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お師匠さま自覚してください。そういう弟子の少女も存外おかしい。  作者: 和田好弘
其の弐 帝都でのお仕事
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帝都でのお仕事 3



「さて、ゴミ共。皇帝陛下の名を使い、我が祖国に害を及ぼそうとしたのはどういう了見だ? 答えろ」


 身ぐるみを剥がれ、この寒空の中、下着だけで地べたに跪かされた衛兵ふたりにローマン様が問うた。


「なにを云ってる。害を及ぼしているのはそこの売女ふたりだぞ。それをよくもこんな仕打ちをしてくれるな。騎士団だからといって、なんでも好き勝手できると思うなよ」

「無能な近衛より、我々軍団のほうが役に立つと、いい加減に知っておけ」


 ふたりの衛兵はこの状況にあっても実に強気だ。


 というか、門番なんて下っ端がやる仕事じゃなかったかな?


 私は偉そうに騒ぐふたりに呆れていた。


 だいたい、あっというまに制圧されている時点で、このふたりは騎士団員より弱いのである。完全武装しておきながら、鎧も着ていない丸腰の騎士を相手に、無傷のまま制圧されたのだから。


 身の程を知れと云いたい。


「ねぇ、キャロル。帝国って、騎士団と軍団の仲が悪いの?」

「少なくとも、私はそういう話は聞いたことがありませんよ」


 声を潜めて尋ねるお師匠さまにはそう答えたものの、いま目の前で繰り広げられている光景は、とても仲が良いようには思えない。少なくとも、軍団兵は騎士団を毛嫌いしているように思える。


 平民と貴族の違いのせいなのかなぁ。


 私は首を捻った。


 かくして、近衛のみなさんから衛兵のふたりに対し、濃密なお話合いがはじまった。






「……すまなかった」

「先ほどの言葉を撤回し、謝罪する」


 暫し後、近衛の皆に囲まれる中、苦々しい顔つきでふたりが謝罪の言葉を口にした。


 ……なんだか小声で雑言吐いているけど。


 その様子にお師匠さまが大仰にため息をついた。


「いいわ。うん。いい。黙れ。喋るな。実に不快だ。ローマンさん、こんな輩に謝罪されたところで意味がありません。形は謝罪ですが、実際は謝罪ですらありません。単なる自己保身のための擬態に過ぎません。そんなもので私の留飲が下がるとでも?」


 お師匠さまの顔から表情が消えた! 怖い!!


 体が勝手に震える!?


「おい、謝罪してやったのにそれはなんだ?」

「なにを偉そうに。男にま――」

「私は喋るなと云った。理解できないのか? 煩い。黙れ。喋るな。できうるなら息もするな。そして蛙にでもなってしまえ」


 パチンとお師匠さまが指を鳴らす。


 途端、とんでもない量の魔力が周囲に溢れ、しかし静かに渦巻き消えた。


 え、なにいまの。お師匠さまなにしたの? いまの超級呪文級の魔力だよ!


「ミディン殿? いったい何を――」

「ローマンさん。すいませんが勝手にやらせてもらいました。あぁ、大丈夫ですよ。五年前のあの魔法使いに比べれば、遥かにマシなことですから。そういえば、私を殺したあの男、呪いを掛けられた後、今はどうしているかご存知ですか?」

「あのペテン師か。三年前に【生と死の教会】の医療施設で死亡したと聞きましたな」

「医療施設、ということは呪いが発動しましたね。結局、呪いのことを信じなかったんですね。誰を敵に回し、誰に呪いをかけられたのか分かっていたでしょうに。お師様の噂は、尾鰭はあるものの、ほぼすべて事実であるのに、まったく愚かなことで」


