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閑話 1


 あぁ、どうしてこんなことになったんだろ?


 モナ・オルソンはその日、何度目になるかも分からない問いかけを思い浮かべつつ、学院の廊下をひとり歩いていた。


 その足取りは重い。


 昨日の晩、賢者ミディン・ナイファによる特別カリキュラム終了後、帝国宮廷魔術師であるラナ・クレインズより要請があったのだ。

 攻撃系魔術教室教師ドリスタン更迭のため、攻撃系魔術教室の臨時講師をせよと。


 モナは頭を抱えた。


 攻撃系魔術教室の教師をやることは問題ない。自身が優秀な教師であるかは別として、優秀な教師であるソーマの教えはしっかりと身についているのだ。

 あの破天荒な授業のやりかたはとても真似できないが、なにが重要で、なにを教え込めばよいのか、それは自身がよく分かっているし、やりかたもよく覚えている。


 だから、授業はそれをなぞらえて行えばまったくもって問題はない。


 問題があるとすれば、それは生徒である。


 なにしろ自分の同期生たちなのだ。学院の課程は三年。それをソーマ教室はわずか一年で終えてしまった。かなりの促成ではあるが、卒業生の実力はみな一線級になっている。もちろん、それはモナもだ。


 本来モナは、北方大森林警備部隊、第三部隊の部隊長であるのだ。


 折からの人手不足のため隊を編成できず、現状は魔法使い育成教室の講師をしているわけだが。


 さて、その同期生たちである。彼女たちはソーマ教室を見下し、馬鹿にしていた者たちだ。

 ソーマのカリキュラムは、とにかく魔術の基礎、土台となる部分を徹底して鍛えてから技術を教え込むというものだった。故に、彼は最初の講義でこんなことを云ったのだ。


『お前たちは最初の三か月は落ちこぼれだ。だが次の三か月で追いつき、九か月目には連中を遥か彼方に追い越しているだろう』


 と。事実、半年間は酷いもので、さんざんユリウス教室の連中に侮辱されたのだ。なにしろユリウス先生が率先して侮辱してくるのだから、生徒がそれに倣うのは当然ともいえるだろう。


 故に、ソーマ教室卒業生と、ユリウス教室の生徒たちであった現攻撃系魔術教室の生徒との間の確執は根深いのだ。例えそれが全員でなくともだ。


 まぁ、半年過ぎたあたりで、ユリウス先生が【黒】事件を引き起こしたわけだけど。しかもその原因が、エルマイヤが破棄した魔法陣布をくすねて適当に改悪したからだけど。


 ほんと、あの先生、無能だったわね。あぁ、いま北にいるんだよね。あっちに配属になったら顔を合わせることになるのかな。


 ……衝動的に【魔法矢】数千本打ち込みそうね、私。


 はぁ。


 モナはため息をついた。


 もう面倒臭いから、先生と同じことしちゃおうかな。


 同じこと。死にもの狂いで頑張ればギリギリクリアできる課題を渡して放置するというもの。ヒントはだすが、答えや方法は一切教えないという酷いスパルタだ。


 先生が『俺が連中の面倒見る義理はねぇだろ』と云っていたのを思い出す。


 先生も私たちが侮辱されていたことに怒っていたということを知って、嬉しく思ったものだ。


 とはいえ、教える者がいない以上、やらなきゃだめよねぇ。

 とりあえず、今日は昨日の模擬戦の反省会と、魔術発動に関して講義すればいいか。集点と焦点に関して、なんか思い違いしてそうだし。

 午前は自習みたいにして、午後に何が自分たちに足りなかったのかを自覚させて、そのあたりの講義、で、いーや。……あぁ、面倒臭い。


 というか、あのおじさん、魔術師の才能がありながら魔法使いでしかなかったって、どういうことなのよ。


 あの無駄に爽やかな笑顔を振りまいていた、ドリスタンという小太りのおっさんを殴り倒したくて仕方がない。


 これが『殴りたい、この笑顔』という気持ちか。くそぅ。


 もはやモナの頭には物騒な考えしか浮かばない。


 あぁ、もうほんとうに講義なんてやりたくない。

 大体、馬鹿にしてた奴から教えを得るとか、連中、耐えられるのかしらね。


 はぁ。


 モナは再びため息をついた。



★ ☆ ★



 アマーリエ・エッケナーとレオノーレ・ロンベルクは、頭を突き合わせて机の上のペンダントを見つめていた。

 それは昨日、ミディンからご褒美として受け取った、守りのペンダントである。

 アマーリエは模擬戦の結果からの褒美だが、レオノーレは何故自分がこれを貰えたのか、釈然としなかった。なにしろ自分は、流行りの小説に書いてあったことが実現できるのかどうか、確認したかっただけなのだから。


