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学院騒動 27


「【獄炎(ガ・オ)】!」

「【凍結結界陣(ル・リオン)】!」


 お師匠さまとルリちゃんが魔法を放ったのはほぼ同時。

 そして世界が白一色に染まった。


 耳をつんざく音が暫し響き渡ったかと思うと、一気に静寂が辺りを包み込む。


 轟音に驚き瞑っていた目を開くと、演習場が生暖かい靄で溢れていた。


「あ、危のうございました」


 ルリちゃんが大きく息をつく。


 あ、【姿隠し】の精霊魔法が解けて……って、リノ先生の顔が引きつってる!?


「ルリ、助かった」

「いえ、私が防いだのは【獄炎】の余波だけでございますよ」


 静かに礼を云う陛下に、いつもの調子に戻ってルリちゃんが答える。


「見ての通り、こちらの被害は【獄炎】の余波だけにございます。超級魔法の制御も、ミディン様であれば問題はありませんとも。突然のことで、少々驚きはしましたが」


 私たちは疲れ果てたように、落ち着いて説明するルリちゃんをみつめていた。


 靄が晴れる。


 演習場は様変わりしていた。


 お師匠さまが放った【獄炎】。その熱量が演習場を溶かし、一面が硝子のようになっていた。だがそのほぼ中央の一部、そこだけはもとの地面のままだ。


 ギーゼベルドが腰を抜かし、へたり込んでいるその部分だけは。


 きっとお師匠さまが、死なないようにわざわざギーゼベルドを魔法の範囲から外し、さらには余波から熱波より護るため、【対魔法殻壁(アンチマジックシェル)】を張ったのだ。


 ギーゼベルドは既に戦意を喪失し、小刻みに震えながら、この状況を生みだしたお師匠さまを見つめていた。


 右手を腰に当て、心底面倒くさそうな目で見ているお師匠さまを。


 お師匠さまが空いている左手でぱちんと指を鳴らす。


 たちまち周囲の空気が揺らぎ、陽炎のように歪んでいた空気がしっかりとしたものに変わる。


 高熱を放っている周囲の地面を冷却しているのだろう。


 辺りから、どことなく心地よい、ピン! キン! というような音が聞こえはじめた。

 硝子化した地面が冷え、ひび割れる音だ。


 お師匠さまはその音に満足したように笑みを浮かべると、ギーゼベルドを見下したまま口を開いた。


「ほら、お望み通り魔法を使ってやったわよ。でもここで殺すわけにもいかないからね。だからあんたは範囲外にしてやったのよ。その鎧ももうガラクタ同然になっているしね」


 ギーゼベルドが慌てて首元に手を当てた。そこにはめ込んであったはずの三つの魔晶石の内ふたつが砕けていた。恐らくは、対魔防壁の宝珠と対物防壁の宝珠のふたつ。


 ふたつはお師匠さまが【破弾】を撃ち込んだ時に砕かれ、無事に残っているものは重量軽減の宝珠のみだ。


 その為、【破弾(バダン)】をくらった胸部は見事に凹んでしまっている。恐らくギーゼベルドは胸を圧迫され、呼吸をするが辛いはずだ。


「さぁ、早く立ちなさいな。あたしを殺しに来たんだもの。勿論いろいろ準備はしてあるのよねぇ? まさか、用意したのがそんな『ちっぽけな魔法剣』と『粗悪なレプリカ鎧』だけじゃいわよねぇ?

 えぇ、勿論それだけなハズがない。

 なにしろあたしを【魔女】と云ったんだもの。悪魔と契約せし者と云ったんだもの。当然、悪魔を殺せるだけの準備はしてあるハズよね。それは至極当然のこと。

 さぁ、はやく。はやく立ち上がってそれを示しなさいな」


 お師匠さまが自分の周りに無詠唱で魔法を展開する。


 それは模擬戦前にデモンストレーションで放った【ぷち竜殺槍】。その数五本。


 オリジナルの【竜殺槍】ではこんなことはできないが、劣化版ともいえる【ぷち竜殺槍】ぐらいなら、無詠唱で発動させることなどお師匠さまにとって容易いことだ。


「ひっ……ぃ」


 ギーゼベルドが息を呑む。だがお師匠さまは容赦なく魔法を放つ。


 ギーゼベルドの周囲に突き刺さった五本の【ぷち竜殺槍】は地面に入り込み、炸裂した。


 再び轟音が響き渡り、吹き飛ばされたギーゼベルドは、『ガシャン』とも『グシャッ』とも聞こえる騒音を立てて地面に落ちた。


「お師匠さま、やりすぎです……」


 どうみてもあのおっさんはもう心が折れている。というか、そろそろ死ぬか、精神が壊れるんじゃないかな?


