帝都でのお仕事 2
私たちは中央広場に入ると、そのまま縦断するように歩を進めた。
広場の中心には鉄騎巨兵。鉄騎巨兵の周囲は鉄柵で囲まれており、正面部分にある台座には、このデカブツの由来を説明した金属板が埋め込んである。
「本当に昔の人は何を考えていたんだろ? 健国王となった守護者様は止めなかったのかしら。まさか率先してやったとは思わないけど」
「そういえば、その辺りの話は知られてませんね。記録ないのかな?」
呆れたようなお師匠さまに私は答えた。
「まぁ、いいや。それじゃ、お仕事としましょうか」
「このまま大門の衛兵の所へ行きますか? それとも裏手の御用業者用の門へ行きます?」
「大門の所でいいでしょ」
鉄騎巨兵の脇を通り抜け、正面に見える大門へと向かう。
「おはようございます」
「なんだ女。【女】の押し売りはいらんぞ」
大門を護っている大柄な衛兵が、挨拶をしたミディンに対し、酷く侮辱的な言葉を吐いた。
え、えぇ。いきなり酷いこと云ってきた。って、帝国の衛兵ってこんなに酷いの? 知らなかったよ私。
あ、お師匠さま、大丈夫かな。……あ、ダメだ。笑顔のままだ。めっちゃ怒ってる。
私の口元が勝手に引き攣れた。
「皇帝陛下のご依頼を請けてまいりました。取次をお願いします」
「依頼だ? 貴様らのような売女に陛下が依頼など出すものか。とっとと失せろ」
あぁ、娼婦としか思われてないよ。つか、こんな朝っぱらからその手の人が商売するわけないでしょ。馬鹿なの、この衛兵。
あ、これもそうなのか。お師匠さまが顔のことでよく愚痴ってたのは。
私はこれに似た状況を思い出した。
お師匠さまは自分の容姿に関し、無意識的に愚痴をよく云っている。美人であるが故に、ロクな目に遭っていないのだ。それも何故か、今回のように、街の美人さんではなく、どういう訳か娼婦や詐欺師の類に思われることが多い。
「もう一度いいますよ。取次をお願いします」
「失せろ」
「おい、ここをどこか別の場所と勘違いしてやしないか?」
もうひとりの衛兵が、これみよがしにガツンと、手にした槍の柄で足元を叩いた。
「なるほど。では、あなたがたの権限で、こちらの依頼は破棄ということでよろしいですか?」
お師匠さまが依頼書を懐から取り出す。
でもふたりの衛兵の態度は変わらない。
「おい、いまなら見逃してやる。それをしまえ。でなければ牢獄行きだ」
「いや、牢獄の方がいいんじゃないか。こんな朝からくるんだ。金が目的でもないだろ」
フルフェイスの兜を被っているため表情は見えないが、恐らくは下卑た笑みを浮かべているのだろう。
……気持ち悪い。
「つまり、皇帝陛下に成り代わり、この依頼は破棄するということですね」
「くどいぞ」
「わかりました。では、お二方のお名前をお教えください」
「貴様らなんぞに名乗る必要などない」
衛兵の態度は変わらない。
お師匠さまが大きくため息をついた。
「そうですか。まぁ、日時が分っていますから、そこからあなたがたの名は知れましょう。では、後日、そちらの一方的な契約破棄に関して、違約金を含めた賠償に関し正式な書面を送ります。それでは、これで失礼します。
帰るよ。仕事は終わりだ」
お師匠さまはあっさりと踵を返すと、再び広場へと歩き始めた。その後を慌てて追いかける。
「あ、あの、いいんですか?」
「いいもなにも、依頼は破棄だよ。男漁りの売女呼ばわりの上に、詐欺師扱いされてまで食い下がることじゃないよ。ここでのことはしっかりと皇帝陛下に伝えるから問題なし。その結果、あのふたりがどうなろうと、知ったこっちゃないわ。
云ったでしょ、私、故郷と同様に、あまり帝国にはいい思い出がないのよ。
命を取られた。妾になれと挨拶代わりに命令された。そして今日はこの有様よ」
うわぁ。
私は頭を抱えた。
ソーマ先生、お師匠さまに仕事任せたの間違いなんじゃないですか?