 そういうとお師匠さまは、声が出ずうろたえているふたりに冷たい視線を向けた。


「と、声まで奪う気はないからね、忘れずに戻しておかないと」


 再びお師匠さまがパチンと指を鳴らす。


「お、おい、なにをしたんだ?」

「声が……あぁ、戻った……」


 ふたりが怖じ気づいたようにお師匠さまを見つめる。どうやら呪いの話は、きちんと聞いていたようだ。


「もういいよ。もうどうでもいい。もう、あんたたちに用はない。説明するつもりもない。声も聴きたくない。今ので私の溜飲は下がった。目障りだから失せろ」


 冷たく云い捨てるとお師匠さまはくるりと踵を返し、私のとなりに歩いてきた。


「あ……あぁ、嘘だろう?」

「お、お前、顔が……あぁ、手が、手がぁっ!」

「ん? なにを騒いでるの? なにも問題ないでしょう? ねぇ、ローマンさん、どこかおかしなことになってます?」


 騒ぎ始めたふたりに、お師匠さまがローマン様に確認した。


「い、いや、なにも変わっていないが」


 ふたりのあまりの様子に、ローマン様も少しばかり動揺しているみたいだ。


「あああ、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。あぁ、お願いだ、治してくれ! 治してくれ!」

「嫌だ、嫌だ、これじゃ、アメリアに逢いにいけやしない。お願いだ、治してくれ。頼む! 頼むから! いくらでも謝るから! なんでもするから治して!!」


 ふたりは互いを見、自分の手や足を見ては半狂乱になったように騒いでいる。


 え、普通に怖いんだけれど。


 え、お師匠さま、いったい何をしたんですか!?


「み、ミディン殿?」

「どうしたんでしょうね? 見ての通り、なんの問題もありませんよ。そうでしょう?」


 クスクスと笑いながら、お師匠さまがローマン様に答えた。


 い、いや、お師匠さま、泣き叫んでますよ。いい歳した大人が子供みたいに泣きじゃくってますよ。


「大丈夫よ。なにも変わっていないわよ。さっさと鎧を着て持ち場に戻りなさいな」

 そういってお師匠さまは、まさに妖艶ともいえる笑みを浮かべた。


 あ、ヤバイ。近衛の隊員さんたち、何人か見惚れてる。


 お師匠さま、また別の方向で面倒なことになりそうですよ。あははは……。


 私はまたしても頭を抱えたくなった。


 ウィランの商店街でひとりで買い出しをしていると、お師匠さまへの伝言とか手紙とかをよく頼まれるのだ。そしてそれを、そのまま引き受ける訳にもいかず、私はいつも断るのにさんざん苦労しているのだ。


 ガラの悪い連中にはロクでもない形で絡まれ、まともなひとたちからは普通にモテるのがお師匠さまだ。


「これはいったい何事です?」


 深い紅色のローブを着た、銀髪短髪の女性が走ってきた。二十代後半くらいの小柄で痩せぎすな女性。


 宮廷魔術師、ラナ・クレインズ様だ。


「おはようございます。お久しぶりです、ラナさん」

「え、ミディン、さん? あぁ、本当に久しぶりですね。それで、これはいったいなんの騒ぎなのです? 陛下に成り代わった罪人がいると聞きましたが」

「あぁ、それならこのふたりですよ」


 お師匠さまが泣き叫んでいるふたりを指さした。


「この騒がしいふたりが陛下が命を下すまでもないと、鉄騎巨兵移動の依頼を破棄しまして。当方はそれを受諾いたしました。自分たちには依頼を破棄する権限があると、第三者の前で宣言しましたのでね。尚、その際に酷い侮辱を受けましたので、これはその報復を行った結果です。見ての通り、ただ騒いでいるだけで、なんの問題もありませんよ」


 淡々とお師匠さまが事情を説明する。


「あ、ちなみに、第三者はこの子です。リュミエール商会のご息女ですよ」


 ちょっ!? え、そこで私を出すんですか!?


 いや、確かに実家は商家としては力を持っていますけど。


 私の実家であるリュミエール商会。複数の貴族家の出入り業者だ。特に帝国五大貴族の内の二家、オーベルシュタイン公爵家とマインシュタット公爵家とは親密な関係を持っている。ちなみに、エルマイヤとエリザベスの実家だ。


 ラナ様は額に手を当て、思わず天を仰いだ。


 まぁ、家は商業ギルドの重鎮だし、そこの息女が立会人となればおいそれと無視するわけにはいかないよね。


 というか、これが完全な公式取引となりかねない。


「あたしの気はもう済んだので、依頼破棄に関しては保留にしてあります。どうします?」

「いや、どうしますもなにも、破棄なんてしないわよ。しないからね」


 こ、こんな必死なラナ様なんて初めてみた。近衛の皆さんも驚いて――あ、ローマン様がまた真っ青になってる。


「分りました。それでは、鉄柵とベンチの排除をお願いします。ところでラナさん。もしかしてソーマとなにかありました? その、ラナさんを脅かすつもりじゃなかったんですけど」