 そうして手に入ってきたこのペンダント。


 ミディンはたいした物ではないけれど、と云っていたが、どうにもそうとは思えないのだ。

 確かに、防御能力としては、そこそこ高性能ではあるものの、巷に出回っていない程のものではない。護身用の装身具としては、貴族であるならば誰でもひとつは持っている程度の代物だろう。


 そう、このペンダントの仕様を無視するならば。


「アマーリエさん、これほどのものを作ることのできる職人はご存じでして?」


 レオノーレはアマーリエに問うた。アマーリエは学院に中途入学する前は、エレミア王国の私塾で魔法の修行を行っていたのだ。


 エレミアは神のお膝元であるファラン王国程ではないにしろ、魔術に明るい国である。当然、魔具の類も、五年前まで魔法を禁止していた帝国などよりはるかに充実している。


「いえ、エレミアでもこのような仕様の魔具は見たことがありません」


 アマーリエは答えた。


 ちなみにアマーリエは、もはや完全にミディンを崇拝しているといっていいほどに心酔している。昨晩など、このペンダントを戴けたことに浮れ、部屋で小躍りしていたくらいなのだ。


 だがその途中でこのペンダントの仕様に気付き、驚愕し、自分同様にこのペンダントを手にしたレオノーレに相談している次第だ。


 もっとも、レオノーレもアマーリエ同様、このペンダントの異常な仕様に気付き、相談相手をさがしていたのだが。


 ペンダントの仕様。それは以下のようなものだ。



・身に着けることで、自動的に防御障壁が身体表面に展開される。

・障壁が展開されると、ペンダントヘッドの魔晶石が青→緑に変わる。

・障壁の減衰(魔力の減衰)に伴い、魔晶石の色が緑→黄→赤と変わる。

・障壁の総防御力は、魔法ならば標準仕様の【火球】約二発分強。

・減衰した魔力はペンダントヘッドを握り、魔力を込めることで充填できる。



 というもの。


 これのどこがおかしいかというと、体表面に障壁が展開されるということ。大抵は自身周囲に球状の障壁が展開されるのだ。そのため、敵に障壁内へ入り込まれでもしたら全くの役にたたない。だがミディンのペンダントの仕様には、その弱点がないのである。


 そしてなによりもおかしいのが、この、握って魔力を込めるだけで魔力を充填可能という点だ。


 普通、この手の魔具は、術式を刻んだ魔晶石に、魔力を送るためのバッテリーとなる魔晶石を連結するのだ。故に、護身用の装身具は、総じてデザインが微妙なものが多い。

 魔力を使い切った魔晶石は消滅するため、定期的に交換する必要がある。いざと云う時に魔晶石が消滅したのでは、護身用の魔具として意味がないからだ。


 ミディンの拵えたこのペンダントは、磨き込まれた楕円形の魔晶石を銀で囲っただけのシンプルな代物だ。だが、角度を変えてみると、銀の縁の部分に緻密な紋様が刻まれているのがわかる。また裏側には、操り人形を操る少女のシルエットを模した紋章が刻まれている。これはミディンの作品を示す紋章だ。


 ……もしかしたら自分たちは国宝級の代物を、そうでなくとも、皇帝陛下に献上するレベルの物を頂いたのではなかろうか?


