない最悪の呪いだろう。


「……呪いの内容はなんだったんです?」

「聞かない方がいいよ。酷いから。でも、あたしは嬉しかったな。あたしみたいな面倒臭い小娘のために、ソーマが怒ってくれた証拠みたいなものだからね」


 どことなく寂し気にお師匠さまが笑う。


 そういえば、お師匠さまの昔話を聞いたことがない。


 私が聞いたことがあるのは、基本的にお師匠さまがウィランに定住してからの話だ。


「あの、お師匠さまはどこの出身なんですか?」

「また唐突だね。リンスベルドよ。故郷にいた頃の話は聞かないでね。とてもじゃないけど、話せるほどには立ち直っていないのよ」

「あ、はい。すいません」


 お師匠さまの答えに私はいたたまれなくなった。


 リンスベルド王国。大戦時、故国エレミアを裏切った第一王国騎士団が勝手に建国した国である。当時のエレミア王国中央部を横断するように領土を占領し、結果、エレミアは三分してしまった。王都のある北部。リンスベルド将軍率いる、第一騎士団に占領された中央部。そして、南部をクルギナ将軍率いる第二騎士団が護るという図式となった。


 完全に分断されたうえ、カーン帝国の攻撃により疲弊していた正規軍はリンスベルド将軍の討伐がならず、その間にリンスベルドは、大地の背骨山脈に棲む危険な種族と手を結び、魔獣を戦力として手に入れてしまった。


 結果として、エレミア王国、リンスベルド王国、クルギナ騎士国の三国が生まれ、千年たった今でもいがみ合っている。


 クルギナ騎士国はいまでもエレミアに忠誠を誓っているが、リンスベルドは未だにエレミアとクルギナを侵略しようと狙っている。とはいえ、背骨に棲む者どもと手を組んだことが災いし、リンスベルド国内の治安は非常に悪く、今以てなお、他国に手を出せる状態にはない。


 ならず者国家。そう呼ばれ、現在では各国に居場所のなくなった犯罪者が集うような国となっているのが、リンスベルドだ。


 リンスベルドでの人々については私ももいくつか聞き及んでいる。


 そのどれもが、ロクでもない犯罪の話ばかりだ。当然、そのロクでもない話には加害者と被害者、強者と弱者がいるわけである。


 恐らくお師匠さまは弱者の側にあったのだろうと。


 私が敬愛するお師匠さまの性格は、この半年ですっかりわかっている。実に普通に、人として当たり前のことをしようとする人だ。


 今ならともかく、当時の、力もないこんな性格の人物が、リンスベルドで生きるには辛かったに違いない。


「さてと、気持ちを切り替えてとっとと仕事を済ませましょ。……せっかくだし、このデカブツの術式もコピーしとこうかな。参考になるかもしれないし」


 お師匠さまは立ち上がると、ベンチにおいた背嚢から魔水晶と羊皮紙を取り出した。


「そういえば、術式のコピーってどうやるんですか?」

「簡単だよ。まず呪紋を鉄騎巨兵から剥がして浮かび上がらせ、可視化。この際に術式に欠けが無いかを確認。あれば修復」


 お師匠さまが説明しながら、鉄柵越しに鉄騎巨兵に向かって手を翳した。すると、ヴゥン! という聞きなれない鈍い音が響き、鉄騎巨兵の周囲に呪紋の帯が、ドーム状に幾つも浮かび上がった。


 本来、視覚情報として視ることなんてできない、呪紋が。


 文字や記号、幾何学模様が入り混じった、どうみても無意味な羅列としか思えないものが、ゆっくりと互い違いに回っている。


 何か所に不自然に抜けたところが見て取れる。あれが呪紋の欠けた部分だろう。


 ぼんやりと青白く輝く呪紋の帯の欠けた部分に、次々とピンク色の文字や記号が埋め込まれ、それは他の文様と同様に青白く変じていく。


 たちまちの内に不完全であった呪紋は修復され、完璧なものとなった。


「修復完了っと。で、この状態のものを魔水晶に転写」


 お師匠さまが左手に持った角柱状の青い魔水晶が中空に浮かび上がると、最上段の呪紋の帯から順繰りに一文字一文字高速で点滅し、それに合わせて魔水晶も点滅をし始めた。


 視覚化はされていないけれど、双方が魔力回路で繋がれているのは魔力の流れでわかる。


 点滅はたちまちのうちに、最下段にまで到達し、光は収まり、魔水晶は再びお師匠さまの手の上に落ちた。


「はい、転写完了。それじゃ、意味が分かるように呪紋を翻訳して呪文、即ち術式に変換するよ」


 今度は鉄騎巨兵の隣に呪紋の帯がドーム状ではなく、横書きの形に呪文が転写される。その本数は全部で十三本。そして一番上の呪紋――訳の分からない文字、記号、模様の羅列――が、しっかりと意味のわかる、見慣れた術式の形に翻訳されていく。その翻訳されたものの文字量は、元の十倍以上に膨れ上がっている。


「えー……ロクな偽装がなくてこれかぁ。ざっと見だからわからないけど、無駄が多そう」


 ぼそりとお師匠さまが呟いた。


 ややあって翻訳が終わった。


「うわぁ、凄い量」


 鉄騎巨兵の右隣に広がった文字の量に、思わず声を上げた。


 私の傀儡の術式の何倍だろう?


「うーん……目的だけを考えると、半分くらいには削れそうなんだけどなぁ」


 ブツブツと云いながら、お師匠さまは羊皮紙を広げた。すると翻訳された呪紋の文字が羊皮紙に吸い込まれるように引き込まれ、焼き付けられていく。


 もちろん十三枚。


「焼き付け完了。以上だよ」


 えぇ……。


 事も無げに云うお師匠さまに、私は途方に暮れたのだ。



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