「なにをいっているのでございますか。あれでも手緩いくらいでございます!」


 ルリちゃんがぷりぷりと怒っている。


「……ルリちゃん、あんな大技使ったのに元気だね」

「大技もなにも、私の名となっている魔法でございますよ。

 それよりも、あの愚図はかつてリュリュ様のお命を利用して、世界を破壊に導くような儀式をしようとした馬鹿野郎の手下なのです。世界制覇なのどと宣い、リュリュ様のお命を代償に魔神を召ぼうなどと、それでいて魔法反対を謳うとかふざけた真似を……」

「ルリ、召喚前に潰したせいで、そのことで裁くことができなくなったんだからしょうがないでしょう。ティーレマン侯がアイゼンシュタイン公の息女を誘拐したって事実しかなくなったんだから」


 リノ先生が云う。


 というか、なんかどんどん大事になってきてるんですけど。


 それでリュリュとエルマイヤは、いったいどんな厄介ごとに巻き込まれてたのよ!?


「そのことにも憤っているのでございますよ! エルマイヤさんの御父上は何を考えているのですか! 娘が殺されかけたというのに、お金だけで矛を収めるとは! 誘拐の罪状でティーレマンは没落したとはいえ、いまだ首が繋がったまま。エルマイヤさんが不憫でなりません! てっきり斬首になると思って、生かしておいたのでございますよ!」


 あのふたり、随分ハードな人生送ってたんだな。エルマイヤは普通に世間知らずの貴族のお姫様と思ってたよ。まぁ、それにしては妙に庶民的だとも思ってたけれど。……帰ったらちょっと優しくしてあげよう。


「ね、ねぇ、これ、私たち聞いちゃって大丈夫なのかな?」

「大丈夫よ、モナ。私たちはなにも聞いていない。聞いていたとしても何も覚えていない。いいね」

「あ、うん」


 私が自信満々にいうと、モナはあっさり頷いた。


 モナは突発的なことに弱いからなー。しっかりした副官でもつかないと、現場で役立たずになりかねないけど、大丈夫かな。


 そんなことを思いつつ、お師匠さまのほうに注意をもどす。


 いまだお師匠さまは這いつくばるおっさんを、見下すように立っていた。




 お師匠さまは苛ついたように口元をぴくぴくと痙攣させながら、ギーゼベルドを睨んでいた。


「なによ、なにもないの? これで終わり? まったく、興醒めだわ。

 さて、あたしの命を取ろうとしたんだもの。当然、その対価は貰うわよ。あぁ、安心なさいな。陛下の御前だもの。命は取らないわよ。それこそ不敬になってしまうものね」


 お師匠さまのその言葉に、ギーゼベルドは慌てて辺りを見回した。見回し、ふたりの近衛に護られているヴィルヘルムを見つけ、顔を引き攣らせた。


「それじゃ、命に代わるものを頂くとしましょうか。

 そうねぇ、目玉を抉ろうかしら? それとも舌を引き抜く? 耳を引きちぎるっていうのもいいわねぇ。ふむ、鼻を削ぎ落すのも捨てがたい。あぁ、そうだ! どうせならこうしましょう。見た目をあまりに悪くすると、周りの人が不快になるもの。これ以上あんたが周りを不快にするのはよろしくないわ! だから、その股間にぶら下がっている粗末なモノを切り落としましょう!」


 ぱん! っと手を叩き、さもいいことを思いついたとばかりに、ミディンがニコリとほほ笑む。


 途端、声ならぬ悲鳴をあげ、ギーゼベルドは股間を押さえながら後退さる。


 その様子にお師匠さまはあからさまに顔を顰めた。


「ったく、つまらないわね。なら、これから不便に過ごしなさいよ、愚図が」


 パチンと指を鳴らす。


 膨大な魔力が渦巻き、フッと消える。


 お師匠さまは歯を剥きだすような笑みを一瞬だけ浮かべると、くるりと踵を返し、私たちの方へと歩き出した。


「ラナさん、あれお渡ししますね。尋問は三日以内に。知っていることを喋れば、元に戻れるように頼んでやる。とでもいえば、ぺらぺらといらないことまで喋ると思いますよ」

「お師匠さま、また何をしたんですか?」


 ついうっかり、口を挟んでしまった。


「あ、すす、すいません、ラナ様」

「いえ、いいわよ。私も驚きの連続で、いろいろと気がまわらないわ。それでミディンさん、いったいどんな呪いを掛けたのです?」

「蛙ですよ。三日後くらいには会話困難になって、一週間で人間サイズの蛙に。その後三か月ぐらい経ってから、また一週間かけて人に戻ります。なので、放っておいても問題ありませんよ。まぁ、餌はやらなくてはなりませんが」

「お師匠さま、餌って……」

「バッタとかコオロギで十分よ。意識も変調するから、美味しく食べるでしょ。もちろん、記憶はそのまんま残るわよ。いじってないからね」


 ……お師匠さまは鬼かなにかですか。本当、容赦有りませんね。


 死んだ方がマシとか思うんじゃないかなぁ。


 そしてラナ様の表情が……。人間大の蛙なんて扱いに困るよね。大蛙って魔物はいるけれど、帝国じゃほとんど生息していないし。南部国境付近で見かける程度じゃなかったっけ?