 困ったようにミディンがラナの顔を見つめた。


「あははは、学院の教師の選定を失敗したみたいでね……」

「あぁ、例の事件絡みですか。聞いてますよ。出現したのが【黒】で良かったですね。個体戦力は亜神級ですけど。【白】だと個体戦力は弱くても、一瞬で強大な群体戦力を召び出しますからね」

「群体戦力? 彼らについてはエルフの口伝伝承くらいだから、私たちにはまったく知識がないんだけれど」


 ラナ様が眉をひそめた。


「【白】の別名は【竜の貴族】ですよ。奴らは竜を絶対支配します。空を埋め尽くす竜の大群なんて、人類にはとてもじゃないですけど、相手取るのは不可能ですよ」

「いや、お師匠さま、確かにそれは相手にするのは不可能ですけど、アレは、【黒】は私も見ましたけど、神様でもなければ対処は絶対に無理です。超級攻撃呪文複合五重発動とか、ソーマ先生も大概おかしなことしてましたけど、それでも召喚陣に押し込んで追放することしかできませんでしたよ」


 私は当時を思い出す。


 うん。死ぬかと思った。というか、絶対死ぬと思ったもの!


 超級呪文同時五発とか、街を、それこそ瓦礫ひとつ残さず完全消滅させるほどの破壊力を叩きだす代物だ。

 そもそも超級呪文はそのほとんどが広域殲滅呪文なのだ。それを対単体用に魔改造してぶっ放す、ということ自体が、どだいおかしいのである。


 おかしいといえば、魔術行使の際、エリスタが周囲に被害が及ばぬように絶対障壁を展開していた。余波だけとはいえ、それを抑え込んだのも異常だ。もっとも当人は、直撃されたら一発目でもう壊されていると云っていたけれど。


「え、ソーマ、超級呪文同時に五つもぶっ放したの? 同時なんて聞いてないよ。って、それでも殺せなかったのか。とんでもないわね、【黒】。なるほど、だから【白】は【忘却界】への追放措置をとってたのね。で、それを召びだしたアホが教師だったと」

「えぇ、彼にさんざん怒られたわ。生きた心地がしなかった……」

「あぁ、ラナさん、あの呪い見てましたからねぇ」

「あれは無理。解析できたとしても、解除はできないもの。手を出した時点で発動する以上、手の施しようがないわ」


 ラナ様はがっくりとうなだれた。


「と、仕事にかからないと。鉄柵排除の為に工兵を招集します。鉄柵排除終了まで、ミディンさんはここで暫し待機をお願いします」

「分かりました。では鉄騎巨兵の術式を確認して、安全なように書き換えておきますね。あ、起動キーはどうします? なにか用意してありますか?」


 お師匠さまが問うた。


 鉄騎巨兵は単純命令を行使するだけの傀儡だ。現状の状態で活動を復帰させると、戦争当時に書き込まれた命令を再開することになる。


 つまり、周囲の徹底破壊である。


 これを、一般的な逐次指令行使型に変更するわけだが、傀儡の起動、停止、そして各種指令伝達のための媒体となるものが必要となる。


 傀儡操士がいれば媒体など不要だが、いまの時世では、特に五年前まで魔法を禁じていた帝国においては、傀儡操士などひとりもいない。


「錫杖を二本用意してあります。材質はミスリルですが、問題はありますか?」

「問題ありません。むしろ、書き込む容量を考えると上等すぎます」


 お師匠さまが苦笑いを浮かべている。


 傀儡の起動キーなど、安物の指輪等が使われるのが普通だ。


「見栄えは必要ですから。術式付与に必要な道具はありますか?」

「それも問題ありません。ありがとうございます」


 ラナ様はそれを聞くとローマン様の下へと走り、二、三言葉を交わすと【白鳳宮】へと駆け戻っていった。そして続くようにふたりの近衛が走っていき、ローマン様を除く残りの近衛が泣き喚くふたりの衛兵を引きずっていった。


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