帝都でのお仕事 1
帝国に到着した。
【智の塔】から帝都にある塔の支部へと転移した私たちを出迎えたのは、塔の帝都支部の若い男性だった。
「すいません。お手数を掛けします。大分無理をさせましたでしょう?」
「いえ、とんでもありません。ミディン様のお手伝いができるだけで光栄です」
青年は深々と礼をした。そして、なんだか目の色がおかしい。恋愛感情的なものじゃなさそうだけれど。……崇拝?
お師匠さまはそんな彼の様子に苦笑いしてる。
その後、二、三言葉を交わし、私たちは塔の帝都支部を後にした。
「うーん。あんなに恐縮されるようなことした覚えはないんだけどな」
初対面の人だし。と、お師匠さまが首を捻っている。
「でも、なにかないと、あんな崇拝じみた態度はないかと思います」
「むー……塔絡みだと、せいぜい依頼された魔道具を幾つか提供しただけだよ。それも、あえて性能を落としたものを」
「へ? わざわざ性能落としたんですか?」
「うん。ソーマに云われたのよ。あたしたちの作る最高品質のものは、厄介ごとの種にしかならないから、性能を落として造っておけって」
私は思わずお師匠さまをまじまじと見つめてしまった。
お師匠さまのつくる魔道具はどれもおかしな性能をしているのは知っている。でも、そのおかしな魔道具が性能を態と落としたものだとは知らなかった。
「あ、もしかしてアレかな? あー、でも、もしあれに依存してたらマズいなぁ。帰ったら確認しておこう」
「……なにを造ったんですか?」
「魔法発動媒体だよ。いわゆる魔法使いの杖。ただ、ちょっと特殊なね」
お師匠さまが答えた。
「特殊ですか」
「そ、魔法の資質はあるけど、素質がない人物でも魔法が使える魔法発動媒体」
……はい?
「え、ちょ、それ凄いじゃないですか。それって、魔力さえあれば誰でも魔法が使えるってことですよね?」
「そだよ。でも、そういう目的では使わないように厳命してあるハズ。もともとは、資質、素質共にあるけど不器用で、魔法が下手っぴな人の訓練用に作ったのよ。もしくは、まったくの初心者に、初めて魔法使わせるためにね。
ほら、魔法の使い方なんて、口頭で説明されてもわかんないし、実際に見たところで「凄ぇ」としか思わないでしょ。自分の内を、魔力をどう動かして、いかにして魔力を集点に集め、それを呼び水に周囲から魔力を掻き集め、そしてそれを目的の魔法に変質させ、焦点に向けて撃つかを体験させるための道具――として杖を造ったのよ。三本程」
私は驚いて目を瞬いた。
唖然とするって、こういうことなのかな?
「だから……そうね、魔法使い初心者になるための杖ってとこかな。魔法の発動を実体験してもらって、あとは自己努力で普通の魔法媒体でも使って、魔法使いになってもらうための道具ってとこね」
お、お師匠さま、なんだか簡単なようにいっていますけど、それってとんでもないですよ。だって、その杖さえあれば、魔法使いを量産できるんですよ。それこそ魔法使いの軍団だって作れちゃうんですよ!
「まぁ、これに頼ると、魔法使いとして成長しないし、ましてや魔術師になるなんてとてもじゃないけど無理になるからね。というか、これが大量に出回りでもしたら、確実に魔術関連の技術は停滞どころか衰退しちゃうよ」
「いや、お師匠さま! それってとんでもないモノじゃないですか!」
本当、なんてもの造ってんですか、お師匠さま!
「だからもう造る気はないよ。旧王国みたいになりかねないし」
そう云ってお師匠さまは肩をすくめた。
いや、違います。いえ、それもそうですけど、重要なのはそこじゃないです!