「ふむ。ならば早めに尋問したほうがよいな。首を刎ねるのは人間に戻ってからでよかろう。ラナ」

「はい。これを期に一気に旧皇帝派の不穏分子を一掃しましょう」


 ……うわぁ、大事になってる。いや、あのおっさんの言葉だけでも十分に大事だけどさ。


「あぁ、直ちに捕縛部隊を編成して、各所へ回した方が良いと進言致しますよ。なにしろあの莫迦の【魔女】発言で、うちのギャロットが激怒しておりますから。本日中に連中の戦力は無力化必至でございます」

「あー、ギャロットが動いちゃったか。……何人死ぬかな」


 え、お師匠さま、なんですか、その物騒な発言は?


「ミディン、そのギャロットという御仁は何者なのだ?」


 さすがにその不穏な台詞は無視できなかったのか、陛下がお師匠さまに問うた。


 ギャロットさんて、見た目的には私とおんなじくらい背恰好なんだよね。【黒】事件のとき、【黒】の三人のうちのひとりと互角以上に戦ってたんだ、短剣一本で。竜より個体戦力で勝る【黒】と互角以上って時点で、そこらの騎士程度が勝てるわけないよね。


 そういやお師匠さま、ギャロットにいまだに勝てないとかいってなかったっけ? ということは、お師匠さま、竜より強くなろうと? ……お師匠さまはいったいどこを目指してるんだろ?


「ギャロットはうちの荒事担当の筆頭ですよ。絞殺具(ギャロット)なんて名前がついているんですから、どういう者かは察しがつくと思いますが」


 しれっとした調子でお師匠さまが答えると、陛下はもちろんのこと、周りにいた皆が顔を引き攣らせていた。あ、リノ先生は苦笑いしてるね。


「ひとまずこのトラブルはこれで解決だけれど、模擬戦は終了ね」

「あー、すいませんリノ姉さん、調子に乗りました。あの大穴はちゃんと埋めときますから。……ガラス化しちゃった表面は――まぁ、書き換えればいいか」


 お師匠さま、ときどきその『書き換え』って云ってますけど、なんなんですか? 呪紋とかじゃなさそうですけど。


「っと、そうなると模擬戦はもう無理だな。みんなごめんねー。残りの四戦は中止ね。まぁ、魔法の使い方は、教わった通り一遍のものじゃないって分かってくれたなら、あたしも今日一日講義した甲斐があるってものよ。

 それじゃあ、みんな、今日はお疲れ様!」


 生徒たちに向き直ったお師匠さまが、唐突に講義の終了を宣言した。まぁ、この荒れた演習場で、これ以上模擬戦を行うには足場が悪すぎるものね。今回の模擬戦は、あくまでも魔法使用の技術向上が目的だし。


 あ、みんなが慌てて整列してる。


『ありがとうございました!』


「お。おぉう」

「どうしました? お師匠さま」

「いや、結構しっかりしてるなって」

「いや、お師匠さま、みんないいとこのお嬢様ですから、礼儀くらいは弁えてますよ。……まぁ、そのせいで見下して侮辱するなんてこともありましたけどね」


 あ、旧ユリウス教室の連中だけそそくさと離れてく。逃げたといってもいいな。どうやらいまでも怖がってるらしい。


 仕返しなんてしないのに。


 するならソーマ教室に一時的に組み込まれたときに、みんなでやってるっての。


「さて、私もそろそろ戻らねばな。ミディン、今日はよくやってくれた。イレギュラーなこともあったが、おかげでいろいろと助かった。感謝する」

「いえ、お役に立てたのなら幸いです。では、日が落ちる前に修復作業を終えたいので、これにて失礼します」


 お師匠さまが優雅に一礼すると、演習場に空けた大穴に向かって歩き始めた。


 私も慌てて陛下に一礼すると、後をおいかけた。


 演習場に騎士様たちが大挙してはいってきた。多分、ラナ様がなんらかの方法で連絡したのだろう。魔法か、魔具か、どちらかはわからないけど。


 あ、あのおっさんが引き摺られていった。魔剣も回収されたね。


 お師匠さまが小馬鹿にしてた魔法剣だけど、魔法障壁を切り裂く剣って、たしかに魔術師殺しだよね。魔法障壁頼りの魔術師はあっさり斬り殺されそうだな。


 私だったら、どう対処するのがいいのかな。


 近づかれる前に倒せ。


 うん。これが一番だよね。【光角】を召んで突撃させれば大抵終わる。終わらないまでも、動きを止められるから、こっちは余裕がもてるしね。


 うん。私は間違ってない、間違ってないぞ。


 断じて脳筋なんかじゃない。ちゃんと考えてる!


 そんなことをぼんやりと考えながら、お師匠さまの修復作業を眺めていた。


 ……みるみる内にガラス化した地面が元通りになり、空いた大穴も塞がっていく。


 うん、どうやっているのかさっぱりわからない。これも精霊さんにお願いしてるのかな?


























 そしてその晩。リュリュの実家にふたたび厄介になったわけなんだけれど。

 案の定、お師匠さまが昼間の事で自己嫌悪に陥り、布団に籠ってしまった。


 いや、お師匠さま、そんな恥ずかしいなら、あの変な悪役演技はやめましょうよ。


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