「ソーマもさんざんだったんだよ。なんにも悪くないのに、あいつらが自分たちの不正を隠滅するために、ソーマの首に馬鹿げた額の賞金懸けてたんだから。それもその賞金は国庫からだすようになってたみたいで、問題になってたハズだよ」
ちょっ!?
って、そういえば、学院時代にそんなこと先生から聞いたような……。
「懸賞金って、それ、どうなったんですか? 先生、普通に学院で教師してましたよ」
「あぁ、学院ができる前、あたしの件で殴り込みしたときに、ついでに取り下げさせたみたいよ。それに関わった連中は法的措置は取らせずに、ソーマが直接なにかやったみたい。……ほんと、可哀想にね。喧嘩を売る相手ぐらい選べばいいのに、馬鹿な人たち」
うわぁ。
思い出した。思い出したよ!
数年前。突如として大戦以降禁じられていた魔法が解禁された頃、貴族派閥の力関係が大きく変化した事があった。父がそれに際し、貴族との取引先をいくつか解消すると共に、新たな契約を結ぶべく奔走していたんだ。
てっきり魔法解禁により、魔法否定派の連中が落ちぶれたのだと思っていたけど、もしかすると先生が関わっているのかもしれない。
……いや、きっと関わってるんだろうな、これ。
絶対、先生には敵対しないように、実家には手紙を出しておこう。
「あ、ローマンさんだ。あー、会っちゃったかぁ。挨拶しないといけないなぁ」
面倒さそうなお師匠さまの声に、私はお師匠さまの見ている方へ視線を向けた。
広場では早朝訓練の走り込みでもしていたのだろうか、兵士と思われる一団が集まっていた。訓練用の軽装で、帯剣はしていない。まだ全員揃っていないのだろう、整列はせずに、皆バラバラになって、それぞれが乱れた息を整えていた。
その彼らの前に立つ、黒髪髭面の大柄な男。
って、あれ、近衛騎士団長のローマン様じゃない。ということは、あの人たち近衛の騎士様たちだ!
「おはようございます、ローマンさん。お久しぶりです」
「ん? おぉ、ミディン殿。お久しぶりです。息災のようですな」
「あはは。さすがにあんな目に遭いましたからね。健康第一ですよ。ローマンさんもお元気そうでなによりです」
お師匠さま笑顔を浮かべながら挨拶をした。
「なん……だと?」
「隊長があんな美女とあんなに親しげに」
「まさに美女と野獣」
「隊長、そちらの美人とはどんな関係なんです?」
「奥さんにいいつけますよ」
「貴様ら、失礼なことを云うな!」
冷やかしはじめた隊員たちをローマン様が怒鳴りつけた。
「こちらはミディン殿。ウィランを拠点とする賢者様だぞ」
「というより、【北の森の大賢者の妹弟子】と云ったほうが、分りやすいかと」
は? はじめて聞いたよ!? って、妹弟子って、え、妹弟子? え、それじゃまさか、リノ先生が北の森の大賢者様!? え? 嘘でしょ!?