「それにアレ、中級の初歩ぐらいまでしか使えないハズだし」
「いや、ハズって……」
えぇ……その様子だと超級呪文も使える杖を造れるんじゃ――
魔法使いと魔術師の違い。それは魔術、いわゆる魔法を創り出す、あるいは既存の魔法の応用ができるかの違いだ。
魔法使いはその呼び名の通り、魔法【使い】でしかないのだ。即ち、学んだ魔法を通り一遍にしか使うことしかできない。
一方、魔術師は好き勝手に魔法を作り出すことができる。
魔術とは、魔法を創り出すことに使われる言葉で、魔法とは創り出されたものにつかう言葉である。ちなみに、使い切りの魔法の巻物などを使って魔法を行使する者は、呪文使いと呼ばれる。
テクテクと私たちは人気のない通りを歩いていく。
しんと凍てついた空気が肌を刺す中、吐き出す息は霧のように広がり消えていく。
薄暗い中私たちが向かっているのは皇帝陛下の居城である【白鳳宮】。塔の帝都支部は、商店街のはずれにあるため、少しばかり歩かなくてはならない。
商店街の帝都外縁側には、こうした事務所が軒を連ねている。傭兵ギルドや商人ギルド、工業ギルドはもちろん、町内会の寄り合い所も集まっている。
この大通りをまっすぐ歩いていけば、目的地である【白鳳宮】へと辿り着く。
空が白み始め、街並みに陽の光が差し込み始めた。
白で統一された建物が並ぶ帝都の街並みがはっきりと見え始める。
「相変わらず帝都は真っ白一色って感じだねぇ。屋根の色はカラフルだけど」
「あはは。白漆喰で塗り固めるように規制されてますから」
「……なんでそんなことしたのかな? やっぱり美観? でもそれなら屋根の色を統一しないと意味ないか」
「漆喰の利権がらみだと思います」
私がそう答えると、お師匠さまはあからさまに顔をしかめた。
いや、冗談でもなんでもなく、事実なんだよねぇ。建材関連を半ば独占している某お貴族様が色々とやってるっぽいんだよね。
「それでこれか。というか、私欲の為に制度作ったの? まぁ、住んでる人たちが文句ないなら、余所者がどうこう云うこともないんだろうけど。屋根のせいで統一感はいまいちだけど、綺麗な街並みだし。……うむぅ。これが国の違いか」
「でも、ウィランと比べると、色々と足りない気がしますね」
「足りない?」
お師匠さまが首を傾いだ。
「街路灯とか。帝都はまだまばらですし。これでも昔よりはかなり整備されましたけど。後は、舗装の石がそこかしこ割れてなくなってますし……」
「あー、ウィランはいろいろおかしいから。街路灯の光晶石は、学生たちが小遣い稼ぎに作りまくってるからだし。あの敷石もどきは、ゴミ焼却のついでに焼いてるっていってたな。特殊な製法で馬鹿みたいに固くて衝撃吸収性が高いけど」
街並みを眺めながらあれこれ雑談しつつ、私たちは歩いていく。
このあたりの建物はすべて商店ではあるが、看板の類は殆ど見えない。帝都では殆どの商店が店先に看板を下げるということはしておらず、開店時に入り口わきに立て看板を出すのが主流だ。
「確か、帝都もウィランをモデルに造られたんですよね。こうしてみると、私たち帝都民って、随分と不便な日常を送ってたんですねぇ」
あらためて見てみると、本当にウィランに比べて色々足りない。
「あ、そうだ。キャロル、実家には顔を出す? 多分、今日は帝都に一泊することになると思うけど」
「あ、大丈夫です。私はもう独立したようなものなので、一人前になるまでは敷居を跨ぎません」
「あー、そういう仕来たりなの?」
「いえ、私の決意表明みたいなものです。商会は兄が継ぐことが決まっていますし、私が帰るとおかしなことになりかねないので」
なんでただの商会の跡取を決めるだけで、お家騒動じみたことにしようとするのかな。まぁ、私を担ぎ上げれば、いいように傀儡にできるとでも思ってんだろうけど。学院に入れば収まるかと思ったら、もっと酷くなったし。
「お家騒動的なこと?」
「そうですね、私を担ぎ上げられても困りますし。帝国では、少なくとも今後数年は、魔術師が重用されることが確定していますから、私を通じていろいろとコネクションを広げることを目的にしてる一派がいるんですよ。父がワンマンで強権を振るっていれば問題なかったんですけどね」
有能な部下がいるのも考え物だよねぇ。
「いや、笑ってるけど大丈夫なの?」
「兄が潰しにかかっているので大丈夫です。それに私には商才がないんで、ここらで兄にしっかりと絞めてもらわないと、私が困ります」
「まぁ、それならいいんだけど。家族は大事にしときなよ。ちゃんと連絡くらいはするようにね」
「あ、はい。わかりました」
……連絡したらしたで、面倒なことになりそうだけど。とはいえ、ウィランに引っ越したことは云わないといけないか。
「あ、そうそう、これからあたし、ちょっと居丈高な調子で話したりするから、驚かないでね」
突然お師匠さまがそんなことを云いだした。
「取次とかしてもらうでしょ、その時にね。下手に丁寧に話したりするとロクなことになんないのよ。評判にも関わるしね」
「いや、それだと評判が悪くなるんじゃないですか?」
どうにも腑に落ちなくて訊いてみた。
「そだね。悪くなるわね。評判は大事よ。特に、悪い方の評判はね。あ、悪いって云っても、犯罪とかそっち絡みは別だからからね」
「悪い評判ですか? 悪いものなら、無いほうがいい気がしますけど」
私は首を傾げた。
「まぁ、見てればわかるよ。うまく説明できそうにないし」
「はぁ」
私たちは帝都中央広場へと足を踏み入れた。大抵この手の広場には、中央に噴水なり銅像なりがあったりするものだけど、ここ帝都では【鉄騎巨兵】が跪いている。
千年前、帝国の前身たる王国を完膚なきまでに破壊した兵器の一輌が。
そしてその向こうには【白鳳宮】の大門。そこが私たちの目的地だ。