 そんなことに思い、ふたりの少女はうろたえているのだ。


 とてもではないが、一般的な魔具ならともかく、そんな代物を気軽に身に着けて歩けるほどの度胸はない。


「おはようございます。レオノーレ様、アマーリエ様。お顔の色がすぐれませんが、どうなさいましたか?」


 顔を突き合わせ、妙に青い顔をしているふたりに、フィリナ・メーリングが声を掛けた。ふたりとも実家の商売の得意先とあって、フィリナは仲良くしているのである。


「フィリナさん、丁度良かった。あなたもペンダントを賜りましたわよね?」

「え、えぇ、頂きましたが、それが?」

「少々下衆な物言いになりますが、フィリナさんはこのペンダントの価値はいかほどと見ていまして?」

「確か、フィリナさんのご実家は宝飾品店でございましたわよね? それならわかるのではないかと」


 突然のふたりの物言いに、フィリナは目を瞬いた。


 確かにフィリナの実家は、今は宝飾品店を営んでいる。伯爵家四女であった母が、知り合いの男爵夫人から経営権を買い取り、数年前から経営している。

 どうしてそんなことを訊こうと思ったのか、その理由を聞きフィリナは合点がいった。


 ふたりが、この魔具をどう扱っていいか思い悩んでいると。


「ふたりとも、普通に身に着けていればいいと思いますよ」


 価値についての言及を避け、フィリナは自分が首にかけているペンダントを摘まみ、ふたりに見せた。そして言葉を続ける。


「正直に申しまして、このペンダントには値段がつけられません。下手に値段をつけるわけにもいきません。つけるとしたら、ミディン様の言い値にしてもらうのが一番でしょうが、恐らく、あの方はとんでもない安値をつけるでしょうね」


 そういってフィリナは苦笑した。


「ど、どういうことですの?」

「たまに居るんですよ。自分の気の向くままに作品を作って、その価値に関してはまったく無頓着な職人が。そういった職人にとっては、その作品の価値は原価程度のものでしかないんですよ」


 レオノーラとアマーリエ顔を見合わせた。


「それとですね、このタイプの魔具は、現状では古代帝国期の発掘品でしか出回っていません。なにしろ制作できる術師がいませんからね。なので、当然、値をつけられず、基本オークションに出品されます。そのため、値は馬鹿げた額になりますね。オークションでの値など、一般に販売するための値付けには、まるきり参考になりませんからね。

 このことからも、ミディン様とソーマ先生が規格外の存在であると理解できると思います。

 実家の商売の関係上、キャロルとは話をするくらいには懇意にしていますが、彼女も頭を抱えていましたよ。


『お師匠さまは自分の創るものの価値にまったく頓着していない』


 と。なんといいますか、魔具に対する世間の価値感と、ミディン様の価値観に相当の差異があるようです」


 フィリナは肩をすくめてみせた。


「あー、まぁ、それは仕方ないんじゃないかなぁ」


 突然会話に割り込んできた声に、三人は声の主に目を向けた。


「モナ……先生」

「いや、先生はいいよ。同期生に対して先生もないでしょ。

 で、ミディン様に関してだけど、ソーマ先生がアレだったからねぇ。知ってる? ソーマ先生の研究室。あそこ、例え捨て値でも全部売り払えば、帝都をまるごと買えるだけの価値ある魔具が無造作に転がってたらしいわよ。アシュリーとジゼル、リュリュの使ってた人形、知ってるでしょ。値を付けるとしたら、あれ一体でお城一個、人員込みで買える値段らしいからね。そんなソーマ先生のお弟子さんだよ。価値感覚は壊れてるって。

 そのペンダントは普通に身に着けて使えばいいんじゃないかな。どこぞにしまい込んで眺めるよりも、実際に使う方がミディン様は喜ぶと思うよ」


 それだけ云うと、モナは教壇へと向かった。


「モナ先生の云う通りだと思いますよ、お二方。とくにアマーリエ様は陛下から魔物討伐の命が下っているのですから、それを使わない手はないでしょう」


 一昨日の大失態を思い出し、アマーリエは顔を引き攣らせた。


 部隊編成ができ次第、アマーリエは【大地の背骨】山脈の大トンネルへと、魔物退治に行かねばならない。

 はぐれゴブリン退治しかしたことのないアマーリエにとっては、本格的な実戦はこれが初めてとなる。


「はいはい、みんな席についてー。ドリスタンのおっさんが首になったから私が臨時に講義をするよー」


 ぱんぱんと手を叩いて、モナが生徒たちに席につくよう促している。


 アマーリエは暫し顔を顰めていたが、ペンダントを首にかけ、ペンダントヘッドを握りその感触を確かめると、ひとり、にへらっとした笑みを浮かべた。


 さぁ、今日も学院の一日がはじまる。


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