あ、ローマン様も固まってる。
北の森の大賢者様。ティ・ウェン・ルン帝国北部の大森林帯に住まう大魔術師である。魔法が禁じられていた帝国において、七年前にラナ・クレインズが宮廷魔術師となるまで、唯一、帝国において魔法、魔術の使用を認められた人物だ。
北部大森林の奥地は魔境。十数年ごとに魔物を中心とした軍勢が現れ、侵攻してくるのである。大攻勢と呼ばれるそれを、たったひとりでほぼ食い止めているのが、北の森の大賢者様だ。そういった経緯から、民間では畏怖と共に尊敬されているが、貴族間では禁忌の存在とされていた。
勝手に住み着いた魔術師だ。領主はもとより、帝国としても目障りではある。だが、排除した場合にもたらされる大攻勢の被害と、帝国の法とを天秤に掛けた結果、いないものとして扱い、特例として帝国内での居住と魔術使用を黙認することになったのだ。
「北の森の大賢者殿の、妹弟子、ですと?」
「えぇ、そうなります。まだ直接会ったことはないんですけどね」
「では、大賢者様の師は――」
「あ、名前は云っちゃダメです。帝国だといろいろと問題があるでしょう?」
変わらずお師匠さまはニコニコとしているけれど、ローマン様は真っ青だ。
って、あれ? ということは、北の森の大賢者様のお師匠さまは、ソーマ先生ってことだよね。え、師匠? あれ? ソーマ先生って幾つなんだ? どう見ても二十代にしか見えないんだけど。若く見えるだけで、三十代くらいだと思ってたんだけど。でも大賢者様って、確か百年くらい前から北の森に住みついてるよね?
あ、なんだろ? 頭がくらくらしてきた。
「どしたの? キャロル」
「いえ、いろいろと判明した新事実に頭が追いつていかないです」
「?」
私の言葉にお師匠さまが顎に指を当てて、カクンと首を傾げた。
くそぅ、その美貌でその可愛らしさは反則です、お師匠さま!
「それで、今日はどんなご用件で。学院関係ですかな?」
ショックから立ち直ったらしいローマン様がお師匠さまに訪ねた。
「いえ、皇帝陛下からの依頼で、そこのデカブツを移動するハズだったんですよ」
お師匠さまが鉄騎巨兵を指さした。
「おぉ、話は聞いています。先月台座は完成したものの、移動はどうするのかと思っていたのですが。そうですか、ミディン殿が。いや、以前お会いした時はまだ見習いでしたのに、立派になられましたなぁ」
「あはは。ありがとうございます。でも、つい先ほど断られまして」
あ、云うんだ。さっきのこと。
思わず私はお師匠さまに視線を向けた。
「断ったと? 陛下が?」
「いえ、断ったのはあすこの衛兵ですよ。陛下直筆の書簡も見せましたが、にべもなく断られました。陛下に取り次ぐまでもなく、自分たちの権限で依頼破棄とのことですよ。
後日、一方的依頼破棄により発生する違約金、及び賠償金について書簡を送りますので。交渉に関しては我が師と行うことになります。五年前みたいにならないといいですね。
あ、そうそう、どうやら私、体を押し売る場末の娼婦らしいですよ。モグリの。
折角、分かりやすく、杖持って魔術師の恰好で来たんですけどねぇ。あぁ、だから詐欺師呼ばわりもされたのか」
ちょ、お師匠さま!? いや、あっはっはって笑うことじゃ――
あ、ローマン様の顔がみるみる怖く――
「おい、お前ら、聞いたな。あのゴミふたりを捕らえろ! その後、誰でもいい、交代要員がくるまで臨時で門を護れ。それとフランツ、宮廷魔術師殿の下へ走れ! 事情を話してここに来てもらえ。いいか、くれぐれも丁重にだぞ。決して怒らせるなよ」
ローマン様が命令を飛ばす。
あれ? ラナさん、なんか怖がられてる? ソーマの真似でもしたのかな。
お師匠さまの呟きが聞こえた。そういやソーマ先生、あの事件の時、ラナ様と親しげに話してたっけ。――いや、ラナ様、表情が強張ってたような。
……考えないでおこう。
「えーと……」
「ミディン殿、どうか、どうか早まらないで頂けないだろうか。もちろん、十分に詫びは致す。なのでどうか――」
ローマン様が頭を下げた。
って、近衛騎士団長様!?
「ちょ、止めてくださいよ! ローマンさんにそんなことされたら困っちゃいますよ。分かりました、分りましたから。頭を上げてください。陛下に直接断られた訳でもないですから、一応、保留にしますから」
それでも一応なんだ。
私はハンカチを取り出し、汗をぬぐった。
冷汗が止まらない。
評判云々云っていたけど、こういうことなの?